お金は所有の概念を前提としている
お金に善悪はない。ただの道具だ。
人の心次第で、利己的にも利他的にも使うことができる。
「ありがとう」を表すものとして使うこともできる。
被災地への支援はお金が一番喜ばれるという。物資を送ると、他の人が送ったものと重複して余ったり、保管場所が必要になったりするからだ。
その点、お金であれば保管場所もとらないし、いつでも必要なものと交換することができる。
使い方次第では、とても便利な道具だ。
ただ、お金は「所有」の概念を前提にしている。
私たちが今着ている服、カバンの中身、自分の部屋にある電化製品や家具、等々。
これらについて「自分の物だ」という意識があるから、「自分の物と相手の物を交換しよう」という考えが出てくる。
そして、その交換手段として「お金」が使われている。
「所有」とは何だろう。
本来、全てはこの宇宙から与えられたものだ。私たちの命さえも。
さまざまな作物、鉱物、石油、水、太陽の光。
これらを収集・加工していく過程で、人間が所有権を設定している。
しかしもし、太陽の光や空気中の酸素、雨水や鉱物について、太陽や地球から「私たちが生み出したのだから、使った分だけ私たちに対価を払いなさい」と言われたら、人間は生きていけなくなるだろう。
全てが無条件で与えられている。それが太陽や地球の心、この宇宙の心だ。
お金は便利な道具だ。ただ「所有」の概念を前提にしている。
今後、天変地異や経済危機によって、お金の存在が揺らぐ時が来る。
その時、私たち人間は、太陽や地球の心に気づくことができるだろうか。
それとも物々交換をしたり、新たな交換手段を生み出していくのだろうか。
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