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鼻血デマから考える情報災害を拡大した報道災害/首都圏からの自主避難者研究

いまだにALPS処理水を汚染水と呼ぶなど、虚像をもとにした情報操作が行われているため風評被害が長期化しています。マスメディアや活動家が生み出した虚像は風評加害そのものです。目に見えない放射線の、存在しない被害を、虚像で可視化したはじまりは「鼻血」報道でした。この問題はマスメディアが社会的にも、政治的にも異論の者を沈黙させ、一地域を抑圧できる権力であることと、報道やコンテンツが暴力そのものであることを教えてくれています。
(自主避難者問題と風評加害問題を語るため必要な整理と分析をすることが、当記事および関連記事の目的です)

構成・タイトル写真
加藤文(加藤文宏)

はじめに

構造解明にむけて

 原子力発電所事故に不安を覚えるのは当然だが、安全な場所から、しかも事故を起こした原発と250kmほど離れた首都圏から避難する人々がいた理由をデータと証言からあきらかにしてきた。続いて、安全性を伝える広報を信じず、ひたすら危険性を煽る情報にすがった人々が、不安から転じて怒りの感情に突き動かされていた実態を紹介した。

 安全性を信じたらとんでもないことになる、と考えて固執するのは「恐怖に訴える論証(fear, uncertainty, and doubt/FUD)」そのものの反応だった。FUDの反応は根拠があったうえの判断ではなく、本能的なものにすぎず、かならずしも安全性を広報した国や自治体に対しての不信感に基づいて情報を「偽」と評価したのではなかった。ところが不安から生じた怒りが国および自治体、福島県に向けられると、こうした感情を反原発活動家や政治家は支持獲得のため利用して、政治的な運動の原動力に転化した。そして原発存続を否定する報道や運動は、被曝への不安を持続させるため情報操作を行い、これが風評加害の源泉になっている。

 『なぜ首都圏は恐れいつ忘れたのか』では大衆と反原発活動家や政治家、および報道で情報を拡散したマスメディアの関係を概観した。続いて『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動』では不安と怒りが政治的運動の原動力に転化した様子を整理した。今回はマスメディアが自主避難者のみならず風評被害に与えた影響と構造をあきらかにしようと思う。

── 関連記事 ──

『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動/首都圏からの自主避難者研究』

『なぜ首都圏は恐れいつ忘れたのか 放射線デマと風評加害発生の構図』

『不安や恐怖を共感しあう。いつまでも安心を得られない。だから怒りと悪意をぶつける。』

手法

 東日本大震災によって原発事故が発生してから、年単位どころか週単位で刻々と変化した国内在住者の心理を現在まで追い続けた世論調査はない。また人々が心情を吐露していたインターネット上の掲示板や交流サイトのサービス停止、アカウントの削除または凍結によって大量のログが消滅した。

 こうした事情を踏まえ、検索サイト・グーグルが公開している検索動向データを利用し、ログが残されている「Yahoo!知恵袋」や「発言小町」を参照してきた。グーグルのデータは2004年から現在までの検索動向を時間単位、地域単位であきらかにしている。Yahoo!知恵袋では自主避難について2000件を超える書き込みがあり、これらを精査することで心理の類型を整理した。

 今回も現存する資料が限られるだけでなく、過去の論考との関係からグーグルの検索動向データとYahoo!知恵袋の書き込みを使用した。

被曝を象徴した鼻血に着目

 放射線に被曝した影響と鼻血が結びつけられ印象付けられたきっかけは不明だが、原発事故が発生した直後からネット上に鼻血について言及するものがあった。

 Yahoo!知恵袋に現存する原発事故と鼻血を関連づけた発言の初出は3月14日の夜に投稿された以下の書き込みと思われる。

2011/3/14 21:57
10回答
福島原発の放射能で被爆の程度が軽く見られてる件
福島原発の放射能で被爆の程度が軽く見られてる件 こんな情報 言うのはとても勇気がいるのですが、とても怖い話を聞いてしまいました。
さっき旦那から電話があり 福島原発の30キロ位離れた所に実家があるという知り合いがいるそうで
近隣住民 鼻血出して バッタバタ倒れてるらしいと。かなりヤバいらしいよ。と言うのです。
そもそも 最初から最悪の事態を考えて 広い範囲で避難させないやり方に
どうしても理解出来ないものを感じていましたが、
この話は本当ですか?
TVでは 嘘を言ってるって事ですよね?
近隣の方の話しを知ってる方 いますか?
本当なら とてもやり場の無い怒りと悲しみを覚えます。
地震や津波の恐ろしさと別の、一番恐れていた事です
1,924閲覧

Yahoo!知恵袋より
Yahoo!知恵袋より

 21時57分に書き込まれた投稿に対して22時01分に反応があり、瞬く間に10件の回答が集まっていることから、鼻血は被曝を象徴するものとして以前から人々に理解されて意識に浸透していたと言える。

 原発事故について不安や恐怖を感じたできごととして、「鼻血」のほか発電所建屋で発生した水素爆発の中継映像や防護服を着た人々の姿があったと自主避難者が証言している。後者の代表例としてAERA 2011年3月28日号『放射能がくる』の表紙がある。だが漠然とした不安を計量するのは難しいため、被曝の象徴であり原発事故後幾度となく取り沙汰された鼻血に着目することにした。

 その上で被曝症状としての鼻血が真実であると信じる層と、彼らを支持者に取り込んだ活動家が震災瓦礫の処理で「放射能が全国にばらまかれる」と反対運動を展開した「震災瓦礫処理問題」を取り上げることにする。

 また、これまでの論考および先行研究から、原発事故後のマスメディアの姿勢には次に挙げる問題があったと整理または仮説を立てた。

●原発の存続について批判的な情報をもっぱら伝える報道機関があった。
●2011年、原発存続に否定的な報道フレームから「原発事故の影響が広範囲に及んだため、被曝して健康を損ねる」「被曝の影響で人々が鼻血を流している」とする虚像が生み出された。この虚像は実際よりも危機的な状況を伝えるものであった。
●原発事故と鼻血の関係が否定されないまま、大量の原発事故報道が塗り重ねられるように発信され、[原発事故被害をめぐる巨大な虚像]が生み出された。
●原発の存続に否定的なマスメディアの「安全基準・規制フレーム」に基づいた報道は、経済性の前提として安全性を挙げたが、実態は安全ではなく安心を重視するもので、いつまでも達成できない安心の重視は危機感を固定した。
●2012年、反原発の言論やデモが盛んになり報道量が増えた。原発容認や不安を解消しようとする報道は増加しなかった。
●瓦礫処理をめぐる報道が原発への忌避感を煽った。
●瓦礫処理に異を唱える動きや健康被害を訴える声が実際より拡大されたほか、原発否認の報道が増えていたことから[原発忌避の広がりをめぐる巨大な虚像]が生み出された。
●2014年に鼻血の虚像を強化しようとした「美味しんぼ」の描写が批判され、反原発のフレームに則った報道の影響力は低下したもののALPS処理水を「汚染水」と呼ぶことで「安全基準・規制フレーム」に基づいた虚像を生み出そうとする報道機関がある。


鼻血を報じたマスメディアが与えた影響

●マスメディアによって
被曝の影響で人々が鼻血を流している
とする虚像がつくられた

 Yahoo!知恵袋で「放射能」を含む「鼻血」についての書き込みは2009年から2021年までの間に934件あり、2009年0件、2010年2件(ただし福島第一原発と無関係)、2011年172件、2012年90件、2013年42件、2014年の410件、2015年64件、2016年52件、2017年58件、2018年20件、2019年15件、2020件3件、2021年6件だった。

2011年の鼻血情報

 5月19日発売の週刊文春5/26号に『肥田舜太郎 内部被曝患者6000人を診た医師が警告する』と題する記事が掲載され、被曝と鼻血が医師の談話によって結びつけられた。

 6月18日に東京新聞が『こちら特報部[子に体調異変じわり]』と題した記事で福島県で鼻血を流す子供がいると伝えた。

 12月2日に朝日新聞が『プロメテウスの罠[我が子の鼻血、なぜ]』と題する記事で町田市の小学生が大量の鼻血を流したとしている。

 Yahoo!知恵袋で単語「放射能」を含む「鼻血」の言及数が2011年に3月に増加し、4月から増加率が増しているのは口コミで流布された「鼻血にまつわるデマ」の影響で、たとえば前項で紹介した噂話のほか2011年4月半ばツイッターでは木下黄太らが被曝と鼻血を結びづつける発言をしている。こうしたデマの下地に5月の週刊文春、6月の東京新聞、12月の朝日新聞が影響を与えたと考えるのが妥当だろう。なぜなら2011年に週刊文春、東京新聞、朝日新聞の記事以外に、被曝と鼻血を結びつける大きなできごとは存在していないのである。

──引用資料:週刊文春5/26号 『肥田舜太郎 内部被曝患者6000人を診た医師が警告する』

記事
5/26号目次

──引用資料:東京新聞『こちら特報部[子に体調異変じわり]』

2011年6月16日 東京新聞 こちら特報部
子に体調異変じわり 「避難か」苦悩の親
 「上の子が1週間くらい毎日大量に鼻血が出続けていたので心配で…。下の子も、時期は導つけれど、やはり一週間くらい鼻血が出て」。思い詰めた表情で母親つ一もが、医師に相談していた。
 NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」が12日、福島県郡山市で開いた医師による無料問診会。放射線被害を心配する親子連れ計50組が参加した。同市は福島第一原発から約50Km。
 この親子の場合、震筑後いったん埼玉県内に避難したが、3月下旬に郡山市に戻った。すると小学校一年の長女(6つ)が、4月上旬から三週間、鼻血が出続けた。このうち1週間は両方の鼻から大量に出血。耳鼻科で診察を受けたが、「花粉症では」と言われた。「花粉症なんて初めて言われたし、普段は滅多に鼻血を出さないんですけど…」と母親は言う。長男(2つ)も4月下旬から5月に鼻血を出し続けた。
 診察した小児科医の橋本百合香さんは「放射線被害かどうかは判断できないが、ひとまず小児科で血液検査をして白血球を詳しくみてもらって。記録を残すことが大事」と助言した。
 母親によると、小学校ではクラスの1割が避難していなくなった。次々と児童が転校するので、新入生には出席番号がつけられていない。放射性物質が濃縮されやすい牛乳を給食で出すかどうか、学校ごとに対応が異なる。「うちは保護者の選択制。娘が仲間外れにされたくないというので、今は飲ませてます」
 福島市から4カ月の長女咲空ちゃんを連れてきた平申昭一さん(40)は「症状は出ていないが、24時間不安で、外出を一切させていない。自衛といってもどうしたらいいのか」と苦悩の表情。生後、他人をほとんど見たことがないという咲空ちゃんは、記者が近づくとおびえた。
 問診会場近くの植え込みで、放射線測定器をかざすと、毎時2.33μSvの値を示した。地面から離すと一帯酎台に下がる。郡山市内の12日の最大値は1.38μSv。東京都内で計測された同日の最大値が0.0635μSv。約22倍だ。市内の最大値は3月15日の8.26μSvで、5月中旬からは1.3μSv前後で推移している。
 文部科学省では3.8μSvが計測された学校では屋外活動を制限するとしているが、一方で年間の積算線量の子どもの丘限値を1mSvから20mSvとしている。これは毎時1.3μSvの場所で1年間暮らせば十分に到達してしまう値でもある。
 「医者や学者も言うことが違い、避難の基準が分からない。飯館村は1ヶ月も放射能を浴びさせて、値が低くなってから避難させた。国も県も信用できない」。長男(6つ)を連れた母親(40)は、こう憤る。自宅は新築。遭難して経済的にやっていけるのか、何年後に戻れるのか…。費用や子ども初心に与える影響を考えると踏み切れない。 

2011年6月16日 東京新聞 こちら特報部[子に体調異変じわり]
 2011年6月16日 東京新聞 こちら特報部[子に体調異変じわり]

──引用資料:朝日新聞が『「プロメテウスの罠」[我が子の鼻血、なぜ]』


プロメテウスの罠(わな)

 福島から遠く離れた東京でも、お母さんたちは判断材料がなく、迷いに迷っている。
 たとえば東京都町田市の主婦、有馬理恵(39)のケース。6歳になる男の子が原発事故後、様子 がおかしい。4カ月の間に鼻血が10回以上出た。30分近くも止まらず、シーツが真っ赤になった。
 近くの医師は「ただの鼻血です」と薬をくれた。しかし鼻血はまた続く。鼻の奥に茶色のうみがたま り、中耳炎が2カ月半続いた。
 医師に「放射能の影響ではないのか」と聞いてみたが、はっきり否定された。
 しかし、子どもにこんなことが起きるのは初めてのことだ。気持ちはすっきりしなかった。
 心配になって7月、知人から聞いてさいたま市の医師の肥田舜太郎(94)に電話した。
 肥田とは、JR北浦和駅近くの喫茶店で会った。
「お母さん、落ち着いて」 席に着くと、まずそういわれた。肥田は、広島原爆でも同じような症状が起きていたことを話した。
 放射能の影響があったのなら、これからは放射能の対策をとればいい。有馬はそう考え、やっと落ち着いた。
 周囲の母親たちに聞くと、同じように悩んでいた。そこで、10月20日、地元の町田市に、子どもたちの異変を調べてほしいと要望した。
 しかし市からは、「市では今はできないので、お母さんたちが自分でやってください」といわれたと有馬はいう。
 いても立ってもいられず、その夜、母親仲間にメールを送った。
「原発事故後、子どもたちの体調に明らかな変化はありませんか」
 すると5時間後、有馬のもとに43の事例が届いた。いずれも、鼻血や下痢、口内炎などを訴えていた。
 こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ。
 かつて肥田と共訳で低線量被曝(ひばく)の本を出した福島市の医師、斎藤紀(おさむ)は、子どもらの異変を「心理的な要因が大きいのではないか」とみる。
 それでも有馬は心配なのだ。
 首都圏で内部被曝というのは心配しすぎではないかという声もある。しかし、母親たちの不安感は相当に深刻だ。
 たとえば埼玉県東松山市のある母親グループのメンバーは、各自がそれぞれ線量計を持ち歩いている。

「信頼回復と再生のための委員会」 第3回会合 資料2より
https://www.asahi.com/shimbun/3rd/20141211data02.pdf
「信頼回復と再生のための委員会」 第3回会合 資料2よりhttps://www.asahi.com/shimbun/3rd/20141211data02.pdf


2014年の鼻血情報

 2012年、2013と減少していたYahoo!知恵袋への被曝と鼻血を結びつけた書き込みが2014年に急増しているのは、2014年4月28日に発売された小学館『「ビッグコミックスピリッツ 2014年No22、23合併号」 美味しんぼ[第604話 福島の真実その22]』の影響だった。このことを裏付けるように、4月28日以降「美味しんぼ」と「被曝」と「鼻血」を結びつけた発言がYahoo!知恵袋だけでなく他の掲示板やSNSで急増している。

産経新聞 月刊「正論」 鼻血の「福島の真実」は問題作 美味しんぼ原作者の雁屋哲さん グルメ漫画で庶民を断罪して悦に入る? 中宮崇
https://www.sankei.com/article/20170702-6AO2AITYBJNLDBWJQ4NC2P4Q3M/

 『美味しんぼ[第604話 福島の真実その22]』で主人公の山岡たちは福島第一原発を訪ねる。そこで山岡が「原因不明」の鼻血を流す。作中の山岡を診断した医師は「福島の放射線とこの鼻血とは関連づける医学的知見がありません」と発言しているが、これは『こちら特報部[子に体調異変じわり]』や『プロメテウスの罠[我が子の鼻血、なぜ]』でも使われた医師の証言で関連づけを曖昧にしつつ「放射線を浴びると鼻血が出る」とほのめかす紹介法だった。原作の雁屋哲は、当作を実際に取材した経験に基づくものであるとしている。


被曝と鼻血を結びつけた人々

●被曝と鼻血を結びつけて怯えたのは
きわめて少数の首都圏住民だった
●原発事故と鼻血の関係が否定されないまま
大量の原発事故報道が塗り重ねられるように発信され
原発事故被害をめぐる巨大な虚像が生み出された

「放射能 鼻血」を検索した層

 被曝と鼻血を結びつけたのはYahoo!知恵袋に書き込みをした人々だけではなく、ツイッターなどSNSやブログで鼻血にまつわる発言をしたり、鼻血を深刻に受け止めて自主避難を考えた人々がいた。Yahoo!知恵袋に限らない「鼻血」への興味の動向を調べるため検索サイトグーグルのデータを参照した。

 被曝に強い興味を抱く意図が絞り込まれた検索ワード「放射能 鼻血」(放射能と鼻血をともに含む情報)の検索数推移と、Yahoo!知恵袋への書き込み数推移の相違点は『週刊文春 肥田舜太郎』への反応の大きさだ。

 

 「放射能 鼻血」を検索した人々と比較して、Yahoo!知恵袋のユーザーだけでなくツイッターユーザーもまた『週刊文春 肥田舜太郎』への反応が鈍かった。ツイッターで『週刊文春 肥田舜太郎』が発売月に言及されたのは3ツイート、『東京新聞 こちら特報部[子に体調異変じわり]』が掲載月に言及されたのは1048ツイート、『朝日新聞 プロメテウスの罠[我が子の鼻血、なぜ]』が掲載月に言及されたのは19ツイートだった。『東京新聞[子に体調異変じわり]』への言及は一次情報の記事を紹介するツイートに連鎖した二次的、三次的な反応が圧倒的に多かった。

 このことから当時グーグルで「放射能 鼻血」を検索した層は、普及期だったSNS(ツイッターの2011年3月の利用者数は1,700万人台。2022年は4,500万人台)のアクティブなユーザーではなかったか非利用者で、雑誌や新聞など一次情報に反応した人々だったと言える。

 さらに『週刊文春 肥田舜太郎』が掲載された号の中吊り広告や雑誌表紙に「鼻血」の文言はないので、雑誌を買って読んだか買った者からの口コミに影響されて検索をしたと思われ、敏感かつ素早く危機感を煽る情報に接近している。彼らは、報道やコンテンツなどマスメディアの影響を強く受ける「感じやすく動揺しやすい」人々としてよいだろう。

週刊文春5/26号表紙
週刊文春5/26号中吊り広告

「鼻血」を検索した層

 続いて「放射能」を検索ワードとして含まない「鼻血」の検索数を調べてみると、Yahoo!知恵袋の被曝と鼻血を結びつけた書き込み数とよく似た推移をし、2012年から2013年は興味が絶え間なく持続し微増していた。

 「鼻血」は一般的な単語で原発事故以前から検索されてきたが、検索数が2011年3月以降に過去の水準を大きく超えていることから、被曝症状としての鼻血への興味が増加したのはまちがいない。そして被曝と鼻血を結びつける特筆すべき報道やできごとがなかった2012年から2013年も「被曝が気になり続けた」人々がいたことになる。

2011年1月から2014年7月までの「鼻血」の検索数推移
2004年1月1日から2013年12月までの「鼻血」の検索数推移

「感じやすく動揺しやすい層」と
「被曝が気になり続けた層」の同異

 「感じやすく動揺しやすい層」と「被曝が気になり続けた層」それぞれの特性を知るため、前者が検索した「放射能 鼻血」と後者が検索した「鼻血」の検索動向を比較してみた。

 2011年に「鼻血」の検索数が最大になった5月15日、検索数の比は「鼻血」30に対して「放射能 鼻血」2だった。

 2014年に「鼻血」の検索数が最大になった5月11日、検索数の比は「鼻血」100に対して「放射能 鼻血」5だった。

 より一般的な検索ワード「復興」を含め、この期間の各検索数の平均を比較すると、「復興」11に対して「鼻血」4.5、「放射能 鼻血」1未満であった。

 これらから、「鼻血」が気になり続けるのは一般的な心理とは言えず、そのなかで「感じやすく動揺しやすい層」は少数派、「被曝が気になり続けた層」は多数派ということになる。

 「感じやすく動揺しやすい層」は個々の情報に過敏に反応した点が特異なだけで、「被曝が気になり続けた層」と本質的な違いはない。また一時的に不安になり後に安心した人もいただろうが、不安と安堵を繰り返す人々が常に入れ替わり立ち替わり登場したとは考えにくいので、「感じやすく動揺しやすい層」は「被曝が気になり続けた層」から派生していたと言ってよいだろう。

 では、なぜ被曝が気になり続けたのだろうか。

 Yahoo!知恵袋で鼻血について相談した人々だけでなく、首都圏から自主避難した人々もまた、いつまでも不安を払拭できず被曝への危機感があまりに大きかった。それゆえに自主避難者は家族や周囲の者と揉めごとを起こし、家庭が崩壊した例も珍しくない。筆者は自主避難者の帰還支援に関わったが、安全性や原発事故後の社会状況への認識に差が大きすぎ当事者と会話が成り立たないことはたびたびだった。

 首都圏から母子だけで自主避難した女性は、日々の原発事故報道は鼻血報道を土台にして「不安と危機感を塗り重ねて」いくものだったと証言している。不安と危機感が報道で塗り重ねられることで「原発事故被害をめぐる巨大な虚像」が生み出され、「被曝が気になり続けた層」「感じやすく動揺しやすい層」は不安を制御できた層とまったく異なる前提と認識で日常と向き合っていたのである。

被曝が気になり続けた層と
福島産忌避層の関係

 『なぜ首都圏は恐れいつ忘れたのか』で紹介した「福島産への忌避感」を抱いた層もまた、国内の大多数が危機感を払拭した2011年以降も不安を抱えたままで、結果的に風評加害に加担していた。

 「福島産への忌避感」をいつまでも払拭できなかった層は、首都圏に偏在した少数派で、マイナーで専門的な被曝関連の検索ワード「クリス バズビー(人名)」「低線量被曝」「低線量被曝 症状」や、原発事故以後生じたさまざまな蔑称を検索していた。こうした傾向が共通しているなら、「感じやすく動揺しやすい層」を含む「被曝が気になり続けた層」は、「福島産への忌避感層」は同じ者たちであると言える。

 「感じやすく動揺しやすい層」を含む「被曝が気になり続けた層」が「福島産への忌避感層」と同じであるか調べるため、まず意図が絞り込まれていない検索ワード「鼻血」がどの自治体から検索されたかをグーグルが公開している[小区域のイタンレスト(興味)]データを用いて調べた。[小区域のイタンレスト]は区域の人口を勘案して、検索数から区域ごとの人気度を割り出したもので、検討の対象を2011年1月1日から原発事故と瓦礫処理問題の発生を経て『美味しんぼ[第604話 福島の真実その22]』が掲載された2014年までとした。

 「鼻血」のみのインタレストは幅広い地域で高い数値を示していたが、偏差値70以上だったのは東京都、大阪府、鳥取県だった。グーグルの最も古い検索データである2004年から2010年までの「鼻血」の[小区域のイタンレスト]と比較すると、伸び率の上位は東京都、山形県、大阪府、鳥取県、三重県、佐賀県となった。

 「鼻血」は一般的な単語だが、原発事故以後に興味が増加しているので幅広い地域で「被曝が気になり続けた」のはまちがいなく、増加の伸び率が高い地域は被曝への不安がさらに強く影響していたことになる。「鼻血」を検索した者のすべてが「被曝が気になり続けた」人々ではないが、偏差値と伸び率から東京都、大阪府、鳥取県は他の区域より被曝と鼻血を結びつけて興味を抱く傾向があったと言える。

 なお「鼻血」の検索で鳥取県がインタレストで偏差値70以上、伸び率でも上位に入っているのは、同県の平井伸治知事の震災瓦礫受け入れへの慎重または反対姿勢によるものと思われる。2012年4月11日、鳥取県の平井知事(以下すべて当時)は長野県の阿部守一知事、三重県の鈴木英敬知事、徳島県の飯泉嘉門知事、高知県の尾崎正直知事と共同で起案し、これに広島県の湯崎英彦知事が加わった「震災瓦礫広域処理の再考」を要望する文書を環境省と民主党に対して手渡している。

 続いて、かなり被曝を気にしている検索ワード「放射能 鼻血」「被曝 鼻血」「福島 鼻血」「美味しんぼ 鼻血」および「プロメテウスの罠」で検索地域を調べた。

 「福島 鼻血」を除いて、他の検索ワードはほぼ埼玉県、神奈川県、東京都、大阪府、愛知県と限られた大都市圏から検索されていた。「プロメテウスの罠」は全国紙に掲載された記事だったが、ほぼ神奈川県と東京都からのみ検索されていた。

 「鼻血」と「鼻血に関連した検索ワード」ともに強い興味が抱かれていたのは東京都と大阪府だった。「鼻血に関連した検索ワード」は東京都だけでなく埼玉県と神奈川県で強い興味が抱かれていた。このことから「被曝が気になり続けた層」は「福島産への忌避感」を抱いた層と同じものであると言ってよいだろう。

 首都圏の大都市については、「なぜ首都圏は恐れいつ忘れたのか」で次のように論考した。首都圏にとって福島県は農産物、畜産酪農製品、魚介ばかりか電力の生産・供給地だったが、いずれに対しても首都圏の大都市住民はおおよそ無関心であった。震災と原発事故によって、首都圏の大都市住民は福島県との需給関係に意識的になり、福島県を放射性物質の供給地と認識した。さらに自らを被害者と位置づけ、過剰なまでに被曝を恐れ、福島産を忌避し続けることになった。

 大阪府の被曝と鼻血についての興味の強さは、後述する震災瓦礫処理反対運動と関係があると思われる。

 安全が確認されてもマスメディアは「安全より安心」と報じていたが、これは首都圏に偏在する「感じやすく動揺しやすい層」の心理を支持して代弁していたことになる。「感じやすく動揺しやすい層」は極めて少数だったが、「安全より安心」を重視する原発事故の報道は、鼻血報道の土台に不安と危機感を塗り重ねて「巨大な虚像」を生み出していった。この虚像に影響されて「被曝が気になり続けた層」が全国に満遍なく長期に渡り残ったと考えられる。

 次項では不安と危機感を「塗り重ねて」いった報道とはどのようなものかあきらかにする。


マスメディアは原発事故後を
いかに報道したか

●原発の存続に否定的なマスメディアが
安全より安心の方針のもと報道を行い危機感を固定した
●大量の報道が
原発事故を強く想起させた
瓦礫処理をめぐる報道が原発への忌避感を煽った

マスメディアが伝えた情報の傾向

 原発事故の影響について国や自治体が逐次情報を伝えてきたが、鼻血にかぎらず、報道かコンテンツかの別なく、それが真か偽か問わず、より幅広く大量に伝えたのはマスメディアだった。

 報道機関が切り取った事実を再構成してニュースとして伝える際の枠組みニュースフレームというが、「朝日新聞と読売新聞の社説における原発報道の論調とフレーム(2020/名和旭、中村理)」では原発事故がどのようなフレームで報道されてきたかを、人間が解析するヒューマン・コーディングとコンピュータに解析させるコンピュータ・コーディングで調べている。

 同論文は、原発の存続について「朝日新聞は主に否定的な報道」をし、「読売新聞は主に肯定的な報道」をしていたとし、朝日新聞については「両論併記」と「肯定」がほとんどないため「言及あり」は実質的に「否定」を表し、読売新聞については「言及あり」 は実質的に「肯定」を表すと解析している。

 さらに「原発の存続に否定的な報道は、経済性の前提として安全性を結びつけて求めるフレームを主な要素の一つ」であることがわかり、この「安全基準・規制フレーム」が朝日新聞が否定の論調を展開する中で主要なフレームの1つだったとしている。

 原発安全基準・規制フレームは「原発の発電コストは安いが、事故を起こしたときの復旧や復興に莫大な金額がかかるのでコスト高である」と語られることが多く、いつの間にか被曝への不安もコストに含むようになり、鼻血報道では人々が被曝するなら元も子もないとされた。安全より安心が必要だとする論調の根拠にされたものが原発安全基準・規制フレームだったのである。

 そして安全が科学的に確認されていても安心を重視する報道は、いつまでも安心が達成されない状態をつくり出し、被曝への不安と危機感を人々の心理に固定した。

マスメディアが伝えた情報の量

 内容だけでなく報道の量が重要な意味を持つのは言うまでもないが、報道量を印刷媒体、電波媒体、インターネットと網羅して集計したものがないうえに現時点で集計するには記録が大量に失われているため、「震災テレビ放送・報道 10 年の全体像(2022/谷 正名、水原俊博、米倉律、 小林千菜美)」からテレビ放送における震災報道の件数と時間量を引用する。

 2011年だけを見ても震災関連の報道件数は莫大な量で、内訳は「原発」報道が「復興」報道を大幅に上まっている。2012年から2014年までの3年間は「原発」が上回り続け、2013年9月は「原発」1,966件に対して「復興」763件だった。

 報道内容がかならずしも中立的ではないのは朝日新聞と読売新聞の報道フレームの違いからも明らかで、原発の存続に否定的であった朝日新聞が「鼻血」を報じたような極端な例もあった。しかし大量の原発事故関連報道があったにもかかわらず、被曝と鼻血の結びつきを否定する報道は皆無だった。このほか「震災瓦礫処理(次項以降、瓦礫処理)」は復興についての報道であっても、放射線量に言及されたり、反原発運動と関連したできごととして伝えられることが多く原発事故を強く想起させ、原発への忌避感を刺激するものが少なくなかった。


鼻血から瓦礫処理を経て
原発忌避の虚像へ

●瓦礫処理によって被曝し健康を害するという虚像が
「鼻血不安」を下地に生み出された

瓦礫処理反対の声が実際より拡大されたほか
原発忌避の広がりをめぐる巨大な虚像が生み出された
●風評加害が拡大し、風評被害が長期化した

こじれた震災瓦礫処理報道

 震災瓦礫の広域処理とは、東日本大震災の被災地を覆っていた大量の瓦礫を処理するにあたって、被災地のみでは不可能なことから国内で広域的に焼却処理を分担する政策である。地震や津波によって発生した瓦礫の処理について国は速やかに行動し、震災当日の11日に各自治体に対して情報収集を指示、4月26日には処理費用の国庫助成額嵩上げを含む東日本大震災に対処するたの特別財政援助及び女性に関する法律案を閣議決定、8月18日には「東日本大震災により生じたい災害廃棄物の処理に関する特別措置法」公布・施行している。

 処理は放射線濃度の測定による安全性の確認、放射線量測定後に搬出、焼却時の排ガスの放射線濃度測定、焼却灰の放射線濃度測定後に埋め立てと安全確認の手順を経ることが決められたが、被曝が不安であるとして瓦礫受け入れ反対運動がはじめられた。

 このため本来なら被災県から瓦礫を他の自治体へ運搬して焼却する一部始終を伝えるだけで済むはずだった報道が、原発事故を強く想起させたり、攻撃的な様相を呈しさえした運動を伝える重苦しい内容になりがちだった。どのような「瓦礫処理」報道があったか新聞・雑誌・インターネット媒体で報じられた瓦礫処理をめぐる記事の一部を紹介する。太字は見出しで、見出しのみで内容が判断できないものには記事の要約を添えた。

東京都、震災のがれき1万トン受け入れ 焼却し埋め立て 日本経済新聞/がれきに付着した放射性物質は1キログラム当たり68.6ベクレル。「基準値(同8千ベクレル)を大きく下回っており、受け入れに問題はない。
・震災がれき、火災相次ぐ 金属と水反応、熱たまり発火 朝日新聞
がれき撤去指針、被災地の実態にそぐわない内容に困惑 朝日新聞/菅政権は作業時の私有地立ち入りなどを認める「指針」をまとめ、関係7県に通知した。ただ、現場の実態を十分踏まえた内容とは言えず、撤去作業が滞る事例があちこちで起きている。
がれき処理と迷惑施設に共通する問題 焼却灰保管と「住民エゴ」 WEDGE Infinity/責任逃れで進まないがれき処理 「放射線量を検査してから持ち込むわけだから問題がないのはわかっている。それでも『子供の健康に影響があったらどうするの』と住民から抗議されると、万が一のことを考えてしまい、とても責任を負えないという気持ちになってしまう」
・震災復興を加速させるために 規制乗り越えた“動産”宿の再建・女川町  WEDGE Infinity
・大阪市、がれき夢洲処分決定へ 国「安全性確保」と報告 日本経済新聞
・【北九州震災がれき問題(上)】地面に寝そべり、警察官に体当たり…「反原発」名の下のテロ行為 産経新聞/
・山本太郎の震災瓦礫焼却批判 東大・中川准教授が論拠を一蹴 SAPIO
・『ガレキ』──日本を席巻した200日の瓦礫問題が投げかけた震災後の「当事者性」 サイゾー/関東以西が初めて東日本大震災の当事者になった。
・瓦礫の跡に残る見えない苦悩 ニューズウィーク/知られざる「カネ不足」が地元を追い詰めている。
・がれき処理だけで1兆円超!震災復興需要に群がるゼネコン ダイヤモンド・オンライン
・震災がれき広域処理反対で相次ぐ逮捕いまだ拘束続く大阪の異常な状況 ダイヤモンド・オンライン
・山本太郎「瓦礫で母の体調が」、大阪からの“脱出”も検討か ライブドアニュース
・受け入れ反対には「『黙れ』って言えばいい」 石原都知事のがれき問題発言に賛否両論  J-CASTニュース
・報告 : 「大阪反原発で不当逮捕された仲間を取り戻そう! 」記者会見・集会・申しいれ レイバーネット/「下地さんとUさんとNさんは逮捕の2ヶ月前の10月17日大阪駅頭で震災瓦礫の広域焼却処理に反対する宣伝活動を行い、その後大阪市役所に向けて移動する際に東側のコンコースを北から南に通り抜けたことをもって、鉄道営業法違反・威力業務妨害・不退去という3つの罪に問われ逮捕されるという基本的人権に関わる弾圧を受けた。そしてこれは明らかに政治的意図的な弾圧であると私たちは確信した」
・東日本大震災から4年、三陸被災地の今 nippon.com/瓦礫が取り除かれた被災地に残されたのは、広漠とした無人の土地であった。

 上掲の例では労働運動機関誌のレイバーネットを除いては瓦礫処理に真っ向から反対するものはなく、これは全報道のおおよその傾向であったが、瓦礫や瓦礫処理が不信感や不快感の漂う厄介ごとであると思わされる内容が少なくなかった。また山本太郎の瓦礫処理と被曝を結びつけるツイートを複数のネット媒体が報じるいっぽうで、発言を否定し批判する報道で確認できるものは雑誌1件と系列のネット媒体1件のみであった。

 首都圏から近畿圏に自主避難した女性はテレビやネットニュースを情報源とし「瓦礫処理の報道は面倒な話ばかりのような気がして、全国に不正や嘘が溢れていると思った」」と言い、「日本中で瓦礫の受け入れ反対をする人がたくさんいると思っていた。XX(都市名)に避難して反原発運動に参加した。運動の一環で九州の活動家と交流したとき、はじめて全国的ではないのに気づいた」と証言している。

山本太郎と瓦礫処理反対者

 2013年2月17日、当時俳優で活動家だった山本太郎が「大阪の瓦礫焼却が始まり母の体調がおかしい。気分が落ち込む、頭痛、目ヤニが大量に出る、リンパが腫れる、心臓がひっくり返りそうになる、など」と、瓦礫焼却をきっかけに母親の体調が崩れたとツイッターに投稿した。この発言はライブドアニュースの「山本太郎「瓦礫で母の体調が」、大阪からの“脱出”も検討か 」ほか多数のネットメディアで報じられた。

 山本発言を批判したのはSAPIOが掲載した「山本太郎の震災瓦礫焼却批判 東大・中川准教授が論拠を一蹴」が確認できるほぼ唯一の記事で、「山本太郎のツイッターのフォロワーは20万人。放射線が身体へ及ぼす影響について、誤解を招きかねない情報を流す弊害は計り知れない」と締めくくられている。

 山本太郎の発言はツイッターで賛否両論を呼んだが、賛同者は瓦礫処理によって鼻血を含むさまざまな症状が出ていると語った。そして現在に至るまで瓦礫処理と被曝と鼻血を結びつけてツイートする者の多くが、山本太郎やれいわ新選組に賛同したり彼らの発言を引用している。以下に紹介するのは、2019年から2022年12月までの瓦礫処理と鼻血を結びつけた代表的なツイートだ。ツイートには排煙の微粒子で鼻血が出るとする声もあった。


 では瓦礫処理に反対したのはどのような人々だったのか。被曝と鼻血を結びつけた人々についての検討同様に検索動向データを参照した。

 瓦礫処理への強い興味を反映した検索ワード「瓦礫 受け入れ」「瓦礫 焼却」「瓦礫 放射能」「瓦礫 鼻血」の検索動向と、より一般的な興味である「復興」も併せて比較した。瓦礫関係と「復興」を比較すると、「復興」の検索数が最大のときを100として瓦礫関係1未満、「復興」が最小のとき6に対して1未満だった。瓦礫関係の検索数は「放射能 鼻血」と同等であり、瓦礫にこだわっていた層は「復興」に興味を抱いている層と比べ少数派だった。

 また「復興」は幅広い地域から検索されていたが、瓦礫関係の検索ワードは限られた地域から検索されていた。

 「瓦礫 受け入れ」では福岡県は北九州市での受け入れ反対運動、近畿地方もまた同反対運動、北海道は道知事と札幌市長が受け入れで対立したことと関係して検索数が多いと見るのが妥当であり、このほかは首都圏からの検索で、これらが検索数のほぼすべてを占めていた。

 「瓦礫 焼却」では大阪府と東京都、「瓦礫 放射能」では東京都からの検索がほぼすべてだった。

 検索した人々は、受け入れ反対運動が盛んな地域と、首都圏とくに東京都に偏在していたのである。

 続いて「山本太郎」に興味を抱いたい人々について調べるため検索動向を参照した。2004年から2022年11月までを第1期(2004年から2010年)、第2期(2011年から2013年)、第3期(2014年から2016年)、第4期(2020年から2022年11月30日)に分け、第3期から4期でインタレスト(人気度)が増加している区域を抽出し、愛媛県に同姓同名の著名人が存在するため同県は除外した。(注:香川県は愛媛県に隣接しているため同姓同名の著名人への検索が影響している可能性が否めないが、同県では瓦礫処理反対運動が発生していることから除外しなかった)

 東日本大震災以前の第1期(2004年から2010年)に人口に対して検索数が多く高インタレストであったのは、人気度の順に山梨県、神奈川県、大阪府、栃木県、香川県、東京都、沖縄県だった。

 震災後かつ山本太郎が反原発活動を行い瓦礫処理に対する発言をした第2期(2011年から2013年)の人気度の伸び率が高かったのは、東京都、沖縄県、大阪府、栃木県、神奈川県、香川県、山梨県の順であった。山本太郎の反原発活動と2013年の第23回参議院議員選挙出馬が、東京都と沖縄県で人気度を急伸長させたと言ってよいだろう。

 [第1期から第2期の伸び率][第1期から第4期(2020年から2022年11月30日)の伸び率]を比較して、後者が勝っていたのは東京都、神奈川県、山梨県で、他の地域は伸び率がマイナスに転じていた。これは、特に東京都でれいわ新選組代表としての活動が震災直後以上に興味を呼び、伸び率がマイナスに転じた地域と評価が割れたのを意味する。

 第2期(2011年から2013年)に高インタレストになった地域の多くが第3期(2014年から2016年)以後インタレストが低下して現在に至っていることから、首都圏以外では原発事故の動揺が沈静化するとともに興味が減じていたことになる。

 またインタレストの伸びと選挙の得票結果は傾向が似ていた。山本太郎がれいわ新選組を結党した2019年に実施された第25回参議院議員選挙の比例代表で、同党の得票率が最も高かったのは東京都で7.95%、2位は沖縄県の7.28%、3位以下は神奈川県の5.74%、埼玉県の4.77%、千葉県の4.72%の順だった。この得票率は山本太郎が2013年の第23回参議院議員選挙で支援を受けた緑の党の得票率との相関性が高い。

 国内の興味の動向と得票率から、「瓦礫処理と被曝を結びつけた層」「被曝と鼻血を結びつけた層」「山本太郎の支持層」の出現は首都圏ことに東京都特有の現象だったと言える。また山本太郎は「鼻血の虚像」を真実と思い込んで怯えた東京都の人々の支持を集め、東京都を選挙区とする政治家になったことになる。筆者が関与した首都圏からの自主避難者のうち8名もまた山本太郎支持を明言し、平成25(2013)年の衆議院戦では選挙区外からも彼を応援していたほか、瓦礫受け入れ反対運動を展開する反原発運動に参加していた。

 彼女たち首都圏からの自主避難者は、母親の健康被害を語る山本のツイートを信用し、国や瓦礫処理を行う自治体の広報を信用しなかったが、これは[PまたはQのうちどちからが真である。Qならば恐ろしいことになる。したがってPが真である]
とする広告やマーケティングの手法のひとつ「恐怖に訴える論証(fear, uncertainty, and doubt/FUD)」に対しての反応とまったく同じものだった。山本太郎は『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動』で整理したように、被曝への不安に共感を示して支持者を集めたのである。山本太郎を政治家にし、れいわ新選組を生んだのは、鼻血をめぐる虚像を報道した原発の存続に否定的なマスメディアだったことになる。


結論

量と傾向が生み出した
虚像と風評加害

 『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動』で、活動家や政治家が被曝への不安に動揺する層を囲い込み、不安から逃れられなくしていたことや、動揺層と活動家や政治家がそれぞれに風評加害に関わっていたことを明らかにした。そのうえで、動揺層と活動家や政治家をマスメディアが報道するとき虚像が生じ、これが広がりと影響力がある多数派であると一般層に誤認させ、これが風評加害を増幅させていたと仮説を立てた。

『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動/首都圏からの自主避難者研究』での仮説

 今回は鼻血に着目して報道やコンテンツなどマスメディアの影響を考えたが、整理すると次のような事態が発生していた。

発端・原発事故発生

1-1.原発の存続について批判的な、反原発のフレームに則って情報を伝える報道機関があった。
1-2.2011年、反原発のフレームから「原発事故の影響で被曝して健康を損ねる」「被曝の影響で人々が鼻血を流している」とする虚像が生み出され報道された。この虚像は実際よりも危機的な状況を伝えるものであった。
1-3.鼻血をめぐる虚像に興味を持ち過剰な不安感を抱いたのは、首都圏の極めて限られた(局地偏在の)「感じやすく動揺しやすい人たち」だった。
1-4.彼らはマスメディアが報じるのだから被曝して「鼻血」を流している人がいるのは事実で、「全国的な大きな危機」が勃発していると思った。また全国で話題が共有され、全国的な大問題になっていると感じた。
1-5.原発事故と鼻血の関係が否定されないまま、大量の原発事故報道が日々塗り重ねられるように発信され、[原発事故被害をめぐる巨大な虚像]が生み出された。

2-1.2012年、反原発の言論やデモが盛んになり、これらのう報道量が増えた。原発容認や不安を解消しようとする報道は増加しなかった。
2-2.瓦礫処理をめぐる報道が原発への忌避感を煽った。

2-3.鼻血をはじめとする被曝症状を恐れていた「感じやすく動揺しやすい人たち」は更なる不安に取り憑かれた。
2-4.反原発活動家が、被曝への不安に賛同し、瓦礫によって全国に放射性物質が拡散されるという瓦礫処理をめぐる虚像を広めた。虚像のひとつである山本太郎の言動を複数のマスメディアが報じ、彼を名指しして発言を否定するマスメディアは少なかった。
2-5.瓦礫処理に異を唱える動きや健康被害を訴える声が実際より拡大されたほか、原発否認の報道が増えていたことから[原発忌避の広がりをめぐる巨大な虚像]が生み出された。

3-1.反原発活動家(政治家)は、鼻血をふくめ被曝への不安を「コストに見合わないもの」と原発を否定する根拠として利用して、「感じやすく動揺しやすい人たち」の支持を集めた。
3-2.「経済性の前提として安全性を挙げる原発の存続に否定的なマスメディア」は「安全基準・規制フレーム」に基づいた報道をし、被曝不安へは安全より安心の方針のもと報道を行った。
3-3.安全より安心は科学的に事実を無視し、不安を増長させ、悪き風評を生み、「感じやすく動揺しやすい人たち」の心理に不安と危機感を固定した。

4-1.報道が生み出した巨大な虚像によって、局地偏在の少数派であった反原発運動と支持者、瓦礫処理反対運動と支持者が多数派で、実際より広がりと影響力があるような錯覚が生じた。これらを批判する報道が圧倒的に少なかったため、原発事故の被害が過大に、原発を忌避する価値観は正しく、恐ろしげな話題は風評ではなく事実であると目された。
4-2.2014年に鼻血の虚像を強化しようとした「美味しんぼ」の描写が批判されたものの、反原発のフレームに則った報道の影響力は低下したもののALPS処理水を「汚染水」と呼ぶことで「安全基準・規制フレーム」に基づいた虚像を生み出そうとする報道機関があり、活動家、政治家がいる。

 この結果、各虚像が最大化していた2011年半ば以降2014年いっぱいは首都圏からすら自主避難者が現れ、風評加害と風評被害が拡大した(『なぜ首都圏は恐れいつ忘れたのか』/『災害時の不安と危機感から発生した攻撃衝動』)。また2014年に「美味しんぼ」の描写が否定され「虚像」の影響力が低下したものの、「安全より安心」が満たされなくなてはならないとする報道によって、いつまでも安心が満たされないままの「被曝が気になり続けた層」に不安と危機感が固定された。

 マスメディアによって生み出された「巨大な虚像」の一画に、ALPS処理水を汚染水と呼ぶ情報操作がある。「汚染水」が話題になったのは直近では2021年4月だが、現在も敢えて「汚染水」と呼ぶ活動家や政治家が後を断たず風評加害が止める気配はない。

鼻血に着目して報道やコンテンツなどマスメディアの影響を整理
原発存続に否定的なメディアと活動家の関係が情報災害から風評加害を発生させるまで

 鼻血からALPS処理水に至る10年間を振り返ると、さまざまな虚像を生み出そうとするマスメディアに対して、虚像の誕生を止めるに足る言論をバックアップする報道があったなら、原発事故後の社会の混乱を抑止できたのではないかと思われる。

 鼻血も、ALPS処理水を汚染水とする言い換えも、どちらも反論や否定が難しかったわけではない。

 東京新聞と朝日新聞が報じた鼻血の事例で、鼻血が出たのはそれぞれ1人だけであった。ともに医師が因果関係を断言できないのなら、原発事故を扱う記事で取り上げる必要はなく、読者に不安を与え原発を否定させようとしたのなら不適切以外の何ものでもない。しかも両記事の内容には医学、放射線等専門分野から批判の声があがっている。ところが東京新聞や朝日新聞と等しい報道量で、名指して批判するマスメディアはなかったのである。

 ALPS処理水を汚染水とする言い換えもまた、処理前の状態を汚染水、処理後を処理水と呼ぶ理路を無視したものであるだけでなく、処理水放出の安全性には賛否の議論が入り込む余地はない。だが、これもまた中立的に伝える報道はあったが、汚染水と呼ぶマスメディアや活動家、政治家を批判し否定する報道はなかった。

 道理に合わない不自然な報道を許した原因を、原発事故後の混乱にだけ求めるのは正しくない。報道に関わる者が原因を究明できないなら、マスメディアは事の大小を問わずの再び情報災害を発生させ、しかも拡大させるだろう。マスメディアが社会的に政治的に異論の者を沈黙させ、政治家を誕生させ、一地域を抑圧できる権力であることと、報道やコンテンツが暴力そのものになることを鼻血報道が教えてくれている。

 「安全より安心」は優しげな心遣いに思えなくもないが、風評加害以外の何者でもないのである。


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