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依存症から依存症しない症へ

人間は依存する生き物である。

よく聞くのはアルコール、ギャンブル、タバコ、薬物、そしてインターネットあたりか。

人生初の依存は何かと問われれば、親じゃないだろうか。

赤ちゃん、子どもは産みの親、育ての親なくしてはやっていけない。はい、依存。

小学生になればゲームに夢中になったりする。
われわれ世代はファミコンだった。

ゲームは1日1時間とか言われても、あの手この手でやり続けた。

ドラクエなんてやめ時がないに等しい。はい、依存。

こんな調子でいちいち例を挙げていたら京極夏彦もびっくりな文字数になるので、話を展開する。


なんで依存するか

なんで依存するのか。

そりゃ好きだったり面白かったり楽しかったりしてドーパミンがドバドバ出るのだろう。いわば「欲」だ。

食欲、性欲、睡眠欲に続くファミコン欲であり、勉強がしたくてしたくて仕方ない人は勉強欲である。勉強依存症。

そして「慣れ」である。
習慣とかルーティンといってもいい。

居酒屋に行って、一杯目にかならず生中を注文している人は、一杯目にハイボールを飲むことができない。

「とりあえず生」に慣れてしまい、ルーティンになっているのである。

一杯目に生中を飲まなければ手が震え、幻覚を見る。

ああ恐ろしい「とりあえず生!依存症」である。

朝はいつものコンビニでコーヒーを買わないとなんか落ち着かないのもルーティンであり、依存症だ。

心当たりがあるだろう。

次からは私が克服してきた依存症を紹介する。


テレビゲーム、ジャンプを克服

小・中・高・専門学校と、毎日テレビゲームをし、毎週少年ジャンプを読んできた。

こんなにおもしろいんだから、おじいさんになってもテレビゲームをするし、ジャンプも読み続けるだろう。そう信じて疑わなかった。

だがふたを開けてみれば、ジャンプは働き始めてすぐ読まなくなったし、テレビゲームも徐々にやらなくなった。

飽きたのか、興味がほかに移ったのか。
どちらにせよ克服したことに変わりはない。
依存症からの脱却だ。


パチンコを克服

パチンコが大好きだ。

およそ15年間、年に350日くらいパチンコを打っていた。いわゆるパチンコ依存症だった自覚はずっとあった。

もちろん消費者金融に手を出すという王道パターンも通っている。

それがパタリと行かなくなってしまったのだ。
(厳密には年に1,2回くらいは打ちに行くが)

かんたんに言えば「過払い金請求で借金がなくなり、結構な額のお金が返ってきたので使うのが惜しくなった」みたいな感じだ。

この話はニーズがありそうなので、またの機会にくわしく書きたい。

もちろん今でもパチンコを打てばおもしろいし、続けて行けばふたたびハマる自信はある。

ギャンブル大好きっ子クラブ所属である。


スマホゲームを克服

GREEに登録しており、クリノッペ、釣りスタ、モンプラ、くにつく、ハコニワ、ドリランドをやっていた。ほかにはLINEゲーム、パズトラなど。

すべてが同時進行ではないにしても、いくつかは被ってやっていて、協力プレイのゲームだと昼夜を問わずバンバン協力要請が来る。みんな仕事してないのか。

ゲームをする時間が長いほど有利になるので過度の夜更かしをしたり、気になって夜中に目覚めたりと私生活に支障をきたしまくってきたので、2017年の大晦日でえいや! とやめた。

ちょうど正月で親戚やらなんやらと人と会いっぱなしだったこともあり、ゲームをしなくても過ごすことができた。

やめると決めたこともあり、3日4日放置するともうゲームはどうでもいいやという心境になった。そんなものか。


タバコを克服

20年以上吸い続けてきたタバコを昨年12月でやめた。

銘柄はいろいろと吸ってきたが、数年前の値上げにともないケントメンソールの1mg(安かった)になり、電子タバコのiQOS、glo、最終的にプルームテックへ移行した。

もともと本数は徐々に減らしており、かつては1日1箱だったのが最終的には3日で1箱ほどになっていた。

毎日同じ時間に喫煙するというルーティンだったが、ある日、朝の喫煙が時間的にきびしく、ルーティンをやぶってしまった。

そして昼も一服するタイミングを逃した。

するとどうだろう。
「あれ、もうタバコ吸わなくていいや」という感覚になった。なんというか、いちばん適切っぽい表現でいうと「飽きた」だ。

ただ、またまだ飽きている状態でしかないので、いつ体が欲するかわからないし、ためしに喫煙したらまたハマる自信はバリバリにある。


Twitterを克服

といってもTwitterをやめたわけではなく、いままでタイムラインあるすべてのツイートを読もうと奮闘していたし、読まないといけない謎の使命感があった。

しかし、フォロー数が増えるにつれ莫大な時間を費やさなければならなくなり、前述のスマホゲームと同じくらい私生活に支障をきたすようになってしまったので、これまたえいや! とタイムラインを追いすぎるのをやめた。

結果、生活が豊かになった。


まとめ

「依存症」というから「病気だからしかたない」みたいな認識になるんじゃないか。

もちろん依存症は病気なので治療しましょうということになっているので病気である。

しかし、やめたほうがいいと思うけどやめられない、やめたいけどやめられない、みたいなことは、やめたいという意思があれば、案外ちょっとしたことで脱却できるんじゃないだろうか。

とりあえず、普段の習慣から少しはずすことで、回数を減らすことで依存からの脱却の第一歩となるはずだ。
小さな一歩でも踏み出さなければ始まらない。
もちろんやめたくなければ、踏み出す必要はない。

こんなことを書くと、まあ「なーにをエラそうに、オおまえと一緒にすんなよ」みたいな反論が出てくると思うが、そういう人は好きにしたらいいと思う。

おれはこうして依存症を克服したのだという報告だ。
そのノウハウを記しただけなので、あとはあなたが決めること。地獄少女よろしく、糸を解くのはあなた次第である。

健闘を祈る。

ちなみにお酒は20年以上毎日じゃぶじゃぶ飲んでいるが、手は震えないのでアルコール依存症ではない。

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