働かないアリに意義がある/長谷川英佑

読了日2020/01/22

このタイトルだけがひとり歩きしている感覚もする。
つきつめて正しくいうと、働きたくても働けない蟻が存在するというわけだ。

インパクト狙いのタイトルに惹かれた私も、奇しくもそんな状況下におかれているわけだが。
では「働かない蟻」だった場合、私はいざというとき動くのだろうか。
蟻に産まれてみなくては分からない。

タイトルになっている「働かない蟻」は本当に働かないのではない。
普段からよく働く蟻が疲れてきた場合や、緊急事態が発生したときにようやく重い腰をあげるのである。
別に本気で働かないわけじゃない。

さらにいえば「ポンコツな蟻」も一定数存在する。
道を間違える蟻である。
一見すると、餌場までの道のりを正確に歩ける蟻だけいれば良いように思える。
だがポンコツな蟻がいることで、道を間違えたポンコツな蟻のおかげで餌場までの最短ルートを探れる可能性が生じるのだ。

著者は「そのまま当てはめられるわけではないけれど」と前置きしつつも「人も生物である以上、彼らの生き方に学べる点はある」と述べている。

人間社会、とりわけ今の日本の社会では「確実に」役に立つ人間しか選ばれない。
だが「確実に」役に立つ人間とはなんだろうか。
平穏な社会なら平穏な社会で「確実に」役に立つ人間ばかり採用すれば良い。
だが平穏な日々が長くつづくこともまずないだろう。
事件や事故が毎日のように起こる現代、その危機的状況に「確実に」役に立つ人間も必要になるはずだ。
危機的状況が常に起きつづけられるのも疲弊するが、平穏な社会でのみ「確実に」役に立つ人間は危機的状況で「確実に」役に立つかというと、そんなことはない。
人は各々、やれることが異なっている。
限界も異なっている。
だからこそ協力しあうことが重要にもかかわらず、一面だけを見て、この社会に「確実に」役に立つか立たないか判断されてしまう。

立たない判断をされた私のような人間には世知辛い世の中になった。

私も蟻になりたい。
というかチーター(動物ではなく、本書で言うところのズルいやつ)になって巣を壊滅させてやりたい。
と恨みがましく思う、社会不適合者の感想。

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