宮澤盛男(モーリー)

テニスや炎症性腸疾患(クローン病)のことなど、誰かの役に立てばうれしいです!

宮澤盛男(モーリー)

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最近の記事

モーリーの闘病日記(6)再々手術ストマ編

2004年2月2日 家族も同席して手術についての説明。手術も3回目になるならば、説明も3回目だ。 術式はやっぱりストマ造設のみで、縫合部(穴のあいているところ)は全くいじらない。自然治癒を期待する。 看護婦から「ストーマをつくられる方へ」というパンフレットみたいなものを渡される。それによると、手術後は黒ずんだ紫紅色から鮮やかな紅色になってくる、術後1〜2週間はむくみがあり大きさが変化する、半年くらいかけて徐々に落ち着いてくるという。 私の場合、だいたい3ヶ月程度で元に戻せる

    • モーリーの闘病日記(5)絶望編

      2004年1月20日 流動食一日目36.4℃、36.7℃、37.4℃と朝はよくても午後になると熱が出てしまう。ロピオンの点滴を希望したら、食事が始まったからとのことで、経口剤のロキソニンを出してもらう。効き目はややマイルドだ。鉄剤も経口の錠剤に変更されそうになったので、お願いして点滴のまま続行してもらう。鉄剤って便が真っ黒になって腹が痛くなるんだよね。種類にもよるのかもしれないが安全をみてパスしておく。 それから切開した箇所の抜糸。抜糸といっても糸ではなくホッチキスの針みた

      • モーリーの闘病日記(4)再手術編

        2004年1月1日 朝焼け窓際に移動してこれからは毎日みるのかもしれないが、ちょうど元旦から朝焼けをみることができたのでとても新鮮。これはと思ったら、きれいな初日の出もベッドの上から見ることができた。初日の出なんて何年(何十年?)ぶりだろう。 新年の思いをあれこれ考えるということもなく、寝正月で一日を過ごす。正月休みは先生や看護婦も少なくて寂しい。はやく1月5日の月曜日、仕事始めになってほしい。 腹のドレンから便は止めどなく出てくる。痛い。炎症を起こしているのだろう。痛み止

        • モーリーの闘病日記(3)術後苦闘編

          2003年12月4日 再開もう何日目だか数えるのが面倒なのでやめる。術後、2〜3日は絶対日記の更新なんかできないだろうと考えていたが、結局1週間経ってしまった。遡ってちゃんと書こうかと思ったが、もう覚えていない日付もあるので書かない。 さて、手術は無事に終わる。主治医の説明では当初考えていたよりも多くの大腸を残せたそうだ。これはうれしい。しかししかし、術後の痛みはハンパなかった。ホントに。ほとほと参ってしまいました。まぁ、この話はまた今度。 で、術後1週間経つのだが、は

        モーリーの闘病日記(6)再々手術ストマ編

          モーリーの闘病日記(2)手術編

          当時、手術の前に足裏に名前を書かれました。患者の取り違え防止なんですかね。 後に何回も手術をしていますが、足裏に名前を書かれたのはこの時だけです。 2003年11月13日 プロローグその時、なんの予告もなく電話が鳴った。まぁ電話が鳴る前に予告はないが。 「もしもし、ミヤザワさんでしょうか?」 電話をとる前にナンバーディスプレイで発信番号を確認していた。 「045-XXX-XXXX」 045って横浜だよな!? ついにその時はやって来た・・・。 てな感じで病院からついに呼び出し

          モーリーの闘病日記(2)手術編

          モーリーの闘病日記(1)予兆編

          こんにちは、モーリーです! 私、宮澤盛男は19歳のときに炎症性腸疾患であるクローン病を発症して、現在も治療を続けています。 この闘病日記は初めて手術に至ったときの日記をまとめたもので、今までで一番辛かった時の記録です。 ちなみにテニスを始めたのもこの時期だけど、入院のためすぐにお休みしてしまいました。 当時はnoteはおろかブログというものも一般的ではなく、「さるさる日記」というウェブ日記サービスに書いていました。 今回、note用にまとめてみましたので、読んでいただければ幸

          モーリーの闘病日記(1)予兆編