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風評と怒りの伝道者 山本太郎研究

── 第1回 ──

加藤文宏


山本太郎は何をしたのか

 原発事故を契機に首都圏から避難したいと願った人と、中部・北陸以西の地域に自主避難した人に聞き取りを行うと必ず山本太郎の名前があがる。山本から反原発のみならず放射線への考えかたや、いかに行動すべきか影響を受けたというのである。

 しかし具体的にどのような言動に影響を受けたかを聞くと、答えに詰まる人が多かったものの、山本によって「やったら、やれる(実現できる)」と気付かされたと語る人々がいた。では彼は何を「やって」、何を「実現できる」と被曝を恐れた人に示したのだろうか。

 人々の「興味」の動向を年、月、日、時間単位で、ネット検索数の推移から知ることができるGoogle提供のデータを使用して、国内の人々が山本太郎にむけた関心の度合いを調べ、ここに彼にまつわるできごとを配置してみた。

Google検索/検索クエリ「山本太郎」の動向

 首都圏からの自主避難発生は2011年夏頃から2012年いっぱいに集中し、この人たちが山本の影響を受けた期間は2011年の春からせいぜい2014年いっぱいだった。この間に彼は、芸能事務所を退所し、佐賀県庁にデモ隊と侵入し、脱原発パレード等のデモに参加し、衆議院選挙に立候補して落選し、参議院選挙に立候補して当選し、ベクレてる発言や陛下に手紙を手渡すなどし、生活の党へ合流して党名「生活の党と山本太郎となかまたち」に改名している。

 これら山本がやったことへの人々の興味は、検索クエリ「山本太郎」が使用された件数(検索された回数)の増加として表れている。このうち2011年1月から2020年いっぱいで、彼への興味が最大になったのは参院選に当選した2013年7月であった。続いて2013年10月の言動によって関心の高まりが生じている。しかし議員として、これといった成果をあげていない。

 人々の興味が3番目に大きなピークをかたちづくっているのは、2011年5月の芸能事務所退所だった。4番目は2012年12月の衆議院選挙への立候補と落選であった。いずれも「やったら、実現できる」と影響を受けるようなものではない。なお図中に表記しなかったが、2012年6月に「興味」が上昇しているのは山本太郎の姉が大麻所持で逮捕された影響だろう。

 グラフに近似曲線を引くと、国内における山本への興味のピークは2012年6月前後であり、2011年7月の佐賀県庁侵入が「活動家山本太郎」を印象づけるできごとであったと類推される。佐賀県庁侵入とは、九州電力玄海原発2、3号機の再稼働をめぐり山本がデモ隊を率いて佐賀県庁に押しかけたできごとで、12月に佐賀地検による事情聴取が行われた。2015年にTwitterを確認すると侵入と事情聴取について6008件の言及ツイートがあり、2023年3月25日再度確認するとアカウントの削除等で減ったものの5600件あまりの書き込みが残っていた。

 Twitterの国内利用者数は2011年は1,440万人とされ、2023年現在の4,500万人よりはるかに少なく、6000件を超える言及は異例のものと言ってよい。とうぜん山本の行動を批判する書き込みもあったが、多数が肯定的であり賛同の意を表している。

 行動を肯定するツイートには以下のような表現があり、

「行動する男は尊敬します」
「熱い男だなぁ。歳が近い分、共感する面もある」
「すでに3000人以上がツイートしてるけどね。感謝の意味こめてね」
「私も山本太郎と一緒に佐賀県庁に殴り込みに行きたかったです」
「あなたの佐賀県庁の前で取られた勇敢な反原発の行動に拍手喝采したくなりました」
「心の綺麗な人は彼の行為が正しいとわかると思います」
「太郎、頑張れ!俺もますます尖って闘ってやる」

佐賀県庁侵入の報に言及したツイートから

面会の約束を取らず知事に会おうとしたり、知事に面会して要望書を手渡すことが再稼働を阻止する手立てとして効力を持ち得ない問題点は無視され、山本の実力行使が高く評価されている。また評価の根拠に具体性が乏しく、印象や心情を伝えるものばかりが並び、これは首都圏から自主避難したいと願った人と、自主避難した人たちの山本評とよく似ている。

 これらの評価から、人々が「こうしたい」と思いながらもできずにいることを、山本が派手なパフォーマンスで実現して、このパフォーマンスが賛同されるだけでなく、次への期待と支持を集めたのがわかる。怒りたい、その怒りを誰かにぶつけたい、このような自分を見せつけたいといった願望を解き放つことが「やったら、やれる」であり、佐賀県庁侵入で見せたパフォーマンスは人々の需要を的確にとらえていたのである。

 山本は行儀よくふるまわず、権威に対して不謹慎な反抗を試みると得られるものがあるのを熟知していて、原発の存在を汚い大人の事情としたい人々の気持ちにかなう言動をとった節がある。

 テレビ番組の企画で高校生だった山本が、水泳帽と競泳用水着をコスチュームにして胸にメロリンキューと書いて踊ったのも、人々の抑圧された常識や良識に基づく自制心を解き放つもので、パフォーマンスは手段であると同時に目的として完結していた。同様に、福島に災害派遣されたレスキュー隊隊員が被曝死したと講演会で話をし、東北の産物が「ベクレてる」と言ったのも、一部の人々のこうあってほしい、こう言ってほしいを実現するためのものだったのだろう。

 だが、山本太郎は何も成し得ていない。手段かつ目的のパフォーマンスを繰り返したことが注目されただけであると、検索クエリ「山本太郎」への興味の増減が示している。


山本が生み出す興味

 本論は山本太郎研究であると同時に、彼の支持者が何者であるかを研究することになる。支持者について検討する前に、山本が生み出す興味と、興味の傾向を整理しておく。

 山本が生み出すものは「怒りをぶつける代替行為(パフォーマンス)」で、これによって何かを達成するでもなく現在に至っていた。

 2015年から2020年までに山本が提供した話題は、

イスラム国事件に関する非難決議棄権であり、一人牛歩と焼香パフォーマンス、三宅洋平選挙支援と落選、アッキード発言、参院選落選、都知事選落選であった。イスラム国への非難決議と安保法案決議では、原発事故時のように人々の不安感や怒りを取り込むことができず、森友学園問題をめぐっての「アッキード事件」発言も具体的な追及材料がないため言葉のインパクトだけが注目されて終わった。

 2011年から上記の時期までの山本への興味の抱かれかたが、他の政治家とどのように違っていたか、前掲の「山本太郎への興味/推移」図をもとに比較したのが下図である。枝野幸男(原発事故時、官房長官。内閣のスポークスマンとしての勢力的な働きが高く評価された。その後、立憲民主党を立ち上げ党首となった)、菅直人(原発事故時、首相)、安倍晋三(2012年、民主党大敗・自民党圧勝にともない首相)の3名を比較対象とした。なお2020年はオリンピック開催問題、コロナ禍、辞意表明と安倍晋三への興味が高騰する現象が発生したため、比較期間は2011年から2019年までとした。

 安倍晋三は政権与党の党首かつ首相であった点を考慮しなくてはならないが、山本太郎と比較すると、興味がなだらかに増加し続けている。いっぽう山本は参議院議員になってから、焼香パフォーマンスやアッキード発言があったものの興味の度合いが低迷している。

 また安倍への興味は、おだやかな振幅で増減を見せつつ、特定の話題への興味が数ヶ月にわたって持続することも珍しくなかった。安倍に好悪の別を問わず興味を抱き続ける人が数多くいただけでなく、彼がネガティブな話題や批判に対して容易に屈しないため話題が持続し興味がさらに増加するという、情報の消費に強靭な基盤があったのがわかる。

 対して山本への興味は激しい振幅を描き、急増と急減を散発的に繰り返している。彼にまつわる情報は激しく消費されたが、刺激が強くても一過性のパフォーマンスで終わるため、いつまでも話題にするほどのものではなく、興味を維持する基盤が脆弱であったのを示している。

 枝野幸男は官房長官時代にもっとも興味を抱かれ、他の時期は検索するほどではない存在だった様子で、山本に見られる興味の急増と急減もまた存在しない。菅直人も同様であった。さらに、蓮舫、麻生太郎、片山さつきを比較対象としたのが以下のグラフである。蓮舫に山本と似た傾向が感じられなくもないが、山本が演出する興味の生み出しかたと、これらへの興味の抱かれかたが政治家としては異例で異質なものであると言ってよいだろう。


風評や怒りを伝道された人々

 人々の興味が急増と急減を散発的に繰り返し、他の期間は興味の度合いが極端に低迷する山本太郎にも固定的な支持層が存在する。

 山本は2012年の衆院選に東京第8区から「原発の撤廃、反TPP、反消費税増税、反憲法第9条改正」を公約に掲げて立候補して、落選したものの71,028票を獲得し、これは同区において25%の得票率[*注1]であった。

 以後、2013年の参院選で当選、2019年の参院選では落選、2020年の都知事選では落選と選挙が続いた。この間の選挙ごとに、東京都の市区町村における「山本太郎」の得票率を求め順位づけして比較したのが下図である。
(選挙区の順位の移動を罫線で結び、赤の実線は2012年以来高順位にある選挙区、赤の点線は2012年に高順位ながら2019年に順位を大きめに落とし2020年に再び順位を上げた選挙区、緑の実線は2012年に中位であったが2019年に上位につけて現在に至る選挙区、他を青の実線とした)

*注1/当論考では、山本太郎支持の規模を地域(の有権者)全体からの比として知るため、有権者=選挙人名簿登録者の数から得票率を求める絶対得票率を用いた。なお棄権者を除いた投票総数に占める得票数の割合は相対得票数という。

市区町村ごとの「絶対得票率」を比較 縦軸単位%

 得票率の順位が大きく入れ替わった要因は、公約の変化と関係しているとみるのが妥当だろう。

 山本は2013年の参院選に、2012年の公約を継承して、第一番めに「原発即時撤退」を掲げて立候補した。
・2019年の参院選では、消費税廃止、最低賃金1500円(政府補償付)、奨学金徳政令、公務員増、一次産業戸別所得保障、トンデモ法一括見直し、辺野古基地建設中止、原発即時廃止と、反原発公約が最後尾に位置付けられた。
・2020年の都知事選では、東京五輪・パラリンピックの中止、都債発行で15兆円を調達し都民一律10万円給付や学費1年免除、同じく事業者補償など新型コロナで疲弊した都民生活を底上げ、「ロストジェネレーション」世代を中心に都職員を3千人増員、以上を掲げた。都知事選のポスターはキャッチフレーズを「あなたはすでに頑張りすぎている」としたが、制作しなおして「たりないのは愛とカネだ」「15兆円であなたを底上げ!」と経済政策重視を強調して、反原発色は大いに後退し表向きには消滅すらしている。

 2019年に得票率が下がり順位が下がった地域は、経済政策を優先して反原発色が薄れた山本に魅力を感じなくなった有権者が多く、逆に得票率があがった地域は変化を評価した有権者が多かったといえる。

 2019年に順位を大きく上げた地域が2020年に順位を戻す特徴も見られた。これは反原発色が薄まり経済政策を前面に押し出した山本を評価したものの、その後は失望した結果である。経済政策重視を評価したのは、2013年、2019年と順位を少しずつあげて、2020年に中位の順位に位置した地域である。

 2013年に上位に位置していて、2019年に極端に変化しないか、やや下げる程度にとどまった地域は、候補者「山本太郎」その人を強く支持する有権者が多かったことになる。

 これらの山本を強く支持する有権者が多かった地域の大半が、2020年の都知事選では得票率の順位を上げている。御蔵島村と小笠原村を除くと[*注2]、反原発色が濃厚だった時期から続く山本の支持基盤は杉並区、国立市、三鷹市、武蔵野市、世田谷区、渋谷区、目黒区、文京区と、西東京市など多摩エリアになる。活動家の山本を政治家にして、政治活動を支えてきたのは、これら地域の有権者であったといってよい。

 上記した地域はハイブローで意識高い人々が暮らしていると目されたり、中央線沿線風とも言うべき独自の文化をかたちづくるなどしているが、長年にわたり朝日新聞の購読数が他紙より多い地域とオーバーラップする特徴がある[*注3]。朝日新聞は連載『プロメテウスの罠』で被曝によって鼻血を流す人がいるかのようにほのめかし、ALPS処理水を汚染水と言い換えてきた原発存続に否定的なメディアだ。

*注2/山本太郎の得票率が島嶼部の特定地域で高いのは、これら地域へ足を伸ばして選挙活動を行なってきたこと、地域固有の問題を取り上げていることが関係している。
*注3/2019年時点で朝日新聞の購読数が他紙より多い東京都の地域は、世田谷区中野区杉並区武蔵野市三鷹市小金井市小平市国分寺市東大和市多摩市西東京市である。東京都全体では読売新聞のシェアがもっとも大きく、多くの市区町村で読売新聞の50〜70%の部数にとどまる朝日新聞であるが、国立市では90%前後で拮抗し過去には部数が上回っていた。日本経済新聞が購読数1位の地域もあり、同紙を除いたとき文京区目黒区渋谷区で朝日新聞の購読数が読売新聞を上回っている。

 また前述の地域で三鷹市、西東京市は生協組合員加入率が50〜55%、国立市、文京区は45〜50%と高く、杉並区は30〜35%、世田谷区は25〜30%とやや高めである(東京都生活協同組合連合会まとめ)。生協系団体は反原発の立場を取るものが多く、原発の停止のみならず不確かな情報や過剰な表現で被曝への不安を煽る傾向が強かった。生協系団体の反原発活動は現在も継続され、下掲はコープ自然派奈良が2022年に公開したALPS処理水放出反対の声明ビデオである。

 また、第一章「山本太郎は何をしたのか」で紹介した「全国学校給食フォーラムin札幌」で基調講演を行った崎山比早子と天笠啓祐は、生協系団体が主催する講演会の常連であった。

全国学校給食フォーラムin札幌 主催が制作したチラシ
2014年頃まで活動の痕跡があった脱原発ネットワーク・北海道のホームページ


次回へ

 「 風評と怒りの伝道者 山本太郎研究」第1回では、次の5点をあきらかにした。

 ■山本のパフォーマンスは、人々の不安感や怒りへの抑圧された自制心を解き放つもので、手段であると同時に目的として完結していた。
 ■パフォーマンスは刺激が強くても、興味を維持する基盤が脆弱なため一過性で終わり、このため何度も演出され繰り返される。
 ■山本は何も成し得ていない。
 ■反原発色が濃厚だった時期から続く山本の支持基盤は──杉並区、国立市、三鷹市、武蔵野市、世田谷区、渋谷区、目黒区、文京区と、西東京市など多摩エリア。
 ■これらの地域で支持が生じ、支持が持続した背景は──原発事故にまつわる虚像を報道した朝日新聞の購読数が他紙より多い地域とオーバーラップし、反原発の立場をとるものが多い生協の組合員加入率が高いことと無関係ではない。

 これらから、以下の仮説を立てる。

 □[仮説]山本/朝日(メディア)・生協/都内支持地域の間に発生する情報の循環が、風評加害の発生回路となった。この局地的な動向が、現在に至る風評加害・被害の経過を決定づけた。

 今回の整理は、山本太郎の政治だけでなく、支持層についても、理解の入り口に立ったにすぎず結論ではない。ここからが山本太郎研究、情報災害研究の本番だ。

 山本太郎についての論考は、論文「首都圏から被曝不安層および自主避難者を生んだ情報災害の構造解明」に組み込むには、内容が広範囲に及ぶため採用を見送った経緯がある。次回(第2回)以降、支持基盤地域のみならず全国との関わりへ視点を広げ、山本と情報災害についての考究を公開する。

「首都圏から被曝不安層および自主避難者を生んだ情報災害の構造解明」より/
今回の整理を図中の各ポイントに当てはめてみてもらいたい。

検索度動向データを使用するうえで注意すべき点


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