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2022 年間ベストアルバム10選

今回は、2022年にリリースされたアルバムの中で、特にこの一年よく聞いたなぁ、良かったなぁと思うものを10作品ピックアップし、紹介していきたいと思います。 前編では5作品を紹介します。


1.Mitski「Laurel hell」

1つ目は3年半ぶりにリリースされたMitskiの待望の新アルバム「Laurel hell」。彼女はアメリカ人の父と日本人の母を持つ、NYを拠点に活動するシンガーソングライターで、こちらの記事↓でも過去の曲について詳しく紹介しています。

 前アルバム「Be the cowboy」があまりに良すぎて、それだけに聞く人の期待感も、Mitski自身のプレッシャーも高まっていたのだろうと思いますが、そんな彼女の葛藤さえも内包されているようにも思える今回のアルバム。
 孤独をポップかつキャッチーに歌った前作のアルバムの方が聴きやすくはありますが、「Laurel Hell」ではよりダークで心を抉るような歌詞が、彼女にしか生み出せない独特のサウンドによって紡がれていきます。アルバム収録曲である「Working for knife」の歌詞を一部紹介します。

I cry at the start of every movie I guess ‘cause I wish I was making things tooどんな映画を見ても始まりでいつも泣いてしまう、私にも創れたらと思っていたからかなBut I’m working for the knifeでも私はナイフのために働いているI used to think I would tell stories物語を紡ぎたいと思っていたBut nobody cared for the stories I had about No good guysでもヒーローのいない私の物語に誰も興味を持っていなかったI always knew the world moves on i just didn’t know it would go without me世界が絶えず進んで行くことはわかっていた、ただ私抜きで進んで行くことを知らなかっただけ

GENIUSより引用

他人の創作物に対する怨念に似た羨望や、こうなりたい、というような理想のあり方と自分とを比べた時の絶望感、みたいなのが歌詞に描かれているような気さえしてきます。mitskiは元々大学で映画を学んで、その後作曲の道に進んだらしく、そうした境遇も反映しているのだと思います。 この曲でいう「knife」は創作することで自分の身体や魂をナイフで抉っていくということの比喩、あるいは生活の糧を得るために自分を抑圧して行う(創造的でない)仕事、と解釈することができるのかなとも思います。

「The Only heart breaker」や「Love me more」も、80sのディスコっぽいアップテンポな曲調でありながらも、Mitskiならではの重く陰鬱な歌詞が合わさって、それでいてどこか爽快ささえ感じさせる響きもあります。いつまでも感傷に浸っていたくなる楽曲群で、今年は本当にこのアルバムを何度もリピートして聴いていました。

日本語版のリリック・ビデオもとても綺麗なので、こちらで聞いてみるのもオススメです。


2.FKA twigs『CAPRISONGS』

 FKA twigsは正直今までのアルバムは浮世離れした感じがしていていて、そのミステリアスさが彼女の魅力でもあったと思うのですが、どう聴いたらいいかわからないというか、どことなくとっつきづらい印象がありました。今回のアルバムは彼女の不思議な世界観を残しながらも、より親密で地に足のついた印象があって、少し意外に感じたほどでした。
ここで彼女のアルバムについてのコメントを引用します。

CAPRISONGS…… それは、シンクに落ちたブロンザー、横に置かれたカクテル、チェリー味のキャンディー、喉が渇いたときのアップルジュース、公園での友達、好きな人、誰かがあなたに言ったすべてを変えた一言、クラブでの駆け引き、いつも遅刻するけどパーティーを一番盛り上げてくれる親友、空港での友達との待ち合わせ、ただの一体感。 そして、ロンドン、ハックニー、ロサンゼルス、ニューヨーク、そしてジャマイカなどの私の世界。これらを全て一つに集めて表現したもの。
この作品を産み出すことでこれまでの痛みを克服しなさい、何も考えずにスタジオに足を運び全てを曲で表しなさいって心の声に従ってできた作品よ。

RollingStonesJapanより引用

 彼女のこの文章が好きで何度も読み返してしまうのですが、アルバム全体の雰囲気や世界観がよく現れているなと思います。ランダムだけれどどこか共通する雰囲気があって、友達と部屋で過ごしているときのような親密さもあって…アルバムではなくミックステープであるという点も納得がいきます。

 全体に遊び心が散りばめられていて、彼女を構成する世界が色鮮やかに詰め込まれた宝物箱のようでもあります。例えばいくつかの曲では実際に友達(?)との会話が挿入されていたりするんですが、「which way」で「it’s like elevetor music but going to the fiftieth floor…」と喋ったあとに、実際エレベーターのように落ちていく音階が差し込まれていたりします。

それと同時に、『Thank you song』では「I wanted die,I’m just being honest」というフレーズもあったりして、あっ、彼女も血の通った人間なのね..!と言うことが(当たり前だけれど)実感できて、生身の人間としてのFKA twigsが垣間見れた気がします。作品のアートワークも今までよりも素顔が見える感じの仕上がりになっています。

個人的にはアフロビーツっぽい「honda」や「papi bones」、「jealousy」あたりが特に好きです。

3.宇多田ヒカル「BADモード」

 宇多田ヒカルは天才って言うのはわかってはいたけれど、いまだにここまでの傑作を生み出してしまうことにもうすごいとしか言いようがありません。曲を作ってくれて、しかも日本語で歌詞を書いてくれてありがとう…と言う気持ちです。個人的には今までの彼女のアルバムで一番好きかもしれないです。 

「Somewhere near Marseilles-マルセイユ辺り-」の流れるようなメロディーが気持ち良すぎて、11分もあるのに全然飽きないというか、音楽を通して小旅行に行ったような気分になります。全体的に隙がなさすぎてもうただ音楽に身を委ねるしかない。

 アルバムの曲の中でも「気分じゃないの(Not in the mood)」の歌詞が結構好きなのですが、結構この曲の歌詞は(宇多田ヒカルの楽曲の中でも)特殊な気がします。

「締切日になっても歌詞ができていなくて、外のカフェに気分転換に行った時にルポルタージュ的に目に留まったものを書いた」と語ってらして、逆に、そういう書き方を今までしてこなかったんだ、ということが新鮮でした。どこか屋外でクロッキーでもしているようなまばらな描写のされ方が散文的でもあり、気だるい雰囲気とマッチしているようにも思えます。

“「私のポエム買ってくれませんか?今夜シェルターに泊まるためのお金が必要なんです。」ロエベの財布から出したお札で買った詩を読んだ“ 
の歌詞は聞いた時はもう、ひっくり返りそうになりました。

 ここではただ「ロエベの財布」から「出したお札」で「買った詩」を読んだという事実が並べられているだけ。けれど、この曲がルポルタージュ的にはかなり細かな「情景描写」をしていることが効いて、その「クリアファイルを抱えてポエムを売る老女」と「詩を買う彼女」とがやりとりをする映像が否応なく脳裏に浮かぶようになっています(偶然なのか意図的なのか…)

 ただ独り言のように並べられた言葉に対して、聞き手はそこに付随する意味というものを考えてしまう。「シェルターのお金」を「ロエベの財布」から出すことの途方もないギャップ、そこに漂う現実のやるせなさや諦念、そういうものを自然と読み取ってしまう。

 現実をただ書き留めるだけでも、その現実の中から何を書き留めるかで、何を取捨選択するかという意思や自分の視線の偏りのようなものが介在してくると思うんですよね。十人集めて全員を「なんか気になったものを書き留めてこい」と野に放ったら十人違うものを書くでしょうし。
そこで彼女が書き留めたことこそが、彼女の言いたかったことを何より代弁しているのではないかと感じます。
締切日にこの歌詞をかけてしまうその才能が怖い。

 本当に素晴らしいアルバムではあるんですが一つだけ思うのは、「Face My Fears」だけ毛色が違いすぎて突如挟まれてる感が拭えませんでした…聞いているうちに慣れるかなと思いきやSkrillex特有のゴリゴリEDMがどうしてもうるさくていつも飛ばしてました笑A.G.Cookのリミックスはまだ聞けたので、English versionだけ削って欲しかったなぁ…。

Spotifyで貴重な制作背景を聞けるラジオもあるので、興味のある方はぜひ。

4.Yumi zouma「Present Tense」

 Yumi zoumaはニュージーランド出身の四人組オルタナティヴ・ポップバンドで、前から注目していました。バンドメンバーはやや日本っぽいですが二人の共通の友人から取った名前で、日本とは関係ないそう。(ちなみに EPの「A Long Walk Home for Parted lovers」ではちょっと日本語のアナウンスが入っていたりもします)

 私は「EP Ⅲ(2018)」のアルバムがかなり好きなのですが、これまでの彼らの曲はシンセやキーボードの音色が、全体に淡々とした印象を与えているように感じていました。

 新アルバム『PRESENT TENSE』はそうしたYumi Zoumaらしいドリーミーなサウンドを残しつつ、リアルな楽器やオーガニックなサウンドが取り入れられたことで、全体を包み込む質感がより暖かく豊かになっているような気がします。

新アルバム「PRESENT TENSE」について、メンバーのクリスティはこう語ります。

「私たちは『緊迫した今』を生きていました。パンデミックや政治的な問題で世界中が緊迫しているなかで、このアルバムは私たちにとっての『瞬間(=現在形)』で構成されているんです。でも同時に、その場で起きていることだけではなく、私たちの過去の瞬間もこのアルバムにはたくさん反映させたかった。だから、今も過去も含めてその時々の瞬間をコラージュしたような感じなんです。あなたはいつも、今この瞬間にいて、そこに留まろうとしている。たとえ過去を見つめていたとしても、今この瞬間にいること、そしてマインドフル(※『今この瞬間』に注意を向けている心の状態)であることが重要なんです」

Interview with Yumi zouma about "present tense"

 アルバムの最初の曲である「Give it Hell」では、海岸沿いを走っているときのような爽やかさなメロディの中、自分の中の怒りや抵抗を歌われています。今までより内省的な歌詞が、生の音楽を伴って、よりリアルに心に迫ってくる、そんなアルバムでした。

 9月の来日公演行きたかったのですが、同じ月にGaga様のChromatica Ballに行ったので流石にコンサート行き過ぎ&就活で忙しかったので断念しました。今年来日アーティストとっても多くて行きたいなぁとなるのですが特に地方民にとっては全部に行くわけもいかず歯痒いです。

5.Wet Leg「Wet Dream」

 2022年は好きなアーティストの曲ばっかり聞いていてあまり新しいアーティストを開拓できなかったのですが、Wet legは今年見つけた素晴らしいアーティストのです。

 歌詞はいい意味で軽薄でくだらなくて、シンプルなサウンドなのに、ずっと聞いてしまう中毒性があります。00‘sのUKインディーロックの懐かしい感じもありながら、どこか斬新な響きがあって、デビューアルバムなのが信じられない完成度。特に好きなのは「Chaise Longue」、「Wet Dream」辺りですかね。

 どの歌も痛快なのですが、特に「Your mum」の痛烈な歌詞が好きです。

例えば When I think about what you’ve become i feel sorry for your mum
(あんたがこんなふうになっちゃって、あんたのママに同情するわ)とか、You say we’re all having fun Do you know you’re the only one?(みんな楽しんでるよって言うけど、楽しんでるの自分だけでしょ)とか、切れ味鋭すぎて笑えてきます。途中で入るシャウトも良い…

 コロナ禍で内省的なテーマを取り扱ったアルバムも多い中、陰鬱な気持ちを吹き飛ばすようなWet Legのパワフルなサウンドは、文字通り聴くと元気にさせてくれるアルバムでした。

という感じで、年間ベストアルバム10選前編でした。このペースで前半後半書くとかなり長くなりそうなので一旦切ります。

残りのラインナップはこんな感じ。年末までに時間があればこちらも紹介できたらいいなぁという感じです。

6.Beyonce「RENAISSANCE」
7.AURORA「The Gods We Can Touch」
8.Rina Sawayama「Hold The Girl」
9.Harry styles「Harry’s House」
10.Florence+The Machine「DANCE FEVER

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最後まで読んでくださってありがとうございました!他にも音楽記事やさまざまな文化について書いているので、また読んで頂けると嬉しいです。

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