【5分小説】大人になってしまう前に
お題:「百面相」
お題提供元:深夜の真剣物書き120分一本勝負(https://twitter.com/two_hour_write)
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信じたくなかったけれど、ばあやが言っていた通りだ。
こめかみの辺りがむずがゆくなったので引っ掻くと、皮膚の表面が剥がれてきた。
「すげーな姉ちゃん! おれにも剥がさせてくれよ!」
「自分のかさぶたでも剥がしてろ」
「あらあら、始まったのね」
ばあやはにっこりと笑って、私の頬を撫でた。
「今日はお赤飯だねえ。学校も移らなくちゃね」
「なんで?」
「なんでって、きみちゃん、あなた顔が変わってしまうのよ。みんなびっくりするじゃない。それに、このことは私たちの秘密」
東雲家の女性には、百面相のという特異な体質がある。
思春期になると、今までの顔がはがれおち、その下から新たな顔が現れる。目鼻も口も輪郭さえも、まるで変わってしまう。納棺されて誰にも顔が見えなくなるまで、それは続く。
「どうして顔がはがれてしまうの?」
幼い頃、私はそう訊いたことがある。まだ今の顔になる前のばあやに。
「遠い遠い昔のご先祖様がね、この土地をお守りしていた白蛇様に恋をしてしまったからだよ」
そういって微笑むばあやの目は、よく見ると瞳孔が細長く、きっと白蛇様もこんな目をしていたのだろうと思ったものだ。
ご先祖だったお姫様は、どんな気持ちで彼の目を見ていたのだろう。
夜六時。外は強い北風が吹いていて、庭で乾いた枯れ葉がカサカサ音を立てている。
剥がれ落ちる顔も、きっと枯れ葉のように散っていくのだろう。
私は鏡台の前に座っていた。両手を頬に沿え、己の顔をじっと見る。
冴えない顔だ。それでも生まれてこのかた十五年、これで生きてきた。それが、かさぶたのように剥がれてしまうなんて。脱皮だと分かっていても、どこか悔しい。
まるで今までの私の生き方が、代謝されて然るべき傷だったみたいじゃないか。
スマホがメッセージを受信した。隼斗からだ。
“ごめん。今電話しても良い?”
この一週間、彼とは学校でも、LINEでも、会話を交わしていなかった。
きっかけは些細な喧嘩だった。今となっては、どっちが悪かったかなんて、気にならなくなるほどの。
クラスメートの中には、LINEで告白して付き合い始める人も少なくない。けれど隼斗は、ちゃんと私の目を見て、思いを告げてくれた。だから私も好きになったのだ。
「ご飯だよ」
気付けば台所から、赤飯の炊ける良い匂いがする。
ばあやの方に振り返ると、また皮膚が裂けてきた。
「剥がれだすと、早いんだね」
「きっと明日の朝には、新しくなっているだろうねえ」
ばあやは私のそばに寄ってきて、肩を叩いた。
「大丈夫。きみちゃんは、どんどん美しくなるから」
いてもたってもいられなかった。温かな赤飯の匂いをふりほどくようにして、私は玄関に向かった。
「きみちゃん?」
「ごめん。すぐ戻るから」
剥がれないようにマスクとマフラーで顔を覆って。
電話でもメッセージでもなく、彼が好きになってくれたこの顔で、もう一度、彼に会っておきたかった。