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二世問題はどこへ消えたのか 【短信 統一教会問題】

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加藤文


暗殺事件から宗教二世問題へ

 当初、安倍晋三氏暗殺事件は元自衛官が起こした事件であると報道された。奈良県警からの取り調べ情報のリークは続き、犯人は元統一教会・現世界平和統一家庭連合信者の母親を持つ宗教二世であるとされた。(以後、教団名を統一教会と表記する)

 夫の死、小児がんを患った長男の失明と不幸が続いた容疑者の母親は統一教会の信者になり、財産を教団に注ぎ込み続け破産した。こうした事情が報道されるに至って容疑者を同情する世論の流れが生まれた。

 同情の背景に、統一教会に限らず新興宗教に人生を振り回される宗教二世の問題が注目されていた事情があった。しかも二世問題当事者が描いていたWEB漫画『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』が、半年前に宗教団体の抗議で連載が打ち切られ問題の闇深さが印象づけられていた。

 親は自分の意志で入信しているが、否応なく巻き込まれて逃げだせない二世の苦しみを世の中に知らせなくてはならない、救いの手を差し伸べなければならない──と容疑者への同情にとどまらない社会的な意識が形成されようとしたのだ。

 そして2022年7月15日頃、オンライン署名サイト「Change.org」に容疑者の減刑を求める署名運動が提起されたのである。

 署名運動の呼びかけには次のような言葉が綴られている。

父親の自殺、母親の教団への1億円超えの寄付による破産、難病の兄の自殺
母親は、統一教会(現世界平和統一家庭連合)に入信する前にも別の宗教団体にのめり込み、ほぼ育児放棄、父親と母親の間にはその事で喧嘩が絶えず、その後父親は自殺

今回の事件以降、SNSでは沢山の統一教会(現世界平和統一家庭連合)をはじめとする新興宗教の二世による苦悩の実態が明らかにされました。
親の信仰によって、生活も精神も追い詰められる人が非常に多いです。

山上徹也容疑者の減刑を求める署名より(抜粋)

 減刑を求める署名運動には、容疑者を宗教二世の象徴に祭り上げるだけでなく英雄視する動きがあると批判が集まったが、二世問題そのものの解決まで糾弾するものではなかった。


二世問題から政局へ

 だが二世問題を憂う世論は変質していった。統一教会問題に以前から取り組んできた鈴木エイト氏が閣僚や他の政治家と統一教会の関係を公表するたび、自民党と教団の関係を問う声に変わり、これを政局の問題へとすり替える人々が登場したのだ。

 統一教会二世や宗教二世をめぐる世論の動向は継続的に調査されていないためGoogle Trendを利用して検討してみようと思う。まずキーワード「二世問題(2世問題)」が、この1年でいかに検索されたかを調べてみると前述のオンライン署名開始前後の2022年7月10日から16日に最大値を記録したことがわかった。


 だが統一教会二世や宗教二世への興味は瞬く間に薄れている。

 Google Trendが公開しているもっとも古い2004年1月1日の値から現在までの「二世問題(2世問題)」についての検索動向をグラフに表すと以下のようになる。2000年代初頭から中期のほうが、現在より二世問題への関心度が高かったことがわかる。おおよそ20年間の動向から見て、7月10日から16日に盛り上がった宗教二世への世の中の関心は伸びしろがあったと言えるのだ。


 7月10日から16日の1週間になにがあったのだろう。

 7月10日とは参院選の投開票日で、7月15日は前述のように減刑を求める署名運動がはじまった日だ。7月9日までは参院選への影響が考慮されマスメディアは統一教会と議員の関係について報道が少なく、あるとすれば容疑者の動機と安倍氏の関係が語られる程度だった。だが選挙が終わると堰を切ったように特定の議員名をあげて統一教会との関係が報道されるようになった。


 報道内容が変わったことで「統一教会と議員」への興味が急伸長した。それまでは安倍晋三氏がそうなら他の議員も何らかの関係があるだろうと語られ、これが現実の社会にどのような影響を与えたか、二世問題と歩調を合わせて考えられていたが様相が一変したのだ。

 

 「統一教会と議員」をめぐる熱狂は2000年代初頭から中期の宗教二世への関心の盛り上がりをはるかに超えるものだった。真っ先に救済しなければならないとされていた二世問題への危機感は議員追及の意識に置き換えられて、盛り上がりの伸びしろが消え去ったと言ってよいだろう。


 こうして統一教会問題は被害者救済に向かうのではなく政局をゆるがす爆弾と化したのである。


専門家たちは何をしたのか

 鈴木エイト氏が統一教会と議員の関係を積極的に公開するいっぽうで、7月10日以後有田芳生氏、江川紹子氏、紀藤正樹氏といった専門家の面々が注目されメディアで取り上げられる機会が増えた。

 この3名はオウム真理教事件報道や信者問題解決の立役者でカルト問題の専門家とされている人々だ。

 今回の事件ではじめて統一教会の存在を知った者もいるだろうが、1970年代から1990年代までは大学のキャンパス内での勧誘が盛んだっただけでなく、1992年に新体操選手の山崎浩子氏と歌手の桜田淳子氏が統一教会の合同結婚式に参加、同年から数年間女優の飯星景子氏の入会と脱会をめぐって父で作家の飯干晃一氏が奮闘するなど同教団にまつわる話題が事欠かなかった。

 2000年代に入っても統一教会をめぐるトラブルが絶えず、教団への関心は宗教二世への関心をはるかに上回るものであり続けたのを以下のグラフが示している。


 では一連のオウム真理教事件が終結した2000年代以降、有田芳生氏、江川紹子氏、紀藤正樹氏はどのような影響を世の中に与えてきたのだろう。三名についてのイメージ調査が存在せず、またここまでに使用してきたデータとの整合性を鑑みてGoogle検索上の動向で検討しようと思う。


 専門家三名は、この間も統一教会問題について言及することがあったが、機会がすくなくインパクトに欠けていたのは私たちの印象の通りであった。有田芳生氏は政治家として統一教会問題に積極的に取り組んでいたとは言い難く、もっぱら「しばき隊」の人として言動が認知されている。江川紹子氏は自由報道協会をめぐる上杉隆氏との確執と、テレビ番組出演をめぐる張本勲氏批判の人として認知されている。紀藤正樹氏は安愚楽牧場問題とホームオブハート洗脳問題の人として認知されている。

 世の中が三名に抱く印象は、統一教会についてメディアが発言の機会を与えなかったこと、政治問題として無視され続けてきたこと、各人の最重要課題ではなかったことの反映だろう。


また二世問題は見捨てられてしまうのか

 常に世の中は統一教会を気にしていた。ただし二世問題については冷淡でもあった。政治的なインパクトを与えられず票田になり得るほどではないとみなし、政治家はこの問題を無視していた。メディアはオウム真理教事件のカタがつくと、出演させるだけで20%の視聴率を稼ぐとする細木数子氏など占い師や霊能者を中心に据えた番組を制作した。

 統一教会が大学を舞台に勢力を広げ、ミッション系大学の神学部が崩壊したり、偽装サークルに入部して洗脳される学生が続出していた時代の真っ只中を通過した私は、この30年間に幾度となく家族問題や二世問題が浮上しては忘れられるさまを見てきた。

 直近では『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』が話題になったがリアリティー溢れる内容と打ち切りのスキャンダルが消費され、暗殺事件と容疑者への同情とともに再び記憶から引っ張り出されたものの、そのうち人々の関心は蜂の巣を突いたような政局をめぐる騒動に向かった。

 そして統一教会のスポークスマンが教団と関係があったメディアを公開する準備があると発言すると、ネタ枯れも重なりメディアの追及機運がトーンダウンした。以下は8月23日のニュース一覧だが、ここに至っても二世問題を重視する動きは見られない。

 

 安倍晋三氏暗殺事件から統一教会問題が取り上げられ、人々の注目するものになるのは必然だった。だが二世問題への世の中の注目をスターターにして統一教会事案を着火した人々は、いったい何を目指していたのだろうか。私はてっきり二世だけでなく信者の救済が問いかけられると想像していたが、どの議員が教団の行事に電報を送ったか、教団のメディアに登場したかといった証拠探しばかりが重視されて現在に至った。

 しかも赤狩りのごとく統一教会と接触した議員を探し回って晒し上げる行為や、憲法と法で守られた権利さえ侵害しようとする言動にまったをかける人々を、統一教会擁護派であるとか「壺」などといったスラングでレッテル貼りをする輩まで大量に発生した。

 二世問題はどこへ消えたのか。まさかスキャンダル追及で名を売り、雑誌や本を売り、政局を揺さぶる道具に使うため統一教会事案を着火したのではあるまい。だが赤狩りならぬ統一教会狩りにのみ邁進して、これから当事者救済を呼びかける程度では「お為ごかしのいかさま」呼ばわりされてもしかたない状況になっている。このままでは二世問題は着火剤として燃やされておしまいではないか。


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