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日雇いバイトに登録したら、とんでもない男たちで溢れていた。


大学4年生の頃、日雇いバイトをしなければならなくなった。

経済的に行き詰った挙句に、実家を頼れなくなった。顔面は楳図かずおが描く漫画の顔になった。結構焦った。

楳図かずお


その頃、既に3つのバイトを掛け持ちしていた。それでも足りない…!

単発でもいいから集中的にお金を集めなければならない。シフト制ではない短期のお仕事がいい。そこで私が思いついたのは、日雇いバイトだった。
日雇いバイトの登録会では、次のような流れを踏む。

①仕事紹介会社の「登録会」に行く。
②大人数集まった部屋で、ひたすらに個人情報を書きまくる時間を経る。
③自分の希望と、求人をすり合わせを行う。
④決定したら、次の日から働くことができる。

なかなか希望条件と合わない仕事が多かったけれど、いくつか仕事は見つかった。私は「お金を稼ぐこと」に集中していた。

・・・はずだったが!
この短期集中型のバイトには様々な男たちがいた。それはお金と比べ物にならないくらいのものだった。その様々なエピソードについて。

①血だらけのクリスマスイブ

某高級デパートの裏で、全国津々浦々へ送るお歳暮をトラックに詰め込むというバイトに行った。いつもより寒いクリスマスイブだった。

きれいなおねえさんたちのいるデパート一階の先、従業員専用通路を通った先。冷蔵庫とトラックの間、半径約2メートルの中でおじさん3人と一緒にひたすらに荷物をトラックに詰める仕事。

一瞬でも気を抜いたら、冷蔵庫の中に紛れ込んでしまう距離だった。
「まじなホワイトクリスマスになるかもしれない……」とそこそこ焦った。

九州や四国、東北の親戚や友人へ贈られるお歳暮。誰かが誰かを思って書いた住所の文字の形を見て、「あ、文字」と思った。
ほっぺたに水が付いた。泣いていた。
別にお歳暮も、デパートも、半径2メートルも、誰も悪くなかった。店の表ではサンタクロースが躍るその裏で、何千個もの箱を詰めまくるイブを送っている自分なんて、小さい頃、想像もしてなかった。

さめざめと泣けてきても、なんだか高そうなお歳暮の品名はちょっと(しっかり)チェックした。人間とはこんなものである。

その後に伝票をひたすら切りまくる時間がやって来た。やっと暖かい場所・・・と安心したバカな己を叱りたい。
悴んだ手で少し固い伝票を扱うことで、手の皮膚が完全に崩壊し、大出血した。伝票は真っ赤に染まり「呪いの伝票」になってしまった。

その時、「あ、血」と思った。「僕らはみんな生きている~♪」と頭の中で流れもした。


早朝から夜中まで続いたイブの仕事を終えようとした時には、相当クタクタになってしまっていた。明日もその仕事は続く。早く帰りたい。

その時、半径2メートル内で一緒に働いていたおじさんが自動販売機でコーヒーを2本買っていた。

その瞬間だった。

「おつかれ、ねぇちゃん!」

おじさんが、その一本の缶コーヒーをポイっと投げてくれた。そのまま彼は振り向かず去っていった。

そのおじさんはすごく六角精児に似ていたから、仕事中から勝手に「米沢守」と心の中で呼んでいた。それも相乗効果となり、好きになりそうになった。とういか半分好きになっていた。BOSSのCMが現実化された瞬間だった。

次の日、会社の都合でその仕事はなくなり挙句、「お前の仕事はないよ!」と怒鳴られた。
でも、缶コーヒーの思い出が勝った。

もう二度と会えない「米沢守」さん、今どうしていますか?
ただ、あの日あなたに救われたのは確かです。感謝しています。

②嫌いなお菓子に囲まれて

二つ目のバイトはラスクを売る仕事だった。わがままを言うと私はラスクが好きではない。

長い時間電車に乗って、池袋5日間と新宿30日間ラスクを売った。その時の担当者もまた男性だった。名前は思い出せないが「体育会系ののび太」が第一印象なのは確かな記憶である。きっとあなたの頭の中に浮かんだままのイメージで正解だと思う。

とてもノリがよくて、柔らかい雰囲気のお兄さんだった。
星野源のコンサートにばかり連れて行く彼女について少しばかりボヤいていた。あと、異常に腰痛持ちだった。

その人はいつも余ったラスクをたくさんくれた。
もしかしたら反則かもしれないけれど、そして、ラスクはあまり好きではないけれど、素直に嬉しく受け取った。

簡易売場でお客さんが誰も来なかった時、私は何気なく「なんでこの仕事に就いたんですか?」と聞いてみた。
答えは「やりたい仕事全部落ちて、これしか無かった」だった。

お兄さんは、笑ってるようで泣いているようにも見えた。

とても気まずくなったけれど、私はこの言葉を実は今一番求めていたような気がした。希望を諦めて現実に向き合うこと。それは今の自分にすごく必要なことだったから。

そのあとやっぱり、星野源好きな彼女のことと腰痛についてボヤいていた。

数年後、その時のバイトのグループメールが一通届いた。「今の仕事を辞めて転職します。今までありがとうございました。」というお兄さんのメッセージがあった。

お兄さん、私は今、希望した未来を生きることができています。
あなたも、夢見ていた仕事に就いていますように。

③ 世界一幸せになって欲しい男

ラスクのお仕事を紹介してくれたのが実は③のおじさんである。
頭は薄くはげていて、すごく細かった。私が言うのも失礼だが、なんていうかとても哀愁漂っていた。しかし、それを凌ぐ愚直なまでの丁寧さが胸を締め付けた。

一番上までボタンしたシャツ。
ピカピカに磨いた靴。
120°の深々としたお辞儀。

うんと年下の私にも、いつも敬語で話してくれた。

確実に「あたしンち」の登場人物だな、と思ったが、なんだかそう思うことすら憚られた。だってすごく丁寧な人だったから。

この人はラスクの他に、宝くじ屋の呼び込みの仕事を斡旋してくれた。私は知らない街の小さな宝くじ屋さんの前で、パンツが見えそうなアイドルみたいな衣装を着て仕事した。クソ寒かった。

どの現場にもこのおじさんは挨拶をしにきてくれた。
寒い日にはお茶をその場で買ってくれたり(そしたらSuicaの残金が無くなっていた)、カイロを何十枚もくれたり(急いで破れてしまっていた)、美味しいパンをわざわざ店舗の人の分まで買ってきては、私にも分けてくれた。「きっとこの人は自分の分は買ってないだろう」と思った。

女性の危機管理ゴコロがビンビンに働く私だが、この人から変な下心を感じることは一切無かった。だから、この人のために頑張ろうと思った。

2月14日のバレンタインデーの日。②のお兄さんのところでラスクを売り終えたところで、このおじさんが10m先のところで深々とお辞儀をしてやってきた。「少し遠すぎねぇか?」とも思ったが、その人らしかった。

近づいて来たときにおじさんは、女性からもらったような可愛いお菓子の袋を持っていた。「バレンタインですが…誰もくれないので見栄ですが…これは自分で買いました。」と言った。
この日、今までで一番の哀愁が、ドロドロにおじさんから垂れ流されていた。

なんてこっちゃ!!!この人をこのまま生かしてはおけぬ!!!
些細な可愛らしい見栄。私は余った一番高いラスクを、この人に渡した。

②のお兄さんは「おー!バレンタインっすね!」と言った。
おじさんはやっぱり深々とお辞儀しながら、そして、泣きながらラスクを受け取った。

おじさんのもう片方の手には、100円にも満たない食パンの入ったビニール袋があった。明日の朝ごはんだろう。みんなには高いパンを買うのに、自分にはコンビニの食パン。この人の性格がビニールに透けてバレバレになっている。どうしようもなく優しさにあふれている、性格。

おじさんは今も毎朝、100円の食パンを食べて深いお辞儀をしながら生きていますか?
あなたみたいな優しい人がいるから、世界が回っていることを知っていますか? 少なくとも私は、あなたからそれを教わりました。


日雇いバイトでお金はまぁまぁ集まった。けれど、なんだかお金以上に幸せでもあった。すごく大事なことを得ることができたから。

あなたにはどんな”仕事”のエピソードがありますか?



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