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傾国老人 第一話

あらすじ

 稀代の筆跡鑑定士と称される藤岡圀光は老境に差し掛かり、鑑定業を休業していたが、京友禅の老舗『千年堂』の三代目社長・森保伸和が亡くなったとの報せを受ける。
 伸和が生前に残した遺言書では、次男・滝二が経営を引き継ぐはずだったが、長男の伸太郎が遺言書を偽造し、千年堂の後釜に収まってしまう。
 滝二の妻・由布子が義父と親交のあった圀光を頼って筆跡鑑定事務所を訪れる。伸和が残した第一遺言書、伸太郎が偽造した第二遺言書が同時に存在するも、日付の新しい第二遺言書が有効とされてしまう。
 判決が確定してしまった以上、同一内容の訴訟は起こせず八方塞がりとなるが、圀光は小説家志望の孫・春斗と共に再訴訟の糸口を探る。

第一話

 端的に言って、我が家は傾いていた。
 経済的にもそうであるが、主に物理的な意味において傾きは顕著であり、ピサの斜塔ほどの遠目にも明らかな斜度ではないものの、フローリングの床にビー玉を置けば、即座に転がってゆく程度には傾いている。
 東京都目黒区にある、名ばかりは自由の地に移り住んで半世紀近く経ち、長らく筆跡鑑定事務所兼自宅としての用を担っていた木造家屋も、家主同様にそろそろ寿命が迫っていた。
 二階の風呂場から階下のキッチンへの水漏れはしょっちゅうで、どこから湧いて出るのか知らぬが、我が物顔で無数の蟻が這い歩くこともしばしばであった。
 老眼でめっきり見えづらくなった目には、ちょこまかと動く黒い粒はゴマ塩のようで、食事の際に箸で摘まんで食べようとしたら、息子の嫁に金切り声で叫ばれたこともある。
 水漏れの修理を業者に依頼したら、家の配管そのものが経年劣化している可能性が高く、部分的な修理のみでは対応できず、配管の修理費だけで数百万円ほどかかるかもしれないと言われた。
 いっそのこと家を建て替えた方が安上がりであろう、との弁は、親切心からか、たんに面倒な仕事を引き受けたくなかったからかは判じかねた。
 結局のところ喫緊の水漏れ対策は、ぼたぼたと落ちる水を受けるための木桶を作ってもらい、溜まった水は定期的に捨てる……という実にローテクな解決策に落ち着き、浴槽周りの腐食したタイル床がいつ抜けるとも知れないので、浴槽に湯を溜めることは厳に慎むべし、との令が下った。
 湯船に浸からず、シャワーだけで風呂を済ませることにはようやく慣れてきたものの、相も変わらず蟻は湧き、風呂場の水漏れは根本的には解決せず、家屋は傾いたままであった。
 最近、家の中を歩くたびどうにも目眩がするなと思っていたのもそのはずで、建て替え相談のため我が家の視察に訪れた大手ハウスメーカーの営業担当氏からは、建物自体が許容範囲を越えて傾いており、三半規管に狂いが生じてもおかしくないレベルなのだという、ありがたくないお墨付きまで頂戴した。
 さすがに表立っては口にしないものの、にこやかな営業担当氏の表情の裏には「よくこんな家に住んでいられますね。毎日、船酔いしているような気分じゃないですか」とでも言いたげな、困惑とも憐憫とも取れぬ感想が潜んでいるような気がしてならなかった。
 自室のある住み慣れたバリアフリーの一階はともかく、目下単身赴任中の息子の嫁と高校生の孫の暮らす二階の傾きは、一階に輪をかけて酷かった。
 二世帯同居の常に従い、風呂をいただく以外の用事で私が二階へ上がることは滅多になかったが、息子の嫁が営業担当氏を各部屋に案内するお宅拝見ツアーに渋々ながら随伴して愕然とした。
 二階の北西にある孫の部屋などはビー玉が転がるどころの騒ぎではなく、キャスター付きの椅子と脚付きベッドが壁際に向かって、じりじりと移動するほどの傾きであり、出掛けと学校からの帰宅後ではベッドの配置が目に見えて分かるほどにずれるようだった。
 傾いた家に住むことに慣れてしまった老体にも実感として感知できる水準の傾きに慄き、亡妻との思い出の詰まった古家の建て替えをその場で決意したほどである。
 ピサの斜塔は遠くから眺めるからいいのであって、たとえ歴史的建造物であれ、どうあってもあの中に住みたいとは思えまい。
 もしも新しく建て直した家さえも傾いていたら、私はついぞ水平という感覚を知らぬままに生涯を終えることになる。
 などと考えるだけでも気鬱であるからして、建て替えを依頼する業者の選定には慎重を期すべきなのだが、どの業者に依頼すれば、どんな家が幾らで建つのかは皆目見当もつかぬ。
 息子の嫁に連れられ、住宅展示場をいくつか梯子し、カタログも多数受け取ったが、正直なところ、どのハウスメーカーも大差ないように思えてならなかった。
 我が家の地べたは二十坪にも満たない広さで、建蔽率および容積率めいっぱいに建てても三十数坪しかないはずだが、大手のハウスメーカー各社が出してきた建築費用の見積もりは、裏で示し合わせたかのように揃いも揃って四千万円半ばとのことだった。
 坪単価九十万だか百万円と謳っているハイクラスの業者であれば納得できる見積もりではあるが、坪単価四十万ないし五十万円と謳っているミドルクラスの業者までもがほぼ同じ金額を提示してくる、というのはどうにも解せず、建築費用の不透明さに辟易した。
 外構工費用事は別途かかるだの、地盤改良費用は建築費に含まれないだの、業者によって金額提示の仕方もまちまちで、結論として総額幾らかかってどんな家が建つのか、という素朴な疑問に答えてくれるような明確さは、どの業者も持ち合わせてはいなかった。
 家を建て替えるにあたって問題点を列記すると、以下の通り。

 一、家の建築についてノウハウはあるか      ……ない
 二、建て替えるための潤沢な資金はあるか     ……ない
 三、建築中、筆跡鑑定業務のための仮事務所はあるか……ない
 四、建て替えに失敗をしたら首を括る覚悟はあるか ……ない
 
 ないない尽くしでどうしようもないが、建て替えは急務であり、傾いた我が家が倒壊する前に着手せねばなるまい。
 いずれにせよ、あるだけの金を根こそぎ掻き集めて、足りない分は借金で補って、どこぞの建築会社に発注することになる。
 晴れて新築が出来上がった暁には、借金取りならぬ、借金鳥シャッキン・バードとかいう名のけったいな鳥が我が家の庭先に飛んでくるだろう。
 二人いる実の息子にも、学科成績が少々悪くとも無条件に可愛い孫にも、傾いた家以外には生憎残してやれるような立派な遺産などは持ち合わせてはいない。だからせめて傾いた家を真っ直ぐにして、水平という感覚を十全に味わった後に逝こう。
 傾いた我が家を立て直す。
 それが七十代も半ばに差し掛かり、人生の終盤戦を迎えた自分の最後の仕事だ。
 我が家以上に傾いた家の住人である古い知人が遺憾ともしがたい憤りを抱え、神妙な面持ちで訪ねてくるまでは、実のところ、そう思っていた。


「じいちゃん、ただいま」
 冬服のブレザーを着た孫の春斗は、三和土に佇んだまま、薄く開いた玄関扉の方を振り仰いだ。
「じいちゃんにお客さんみたいだけど。わざわざ京都から来たんだって」
 客人からの手土産を携えた春斗はわずかに声を低め、なんとも曖昧な表情を見せながら、来客用のスリッパを一足用意した。
「京都?」
「京友禅の千年堂と言えば分かるはず……だって」
 千年堂といえば、安政五年、西暦にすると一八五八年に森保嘉平氏が創業した京友禅の老舗である。
 友禅とは布に模様を染める技法のひとつで、日本の代表的な染色法であるが、その中でも京友禅は世界一美しい文様染と称される。
 刺繍や金箔を効果的にあしらい、煌びやかで華やで、多彩な色をふんだんに使っていながらも、配色や図柄に細やかな気配りがなされており、上品な美しさを持つのが特徴である。
「客間に案内するから、お茶を持ってきてくれるかい」
 春斗はこくりと頷くと、学生鞄と手土産の袋を持って一階奥へと姿を消した。
 キッチンから玉露の良い香りが漂ってきた。
 丸盆に湯呑と茶托を二つのせて、春斗がよたよたと歩いてきた。細長い応接テーブルの上に湯呑を置くと、春斗は丸盆を小脇に抱え、そそくさとその場を離れようとした。
「ぼくは外したほうがいいよね」
 来客者である森保由布子の深刻めいた雰囲気を察したのか、春斗は高校一年生らしからぬ妙な気を回した。普段から口数は少なく、誰に対してもさほど愛想の良い方でもないが、孫の観察眼は的確だ。その場の微妙な空気を即座に感じ取るセンスは非凡で、幸いに、と言うべきか、両親のどちらにも似なかったようだ。
「孫の春斗です。ほれっ、きちんと挨拶しなさい」
 キッチンと地続きの客間からあっさり立ち去ろうとした孫を呼び止め、応接ソファに腰掛けた森保由布子の方へ向き直らせた。
「あの、はじめまして。藤岡春斗です。高校一年です」
 それだけ言って、小さく会釈してから再び立ち去ろうとしたので、私の隣に座るよう命じた。春斗は一瞬眉を顰めたが、いかにも渋々といった体で着座した。
「はじめまして、ではないのよ。春斗君が生まれた頃から知っているもの」
 森保由布子の憔悴しきった表情がようやく緩んだ。シニヨンスタイルの上品な髪型、蝋細工のように白い肌は四十代半ばの年齢を美しく彩っているものの、化粧でも隠し切れない目の下の黒ずんだ隈が無言のうちに生活の荒廃を雄弁に物語っていた。
 京友禅の老舗・千年堂との付き合いは、亡妻のために黒留袖を買ってやって以来のことだから、もう三十年以上も昔の話だ。
 生粋の京都人で書道にも造詣が深く、古筆や古写経の収集家として有名であった三代目社長の伸和翁には生前、公私ともにたいへんお世話になった。近年は年賀状をやり取りするぐらいで、妻が他界した一昨年からめっきり交流が絶えていたが、こうして覚えていてくれるのは、この上なくありがたいことだった。
「今日は奥様はご不在ですか?」
 由布子の言う奥様とは、私の妻のことを指すのか、それとも息子の嫁のことを指すのか、どちらとも判断しかねる物言いに聞こえた。
「母はただいま家出中です」
 ソファに腰を浮かせたまま、ちょこんと座っていた春斗が真面目腐った顔をしながら、なんとも絶妙な助け舟を出してくれた。
 孫の機転のお陰で、「妻とは二年前に死別しまして」などと頭を掻きながら伏し目がちに申告せずに済んだ。森保家に訃報を知らせた記憶はあるが、由布子夫人がそれを覚えているとも限らない。
「……家出?」
 母親と家出という、どうにも結びつきがたい単語を特別な断りもなく、しれっと結びつけた春斗の独特な言語センスに森保由布子はどう反応してよいのか当惑した様子で、硬い表情のまま、わずかに引き攣ったような笑みを浮かべた。
 春斗がお伺いを立てるかのように、ちらりと私の方を仰ぎ見た。母親の家出事情について詳細を喋っていい相手か、という確認の意を込めてのことだろう。
 小さく頷きを返すと、春斗が補足説明を加えた。
「昨年、銀行勤めの父が九州に転勤になったんです。でもぼくは大学までエスカレーターの私立校に入ってしまったので、母としてはそれを辞めさせてまで父さんに付いていくつもりはなかったみたいです。それでぼくと母は東京に居残って、じいちゃんの家に一緒に住まわせてもらうようになったんです」
 春斗はいったん言葉を切り、少し困ったような表情を浮かべた。
「母にしてみれば二拠点生活みたいなものなので、気分転換にふらっと九州に行っちゃうことがあるんですよね」
 森保由布子は得心したらしく、それ以上深く詮索するようなこともなかったが、春斗が開示した情報には若干の嘘が混ぜられていた。
 春斗の母である幸枝が私と同居している真の狙いは、ごく率直に言って、この自由が丘の家である。息子の進学事情を勘案して、との理由も勿論あるだろうが、最大の理由はまた別にある。
 私は昨年の冬、定期検診で胆嚢癌が見つかった。
 幸いにして初期だったので、全摘手術と二週間ほどの入院で事なきを得たが、もう先は長くない、というのはいちいち医者から知らされなくたって誰の目にも分かりきったことだろう。
 半世紀近く連れ添った妻と死別したその翌年に癌である。悪いことは重なるものだが、これには二人の息子も動揺したようだ。
 はてさて、老いた父の扱いをどうしたものか。長男と次男はそれぞれの妻を従えて、先々について話し合ったことだろう。焦点は私の面倒をどちらがみるか、そして遺産分配についてであることは、その場に居ずとも想像に難くない。結論としては、次男夫婦が私の面倒をみる、との合意形成がなされたようだ。
 病み上がりの老体の面倒をみる、との大義名分を掲げて、次男の嫁である幸枝が同居を申し出てきたが、ごく正直に言えば、余計なお世話、という感想しか持ち得なかった。
 七十歳を過ぎて男やもめだと、毎日の食事や洗濯、掃除も大変でしょう、などと押しつけがましくぬかしてきたが、それこそ大きなお世話である。息子の嫁の同居の申し出は丁重にお断りした。同居の狙いがあまりにも見え透いていたからだ。
 同居を申し出た理由は、一も二にもなく金だ。私の家に転がり込めば、一人息子の春斗は私立校を辞めずに済む上に、東京の借家が不要になり、月々の家賃が浮く。それに今から私の面倒をみて恩を売っておけば、後々、自由が丘の家と土地も優先的に譲り受けられるかもしれない。
 築六十年近いボロ家にはなんの価値もないとはいえ、自由が丘の土地は、売りに出せばざっと一億円近い値が付くはずだ。
 ボロ家暮らしも偏屈なじじいとの同居も本音を言えば御免こうむりたいが、老いぼれじじいは持って数年そこらの命だろうし、傾いた家は即刻建て直せばいい。家を建て直す潤沢な資金などなくとも、当面は二世帯ローンでも組んで、最終的にはじじいの生命保険で相殺すればよし。
 詰まる所、じじいとの共同生活さえ何年間か我慢すれば、新築の家と土地がタダ同然で手に入る、という皮算用であろう。
 魂胆があけすけ過ぎて、糞食らえである。
 次男の嫁の同居提案は即座に断ったが、それを翻意したのは孫の漏らした切なげな一言であった。春斗は私にこう言った。
「ぼく、どうしても東京を離れたくないんだ」
 春斗は年上の女性作家とささやかながらも文学的交流があるようで、父に随伴して九州に行けば、その縁がぷつりと途切れてしまう。だから行きたくないのだ、と。
 その女性作家がどこの誰なのかは頑として言わなかったし、どこで出会ったかも誤魔化してばかりであったから、探りで「その人が好きなのか」と訊ねると、真っ赤な顔をして「ああいう文章が書けたらいいなって思う」などとはぐらかされた。
 健全さを絵に書いたような、あまりにも初心な反応だった。
 春斗は女性作家の名をひた隠しにしてはいたが、とっくに目星はついている。高槻沙梨。高校在学中にデビューした純文学作家で、彗星の如く現れた文壇のニューヒロイン、との触れ込みだった。
 春斗の部屋の書棚の中段には、創作ノートと思しき大学ノートの傍らに、その女性作家の著書だけが数冊置かれていた。同じ段に他の著者の本は置かれておらず、まるでそこだけが特等席かのような扱いだった。
 本棚を一瞥しただけで、すべてが筒抜けであった。
 春斗が東京に残りたいという理由が知れた以上、余計なことを言うつもりはなかったが、同居を許可する代わりに、あえて一つだけ注文をつけた。
「書道に入門すると、必ずなされるのが師匠の手本によって流儀を学び、次いで古典を様々に臨書することである。師匠と同じような文章が書きたいのであれば、とにかく師匠の文章を一字一句忠実に書き写してみなさい。自由に書くのはそれからだ」
 春斗に是が非でも小説家になりたいという強い意思があるのかは分からぬが、小説を書いてみたい、という漠然とした思いならば、あるようだ。憧れの対象である新進の女性作家と小説家の卵の交流を邪魔するつもりは毛頭ない。
 まずは忠実に真似しなさい。模倣はあらゆる芸術の第一歩だ、と伝えると、平素は愛想のない孫は「じいちゃんなら分かってくれると思った」と祖父殺しの駄目押しのような一言を呟き、はにかんだ。
 それ以来、傾いた家で小説家の卵と同居するようになった。
 卵の母というまるっきりのオマケとも同居するようになったが、私がくたばるか、耄碌するかまでの束の間、互いに我慢である。
「じいちゃん、お茶のおかわりいる?」
 湯呑の中にはまだ半分ほど残っていたが、春斗は席を外す口実にであろうか、わざわざそう口にした。自分がこの場にいると切り出しにくい話題もあるだろう、との配慮らしかった。
「そうだね。よろしく頼む」
 春斗は弾かれたように、キッチンの方へ駆けていく。
 先程まで他愛ない雑談をしばらく続けたが、森保由布子はわざわざ京都から我が家に立ち寄った理由について深く語ろうとはしなかった。湯呑にも手をつけようとはせず、孫が慣れない手つきでいれた茶もすっかり冷めきっていた。
 ここ二年ほど、身の回りがごたついていたこともあって、看板をおろしてはいたが、市井の人が筆跡鑑定事務所を訪ねてくる理由の大半は、偽遺書か、身に覚えのない怪文書の被害か、もしくは何かしらの偽造文書と相場が決まっている。
「千年堂の経営は、滝二氏が継いでいらっしゃるんでしたよね」
「はい。これまでは……」
 由布子夫人がなんとも歯切れの悪い返答をした。
 三代目の森保伸和翁から経営権を引き継いだのが、由布子夫人の旦那である滝二氏だ。滝二は三兄弟の次男で、長男の伸太郎、三男の喜久雄氏に挟まれる立場だが、兄は銀行勤め、弟は病弱とあって、先代から直々に請われて社長の座を継いだ。
 由布子夫人は、八年間勤めていた新聞社を退社して千年堂の社長の任についた滝二氏を支える傍ら、晩年に脳梗塞を患った伸和翁の食事や介護の一切を受け持っていた。
 百五十年以上続く京都の老舗と零細事務所の我が家など比ぶるべくもないが、祖父と次男の嫁が同居関係にあるという点は似通っている。嫁の出来不出来については、比較しようとすること自体が野暮である。
「これまでは、というと?」
 由布子夫人が俯き、わずかに震える膝の上で祈るように手を組み合わせた。
「お恥ずかしい限りですが、滝二は社長の座を降ろされたのです」
 夫人は視線を上げると、ハンドバックから二枚の写真を取り出し、テーブルの上に並べた。
「義父の残した遺言書が二通、見つかったんです。義兄の伸太郎が持ってきた二通目の遺言書は偽造ではないか、と法廷で争っております」
 写真の一枚は和紙の巻紙に毛筆でしたためられ、伸和翁の実印の押された遺言書。もう一枚は先のものより日付が新しく、コクヨ製の罫紙にペン書きされた遺言書と覚書だった。

第二話~


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