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描くことはむずかしいことじゃない

歌うたいでありバラッドメーカーの、斉藤和義は
自身の詩の中で
「頭をからっぽにして、声に身を任せれば歌は唄える」という主旨の言葉を
伝えています。
ときおり彼のシンプルで率直な言葉は、私なりの言葉となって浮かんできます。
 
ああ、描くことはむずかしいことじゃない


私がスタッフとして働く造形教室には、たくさんの子ども達がやってきます。
この前の教室では、キャベツを墨で描きました。
 
6才の男の子、まあくんが
最初は元気に、のびのびと描いていて
ひととおり全部が描けたあと
最後に
弱々しい線でサッとひいた目と口を、
キャベツにつけ足して、終わりにしました。
 
描き足したその目と口は
泣き笑いしているみたいな
というか、
泣いてる顔にとってつけたみたいに笑った顔でした。
 
「あー、そんなの描いちゃうと……」
おもわず私がつぶやくと、
まあくんは
 
「いいじゃん、ボクの絵なんだから」
 
と口にして
モヤモヤしたままの私を置いて逃げて行ってしまった。
 
「いいじゃん、ボクの絵なんだから」って。
笑いを含んではいたけれど
それはまるで
描いたキャベツが喋ったみたいな声でした。
 
 
観察画は、モチーフを前にして描きますが
これに対して
想像画というジャンルも児童画にはあります。
自由に空想を膨らませて描く絵ですから、
こちらには、空飛ぶライオンとか、赤ちゃんキノコとか、深海に沈む宝石箱とかが、ジャンジャン出てきます。
そこなら、喋るキャベツが元気に走りまわっていても、愉しい絵になるでしょう。
でも、今回描いていたのは、キャベツの観察画でした。
目も口もない、ごく一般的な春キャベツがモチーフでしたから、
できれば今回は描かないで終わりたかった。
 
モヤモヤしてしまう大人側の私。
ただ、一年生の彼にそんなことを話してもしかたありません。
子どもからしてみれば、描きたいように描くだけ。
 
それでいいんです、
ほんとうに。
ただの大人の戯言ですから、10まんボルトとかで
どうぞやっちゃってください、まあくん。
いいんです、いいんです。
大人は、道筋を見失わないよう、率いていきますから。
 
 
墨で描いたキャベツの絵には
まあくんが抱える葛藤が
描かれていました。
素直に
正直に
 
こういうときに浮かぶのです
描くことは、むずかしいことじゃない、と。
上手いも、下手も
そんなことは、どっちでもいい
ほんとうに。
 
普段から
ひとり閉じこもるみたいに、絵本を読んでいるまあくん。
たぶん、
広いところで、石ころを高く放り投げたり、
きれいな花をムチャクチャにむしったり、
やっちゃいたいのに
代わりに、
いつも洞窟にひとりでいるみたいにして絵本を読んでいる
 
描いたことで
まあくんの気持ちが少し楽になったかどうかは、わかりませんが
葛藤を見せてくれた
そんな、キャベツの墨絵でした。
 
 
先生だってね、
探りながらなんだよ、ねえ、まあくん。
先生は、自由に描くことで
縮こまった心が開いていけばいいな、と思うんだ
心が広く開け放たれることは、素敵なことだよ
心がのびのびできる場所が、描く中にあると思うから
もっともっと後押ししていきたいんだ


今週もまた、教室にまあくんがやってきました。
この4月に一年生になったばかりの彼
新学期にくわえて、この激しい寒暖差です。
まあくんじゃなくても、みんなクタクタ。
教室に顔を出した当初は
チックの症状も出て、表情は固まったままでした。
 
今週はキャベツに色をつける工程です。
絵の具を混ぜて
好きな色で大きな紙に散りばめているうちに
気持ちが少しやわらいでくるのが、こちらからもわかりました。
絵の具がもたらす効用は、こんなところで働きます。
 
教室が終わる頃
できあがった絵を指して
「ここ、虹色になったんだよ」って教えてくれたときには
キャベツの顔もなんだかホッとして
微笑んでいるように見えました。
 
描いたあと、まあくんは
いつも以上に、しっかり閉じこもって絵本を読みました。
たくさんの絵本が詰まった洞窟もまた
心を支える拠り所のひとつのようです。
 
言いたいことが言葉にならない子どもたちや
言うべきことがあるのに言えない大人たちだって
頭をからっぽにして
浮かぶ雲みたいに素直な心地で
色や線に身を任せていければ絵は描けます。
ほんとうに、むずかしいことじゃない。ああ。
 

ただひとつだけ、しないほうがいいかな、と思うことがあります。
描いた絵を
他の絵と比べてはいけません。
 
どこかでみてきた世界的な名画やエモい画像は
大人になるほど
記憶の中から無意識のうちに浮かんできては
あなたの絵を批判します。
そうやって
描くことを嫌いになっていくのです。
多くの人は、自分の絵をさらすことに耐えられなくなってしまう。
だから、
嫌になってしまったときは、もう一回頭の中をからっぽにして
自分を励ましてください。
 
今、ここに生きていて
「おはよう」と声をかけられたら
「おはよう」と返す
そんなあなたが描いた絵だからいいんだ、と
あなたの息づかいが線に描かれているからこそ価値があります。
その絵は、周りにいる人たちの心を温める力をもっています。
 
 
まあくんが
いともたやすく
葛藤を伝えたように
 
ああ、描くことは、むずかしいことじゃない


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