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暗殺、統一教会追及、国葬──記録と証言で振り返る80日間

論点がずらされ、意図的な停滞で何ひとつ進展させず、感情がひたすら煽られて、この一連の動向が国葬によってとどめをさされた80日間でした。

7月、8月、9月におこったできごとの要点をまとめて、それぞれに記録や証言を付随させました。まとまりのある読み物としてではなく、状況が変化する様子や、これらの原因を理解するための資料をめざしています。

常に未完であり、公開後は必要に応じ記事に手を入れるつもりです。

12,000文字相当の記事なので、お急ぎのかたは各章冒頭の太字部分「要点」を順にお読みください。図版だけ見るという使い方もあるでしょう。各図版はタップまたはクリックすることで拡大できます。

■論点がずれていった7月
■何ひとつ進展させないままの8月
■国葬がとどめとなった9月
■当事者たちが見た結末
以上4章構成(2022.10.3公開時)です。

更新/
2022年10月8日 当記事で採用した証言のほか新たな聞き取りをもとに再構成した記事を公開しました。

構成・図版・タイトル写真
加藤文

論点がずれていった7月

【要点】
 安倍晋三氏暗殺事件が発生した7月8日だけでも、暗殺を論じていた世論がカルト宗教や統一教会を疑うものに変化している。11日に統一教会が会見を行うと、挑発に乗るかのように論点が暗殺から統一教会に切り替わった。論点が変わるとともに、人々は容疑者への同情や共感をもとに怒りを覚え、続いて自由民主党議員と教団の関連性に興味や関心が向いたのだった。

 自由民主党の議員を中心に教団と接触があった人物が公表される頃には、暗殺事件の本質を問う世論はかき消されていた。

 世論誘導の試みは8日に毎日新聞が報じた自業自得論、飼い犬に噛まれた論にはじまり、未だ実態が判然としないなか参院選への影響を意識してか9日、10日と統一教会を名指しする記事が立て続けに公開されている。ここまで報道はすべて警察のリーク情報をソースにするもので、容疑者の言い分をもとに構成されたものだった。

──7月8日

 2022年7月8日午前11時31分、街頭演説中の安倍晋三氏が銃撃された。速報が流れた直後からツイッターには警備の不備を問う声が投稿されている。

 13時台になると、まず凶器が手製の銃であったと報道された。状況説明に続いて、要人を暴力で排除し言論を萎縮させる行いを憂慮する報道がはじまった。

 また14時台に容疑者が元自衛官であったと報道された。17時3分、死亡を確認。18時台の報道は、ここまでの出来事をまとめたもののほか安倍氏の経歴や在任期間中を振り返るものとなった。

 手製銃が使用されたことと容疑者が元自衛官であったとする報道は警察からのリーク情報をもとにしていた。警備の不備と奈良県警の責任を問う声は前述のように午前中から登場し、元自衛官報道に対しては自衛隊批判へ誘導しようとしているとしてネット内で不満の声があがっている。

 20時5分、毎日新聞は安倍晋三氏が銃撃されたのは彼の政権が長期に渡ったからであるとする小沢一郎氏の談話をWEB版記事として掲載。同紙は20時42分にも、元自衛官による犯行を強調した上で安倍氏または自由民主党政権に責任があるとした青木理氏の意見を掲載。報道機関のものとしては、この2つの記事が自業自得論の初出といってよい。

 21時、22時になっても報道は続いた。この段階では自業自得論、飼い犬に手を噛まれた論を展開した毎日新聞に追随する報道機関は皆無だった。

 23時台に奈良県警の会見を伝える報道が、立て続けにWEB版記事として掲載された。会見はリーク情報を上書きするもので、警備体制についての質問には明確な答えは得られていない。会見では、容疑者の母親は「特定の団体」と関係があり多額の献金をしていたとされ、これが後の統一教会追及の発端となった。

 「特定の団体」についてさまざまな信仰宗教を疑う声がネット上に飛び交い、統一教会ではないかとほのめかす声が同日中に登場している。

 速報から警察の会見報道まで、国内メディアは事件を「銃撃」などと表現し「暗殺」とするものはなかった。ちなみに海外メディアは一貫して「assasination / assassinated」暗殺/暗殺されたと表現していた。


──7月9日以降(7月前半)

 7月9日の新聞朝刊やWEB版記事の午前の更新から「特定の団体」と献金の関係が報道され、8月10日参院選当日の午前6時に更新されたFlash WEB版では団体は統一教会であると断定している。

 9日から10日にかけてネット上には安倍晋三氏と統一教会の関係を問う声が増えていた。だが7月10日の参院選には統一教会をめぐる安倍晋三氏と自由民主党への批判は影響を与えなかった。

 7月11日に、これまでの報道を受けて統一教会が会見を催すと、報道機関から一般市民まで論点が統一教会問題にいっせいに切り替わった。

 この日、これまでに容疑者が供述したとされる

「母親が宗教に金を払いすぎて破産した。恨みがあった」
「政治信条に対する恨みはない」
「団体トップを狙うつもりだったが、接触が難しかった」
「この宗教団体とつながっていると思い、安倍元総理を狙った」

以上の発言がまとめて報道された。同時に容疑者への同情論が発生して、同情論は統一教会のみならず安倍晋三と自由民主党への批判と一体のものとなった。

 暗殺事件が発生した8月7日から、教団が会見をして世論が明らかに変化しはじめた12日までの、人々の興味や関心の在り方をGoogle Trendで観察してみた。

 現在まで追跡観察している検索キーワード「統一教会+議員」(統一教会と議員の関係への興味・関心)の推移と、「5.15」(5.15事件)、「2.26」(2.26事件)、「暗殺」の推移の比較だ。なお「暗殺」が他と比較して莫大な検索数であるため別途グラフ化して表示した。

 8日23時台に「特定の団体」について報道されてから、暗殺そのものや事件の重大性への人々の興味や関心が薄れ、人々が知りたいものは「統一教会とは何か」になっている。


──7月9日以降

 7月16日から、キーワード「統一教会+議員」への興味や関心が上昇している。この日、井上義行議員と統一教会の接触・接点が報道されたのだ。

 続いて18日には船田元議員が報道され、五月雨式《さみだれしき》に26日まで議員の実名報道が続いた。そして7月いっぱいでほぼ統一教会と接触・接点をもった議員についての情報はほぼ出揃っている。

 このことが興味や関心度の推移にも現れ、船田元議員の名前があがった18日をピークに下降し、多数の議員名が報道された25日、国家公安委員長が名指しされた26日に上昇したものの瞬く間に下降している。

 興味や関心の低下は、多くの人が名指しされた議員名と内容を記憶していないことにも現れている。この期間に公表された議員名だけでなく、これ以降に公表された議員名も、継続して繰り返し報道される人物以外は忘れられている。

 そして以後8月の統一教会追及は、自民党汚染ズブズブ論とも言うべきものに拘泥していくのだった。


何ひとつ進展させないままの8月

【要点】
 暗殺事件から統一教会についての問題提起が起こったのはとくに奇怪なできごとではない。不可解なのは、暗殺事件そのものの検証や反省が7月9日以降きれいさっぱり消え去り、11日から教団追及、その後は自由民主党追及一辺倒の報道となって世論が誘導されたことだ。

 8月にも五月雨式《さみだれしき》に統一教会と接点があったとされる政治家の実名公開が続き、自由民主党党内でも調査が行われ結果が発表されたが、7月月末までに理解されていた内容を大幅に超えるものはなかった。これら教団と政治家の接点から、立法や政策がどのように影響を受けたか確たる証拠が何ひとつあがってこなかったのである。

 また本来であれば、影響を立証しなければならない暴露側が作業に着手することなく、推察や憶測で政界の腐敗と統一教会の影響力の大きさを喧伝し続ける日々が続いた。被害者(信者に二世)の救済も忘れられたまま現在に至っている。

 あえて何ひとつ進展させなかったのだ。

 ひたすら憎悪と排除を煽る暴露や報道によって、7月まで冷静だった江川紹子氏もヒートアップするなど専門家の様相も変わった。市民レベルでも人権や現行法の規定を無視しても統一教会をつぶし、信者を公的な場から追放しろと求める声が強まり、「壺」や「ズブズブ」といった言葉が流行した。

 後述するワイドショー『ミヤネ屋』を筆頭に単純な善悪の構造で憎悪をあおったメディアが、時間をとことん無駄にして宗教と社会の関係を考えて整える機会を無にしてしまったのである。


──ワイドショーが増幅させた感情

 8月のはじめは、教団を解散させることがあたかも前提となっているかのような調子で、自由民主党の議員と教団が癒着しているため解散させられないまま現在に至ったとテレビのワイドショーなどで語られた。こうした憶測どまりの過大な影響が結びつけられ、教団が日本を牛耳っているかのように伝えられながら、超法規的措置で教団を解体しなければならないとワイドショーを舞台にカルトの専門家たちも発言が活発化している。

 統一教会問題が解決策へ進むのを止めて、ひたすら大衆の感情を昂らせたことで大きな影響を与えたのは、読売テレビ制作で日本テレビ系列局放送のワイドショー『情報ライブ ミヤネ屋』だった。

 8月の『ミヤネ屋』をめぐる人々の興味や関心を、継続的に観察しているキーワード「統一教会+議員」と比較してみた。

 個別の議員への興味や関心は7月末から低下して横ばい状態だが、この頃から議員と教団の癒着について憶測を盛んに語った『ミヤネ屋』への興味や関心が伸長しはじめている。教団が日本を牛耳っているかのような主張が番組の基調になると、『ミヤネ屋』への興味や関心はさらに激しい盛り上がりをみせた。

 なぜ数あるワイドショーのなかで『ミヤネ屋』が注目を集めたのか。

 司会者宮根誠司氏が支配する番組空間に、紀藤正樹氏や鈴木エイト氏などを権威として据えて、番組が正義の立場をまずつくりあげた。統一教会と自由民主党を悪、番組と視聴者を善とする単純な構造へ持ち込む。わかりやすく悪を糾弾すると、視聴者の期待通りの展開になり視聴率があがる。糾弾の刺激を上げ続けることで視聴者離れをなくす。こうしたワイドショーの視聴率向上のセオリーが徹底して適用されたと言ってよい。

 これは単なる他局との視聴率競争ではなかった。FRIDAY WEB版に『ミヤネ屋』固有の事情が語られている。

FRIDAY digital 8/6 ひろゆきも称賛!『ミヤネ屋』旧統一教会への攻めっぷりの裏事情より

 『ミヤネ屋』は全国放送としては後発組になるCBCテレビ制作でTBS系列局放送の『ゴゴスマ -GO GO!Smile!-』(略称ゴゴスマ)との視聴率競争で苦戦していたのである。

 2016年から全国進出をはじめた『ゴゴスマ』は、2020年から関東で視聴率を著しく伸長させて21年には8%台という午後枠では驚異的な視聴率を叩き出している。覇権を握る『ミヤネ屋』をはじめ昼枠のワイドショーは視聴率3〜5%台で推移するのが通常なので、『ゴゴスマ』が記録した視聴率は驚異的と言ってよい。

 既にさまざまな媒体で統一教会問題を扱う『ミヤネ屋』の視聴率について語られているが、独自に取材したなかからも『ミヤネ屋』制作スタッフのみならず局全体が『ゴゴスマ』の存在を強く意識していたうえで番組がつくられていたようすがわかった。「7月の成功をもとに、8月はアクセルをベタ踏み状態にした」というのだ。

 「ミヤネ屋は横綱なんだけど追われる側だった。扱うネタが同じなんだから、あたったやり方があるならイケイケになるのは当然。こんなときわざわざ論点を変える番組なんてない。ここまで(統一教会や自由民主党議員を)悪にしてしまうと、被害者の複雑な事情なんて扱えない」と証言する者もいた。

 わかりやすい勧善懲悪の構造をつくり、わかりやすく悪を糾弾すると視聴率があがる。それぞれの思惑の道具として利用したい専門家にとっては願ったり叶ったりの舞台となり、制作者との思惑が一致したうえで論点を次のステップへ進めるのを止めた──こうした疑いがあるのだ。

 影響は番組の視聴者にとどまらず世間全般へ漏れ出していく。興奮ばかりがたかまって、いつまで経っても課題が解決されない怒りが安倍晋三や自由民主党だけでなく、教団信者や二世をも社会から排除しようとする世論をかたちづくった。「壺」や「ズブズブ」を連呼して超法規的な措置を望む層の登場だった。


──当事者たちが見た8月

・統一教会二世で信仰を拒否している公務員A
・オウム真理教脱会者の女性B
両名については以下の記事で紹介した。

 Aは論点が暗殺からカルトや統一教会に移行したとき、今から何がはじまるのか「気持ちがざわざわ」したという。教団と自由民主党の関係が政治家の名前とともにあきらかにされはじめると、自分が信仰のない二世として抱えている問題が解決に向かうきっかけになるのではないかと気持ちが大いに高揚した。

 専門家の発言とテレビ番組の論調が統一教会の影響を過大に表現し、やがて教団が日本を支配しているかのような印象を与えはじめると、自分でもよくわからないままAは興奮していた。超法規的措置が必要不可欠とする専門家の主張を、深く考えるきっかけと冷静さを失ったまま賛同した。

 しかしAはお盆休暇に差し掛かる前からじれったさを感じるようになった。被害者救済について「何も、誰も動かない」からだ。24時間テレビに信者が協力していたとする報道とともに、番組出演の予定があったアイドルグループが教団に協力する二世信者だと暴露された。このときAは興奮が一気にさめ、恐怖で体が硬直したという。

「自分は二世ですが、あんな宗教を信じてません。でも調査されたら信者と特定されるかもしれません。アイドルの子たちがそうだったんだから、特定されるでしょう。『説明すればいい。なんとかなる』なんて気楽に言ってられるくらいだったら何も悩みません。あの子たちの暴露だって、暴露されっぱなしです」

「統一教会をつぶせと自分も興奮してました。いまだから言えますが、みんな暴露、暴露、暴露……で酔って踊り狂ってた。考えてみたら、つぶしたからって親がまともになるわけないし、自分と親の関係が変わるとは思えません」

 Aは自分が次の標的にされるのではないかと不安になり心身の調子を狂わせ、現在通院加療中だ。

 Bは論点が統一教会に向いた時期に、
「上祐が出しゃばって出てくるかもしれない、かな。余計な話のほうが面白がる人が多いでしょ。あと二世の人は顔出しでテレビには出られないから、ますます余計な話になるんじゃないかと思いました」
 と上祐史浩の登場以外は、現在に至る過程をかなり正確に予見していた。当事者が救済されないのは「わかっていた」とも言う。

 Bは統一教会と政治家の関係が報道されると、世の中の怒りが自分にも牙を剥くのではないかと困惑を覚えた。

 統一教会の信者は政治家と接触してはいけないという主張は、信仰する宗教を告白しなければならなかったり、調べられたりすることと一体で、これは彼女が脱会後に直面した苦労を思い起こさせた。脱会していると反論しても聞き入れられず、いつまでも危険人物と見做されてきた20年間だった。

 教団が日本を支配しているかのような論調になると、不安は恐怖に変わった。恐怖感を倍増させたのがアイドルグループに対しての暴露だった。

「政治家とあの子たちはちがうでしょ。あの子たち、これからどうやっていけばいいんですか。ネット記事で暴露されているのを読んだとき過呼吸になって」とBは統一教会の信者や二世が人質に取られて利用されていると確信した。 

 Aは興奮が恐怖に変わったとき世論が誘導されている状態がはっきり見えた。

「いま統一教会に向いているものすごい熱量が何を達成できるのか、私には想像できません。いったい誰のため何のための統一教会問題なんですか」

 行く末を予見していたBは、テレビだけでなくオウム真理教事件時になかったネットが統一教会追及の論調を大きく左右するだろうと思った。

「(ツイッターで鈴木エイト氏が自分をフォローしてくれという発言をしたとき感じたネットを巻き込む悪い予感について)勘がはたらいたから、怖いとおもったんだと思います。私は信者だったことを引きずって生きてきたから感じたのでしょう」

 二人とも不安や恐怖を感じても、流れに抵抗するのは無理で逃げ場はなかったと言う。


国葬がとどめとなった9月

【要点】
 統一教会をめぐってわかりやすい勧善懲悪の構造がつくられ、政治への憶測どまりの過大な影響が結びつけられ、教団が日本を牛耳っているかのように伝えられた8月だった。ところが23日に立憲民主党が同党の国会議員の14名が教団と接触があったことを公表すると、教団ならびに自由民主党糾弾の勢いにブレーキがかかった。

 紀藤正樹氏は接触したことだけでなく付き合いの濃淡で評価すべきであると、これまでの主張と異なる基準を持ち出している。鈴木エイト氏は24時間テレビの出演予定者のアイドルが教団と深い関係にあるとして、政治関係者以外の暴露をはじめるかにみえた。『ミヤネ屋』は9月に入ると統一教会追及の姿勢が後退しはじめ、これが同番組をソースにしているネットニュースの本数やPVの減少に現れている。

 とどめとなったのは国葬の実施だった。統一教会とともに自由民主党の悪魔化が進行し、国葬の直前には以前からの「アベの悪魔化」と合流して国葬反対の論調をかたちづくっていた。こうした声は国葬が終了するとまったく目立たなくなり、同時に統一教会への勧善懲悪論を陳腐化させたようにみえる。

 国葬当日に立憲民主党の辻元清美氏が統一教会系団体の勉強会に会費を払って参加していたことを公表。この問題でこれまで厳しく自由民主党を追及してきた辻元氏の姿勢との矛盾や、目立たぬように国葬の日に合わせて公表したことを批判された。擁護したのは、『ミヤネ屋』の番組中に紀藤正樹氏提唱の濃淡論にしたがって「淡」であると裁定した鈴木エイト氏と、この裁定に太鼓判を押した司会の宮根誠司氏くらいのものだった。

──中継がすべてを変えた

 人々の興味や関心の動向を継続して観察できる術が限られているためGoogle Trendを利用している。安倍晋三氏暗殺事件からはじまった統一教会追求にともなう動向では、検索キーワード「統一教会+議員」を基軸にすえて他と比較してきた。キーワード「統一教会」「国葬」「国葬+反対」と比較したのが次のグラフだ。そして動向を模式図化して、ここに報道や論調の流れを付加したのがグラフ下の図だ。

 「ミヤネ屋は横綱」と証言したメディア業界関係者を仮にCとするが、彼は「国葬中継を見て気づいたのは、統一教会の話題にはリアルさがなかったこと」と言っている。

──リアルとは。
「そのまんま目で見て、見たまま感じたものだ。テレビの感覚では国葬を『みんな見た』と言っていい。テレビを見ない人もネットニュースの記事に載ってる写真を見たと思う」

 当日のNHK総合の特設ニュース(午後3時からの1時間)の平均世帯視聴率が関東地区で9.7%、関西地区が11.7%だった。個人視聴率をベースにした番組占拠率は37.6%で、テレビを視聴状態にしていた人の3分1以上の人がNHKの特番を見ていたことになる。ちなみに平時の同時間帯のNHKの視聴率は1%台である。

 さらに中継とあわせてすべての媒体で国葬が伝えられた。

──暗殺事件もリアルだった。
「動画が撮られていて写真もいっぱいあった。ニュースがずっと流した。リアルさが、国葬のリアルさで回収できたのではないか」

──感情の回収?
「そうでもあるし……。銃撃の日は曇り空で地方の都市で安倍さんが倒れていて。国葬には会場の大きさや人の顔や人数とか、空の色があった。感情の整理もあるけど、何がどうなったかの結末がそのまんまで見たまんまだった。何がどうなったか現実の回収でしょう」

 また各種報道で式の様子だけでなくさまざまなものが可視化されたというのだ。

──統一教会の話題にはリアルさがなかったというのは?
「あたりまえだけど『ミヤネ屋』にあったのはスタジオ。司会は正しいというルールで、番組が連れてきた専門家は『私が言っているのだから真実』というルールもある。リアリティーはなんだ? という話になる」

──しかし多くの人はリアルだと思って興奮したはずだ。
「……それもルールじゃないかな。ワイドショーを観るとき視聴者は司会者の側に立って、司会者の味方につく。正しい司会者に現実を見せてもらっているというルール。暗黙の了解がなくなったらワイドショーは成り立たない。そのうち視聴者はリアリティーがわからなくなったのだろう」

──足りなかったものは何か。
「ほかの人は知らない。自分にとっては、たしかなもので目に見えるものかな。オウムのときはいろんな事件と結末が目に見えていたし、テロや上九一色捜査だけでなくパソコン屋や弁当屋も。リクルート事件のときは株の譲渡があった、もっと古いものではロッキード事件の『ピーナツ受領』というメモや領収書。それでどうなったかがあったけど、統一教会のことでは『私は知ってる』しかないと思う」

 安倍晋三氏暗殺と国葬に匹敵するリアリティーが、暗殺自業自得論、安倍・自民汚染論、教団の過大な評価/日本支配論にはなかったという証言だ。リアルさがなかったのは情報伝達の方法によって生まれた面もあるが、「私はこう考える」「私は知っている」を超える確たる現象、確たる証拠がなかったとする意見である。

 Cは「振り上げた拳を番組と視聴者が下ろせるようになるまで話題は続く。でも世間は終わったと思っているのではないか。なかには、そんな話題がはじまってすらいなかった人もいる」と言った。これは二世などの救済が再び遠ざかったのを意味するのかもしれない。


当事者たちが見た結末

【要点】
 統一教会二世で信仰を拒否している公務員Aとオウム真理教脱会者の女性B。二人は立場上、実名をあきらかにしたり姿をあらわすことができない。さらに統一教会についての専門家や彼らが登場するメディアにとって「ふさわしい当事者」ではないので、この先も発言の機会は与えられないだろう。さらに信者や関係者を超法規的措置によって排除してもかまわないと公然とテレビ番組などで主張されるまでになり、ますます意見を世に問うのが難しくなった。

 まだ結末を語るのは気が早いかもしれないが、二人は80日間の動向に失望している。

 もとはと言えば統一教会追及は二世の苦しみをことさらに取り上げてはじまった運動だった。しかし安倍晋三氏暗殺事件からも、当事者の救済からも論点がずらされ、意図的な停滞で何ひとつ進展させず、感情がひたすら煽られた80日間だった。当事者を救済しようとしないなら、自己主張や我欲、商売や政治的な目的を達成するために費やされた80日間だったことになる。


・統一教会二世で信仰を拒否している公務員A

──いまどのような状態か。
「医大病院の精神科にかかっています。不眠は薬のせいで多少よくなっているかもしれませんが恐怖感と鬱はまだまだです」

──職場や生活の場で実害はあったか。
「まあ特には。でも、どこでどうなるかわからない不安がいつもあります。統一教会の信者なのが知られて取引先とトラブルになった人の話が耳に入ってきてます。信じている宗教が何か探られて追及されてます」

──話を聞いた9月半ばから、むしろ状況が悪化しているということか。
「そうですね。政治家がダメージを受けたのではなく、信者や二世に流れ弾があたりまくっています。かなり前ですが、三浦瑠麗さんが信者だと疑われて答えろと迫った人たちがいたのも忘れられません。どうしてあれを重大問題として取り上げないのですか。ダメなものはダメとやっておかないから、こうなってしまった」

──ワイドショーや専門家はトーンダウンしてきたが。
「もうここまでくると関係ないでしょう。国葬で並んでた女の人を信者って言い出した弁護士のような嫌がらせが続くのでしょう。カルトの専門家連中もあれを止めなかった。これは馴れ合いですし、被害者を救うと言ったときの被害者とは自分たちのことではないとはっきりしました」

──そういうものが可視化された。
「はい、あの(国葬反対で安倍晋三氏の写真を射的の的にしていた)水鉄砲のバカも。ああいうバカが、もっともらしい理屈でこっちにも嫌がらせをするんじゃないですか」

──統一教会問題は、まだ終わらないと感じているのか。
「いや、騒がしいのは終わるんですよ。悪化して終わるだけです。このままやっていけば救われるだろうと誘導に乗って踊った自分も悪いのですが、偏見が増えちゃったんです」

──偏見とは。
「悪の組織で、政治を操ってる宗教の、金遣いがおかしな信者で、洗脳……。ふつうの人はこれでどんな人かイメージできるんですか? 自分は親がいかれていると思っていますけど、それとはズレが大きすぎます。信者は化け物のキチガイって感じの、すごい偏見がひろがってしまったんです」

──この80日間は何だったのか。
「最悪ですよ、それしかないです。なぜ自分はあんなに興奮してしまったのか。いままでの人生や親への仕返しのつもりだったのかもしれません。自分は仕返しだったとして、ほかの人たちがあんなに盛り上がっていたのは謎だし、誰のために興奮してたのか。これを言うと、盛り上げた人は何のためだったのかってなりますよね」

──この80日で残すものがあるとしたら。反省として残すべきものは。
「やたらな排除と暴露があったことと、これを専門家が堂々とやったこと。アイドルの暴露、ネックレスの人を決めつけたこと、排除や決めつけが濃淡で決まるとか言い出したこと。暴露のネタを持っている人と(教団との関係や悪質さの)濃淡を決める人が神様になったことです。忘れてはいけません」

──なにか言いたいことは?
「専門家が自分たち二世のことを知らないし、いま起こっていることも知らないんですよ。踏み絵を踏まされてビジネスから排除されているのを知っているとしたら、ひどいと思う。偏見を広めたのは彼らです。信者や二世の代弁者に勝手になっていますが、被害受けているのはこっちなのは本当に意味がわからない」


・オウム真理教脱会者の女性B

──いまどのような状態か。
「最悪な気分は抜け出せました。でも元々がよくないですから」

──気分が救われたきっかけは?
「はっきり変わったのがわかったのは国葬の日です」

──なにがあったのか。
「いっぱい(献花の)行列の人がいて、あの人たちはあんまり悪意がないだろうと感じたので。これが見られたのが大きいですね。あと政治といっしょになって悪さしそうな人もどんな人なのか見えて納得できました」

──それまでは目に見えない怖さがあった?
「そうそう。そういう意味では国葬は今までになかったものを見た気がします」

──統一教会の話題にはリアルさがなかった。国葬中継にはあった。と、言う人がいた。
「わかる、それですよ。信者さんや二世さんは迂闊にテレビに出にくいというのもあるでしょうけど、概念っていうのかな、テレビはそういうものだけで話をしていたような。リアルさがなかったと言われて気づいたのですが、悪者の印象を番組でつくって熱くなっていました。言ってしまっていいのかわかりませんが、テレビに洗脳されてませんか、うまいように信者にされてませんか」

──8月に感じた不安の種は、これか。
「かなり。怖いからほとんどテレビを見なくなったんですが、あれではエスカレートするだろうな、中身がないままだし、自己啓発セミナーや宗教の洗脳のまんまなんだから。ネットだってリアルなことを知らない人がヒートアップしていました」

──この80日間は何だったのか。
「私にとって? つらかった。自分もやられるぞっていう。だから国葬の行列を見て救われました。たくさんの人たちは、こんなこと考えてないだろうなと」

──世の中にとっての80日間はどうだろう?
「本気で統一教会のことを考えてた人がどれだけいたんでしょうか。ウクライナの戦争や、家の猫のことを考えるのが普通でそれでいいと思うんです。でもテレビを見て興奮しちゃう人がいて、目がぎらぎらしてそうなくらいの人もいて、これでどうなったんですか。どうにもならないままですよね。この人たちの興奮はどうなるんでしょうか」

──この80日で残すものがあるとしたら。反省として残すべきものは。
「でたらめを注意したり違う意見が言えなくなった80日でした。アイドルの子たちはレッテルが貼られっぱなしなのに、辻元さんはミスしただけで関係が淡くて許されるなんて勝手なもんだなと。私もこんなことができる特権階級になりたいけど、どこで人生がちがっちゃったんだろう(笑)」

──なにか言いたいことは?
「こわかったんです、テレビも一般人も興奮していって。でも国葬が統一教会のことも7月8日までもどしてくれたと思う。これは憶えておいてほしい。だからやりなおすチャンスだと思うし、今やりなおさないならずいぶんな嘘だったということになると思います」

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