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【1分小説】無垢な罪人

お題:頭の中の罪人
お題提供元:即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/)
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 浮気なんて、断じて、一度もしていない。
 けれど、かつてもう一人恋人だった女性がいて、彼女がこの町に住んでいることは疑いようのない事実だ。

 優先席の隅に座って眠っている妻を見下ろす。
 妻の背後に風景がながれている。ここは昔、俺とかつての恋人が共に暮らしていた町だ。
 車窓に駅のホームが流れてくる。

 見慣れた駅名。ふいに胸騒ぎがする。
 あの時の彼女が電車に乗り込んでくる、そんな予感がして。

 停車と共に揺れが足に伝わる。妻が目を覚まして頭をもたげた。

「今どこ?」

 振り返り、駅名を見ようとする。
 俺はとっさに、彼女の頭をなでるようにして、自分の方を向かせた。

「もう少し、寝てなよ」

 妻は微笑んだ。何も知らない無垢な笑みが、俺の心にちくりと刺さる。
 なぜか、責められているような気がした。

 本当は、彼女は何もかも知っているのではないか。
 知っていながら、こうして笑っているのではないか。

 俺は首を振る。俺の中には罪人がいる。
 犯してもいないのに、妻の笑顔が、良心の呵責が、過去の俺を罪人に仕立てていく。

 家に帰る道で、花を買っていこう。
 ふと思いついて、俺は苦笑する。本当は彼女は何も知らない。俺が勝手に罪滅ぼしをしたいだけなのだ。

 電車にあたたかな西日が差し込む。