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谷崎潤一郎「痴人の愛」その1

 先月2月27日に行われた第13回の読書会の覚書です。

・谷崎潤一郎『痴人の愛』の2回                     ・今回は講師の解説を中心にしながら、参加者の皆さんの意見を聞いていきました。その中から印象的な意見をいくつか挙げてみます。

「ナオミズム」という言葉を生み出した、     「ナオミ」から見える大正当時の女性、時代と社会

                                   <当時の日本女性の窮屈さに対するアンチとして書かれたのではないか>  

 今回は新たに、東京の新聞社に勤務されているHさん(女性)がリモートで初参加です。『痴人の愛』を読んだのは学生時代以来だそうで、以前読んだ時はナオミに注目していたそうですが、今回再読してみて、むしろ譲治の情けなさが気になったとのこと。そして、ナオミの奔放さに、当時の日本女性の窮屈さに対するアンチとして書かれたのではないかと感じたといいます。

<当時、洋装の女性の割合は1パーセント>                      

 当時の一般的な日本女性ということでいえば、例えば『痴人の愛』では洋服が魅力的な服装として描かれていますが、当時の日本人の服装は男女とも家では和服が普通で、洋服は外出着として男性を中心に広まっていった時代にあたります。ちなみにこの当時行われた銀座での服装調査では、男性では約3分の2が洋服だったのに対して、女性はどれくらいの割合だったのかといえば、(銀座でさえも)1パーセント、つまり100人に1人に過ぎなかったという解説を聞いて、驚きの声が上がりました。それほど洋服が女性にとって高根の花だった時代だったわけですが、そう考えると、Hさんの言うように、服装1つとっても、当時の読者にとってナオミがいかに進んだ女性と映ったかは想像に難くありません。

<当時、英語とピアノは女学生たちの憧れのお嬢様ライフを象徴>     

 また、Hさんは、譲治がナオミを理想的な女性に仕立て上げるのに、英語とかピアノを習わせる文化的背景が知りたいとも言われていましたが、これも実は大事なポイントです。この英語やピアノというのは、譲治がナオミに彼女を引き取って育てたい(自分好みの理想の女性に仕立てるために)という自分の計画を切り出す場面で、ナオミ自身が習いたいと希望したものです。

 ところがこの習い事を彼女が口にしたのは、単にナオミの個人的な好みというだけではありません。当時は男女とも義務教育は小学生までで、女子でそれ以上の教育を受けたい場合は高等女学校がありましたが、実際に女学校に行けたのは、経済的に恵まれた数パーセントのお嬢様だけでしたので、普通の女の子にとって女学生は憧れの存在だったわけです。そして英語とピアノは、そんな女学校のお嬢様たちの人気のおけいこ事でした。つまり、当時の少女たちにとっての英語とピアノとは、憧れの女学生たちのお嬢様ライフを象徴する特別なおけいこ事だったのです。

<憧れのおけいこ事ができるのはステイタス、経済的格差がわかる>
 

 憧れのおけいこ事というのはいつの時代にもあると思いますが、ちなみに宗像市からリモートで参加の大学図書館に勤務されている司書のSさん(女性)は、おそらく自分たちの世代は子供のころ、ほとんどがオルガン教室にかよった経験があるのではないかと思えるほど多くの人がかよっていて、自分自身もオルガンからピアノへという習い事の経路をたどったそうですが、それよりも習い事で印象的だったのは高校時代だったとのこと。Sさんは、高校は福岡市内のお嬢様学校として知られているF葉高校出身ですが、入学して驚いたのが、(地元ではほぼ皆無だった)クラシック・バレエを習いに行っている人がかなり多かったことで、特に幼稚園・小学校から双葉に通っている人(=生粋のお嬢様たち)は英語、バレエ、ピアノ、バイオリンなどの習い事に行っている率が高く、高校から入学したSさんは、習い事による違いや格差を肌身で感じたといいます。
 一方、関西の奈良出身のHさんが子供のころ憧れていたおけいこ事は自分自身にとっても周りの友達にとってもクラシック・バレエだったそうですが、発表会や衣装代などでとにかくお金がかかるので親が絶対に行かせたがらず、Hさん自身も行かないでくれと頼まれたとのこと。
 こうして聞いてみると、地域によっても違うでしょうが、少し以前には福岡でも奈良でもクラシック・バレエは、ステイタス・シンボル的な憧れの習い事だったようですね。

<まとめ>                                        

 今回は「ナオミ」の方から、「痴人の愛」を読んだ参加者の意見をまとめてみました。「ナオミ」は洋服を着こなし、英語やピアノを習いたがる女性、言わば、当時の最先端を望む、奔放な女性ということです。

 それは、そもそも「譲治」が「ナオミ」を引き取って自分好みの理想の女性に仕立てるために、投資したから成立したことです。最先端ができるのはステイタスで、今も昔もお金がかかります。

 では、次回その2では「譲治」の方から、参加者の意見をまとめていきます。



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