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コロナ禍と“老害” 世代間分断の実相

著者:X、ハラオカヒサ

はじめに

SNSを中心にコロナ禍で老害批判が盛り上がり、世代間の分断があからさまになったのを感じます。

鬱屈が長期間にわたって解決されないコロナ禍の生活では世代間に限らずさまざまな分断が生じているため、疫学的な評価と別に分断の時代だったと後世で語られるかもしれません。

この問題は、2021年の春に話題になった「路上飲み」など自粛しない若者にもつながっていきます。次回以降、世代間分断としての「路上飲み」や、他の分断について論考する予定です。

今回は“老害”をめぐる考察のため計1500件のツイートをサンプリングしました。

頻出する“老害”の“害”に感じる違和感

日本のコロナ禍はマスクから始まったと言っても過言ではない。

2020年1月19日から旧暦の正月である春節がはじまり、中国人観光客が多数日本へやってきて都市部のドラッグストアでマスクを大量買いしている姿が目撃されている。こうした中国人の動きと別に、日本から中国、香港などの在留邦人や外国人の知人に不足しているマスクを送る動きが春節の直前からあった。

1月20日以降、日本に居住する人々が自家用にマスクを買う動きによって瞬間的な品薄がまず発生し、1月31日からはじまった中国の不織布と不織布製品の輸出制限によって慢性的な品不足がはじまった。

3月3日、トイレットペーパーの買い占めと品不足の不安に経産省が「在庫は十分にある」と異例の発表をした。このときすでにマスク、トイレットペーパー、消毒薬、ハンドソープの買い占めが横行していたのだ。

買い占めているのはドラッグストアの開店前から行列をしている暇な高齢者たちと言われ、このような人々の様子を伝える報道もあった。筆者(X、ハラオカヒサ)も開店前のドラッグストアに並ぶ高齢者の姿を2020年3月と4月にそれぞれ別の場所で目の当たりにした。

いじきたなく買い占めをする高齢者に若年層が苛立ち、怒りを隠さなくなったとSNS利用者は感じただろうし、これが共通認識となって定説化している。

このとき苛立った若年層とは、
・自活していてマスクやトイレットペーパーなどを自ら調達しなければならなかったのに、
・朝は出勤しなければならず行列にならぶなど不可能な人たち
だったはずだ。
単身者か配偶者がいても共働きだったろうと推察される。

彼らが20代、30代なら祖父母が健在であっても不思議ではなく、仮に身内は別格だったとしても、祖父母の顔や姿を連想しないで“老害”という言葉が使えるのだろうかと素朴な疑問が生じる。

“老害”を批判しながら「年寄りは死ね」と言うツイートが多数あったが、身内にも言えるのかということだ。

だが、SNS等で“老害”に苛立ちや怒りをぶちまけた人々がどのような傾向を帯びた層だったか現在に至るまで確かめられていないし、“老害”とは誰か何かなど、“老害”をめぐる定義は何もかも曖昧なままだ。これらがわからいなのだから、SNSや掲示板等で騒がしかった世代間分断がどのような現象だったかもわかっていない。

コロナ禍で老害像はどのようにかたちづくられたか

WEB上の"老害"を含む個人のものと思われる発言を、2020年1月2月3月4月5月と期間を区切って収集し、“老害”がどのような加害的行動や迷惑行為をしたか、その“老害”に対して向けられた感情はどのようなものだったか探ってみた。

Twitterの[話題のツイート]から、それぞれの期間の上位300件(計1500件)をサンプリングし、ツイートの内容を分類して傾向を求めた。統計には加算しないが、それぞれの期間のWEB上のブログの掲示板の記述の検索上位20件を参照した。

老人から受けた被害は、
●接客業へのクレーム
●マスクをしない老人・他(感染にまつわる迷惑行為)
●行列買い・買い占め・店舗トラブル
●政治・政治家・経団連への批判
●地位の濫用
●遊興・他(パチンコをしている、平日に遊んでいる等)
●その他の分類不可能なもの
にカテゴライズできることがわかった。

これらが1件のツイートに複数含まれる場合は、ツイートの結論やもっとも文字数を費やして説明しているものを採用した。

上位からサンプリングしていくと“老害”を擁護するものもあったが、これらは被害の報告ではないのでサンプリング対象としなかった。

頻出する「被害」と月ごとの件数の割合

まず
●接客業へのクレーム

●行列買い・買い占め・店舗トラブル
が“老害”被害の代表格であるのに気付く。

なお接客業へのクレームはドラッグストアなどマスク、トイレットペーパーの売り場で発生したものは含まず、その他接客業でのクレームだ。マスク、トイレットペーパーなどをめぐるクレームは行列買い・買い占め・店舗トラブルに入れた。

●接客業へのクレーム
は、店員がマスクをしていることを非難したり罵倒する“老害”と、店員にマスクをしてはならないと指導したり、感染症対策を否定する店舗運営者や経営者を“老害”とするものだった。

●政治・政治家・経団連への批判
にはコロナ禍対策への批判のほか、折々に話題になった問題がほぼ等しい割合で含まれていた。

この段階で疑問が生じた。

1.「客商売でマスク云々言うのは60以上の老害」(店頭で店員がマスクをつけていることを非難する老人は60代以上という経験的な感覚)とするツイートがあり、このツイート以外にも60代以上を“老害”世代とする定義がみられた。

2.いっぽうで「会社の老害」「通勤電車に乗っている老害」「学校の教師らしき老害」「若者(自分)を殴り倒した老害」などが(前記した60代以上老害説より)多数報告されていた。

“老害”は、ほんとうに高齢者のことなのだろうか。

60代以上でも現役で仕事をしている人々はいるが、ツイートの数と内容を鑑みたとき、一般的に想定されている60代、70代、80代といった年代より明らかに若い40代、50代も“老害”層とされている様子だ。

WEB上の“老害”発言を検討するとき、高齢者を意味するか、単に年上を罵倒しているのか注意しなければならないだろう。

また、“老害”事案として報告されている経験はほんとうなのか(創作、捏造もあるのではないか)という疑問も生じる。この疑問については後述する。

次に、月ごとに報告された“老害”事案の割合を検討する。

いつもっとも被害が報告されたか

●接客業へのクレーム
1月にもっとも多い。これはスーパーその他小売業で接客する店員に経営陣からマスク禁止が言い渡される動きがあったからだ。

1月は経営批判が主だったが、2月以降は“老害”がマスクをしている店員を非難する事案が増加した。

●マスクをしない老人・他(感染にまつわる迷惑行為)
2月3月が極端に件数を減らした
これは2月に急増する
●政治・政治家・経団連への批判、
3月に急増する
●行列買い・買い占め・店舗トラブル
の報告の影響を受けたものだ。

●政治・政治家・経団連への批判
2月に急増したのは[森喜郎が「私はマスクをしないで最後まで頑張る」と五輪パラ公式ウエア発表式で発言した]ことが影響している。このため他の“老害”事案がいっきに霞んでしまった。

●遊興・他(パチンコをしている、平日に遊んでいる等)
4月に増え、他の月はあまり見かけなかった“老害”事案である。

全国規模で考えたとき1月から3月は蔓延を身近な問題として考えにくい人たちが多く、4月になって自分の活動圏内で感染拡大の温床となる行動が気になりはじめたのが大きいだろう。
また4月になると3密回避、手洗い等の防疫原則が広報され知識として普及したことが背景にある。
このような意識の変化がGW前からはじまる他県ナンバー狩りにも影響している。

ここから、

1.“老害”批判は主に(あるいはほとんど)接客業の現場から発生している。

2.折々の状況だけでなくトピックス(報道)に“老害”事案の内容が大きく左右されている。

とわかる。

さて、“老害”とは誰のことか、ほんとうに高齢者のことか切り分けなくてはならかった。

小売業で店員のマスクを禁じる動きがあった1月(コロナ禍初期)のツイートやWEB上の書き込みなどから、経営者や現場を指導しているマネージャークラスが“老害”とされ高齢者とかぎらないことから、“老害”は年上くらいの意味で使われてる場合があるのは間違いない。

ただし3月に急増する ●行列買い・買い占め・店舗トラブル を引き起こしたのは現役を退いている70代以上だったのは間違いない。

ここで重要なのは、●行列買い・買い占め・店舗トラブル とあわせて引用されたり、若年層を追い詰める諸悪の根源の例として拡散されたのが以下の画像だったことだ。

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テレビで放映されたシーンなので複数の人々がキャプチャしてそれぞれがSNSで引用してもよいはずだがこの2カットしか存在しない(あるいは他を見かけない)。

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テレビ放送の影響力とともに、まとめサイトからの拡散と怒りの伝播と、怒りを引き受けるビジュアル=具体的な老人像が求められていたのが理解される。この老人はコロナ禍時代のThe “老害”の姿とされたのだ。

具体的な老人像が求められていたことから、実際には“老害”事案を経験していないが日頃から批判したいと潜在的に思っていた人たちの存在が垣間見える。怒りをぶつける相手の姿を欲していた人たちの存在だ。

物語の鬼としての“老害”

実際には“老害”事案を経験していない人も、“老害”に怒りをぶつけている可能性が高い。

こうなると「その経験、その“老害”事案はほんとうなのか?」検討しなくてはならなくなる。

“老害”の問題行動が折々のトピックスに大きく左右されすぎている。

もちろん多数の高齢者が似たような行動たとえば買い占めをするなどした結果かもしれないが、イオンが店員のマスクを禁じたときは店頭で店員のマスクを批判する“老害”が増えた。森喜郎がおかしな発言をすると、あちこちで問題行動をしていた“老害”がいきなりどこかへ消えてしまう。

●マスクをしない老人・他(感染にまつわる迷惑行為) にも不自然な点がある。

若年層が交通機関でマスクをしないまま咳やくしゃみをする老人としばしば出会っていて、それほど頻発していただろうかと思わざるを得ない。

ノーマスクへの寛容度は時期により大きな違いもあった。

本稿の著者Xとハラオカヒサが自分で撮影した写真を遡って探したところ、千葉県館山市で撮影した写真にマスクをしない人たちが映り込んでいた件は以下に紹介する記事に書いた。

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これはXが2月6日に撮影した館山市の南端近くにある飲食店の平日昼食時の様子だ。テーブル周りを撮影したカットから周囲のみ抜き出したうえ目線を入れて掲載している。

千葉県南端の館山市というロケーションが影響しているのは間違いないが、撮影したXは特に異常な光景として見ていたわけではない。

2月初旬は飲食店、客、双方がマスクをしないことにまだ寛容だった。と、同時にマスクに神経質にならざるを得ない状況もあった。だから2020年1月から2月にかけて ●マスクをしない老人 がいて迷惑に感じたとしても不思議ではないが前述のようにあまりに高頻度なのはおかしい。さらに寛容と不寛容が入り混じっている時期にしては批判感情がトゲトゲしすぎるのだ。

●マスクをしない老人・他(感染にまつわる迷惑行為) の件数は4月に最大になった。

4月5月は中国の不織布およびマスクの輸出制限が終わるなどしてマスクの価格が大幅にさがったほか、防疫とマスクの関係が浸透しきった時期だった。

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この時期でも ●マスクをしない老人 は存在しただろうが1月から3月と比較するとかなり減っているはずだ。すくなくともXとハラオカヒサは、この時期にマスクをしない老人を見かけていない(見かけていたとしても記憶するほどではなかった)。

むしろマスクをしないでジョギングをする人や、走りながら激しく呼吸する人なら当時から現在に至るまで多数目撃しているし、ノーマスクの若年層もそれなりにいた気がする。

さらにツイートでは“老害”が咳やくしゃみをする場は通勤電車やバス、仕事場や休憩室など密室常態の場所が多く、「“老害”とは、ほんとうに高齢者のことなのだろうか」という疑問の発端もここにあった。

さまざまな疑問はあるが、当時は老人だけが重症化して死亡する新型コロナ肺炎で割りを食うのは自分たちの世代・若年層であるとする認識が共通していたのは間違いない。

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このキャプチャ画像は「自粛を強いられた若者に、いっさい感謝していない老人」として拡散され、高齢者世代を支えているのが若年層なのに「若者は大人しく従え。引っ込んでいろ」と傲慢極まりない“老害”の姿だとされた。

バブル景気で得をした世代。若年層が支払う年金、税金、社会保険料などを吸い上げ続けて、若年層を搾取する世代=“老害”像がマスクを顎にかけた姿でビジュアル化されたと言える。

コロナ禍をさらに苦しめる“老害”事案を伝えるツイートには、このような怨嗟が込められているのだった。

そして“老害”への怨嗟に満ちたツイートには特徴があった。

今回、閲覧数、リツイート数、いいねの数が多い[話題のツイート]から計1500件の“老害(かつマスク関係、買い占めなどへの批判を含む)”ものを抽出した。

これらは[話題のツイート]であるにもかかわらず、リツイート数、いいねの数が一桁以内のものばかりで、二桁を超えたものは店員にマスクを禁じたイオン批判、森喜郎発言への批判、上掲のキャプチャ画像を初期に紹介したツイート以外なかった。

“老害”事案を報告して批判するツイートは文字通りのツイート=つぶやきばかりだった。

気になったできごとを口にしているうちに、怒りの感情が高まっていき、ついには感情の抑制ができなくなるケースがある。これと似た現象が“老害”事案の報告ツイートに発生していると言える。

“老害”事案に自家中毒を起こして感情が抑制できなくなっていったようだ。

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かたちを成していなかった苛立ちや怒りに、コロナ禍がきっかけとなって、加害者としての“老害”像が現実に見かけたものであっても創作だったとしても増殖して行き、前掲のキャプチャ画像は“老害”の具象化に大きな影響を与えた。

漠然とした敵に形を与えるのは、復讐譚に鬼が必要なのと同じだ。こうしてツイッター上に鬼としての“老害”が多数登場し、この物語をつぶやくうちに一部の若年層が自家中毒を起こしていったのである。

孤立し内向する分断

“老害”と新型コロナ肺炎。新型コロナ肺炎を象徴するマスク。

これらをGoogle Trendsの人気(感心)動向で検証して、当記事を終えたいと思う。

“老害”とマスクは、●行列買い・買い占め・店舗トラブル が頻発した2020年3月、4月に大きく盛り上がっている。地域は東京都と大阪府に偏在していて、他地域では人気(関心)がカウントされていない。

このうち批判や怨嗟を含む割合がすくないと考えられる中立的に表現「高齢者 マスク」が、他のキーワードより人気(感心)の度合いが高いのがわかる。

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では中立的に表現「高齢者 マスク」を除いて、批判や怨嗟を含む割合が高いキーワードだけで見てみよう。

名称未設定

ほとんどがすべて東京での人気(関心)なのは前出のグラフでわかっていたが、中立的表現「高齢者 マスク」を除くと[小区域別のインタレスト]を表示できなかった。サンプルが少なすぎるのだ。

中立的な表現「高齢者 マスク」の人気は持続しているが、批判や怨嗟を含む割合が高いキーワードは断続的で鋭い山をつくっている。これもまた興味を抱いている者が少ない場合の特徴だ。

コロナ禍で(おもにマスク、防疫についてのできごとから)“老害”に苛立ちと怒りを募らせたのは主として、
・都市部(東京)で
・不特定多数の老人と接する機会が多いか、このような老人を見かける機会が多い接客業に従事する(アルバイト含む)
・単身者の若年層で
そのなかでもかなり人数が限られていたのではないかと思われる。

親元や親類縁者から離れて暮らす単身者が孤立しているが故に、自分の祖父母や知り合いを連想しないまま抽象的な“老害”像を描いた。そして怨嗟をぶつける相手にした。その後、テレビのキャプチャ画像として出回った顎にマスクをかけた高齢者がThe “老害”像となり、象徴性や具体性が増したことで石を投げやすくなった。

世代間の分断がこうして拡大し、白日の元に曝け出させれた。問題は都会で孤立し怨嗟の自家中毒に陥ったある種の若年層の存在であり、彼らや影響を受けた別の層が「路上飲み」「反自粛」という実力行使に出たのではないかと思われることだ。

「散々楽しんできた年寄りが若者に自粛しろと命令している」

彼らの目には、新型コロナ肺炎の蔓延助教を分析して提言を出す(総じて年上の)専門家は、若年層の自由を奪う既得権益者と映っている可能性すらある。

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