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シガーに委ねた深層に開高健との邂逅の真相を辿る《待ち合わせた前編》

釣りの話をするときは両手を縛っておけ

ロシアの諺で、釣り師はよく魚の大きさを両手で誇張する。だから気をつけろという意味だ。開高健の遺した言葉としても有名だ。

「特に好きなことを書くときは誇張するな、見栄を張るな、本当のことを書け」

と私は解釈していて、開高健も使用する度に自分を戒めていたのではないのかと空想したりする。

JR相模線は、茅ヶ崎駅から橋本駅を結ぶ神奈川では珍しい単線の電車だ。私はこの日、相模線に乗り厚木駅へ向かい、小田急線に乗り換え本厚木駅で待ち合わせをしていた。

単線は、少し大きめの駅で反対側を走る電車と待ち合わせをする。普段の電車と違い、ホームで上り下りの電車がすれ違う待ち合わせ時間が好きだったりする。

普段乗らない電車には、普段出会わない女性を見かけるものだ。読書をやめてホームにいる女性を電車内から見ていた。私は好みのタイプの女性を発見するアンテナには自信がある。女性は、上りにも下りの電車にも乗らず、俯き加減でベンチに座ったままだった。

上目遣いが好きだと始終伝えているが、実は伏し目がちも好きだとここで伝えておきたい。ベンチの女性は、やはり好みのタイプの女性だった。

「待ち人来ずか」

発車する電車内から、遠ざかる女性を目で追い、私が待ち人だったのなら伏し目がちを上目遣いに変化させてあげられたのにと思い、女性の幸せを願ったが、実際に男性が現れ女性が笑顔になる姿を想像すると私は気分が落ち込み、残りの電車内を伏し目がちで過ごすことになった。

誰か伏し目の私を見つけておくれ。と遠くから女性に見られているイメージを持ちながら目的地の本厚木駅に到着することに成功した。

待ち合わせ時間の少し前に改札前に到着した。この日会う予定のヨシクラ夫妻とは、年末にちひろのお店で出会った方だった。

年末のその日は、私は久しぶりに会う友人と盛り上がり、隣の席で一年を振り返っているヨシクラ夫妻にいつの間にか話しかけ、いつの間にか久しぶりに会う友人として話していた。

「友人は何人いたっていい」そんなことを思っていた。ヨシクラさんは、私の小学、中学、高校と全て同じ直系の大先輩にあたる方だった。私の地元伊勢原市で起業し、地元に根付き長年地元を支えてくれている方だった。

私は常日頃から、外見以外にあまり失礼なところを持ち合わせていないので、第一印象が失礼でなければあとは見慣れれば何とかなるタイプだと思っている。

お互いに進むウイスキーが、距離を近くするのは必然だった。

ヨシクラさんは、ちひろに説明をしながら葉巻を吸っていた。奥様は静かに隣にいる。私は、隣にいることが自然と見える夫婦をあまり知らない。だけどヨシクラさんの横には奥様がいるべきだと感じた。それは不自然な自然さを装う夫婦とは違う、一緒にいることでの違和感が全く無い二人だった。

私は葉巻の香りと吸う仕草が好きだ。タバコとはどこか異なる甘い香りが全体を包む中に、吸っている人に対してしか近寄らせない雰囲気。葉巻も人を選んでいるような煙の中での一対一の対話。

普段タバコも吸わないが、葉巻はいつか吸いたいと思っていた。

開高健は、パイプだがこう言っている。

パイプの楽しさを知る人は、
静謐の貴さを知る人だ、
と私は思う。

「あぁ。二十五年」より

「葉巻、吸ってみたいんです」

私は、ヨシクラさんに伝えていた。ヨシクラさんは、初対面の私に何の躊躇いもなく、ちひろの分の葉巻に火をつけて渡してくれた。

葉巻を私に渡すのを躊躇いまくりなのは、ちひろだった。

だが、ここは返すべきところではないのだ。奪ってでも為さねば成らぬ。こんなチャンスは二度とないのだ。

私は、ゆっくりと吸い、煙を吐いた。その瞬間に開高健に会いたくなり、ちひろにマッカランをお願いした。

「こういう方法で開高健に近付けると思わなかったです」

私はヨシクラさんに素直に告げた。真実味に欠けるかも知れないが、在りし日にウイスキーを片手に葉巻を吸って自己に問いかけている開高健を思い浮かべたら、吐いた煙の中だけ存在感が増したのだ。

泣きそうだった。が、溢れはしなかった。

私は、文学や開高健のことを溢れた分だけ話した。ヨシクラさんも開高健を知っていて、私の話しに合わせてくれた。

ヨシクラさんは、その後私を食事に誘ってくれた。食事とお酒と葉巻を味わえるからと。こうして、ちひろの葉巻を返すこともなく最後まで堪能し、さらに約束までしてしまうといった暴挙オブ2023年の締めくくりを迎えていたのだった。

私は、この日の約束を一度断っている。会ったばかりで失礼だったし、私が味わっていい世界だとも考えられない、経済的にも余裕がない。ちひろみたいに今後に活かせる人にしっかり味わって欲しいと思ったからだ。

ヨシクラさんの返答は、こうだった。

「僕等も若い頃先輩達に連れられて酒や葉巻を覚えました。そろそろ自分が申し送りをする年頃かと思っています」

あぁ。ここにも主役がいるなとまたやられる。私の人生は主役ではないが、主役を歩む人をいっぱい知っている。

「着きました。挙動不審なのが私です」

と、改札前で連絡した。電車から降りてきたヨシクラ夫妻は、何の迷いもなく私に声をかけた。

挙動不審も悪くないと思った。

ヨシクラ夫妻とちひろと待ち合わせた私は、本厚木で「時間の本質とその創り出し方」を体感することになる。

なんのはなしですか

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