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映画「永い言い訳」 大切なことは失ってから気づく

映画「永い言い訳」を観た。
西川美和監督の作品は、デビュー作の「蛇イチゴ」「ゆれる」「夢売るふたり」と観てきたけれど、今作も人間というものを深く鋭く追求する視点が冴えたオリジナル脚本だった。

幸夫と長年連れ添った妻・夏子の間には微妙な距離がある。
妻を見ようともせず不倫に走っていた幸夫は、事故で突然に夏子を失う。

プライドが高く自意識過剰で面倒くさい性格の作家(津村啓)・幸夫役を演じた本木雅弘さんがハマり役だった。
元々の美形に薄っすらとシワが加えられ、年を経た人生の苦味や哀しみさえも滲み出て、いい俳優さんだなぁと思わせる存在感があった。

夏子とスキーツアーのバスに同乗し共に亡くなった親友ユキの夫・陽一役の竹原ピストルさんがとても良い。
真っ直ぐで朴訥な陽一は、妻を失った悲しみを隠すことなく人前でも臆面もなく涙する。捻くれている幸夫は妻を失っても上っ面だけの事しか言えず泣くことも出来ない。そんな二人の対比が際立つ。
自らは子供を持つことを拒否してきた幸夫が、長距離トラックの仕事で留守がちの陽一に代わり子供達の面倒を見ることをかって出て、不慣れな料理をしたり人のうちの洗濯物を畳んだり、ママチャリに陽一の娘を乗せて登り坂をふうふう言いながら漕いでいる生活感あふれる姿など、柄にもないことをしてゆくうちに、子供達を家族のように見守り、陽一とは親友のような独特の関係性が出来上がってゆく過程も何だかとてもよかった。これまで全く接点がなかった二人の男が、共に妻を失ったことで共同体みたいになってゆく。

冒頭のシーンで、髪を切ってやりながらも愚痴っぽく突っかかってくる幸夫に対して、何を言われても諦めていたのか、それとも全てを許していたのか…夏子は雪の山道を登ってゆくバスの中で何を思っていたのだろう。夏子を演じた深津絵里さんの何とも言えない表情と、このシーンで流れていた手嶋葵さんの歌う静謐な「Ombra mai fu」が心に残っている。
事故後に見つかった夏子のスマホに記されていた “もう愛してない。ひとかけらも”という言葉は本心だったのか。
冷え切っていたはずの妻の残した言葉に、殊の外ショックを受けている様子の幸夫。

" 簡単に離れるわけないと思ってても、離れる時は、一瞬だ。
そうでしょう? "

本当に大切なことは、いつも失ってから気づく。

過労からトラック事故を起こした陽一の元に息子の真平を送り届けた帰りの電車の中で、夏子を亡くしてから今までのことが胸に去来したのか、幸夫はあふれ出る思いをノートに走り書きする。その中に綴った”人生は他者だ”という言葉。
陽一家族と関わることによってはじめて、自分以外の他者という存在に思い至った幸夫。
夫婦、家族といってもどれだけ相手のことを知っているだろうか。
身近な人のことをあなたは本当に見ているのか?と、問われているような気がした。




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