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ゴールデンカムイのキラウシニシパのマタンプシを縫う

 この世には乗っておくべき流行とそうでないものがある。
 ひとまず話を合わせるためにトレンドに頻繁にあがる「タコピーの原罪」なんかは特にそうで、気軽に読みに行って軽率に心を殺した人間がいることをどうか覚えておいてほしい。(タコピーの原罪自体に罪はない。心の準備ができていなかった私に非がある。というか読んでおくべきだなあとは漠然と思った)

 メディアが作り出す流行は斜に構えて見てしまうタチなので鬼滅にも手を出していないが、なぜかタコピーには手を出して息絶えた。
 それはそれとして、それでも乗っておいてよかった流行ももちろんある。

 ゴールデンカムイ。
 詳しくは専用サイトでも見てくればいい。むしろそのほうがより正確な情報が得られるのでそうしてほしい。


 マンガはマンガであっても、このマンガには正確な情報というのが必須だなとつくづく思う。というのもメインの題材にあたる「アイヌ文化」は、言葉は悪いが風前の灯火ともいえるほど情報がつかめない。なんといっても私が住んでいる本州、つまるところ内地の人間がかつて行った愚策、同化政策によって彼らの文化を奪ってしまったからだ。

 奪われたくらいで消える文化なのかと笑う愚か者に対しては、顎を砕いてしゃべれんようにしてやりたいほどである。

 なぜそこまで過激になる必要があるのか、答えはカンタン。
 アイヌ文化において文字は存在しない。
 すべて口承で文化が受け継がれてきたのだ。
 日本の過去に超大作にして世界初といわれているらしい官能小説、源氏物語がなぜ今この令和の時代まで残ってきたか。答えはカンタン。
 日本(ここでいう日本は本州的なニュアンス)の文化には文字があったからだ。

 文字らしき概念がアイヌ文化にあるとするならば、千歩譲って刺繍や工芸品に使われる紋様をあげたい。
 口が軽いゆえに友人関係に妙な亀裂を生じさせた経験があるほどとにかく浮ついている私は風星座の双子座なので、流行に乗っておくときもはやかった。ひとまずゴールデンカムイをもっとおもしろく読むために、アイヌ文化について詳しくなれそうな本を何冊か買った。今では絶版となった古書もあるのでそちらもぜひとも欲しい。買ってない宝くじよ当たれ。もしくは政府は567対策のために国民一人につき一〇〇〇万は配って欲しい。
 好きこそものの上手なれという言葉の使いどころとしては間違えているが、本だけでは飽きたらずにPDFまでスマホにいくつも落としているのである。ツイッターで知り合い、友になった人(アイヌの針入れであるチシポやマタンプシをもらった。チシポは今では縫い物を見守るカムイとなっている。マタンプシはいつか北海道旅行のお供になってもらう。本当にありがとうございます)が教えてくれた資料も根こそぎ落とした。とある自治体の森林計画書まで入っている。まさに草というかここまでくるともう森。はやくプリントアウトしたい。

 紋様というのは布と工芸品で異なった様相を見せる。地域ごとに特徴が違う(紋様、言語など)ところがアイヌ文化の特徴ではあるものの、たとえば布を使う針仕事は基本的に女性が行う。そしてそれは女系の家族で受け継ぐので、紋様は女系の色が濃く出る。一方工芸品(刃物を意味するマキリの柄や鞘、まな板の用途として使うメノコイタといった日常的に使用する木製品)は男性が作るので、男系に受け継がれる。
 といったあたりは基礎的知識なので、ゴールデンカムイや、それの監修を行っている中川裕先生が上梓されたアシリパさんが表紙の新書を読んで知っている人も少なくないとは思う。

 ところが最近読んだ「北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要 アイヌ紋様は魔除けかー衣文化に付随する通説を検証する 北原次郎太」

 を読むと、紋様がアイヌ文化にとって「魔除け」や「家系」といった意味を持つとはっきり断言はできないと記されている。むしろ未だに検討しなければならない点が数多く見受けられるので、研究はもとより誤った情報発信にならないよう気をつけなければならないと締めくくられていた。

 果たして私が興味本位でアイヌ文化に首どころか腕まで突っ込み、アイヌ刺繍の教科書を買って実際に刺繍をしてみるという行為は誤った情報発信にならないだろうか。
 私の先祖が直接アイヌ民族弾圧ともいえる同化政策を行ったとはいえないが、政策とは得てして国民の投票で決められた政治家が行うものである。つまり政策を進める政党を応援すると決めた(かもしれない。よくわからない、片田舎の人間である)人々の子孫である以上、責任のわずかな一端を担うのならばまっとうしなければならない。
 同じ人間としての敬意を抱きつつ、文化が衰退しないように、かつ誤った情報発信は行わぬように気を引き締めながら、それでいて刺繍は刺繍として趣味って呼んでいいかなというほど楽しめたアイヌ刺繍の履歴である。

 ゴールデンカムイに登場するアイヌ民族は、主人公である杉元の相棒アシリパさんをはじめとして複数存在する。彼女の祖母のフチ(フチはアイヌ語でおばあちゃんを意味するので名前ではない)、叔父夫婦とその子どものオソマちゃん。占い師のインカラマッちゃんは私の好きな登場人物、好き、ラブ。北海道中を旅する杉元アシリパ一行を手助けしてくれる、フチの兄弟姉妹。それとは別にたまたま行きあった、釧路コタン(コタンはアイヌ語で村)に住む青年、キラウシ。日露戦争にも出兵したアイヌ人の兵士、有古力松(アイヌ語名、イポプテ)、アシリパさんのアチャ(アイヌ語で父)が出てくる。
 アイヌの人々である彼らはみんなアイヌの衣服であるアットゥシやルゥンペ、チヂリを身につけている。
 印象的なものとしては、アシリパさんがつけていたり、フチが額にケガをした谷垣さんにつけてあげた紋様が入ったはちまきだろうか。あれはマタンプシ(シが小文字になるのだが、あいにく変換で出なかった。そのためこの文章以前以降の文面で小文字にしなければならない文字もすべて大文字で表記してある)と呼ばれる。本来は女性は無地の布を額で結ぶ形が主流で、マンガにおいてはインカラマッちゃんの着用が正しいらしい。ただアシリパさんが生きた時代、明治初頭ごろから女性も紋様が入ったマタンプシを着けるようになったというか流行が生まれたというので、アシリパさんがつけていても別段おかしいことではないそうだ。
 谷垣さんはアイヌの人ではないが、フチに額につけてもらったマタンプシをその後しばらくつけている。
 それから釧路コタンのキラウシニシパ(ニシパはアイヌ語で旦那、という意味を含めた男性への敬称のようなもの)もつけている。
 今回私が刺繍をしてみようと選んだのはキラウシニシパのマタンプシだった。

(18巻カバー後ろの青年がキラウシニシパ)
 なぜかというと、アシリパさんやフチ(谷垣さんにマタンプシを与えたあとに彼女がつけているもの)と比べると、紋様がだいぶシンプルなのだ。初心者でも縫いやすいだろうというのと、複雑な線があるわけではないからていねいに縫って勉強するにはもってこいだと思われた。カンタンそうだから、と言い換えることもできるが、世の中カンタンなものほど技量が問われる。卵焼きを本気で作るとしたら難しいでしょう?

 そういうわけで、私はキラウシニシパのマタンプシの紋様を刺繍することにした。
 ちなみに刺繍の経験は、中学の時の選択授業で家庭科を取ったときにクロスステッチをちょっとかじったくらいである。某はちみつ好きな熊さん(今思うと熊つながりか)を縫ったが、未完のまま終わっている。糸も練習用に使ったのでたぶん足りないし、針は錆びていた。ごめん。

 こんな時代なので、PDFでもYouTubeでも縫い方を検索すればいくらでも出てくる。それでもあえて資料用として本を二冊買った。刺繍を楽しみたいというのもあったが、刺繍を施された衣装も見たかったからだ。
 一冊は北海道に行けばおみやげコーナーあたりでも売っているらしい一冊、アイヌ民族もんよう集ー刺しゅうの刺し方・裁ち方の世界ー アイヌ文化伝承の会 手作りウタラ(アイヌ語で仲間) 小川早苗氏の本

 冒頭と後半にいろんな衣装が乗せられているのでみるだけでも楽しい。反面、衣装の制作年代が平成の世に入ってからのものなので新しいのかな? 先人の方々のものをもう少し見たかった。それとも保存が難しいのか、愚かしい同化政策などというものの犠牲になってなくなってしまったのか。ちょっとわからない。北海道に行けない者の戯れ言ではある。表記はアハルシではあるものの、アットゥシを作るためにオヒョウやニレの木の皮をはぐところから写真付きで説明があるのはうれしい。織物もいつかやってみたいと考えている。七夕の織り姫様にあこがれた人生でもあったのだ。叶ったのは年に一度しか会えない遠距離恋愛だったというところくらいか(自然消滅で別れて終わった)。

 もう一冊はアイヌ刺しゅうをする人間ならば必須バイブルと呼んでもいいだろう。たぶんみんな持っている。持っていないなら買えばいい、アマゾンでも売っている。
 伝統のアイヌ文様構成法によるアイヌ刺しゅう入門 チヂリ編 津田命子氏の本


 チヂリ縫いが施された衣服をチヂリとも呼ぶそうだが、刺しゅう自体をチヂリとも呼ぶらしい。マタンプシに施されている刺繍もチヂリだし、本書の冒頭には風呂敷や小物入れにもチヂリがほどこされている。見ていて楽しい。自分もやりたい! と思える一冊なので、アイヌ刺しゅうに興味を抱いて、もしやってみたいと思ったらまずはこの一冊を買って欲しい。続編にルゥンペ編とカパラミプ編もある。

 ぺらぺらとページをめくって眺めてみた感想としては、これは刺しゅうの知識があらかたないと難しいのではないかということだった。主な縫い方としては、いわゆるコーチングステッチとチェーンステッチという技法を使うのだが、それすら知らない初心者もいる。少なくともここにいた。
 文明の利器とはありがたいとつくづく思った。自分にはできないことをしてくれるモノをカムイとみなす考えもあるらしく、そうなると私にとってスマホはカムイといって差し支えがない。YouTubeでコーチングステッチとチェーンステッチの動画を閲覧して、ようやく縫い方を理解した。コーチングステッチは芯となる糸と押さえのための糸と、最低二本必要なのだというのすら動画で初めてわかったほどだったし、最初は別な縫い方と勘違いしていたほどである。


 これほどの初心者でもいちおうはマタンプシを完成させたので、アイヌ刺しゅうに興味はあっても難しそうと思っている人は試して欲しい。
 コーチングステッチことイカラリ、チェーンステッチことオホの縫い方も載ってはいる。それでも動画で実際に見てみるほうがわかりやすい。
 しかしキラウについては知っておいたほうがいい。ツノを意味するキラウは、紋様の端などによく見られる。いわゆるトゲのようなもので、魔を退けるためにつけられたといわれることもある。

 使わない布でイカラリとオホを繰り返し練習し、まずは21Pよりはじまる「伝統のアイヌ文様構成法の基礎」を縫ってみた。これはもうひどい有様だったので割愛するが、初心を忘れないようにと今では針刺しとなってそばで見守ってもらっている。

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 オホとイカラリの縫い方を理解してから、次にしたことは紋様の書き写しである。プロなら何も見なくても、頭のなかに描いた紋様をそのまま起こせるそうだが、もちろん素人の私はそうはいかない。
 まず方眼ノートに紋様を書いた。方眼ノートだと縦横の線があらかじめ引かれているので、それを利用して左右対称の紋様を書いていく。

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 私のやり方だが、紋様を書き起こしてから糸枠の必要な箇所をさらに上書きしていく形を取った。まずは横線を三本、縦線を五本引いた。中央の線より、左右の紋様は対称にしなければならないので目印になるものだ。そこからさらに、紋様にはカーブやキラウの先端を加えなければならないので、その部分にも目印となるように糸で線を縫う。
 そうしていくとあら不思議、横線は最大で七本、縦線に至っては片側だけで九本も引くことになった。

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 どうしてこうなった。
 答え、私がアイヌ刺しゅうの素人だから。
 やり方もだいぶ間違えているとは思う。それでもやりたい。がんばりたい。何もわからない素人のあがきだと、カムイは受け入れてくれないだろうか。工芸の神様はみんな知っているあの淫魔、パウチカムイともされているらしい。パウチカムイ様、どうか許してください。

 糸枠ができたら下書きならぬ下縫いをする。仮縫いともいう。この下縫いの出来で本縫いの出来が左右される。糸刺しになっている初挑戦の紋様の際に、この下縫いを目印程度の気持ちで縫っておいたらひどい有様だった。途中で下縫いを縫い直すほどだった。するとずいぶんときれいな出来上がりになったので、下縫いはなるべくていねいに起こしておいたほうがいいと学んだ。学びを次回に生かせる。とてもよい傾向である。

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 糸枠の糸を布に縫いつけないようにしながら、下縫いをすませていく。特に下縫いの糸を糸枠に貫通なんてさせてしまうと、あとで糸枠を抜くときに下縫いの糸と引っかかって絡み合って大変なことになってしまう。
 ちなみにチャコペンでの下書きはいっさいしていない。紋様がそこまで難しいわけではないのと、サイズがそんなに大きくないのと、糸枠を頼りに紋様を作り上げていた先人へのリスペクトのつもり。がんばった。
 下縫いが終わると、糸枠と混じり合って何がなんだよくわからない状態になっている。大丈夫なのかこれ。
 大丈夫! 糸枠の玉止めを切って糸枠を引き抜くと、思いのほかきれいな下縫いだけが残る。

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クッションの猫ちゃんの視線の強さ


 え……これがもう完成でいいのでは、と思ってしまうほどきれいでおどろいた。しかし写真を改めて見返すと、中央から両脇に向けて延びている矢印のような形のシクウレンモレウという紋様のカーブがひどい。左は内側に向かってへこんでいるのに、右側は外側に向かって膨れている。対称にするのは本当に難しいなと思い知らされた。

 さて、いよいよイカラリに挑戦する。なるべくキラウシニシパのマタンプシに似せてみたいと思っていたので、糸の色に悩んだ。アニメやカバーを見る限りは赤のようだが、紋様の隙間が見えることからオホを二重にしたことで隙間が生じているのか、イカラリで縫ってそれが隙間のように見えるのかと悩んだ。
 練習もかねているので、赤と相性がよいであろう黄色の糸でイカラリを中央線として縫い進めていくことにした。

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 一筆書きを意識して縫い進めていくそうなので、スタートとゴールを設定してはじめる。記念すべき第一糸は右下の端から、中央を抜けて左上のカーブを目指していく。芯となる糸を押さえながら、なるべく等間隔になるように押さえ糸を縫いつけていく。
 これがまた難しいと来たものである。マジ無理。等間隔とかホント無理。
 とか思っていたら、YouTubeにあがっている公益財団法人アイヌ民族文化財団がアップロードしている動画「技 Vol4 間宮喜代子」さんいわく、あまり等間隔にはしないとのこと。そのほうが自然な風合いが出るから、だそうで……。

 人それぞれだなあと思いつつ、不器用なので泣くほどありがてえと思った。動画はすべて縫い終わってから閲覧したので、あとあとになってハポ! と叫びたいくらいだった。ハポはアイヌ語で「母親」の意味である。ママーっ!(カムイがくださった縁なのか、本当に母親と同名なのである。ママ……)

 左上のカーブは一度縫い終えて遠目から観察したとき、なんだ微妙だな……ということで一度ほどいてから再度やり直した。ほどいて縫い直しは、このあと何度か繰り返すことになるものの、その都度上達していくからやはり失敗とは大切なものだと知った。失敗から学べることは多いが、学ぶつもりにならなければ失敗はただの失敗としてゴミくずとなって一生を終えてしまう。さすがのゴミくずもそんな最後はかわいそうである。なんとか次回成功するための礎となってもらいたい。とか何とか高尚なことを考えたりはせずに、次こそ上手に縫うからね! の気持ちで縫い直すときれいにしあがる。うれしい。

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 右下の次は右上から、反対ではあるものの同じルートをたどっていく。こちらは二度目というのもあってか、縫い直すことなく一度でピリカな曲線を描けた。大変うれしい。ピリカはアイヌ語で「よい」とか「綺麗」という意味である。ピリカピリカ。
 反対側の線も縫っていくと、だんだんそれらしくなってくる。黄色の芯糸に絡み合う押さえ糸の微妙な凹凸が、まるで春の到来を告げるミモザの花のようでとても愛らしく感じられる。天才では……?

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 細部に目を凝らせばうまくカーブが描けていない箇所もあるが、繰り返すように初心者にしては上等な部類だと思う。中央のダイヤの形が三つ綺麗に縦長にそろえられなかったのは悔しい。シクリキやシクノカと呼ばれる、シクは「眼」を意味するのでそろえてあげたかった。三連の眼……紋様が魔除けの意なら、化け物のようで恐怖感がマシマシになる。強い。

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 そんなこんなでイカラリは完成した。下縫いの時点で不安だった、シクウレンモレウもそれなりに縫えている。小さいがキラウもつけてある。このあとのオホで囲むときに邪魔にならないように、控えめにしておいたのである。

 そう、このあとイカラリの周囲にオホを縫っていくのだ。チェーンステッチことオホが、意外と幅を取るぞと気づいたのはだいぶあとのこと。糸と糸が重なって紋様がごちゃついてしまう可能性をわかっておらず、悲劇を見ることになるのもこのあとの話だ。

 当時の進捗をあげていたTwitterの投稿を見るに、どうやらオホを始めたときのBGMはDIR EN GREYだったようである。そういえば聞いていた気がする。二枚しか持っていないアルバムの全曲をランダム再生していたっけ。UROBOROSとWithering to death.を聴いていた。お気に入りは「C」。

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 オホのスタート地点はイカラリと違う。末端から始めるのではなくて、末端から少し離れた中間地点からスタートする。理由としてはおそらく文化的なものよりも、縫うにあたっての都合だろう。一筆書きでオホを一周ぐるりと縫って戻ってきたとき、最後にオホの輪っかを作ると美しく終われるのがこのやり方なのだと思える。縫い方を見習って、人間も美しく終わっていきたいものである。縫い方がそもそも美しくないというのは私の技量の問題なのでここでは目をつぶる。

 ところで刺繍糸はこれまたYouTubeの刺しゅう素人がまずはじめに見ておくような動画を参考に、八メートルの糸を一メートルずつにして切ってまとめておいた。二本取りで縫っているオホは、さてどれくらいの距離を縫えるのか。

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 写真にあるグレーの線が一メートルを縫いきった分である。一メートルもあるのに、こんな短く終わってしまうのか……短いのか? よくわからない。メジャーで計測してみると、およそ22・5センチだった。なるほど、わからん。
 ちなみにこの一メートルを縫うにあたってかかる時間が約三〇分とツイートが残っている。遅いのだろうか。楽しんでやっているので、むしろもっと楽しい時間が延びてくれてもいいと思いつつも、終わらない苦行になっても悲しいのでちょうどいいのかもしれない。

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 そんなこんなで一周した。あの縫いはじめのところまで戻ってきて、オホの始末をつけた。やったね! 両脇の、一応はモレウに当たる部分かな? 渦巻き状の紋様の意味を持つモレウがやや不格好だが、それでも周囲を一周ぐるりとまわることはできた。感動である。ピリカピリカ。

 ツイートでは一周でおよそ一〇メートル使ったとメモにある。
 でも六本束の八メートルの糸を八等分の八本分にして(四八本)、六本一メートルずつの束(六本)にして、二本取りで使っていくと一メートルを三度使えるわけだ。最終的には一メートル八本が四本になったということは……二四本使った計算になる。二四メートル。この計算にかなり時間をかけた。大変愚かだなと思った(数学が苦手)。

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 マンガを見るに、この紋様の線は厚めだなあと思ったのでオホの二周目に突入した。同じ赤色でもよかったのだけれど、少し気分を変えてやや紫がかった色にした。カバーのキラウシニシパを見ると、どうやら赤よりはこういう小豆色系なんだろうなと思ったのでこの色で縫っていく。
 二周目ともなると手慣れたもので、となりのオホのサイズをなるべく合わせながら縫っていくと綺麗に仕上がる。

 まあ、そううまくいくわけもなかった。ここで問題が発生した。
 横一直線のラインから、内側に向かって大きく山を作る部分がある。その先端同士が、二周目のオホの厚みでくっつきそうになってしまった。というか、両側の二周目を縫えば確実にくっつく。……というところをかろうじて回避したところまではよかった。
 内側のシクウレンモレウのところで、ついに悲劇が起きた。

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 二周目の厚みで、紋様が潰れちゃったよ!
 ひどい、これはひどい。写真で見返すたびにひどいと思う。我ながらこれはないよ。せっかくの内巻きの紋様、シクウレンモレウは目が両方にある渦巻く形だというのに、これじゃあ目が開いていない。閉じている。眠っている。アプンノ シニ ヤン。そうじゃない。
 一本取りで縫えばまた違ったのかなとは思いながらもほどいて、この部分は縫わないことにした。赤い糸のオホだけでも十分見栄えはいい。ピリカなままにしておいてあげよう。紋様と紋様の距離と、オホを何重にするかで使う糸の本数、見栄えも考えて縫ってあげないといけないんだなということがよくわかった。

 ここからさらなる強敵が現れるとは想像もしていなかったりする。ラスボス後の隠れボスというか、伝説のポケモンを捕まえてポケモンリーグチャンピオンになってから捕まえることができる前作の伝説のポケモン的なやつだった。
 キラウシニシパのマタンプシ、シクウレンモレウの先端の内側……編み目模様になっているわね。これは、何かしら……。

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目を凝らして見てようやく分かった……細部まで美しい紋様……惚れ惚れする


 アイヌ民族もんよう集26ページにプンカルシリキという縫い方の写真が載っていて、そこで縫われているネット状の縫い方だろうとは思えた。チエパレチゥというようだが、あいにくその縫い方が載っていないときた。検索しても出てこない。フランス刺繍にそれっぽい縫い方でもあるだろうかと探すも見つからない。わからない。何これどういうこと。
同書41ページに変わり千鳥というそれっぽい縫い方があるものの、チエパレチゥの不規則な縫い方に比べてずいぶんと規則正しいからこれではない、違う。

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 実は同書の20ページにチエパレチゥの縫い方が写真付きで掲載されているのだが、どう見てもまったくの別物なのです。頭がこんがらがる(めちゃめちゃ読み込んだので、本書の誤字もずいぶんと見つけてしまった。そのあたり細かく訂正して新しく出して欲しいなと思いました……なにとぞよろしくお願いします)。

 つんだ。
 こんなんおしまいじゃん、縫い方わからんのだもん。
 とか思いながらしくしく泣きながら、YouTubeのアイヌ刺繍の動画の海をひたすら泳いでいた。ときどき泣いているげんじろちゃんを見ながら、アイヌ刺繍の縫い方をひたすら眺めていた。


 そして見つけた、エタラカという文字。意味はデタラメという意味らしいが、ようやくたどり着いた。


 どうやら縫われている方もずいぶんと難しいと思いながら縫っているんだな、というのが指先と悩む時間と画面構成でわかった。


 ということで、エタラカを学びたいのなら公益財団法人アイヌ民族文化財団がアップロードしている動画「技 Vol4 間宮喜代子」さんを見るといい。10分ごろからとても美しい指先が不規則な編み目を作り出している。これはわかりやすい。感動した。というのも私はエタラカを縫いあげてからこの動画のこの部分に気づいたのである。悲しい。最初っからこっちを見ておけばよかった……ハポ……。

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意図してデタラメにしようとすると整列してしまうという矛盾……難しいぞ……


 ハポ(間宮喜代子さん)がおっしゃるとおり、エタラカは端を注意しなければならない。じゃないと網がぱっくりと口開けてしまうし、実際に私の縫ったエタラカは口を開けている。この編み目で魔をからめ取るという意味合いがあるとかないとか言うらしいが、だとしたら私のエタラカは魔物をするっと入れてしまいかねない隙間がいっぱいある。
 先に見ておけばよかった。後悔しかない。

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出来た……感涙……

 とにもかくにも紆余曲折はあったにしろ、糸枠作りからエタラカまで終えてやっと完成した。エタラカに挫折した期間がおよそ一ヶ月という膨大で無駄な時間を過ごしてしまったものの、およそ三ヶ月かかったことになる。長かった。参考の本と動画で、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返した。長かった。
 ずいぶんと時間がかかった出来映えにしては粗末なものだが、手先が不器用なわりによくやったと思う。本来のサイズより大きめに描いたので布の後処理が大変ではあるものの、ほかの布と切り縫い合わせてアイマスクにでもしたいなと思うところ。
 今のところ新しくスカーフに紋様を縫い始めているので、それもいつのことになるのやらわかったものではない。タコピーがいてくれたら、過去に戻って布のサイズからエタラカの参考動画から間違っているよと教えに行くのになあ。
 いやタコピーがいてくれたら、同化政策はおろかアイヌの迫害がなかったような時代を作り出してほしいけれど、それはそれで歴史改変になってしまって刀剣男士の出番になってしまうわね。
 この世のことはたいがい難しい。


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