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BOOK REVIEW vol.054 文にあたる

今回のブックレビューは、牟田都子(むた・さとこ)さんの『ぶんにあたる』(亜紀書房)です!

著者は、人気校正者の牟田都子さん。「校正」という仕事に対する想いや、さまざまな葛藤が綴られており、失敗を積み重ねながらも、真摯に「言葉」と向き合われている姿がとても印象的でした。

牟田さんのことは、実は以前から存じ上げていました。図書館員を経て出版社の校閲部に勤務し校正者となられた・・・というプロフィールを拝見したとき、思わず「え!」と驚いたのと同時に、心の中の意外な場所に明かりがパッと灯ったような気がしたのです。同じ「さとこ」という名前だけでも親近感がわくのに、図書館員、そして校正者という職歴ポイントまで同じとは。私の場合、「校正者」という肩書きで働いたのはたった一年程のことですが、それ以前の大学の広報課に勤務していたころから、ライターさんや先生方が書かれた記事の校正は欠かせない業務でした。その後、校正者という職業を選んだのも、校正という仕事が好きだったからだと思います。文章に触れ、“てにをは”を整えていると、いつの間にか私の心も整っていくような…そんな不思議な感覚があったのです。

校正者が主人公の小説が複数刊行され、テレビドラマにまでなったとはいっても、まだまだこの仕事の実態は知られていないと感じます。「赤鉛筆で間違いを直す仕事ですよね」といわれて、「わたしの場合は赤鉛筆ではなく鉛筆で、直すというより尋ねる感じです」と説明しながら、こんなときゲラの実物を見せられれば話が早いのにと思います。

『文にあたる』より引用

「赤鉛筆ではなく鉛筆で、直すというより尋ねる感じです」という一文に、牟田さんのお人柄を感じるなぁと胸の奥が熱くなりました。赤鉛筆か鉛筆かは、分野によって異なるそうです。文芸誌では鉛筆、新聞など速度が求められるものは、見落としがないように赤鉛筆というところが多いようですが、職場ごとに独自のやり方が存在しているようにも感じます。ちなみに、私がとある週刊紙(新聞の方です)を校正していた際に使用していたのは赤ペンでした。

そして、「直すというより尋ねる感じです」という言葉から感じたことは、牟田さんの謙虚さと、やはり校正者とはあくまで「黒子」の存在であるということ。『句読点ひとつでさえ著者の「表現」』としてとらえるならば、どこまで赤字を入れるべきなのかという葛藤が常につきまといます。それも目の前にあるゲラ(校正用に出力された紙)が、小説なのかエッセイなのか、はたまた新聞記事なのか、フィクションかノンフィクションかによっても変わってくる。校正者としてのさまざまな迷いや葛藤は、どれも共感できるものばかりでした。

「校正」というと“文章を直す仕事”というイメージがあるかもしれません。しかし、その裏側には時間と労力をかけた事実確認(ファクトチェック)があるということ、探偵のように“疑う力”が必要で、とても根気のいる作業でもあることが牟田さんの文章からありありと伝わってきます。『文にあたる』には、現在進行形で校正に従事されている牟田さんのリアルな声が綴られているのです。

校正者は完全な裏方であり、名前が表に出ることはほとんどない。校正をしてもしなくても読者には分からない。「校正が良かった」と褒められることもない。でも安心して本を読むために、本の信頼を失わないためにも、本づくりにおいて校正はとても重要な役割を担っているということを改めて実感しました。校正作業に携わったことのある方、校正に興味がある方、または本づくりに興味のある方には、とくにおすすめしたい一冊です。

『文にあたる』を読みながら気づいたことがあります。やっぱり私は文章にまつわることが好きで、読んでいるとわくわくしてくるということ。いつかまた、校正や本づくりをする日がくるのでしょうか。どんな形になるかは分かりませんが、また言葉や文章に携われたらいいなと思います^ ^

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