月夜の夢想
どこかに行きたいという欲求が沸いて楽しみにしていた初の一人旅なのに、現地に着いたらこの有様だ。
「マジか・・・・・・」
京都・祇園で寺社巡りをと思っていたけど、雨が強めに降り始めた。折り畳み傘を開いて歩くが、傘を打ちつける雨粒の音が大きく、勢いが激しい。
それでも、せっかく来たからと、ビショビショになりながら清水寺へ行くが、夏休み明けの平日でこんな天気でも観光客が多く、傘を差している人の流れの中にいるとなかなか進まなかった。写真も満足するものは撮れずじまいだし、近くにある店を見て回る余裕もない。
「今日はもういいや」
早くホテルに入りたい気持ちが急き、後の予定は明日に持ち越すことに決めた。
ホテルに向かう途中、一件の古民家が目に留まった。何かのお店のようだった。なんとなく気になって近付いてみると、店先に鈴蘭のような白い花をつけた小さな木があり、入り口には「蒼月書店」と看板があった。
「本屋か」
旅先に来てまで・・・・・・とも思うが、趣味はもっぱら読書だけで、しかも書店でバイトもする俺にとっては見過ごせなかった。古民家独特の建物の雰囲気のせいもあるかもしれない。
だけど、ずぶ濡れ状態で店の中に入るのは気が引けたし、なにより、この濡れた服から解放されたかった。
「あとでまた来よう」
ホテルはもう近い。俺はそこへ急いだ。
しかし、いざ着いてもチェックインの手続きが出来るまで二十分待たされた。俺と同じように、雨のせいで予定を早く切り上げた客が結構いるようだ。
一応、雨予報は確認していたのでレインスニーカーを履いてきていたが、ズボンの裾が濡れて気持ち悪い。ロビーのソファで手近に置いてあった雑誌を開きつつも、何度もカウンターを確認していた。
ようやく、チェックインを済ませてホテルの部屋へ入るとすぐに服を着替えて眼鏡を外し、少しベッドで休んだ。思っていたより、疲れていたのかもしれない。目が覚めた後に眼鏡をかけて窓の外を見ると、雨は止んでいた。時間を確認し、夕食にちょうど良い時間になっている。俺は飯を食うため、財布を手にして部屋を出た。
今回の旅は寺社巡りが目的だったから、グルメにこだわりはない。だからどの店を選んでも、何を食べることにしても、一人旅だから誰に気を遣う必要もないし、その点は気が楽だ。
ただ、周囲はたいてい誰かと一緒に食事をしている観光客ばかりで、こういうときだけはなんとなく寂しく感じてしまう。
通っている大学に友人はいるが、一緒に遊んだことはない。大学での付き合いだけだ。そう考えると友人というより、ただの知人のようでもある。バイト先に友人と呼べる人はおらず、あくまでバイト仲間という意識だ。別に仲が悪いわけでもない。一人が楽で好きだから一人旅もしてみたのだけど、こういうときだけ誰かいて欲しいと思ってしまうのは、なんだかちょっと情けなくなる。
結局、苦手な人付き合いを避けているだけなのか。
俺は、適当な店でなるべく安いそばを早々に平らげて店を後にした。気になっていた本屋へ足早に向かうと、まだ営業していた。置かれている立て看板には、購入した本を二階の飲食スペースで読むことが出来ると書かれている。
早速、入店すると、「いらっしゃいませ」と声が聞こえた。グレーの髪がよく似合う、柔らかい笑顔の老紳士風な男性が迎えてくれた。店内を見て回ると、店の入り口付近は新刊や、よく見る話題の本の品揃えで、奥に行くにしたがってマイナーな本が並んでいる。俺は読みたいと思っていたミステリー小説を本棚から抜き取り、レジへ持って行く。
「二階の飲食スペースを利用したいんですけど」
「かしこまりました。メニューはこちらです」
俺はアイスコーヒーを注文して購入を済ませると、店員が用意してくれたそれを受け取って、二階へ上がった。座席はいくつかあったが、俺以外は誰もいない。こういう店は一人でも気にせずゆっくり出来るから好きだ。
俺は奥の窓際の席を選んで読書に耽った。小説の全体の半分まで読んだところで時計を確認すると、もういい時間だった。
「そろそろ戻るか」
名残惜しい気持ちがあったが、アイスコーヒーを飲み干し、一階のレジへグラスを戻してから最後にぐるっと一通り見て回る。
「ん?」
奥の角の本棚に、背に何も書かれていない本があった。抜き取ってみたが、真っ黒なハードカバーの表紙で表も裏にも何も表記されていない。俺は本をめくってみた。
「うわっ!」
急に眩しい光が目に飛び込んできて、目を瞑って顔を背けた。その拍子に本を落としてしまう。
「何だ、今の・・・・・・?」
恐る恐る落とした本を見ると、それは閉じたまま床にあった。
「おやおや」
背後から声が聞こえ、振り返ると店員の老紳士がいた。
「あ、すみません! 落としてしまって」
俺は慌てて本を拾って破損がないか確認したが、無傷のようだった。
「ほう。それを開いてしまったんですな」
「あ、はい。破損はしてないみたいなんですけど・・・・・・」
もしかして、弁償か?
冷や汗をかきながら伺うと、老紳士は微笑んだ。
「あぁ、気にしなくて大丈夫ですよ。元々あったところに戻しておいて下されば」
「はい。すみませんでした」
老紳士はレジへ戻っていった。俺は安堵のため息を吐いた。
さっきの光が気になり、俺はもう一度ゆっくり本をめくってみた。
「あれ?」
パラパラとページをめくっていくが、全て白紙だった。光ることもない。俺は首を傾げながら、本棚に戻した。
何だったんだ、と考えながら店を出ようとすると、後ろから老紳士の言葉が耳に入った。
「お気をつけて」
コンビニに寄り、朝食用の惣菜パンを買ってからホテルに戻った。入浴を済ませた後、俺はベッドに倒れ込む。
雨が降ったときは、今日はもうダメかと思ったが、なかなか良さげな本屋を発見できた。旅先で、そこにしかない本屋でゆっくり過ごすのも悪くない。あんなことがあった後だけど、明日には帰るし、その前にもう一度行ってみてもいいかもな。
俺はまだ目が冴えていたが、明日の予定を考えて早めに寝ることにした。電気を消し、横になってしばらくすると眠気を感じた。
気付くと、目の前には下に続く階段があった。辺りを見渡すと、どうやら俺はどこかの建物の中の非常階段の一番上にいるらしい。後ろには扉があり、開けてみようとドアノブを回したが、鍵がかかっているようで開かなかった。
とりあえず、俺は下りてみることにしたが、色味のない無機質な知らない場所で、自然と警戒心が沸いた。そもそも、何故自分がこんなところにいるのか。
踊り場の壁に目を向けると、下を向いた矢印の隣にB1、上を向いた矢印の隣に1とあった。この下は地下に続いているらしい。踊り場で折り返してさらに下りると、扉があった。階段はまだ下に続いているが、ドアノブを回してみると扉が開いた。
ひとまず中を覗いてみると、非常階段よりも明るく、通路を挟んで目の前にズラッと本棚が並んでいるのが見える。俺はそのまま扉を開けて入った。左右を見渡すとどちらも奥行きがあって、本棚がずっと続いている。このフロアは書庫のようだ。
左を選んで奥へ進んでみると、右手に本棚が続き、左手には大きな窓があった。窓の外は建物内部の吹き抜けになっていて、天窓から光が差し込んできている。上も地下もそれぞれ四階まであるようだった。この窓に沿ってぐるっと反対側へ歩いても同じように本棚があり、表紙がえんじ色、群青色、深緑色のハードカバーの本がそれぞれ並んでいる。
一通り見たが、ずっとこんな感じで俺以外は誰もいなかった。俺は非常階段まで戻り、地下二階へ下りる。扉を開けて中を確認するが、このフロアも全く同じだった。
「どこなんだ、ここ」
ぼやきながら、近くの本棚にあった群青色の本を手に取って開いてみようとした。
「誰!?」
突然聞こえた声に驚いて、振り向いた。吹き抜けの窓のそばに俺と同じくらいの年齢の女子がいた。俺が何も言えずに固まっていると、彼女はこっちに向かってきた。
「それ、見ちゃダメ!」
そう言って、後退りする俺から本をひったくり、大事そうに抱える。黒髪のポニーテールとネイビーのワンピースの裾が激しく揺れていた。
「これは、私の夢なんだから」
「どういうこと?」
思わず尋ねると、彼女は俺から視線をそらした。
「私が見た夢が綴られているの。恥ずかしいから見ないで」
「夢って、寝ているときに見る夢のほう?」
彼女は頷いて、本を棚に戻した。
「そもそも、きみはどうしてここにいるの?」
「どうしてって・・・・・・わからない。気付いたら、ここにいた」
彼女は俺の言葉に首を傾げた。
「もしかして、これが夢って気付いてないの?」
言っている意味がすぐには理解できなくて、俺は言葉が出なかった。
「夢だよ。今、きみが見ているこの光景は私の夢なの」
「は?」
やっと出た言葉がそれだった。
「まぁ、大抵は夢だって気付かないよね。でも、まさか私の夢に他の人が来るなんて」
「ちょっと待った」
俺は彼女の前に掌を向けて止めた。
「えっと、これがきみの夢で、そこに俺がいる? 今、俺は寝ているのか?」
「そうだよ。私の夢なのに今回はきみがいて、びっくり。でも、いつも私一人だから、嬉しいな」
かすかに微笑んで話す彼女に、俺は少なからずドキッとした。女子とはあまり話し慣れていないうえに、こういうことを言われたことがないからどう返したらいいかわからない。
俺は彼女から視線を外して訊いた。
「夢に人が出てくることだって、あるだろ」
「あるけど、私の場合は夢だって気付いていないときがそう。今回は初めから、これは夢だって気付いてる。なのに、きみがいる。不思議ね」
「ここは何なんだ?」
「私が今までに見た夢を保管している書庫。広いでしょ」
「地下四階まであるけど、それも全部?」
「そう。今までにどんな夢を見てきたか見返せたら面白いかもって思ったら、夢の中でこんな書庫が具現化しちゃった」
「一階から上は?」
彼女はかぶりを振った。
「鍵がかかってて行けないの。たぶん、顕在意識じゃないかな」
「一階の扉が開いたら目が覚めるってこと?」
「うん。でも、鍵がない」
「夢ってわかってるなら、創れるんじゃない?」
俺がそう言うと、彼女は目を伏せた。
「創っても開かない。シリンダーキーでも、カードキーでもダメ。どうしてか、ここから出られない」
「えっ? 閉じ込められたってこと?」
俺もそうなのかと、内心焦って訊いた。
「あっ、でもね、別の夢に行くことは出来ると思う」
「別の夢?」
「場所を変えるの。夢から夢へ渡り歩く、夢渡り。行ってみる?」
俺は頷いた。ずっとここにいてもしょうがない。彼女についていき、吹き抜けの窓のそばまで移動する。
「そういえば、名前、まだだったね。私、兎川優菜。よろしくね」
「俺は・・・・・・」
名乗ろうとしたら、天窓から差し込む光が強くなった。眩しくて反射的に顔を背けた。
目に飛び込んできたのは、ホテルの天井だ。窓の方へ視線を動かすと、カーテンの隙間から光が差しているのを見た。
「変な夢だったな」
でも、夢とは思えないくらいリアルな夢だった。あの子は・・・・・・優菜は夢から覚めただろうか、なんて考えてみてしまう。
俺は眼鏡をかけて時間を確認すると、起きてカーテンを開ける。朝の光が眩しい。パンを食べて顔を洗い、着替えるとチェックアウトのために荷物を持ってロビーへ向かった。
このときは、これから巡る観光地よりも、夢で出会った彼女のことが頭の中の大半を占めていた。
ホテルを出ると、蒼月書店へ足を運んだ。しかし、帰る前にもう一度と思っていたが、何故か本屋があったはずの場所が更地になっていた。
「あれ? どこだっけ」
場所を間違えたかと思い、近くをウロウロして探したが、どこにもなかった。戻ってみても、やっぱり更地。
「いや、絶対ここだったよな?」
結局、本屋を見つけられず、俺は諦めて当初の予定だった八坂神社へ方向転換する。
「もう一回、行っておきたかったな」
呟いてから、自然とため息が出た。
初日に行けなかった神社を見て回った後は、新幹線に乗って帰路へ着いた。こうして俺の初一人旅は終了した。それなりに楽しんだけど、唯一、あの本屋に再び行くことが出来なかった心残りがあった。
帰宅した夜、けっこう疲れがたまっていたのか、俺はベッドに横になったらすぐに睡魔に襲われた。いつもならスマホをいじるか、本を少し読んでから寝ているが、今日はもう消灯して眠気に従った。
鳥のさえずりが聞こえて、俺は目を開けた。ハッとして、起き上がる。
「ここは・・・・・・?」
俺の部屋ではなかった。辺りを見渡すと、どうやら森の中にいるらしく、一面に青い花が咲き乱れ、その間を蝶が飛んでいた。見上げると新緑の間から木漏れ日が差し込んでいて、目を細める。
ふと、背後に気配を感じて振り返った。
「わっ!」
鹿がすぐ後ろにいて、俺は仰け反った。鹿は俺の声に驚くこともなく、平然としている。
俺は立ち上がった。鹿は耳をピクピク動かしながら、俺をじっと見ている。
「何だよ、鹿せんべいなら、ない・・・・・・ぞ」
突然の鹿の近距離にビビって、語尾がだんだん小さくなった。我ながら、情けない。
「あっ! きみは!?」
人の声が耳に入ってきて、とっさに視線を声の方へ動かした。
彼女――優菜がいた。
「何で、また・・・・・・」
これも夢か?
優菜は俺に近付いてきた。肩には何故かリスを二匹も乗せている。
「また、会えるなんて思わなかった。ようこそ、私の夢へ」
「これもきみの夢?」
うんうんと優菜は頷いた。
「じゃあ、この鹿は? 急に現れたからびっくりしたんだけど」
「きみが消えた後、また一人になったから、ちょっと寂しくなっちゃって。だから、ここに移動して鹿やリスと一緒に戯れてたの」
「夢だと何でもありだな」
「それ、言っちゃう? せっかく、メルヘンな気分だったのに」
優菜は唇をとがらせた。
「本当のことだろ」
「でも、ここ、素敵でしょ?」
そう言いながら、優菜は両腕を広げた。
「まぁ、そうだな」
実際、おとぎ話に出てきそうな場所だった。今も鳥がさえずりながら飛び交っている。
「ここはね、ベルギーにあるハルの森っていうところ。そして、この青い花はブルーベル。私は行ったことないんだけど、両親が昔ここに行ったみたいで、写真を見せてもらったことがあるの。だから、その写真からこの夢をイメージしてみた」
「なるほど。良いところなわけだ」
「ねぇ、せっかく会えたから、もう少し話したいな。ここでゆっくりしよう?」
優菜は木の根元に腰を下ろした。すると、鹿も優菜の傍らに座り込む。二匹のリスは優菜の肩から下りて追いかけっこを始めた。
優菜が問いかけるように俺を見上げてくる。
「・・・・・・いいけど。特にすることもないし」
俺は優菜から視線を外して、彼女の左隣に座った。夢とはいえ、プライベートで女子とこうして隣り合わせで座るなんて、今までになかった。
「これって、明晰夢とは違うのか?」
「明晰夢は自分でこれは夢だって気付くやつだよね。うーん、夢だってわかってるけど、たぶん違うんじゃないかな。だって、これは私の夢で、そこにきみが来ているわけだから。きみは私が創造して出てきたわけじゃなくて、他人の夢の中にきみはお邪魔しているんでしょ」
「うん・・・・・・。そういうことになるな」
「こうなったのには、何かきっかけがあるんじゃないかなと思うんだけど、心当たりはある?」
俺は木にもたれかかり、腕組みして見上げた。唸りながらしばらく考えてみたが、俺はかぶりを振った。
「思いつかないな」
「そっか」
「きみは・・・・・・優菜は、どうして夢渡りなんてものが出来るんだ?」
優菜の名前を言うときに声がうわずってしまった。かっこ悪い。
「最近ね、車の免許の更新に行ったんだけど、その帰りに見つけた本屋さんに寄ったの。もしかしたら、そこで変わった本を手に取ったせいかなぁって思ってる」
「本?」
「とは言っても、何も書いてなかったんだけどね。真っ白な表紙に、ページが真っ黒。どういう目的の本なのか、よくわからない本だった」
俺の脳裏にあの黒い本が浮かんだ。
「似たような本を知ってる」
「えっ? きみも見たことあるの?」
「でも、俺が見たのは真っ黒の表紙に、中は何も書かれてない真っ白のページだった」
「ふうん。私のと逆だね。もしかして開いたとき、光らなかった?」
「光ったよ。あの本が何だっていうんだ?」
「わからない。関係ないのかもしれないけど、でも、普通は本って光らないし」
「まぁ、タイトルもなくて不思議な本だったな。その本を見つけた本屋って、小さい古民家みたいな本屋か?」
「あっ、そうそう! 二階に飲食出来るスペースもあって、飲み物とかデザートを注文できるの」
やっぱり、と俺は言葉をこぼした。
「老紳士みたいな人がやってたところだろ? 俺もその本屋に行ったんだ」
優菜は首を傾げた。
「店員さんは黒髪の女性だったけど」
「えっ」
「すごい美人だった。肌が白くてスラッと背が高くてモデルでもおかしくない感じ」
俺の知っている店と違う? いや、もしかしたら別の店員を雇っているのか。
「とにかく、その本が何かあるかもってことか」
「そうじゃなきゃ・・・・・・」
優菜の言葉が途切れた。様子を伺うと、彼女はうつむいていた。
「どうした?」
「ううん。何でもない」
そう呟くと、優菜は顔を上げて俺を見た。
「本屋さん、どこで見つけたの?」
「京都に旅行したときに、ホテルの近くで見つけた」
「いいなぁ。旅行かぁ」
「優菜は免許の帰りって言ったよな。京都に住んでいるのか?」
優菜はかぶりを振った。
「私、東京だもん。きみの見つけた本屋さんとは違うところみたい」
俺は無関係とは思えなかった。
「日が傾いてきた」
優菜の視線の先を追うと、太陽の位置が下がってきているのがわかった。影が長く伸びている。
「あれ・・・・・・」
俺は自分の手が透けているのに気付いた。身体も同じように、透明になってきている。
「もしかして、お目覚めの時間かな」
そう言った優菜の表情がどことなく寂しそうに見えた。
「また、会えるかな?」
わからない。俺は自分の意思で来ているわけじゃない。
でも俺はそう言わずに
「会える、かも」
と、可能性を口にした。
「じゃあ、またね」
優菜が微笑むと、視界がホワイトアウトしていった。
アラームが鳴っている。俺は枕の横に置いていたスマホに手を伸ばし、アラームを止めた。
ごろんと仰向けになる。見慣れた部屋だ。さっきまでの夢が嘘のようだ。でも、たしかに、優菜は俺の隣にいて、言葉を交わしていた。
俺は起きて大学に行く準備をした。今日の講義は午前中だけだ。
一時間ほどかけて電車で通学し、講義を全て終えて学食で牛丼を食べていると、里中が俺を見つけて声をかけてきた。
「この後、講義あるんだっけ?」
「いや、今日はもうない」
里中は大学で出来た友人だが、一緒に遊んだことはない。一度だけ、大学近くにあるラーメン屋に食べに行ったくらいだ。
「そっか。明日、三限の講義は一緒だったよな?」
俺の向かいに座りながら訊いてきた。里中が運んできたトレーにはカレーが乗っている。
「うん。バイトは落ち着きそうか?」
彼はカフェでバイトをしている。
「そうだな。とりあえず、夏休みの間はカフェとは別に、ファミレスや倉庫でのピッキングもやってたけど、今はカフェだけ。来月から教習所に通うから」
「すごいな」
「その代わり、全く青春を謳歌してないけどな。バイト三昧でしんどかったし」
「あれ? バイト先に気になる子がいるって言ってなかったか? その子とはどうしたんだよ」
突っ込んで尋ねてみると、里中はカレーを食べる手を止めて、俺から視線を外した。
「バイト帰りに一緒にご飯食べに行けたけど、俺が他のバイト忙しすぎてそれ以上は誘えなかった。でも、教習所行く前に映画に誘うつもり。もうすぐ見たい映画が公開されるんだ。彼女もそれ見たいって言ってたしさ」
里中は真面目でこういうときも積極的だ。俺とは正反対。
「ていうかさ、そっちは? この夏休み、何もなかったのか?」
「俺はそもそも、気になる女子なんて・・・・・・」
喋りながら、優菜のことが頭をよぎって言葉が途切れた。
「何だよ?」
「あ、いや・・・・・・里中は明晰夢って見たことある?」
「は? 何だよ、急に」
「最近、変わった夢を見ることが多くてさ」
里中はう~んと唸りながら頬杖をついた。食べ終わったカレーの皿に視線を落とす。
「まぁ、今までに見たことはあるのかもしれないけど、夢なんてそんな気にしてないからな。今日見ていた夢なんてもう覚えてないし」
「そりゃ、そうだよな」
「変わった夢って、どんな? いつも同じ夢とか?」
「内容が同じってわけじゃないんだけど、リアルな夢で同じ人物が出てくるんだ」
「へぇ。知ってる人?」
俺はかぶりを振った。
「現実で会ったことない」
「まさか、ホラーじゃないよな?」
冗談混じりで訊いてきてるようだったが、俺は一瞬、夢を思い返した。
「そんな感じはしないけど」
「だったら、心配することはなさそうだな。そういう不思議系の話は疎いからよくわからないけど、現実に自分自身や身の回りで特に何も起こってないなら、気にしなくてもいいんじゃないか?」
「そうかもな」
たしかに、あの夢をただの夢と考えることも出来るけど・・・・・・。
里中は壁の時計を確認してから言った。
「じゃあ、次の講義があるからもう行くわ」
また明日な、とトレーを持ち上げて行ってしまった。ここであれこれ考えても仕方ないと、俺もトレーを持って空になった牛丼の皿を返却しに行った。
俺は大学を出る前に図書館に寄って、様々な夢に関する本を調べてみたが、結局、収穫はないまま帰宅した。夢渡りのことをネットで調べても、思うような情報が得られない。これなら、里中の言うように、気にしすぎてもしょうがないのかもしれない。
レポートの課題を進めた後、ご飯のお供にもやしを使った簡単なおかずと味噌汁を作って夕飯を平らげ、風呂に入った。
眼鏡を外して布団に入りながら、会えるかなと訊いた優菜を思い起こす。
「・・・・・・会えるといいな」
俺は部屋の電気を消した。
気付いたら、視界には青と緑。見上げると雲一つない青空が、周囲を見渡すと草原が広がっている。少し離れたところには小川が流れ、一本の木と白い小屋があった。俺はそよ風に吹かれて草の匂いを感じながら、その小屋に近付いていく。小川の水は透き通っていて水中に咲く花が見えた。柔らかな草を踏みしめ、それによって鳴る音と自分の足に当たるくすぐったい感触が、やはり夢とは思えないほどだ。
小屋の扉の前まで来たが、呼び鈴がない。ノックをしてみるが、反応もない。仕方ないので扉の取っ手に手を伸ばし、引いてみる。扉はすんなり開いた。
中は玄関、右手に部屋、廊下の奥に襖があり、静かだ。俺は玄関を上がり、まず右手の部屋を確認した。流しがあり、水道が濡れていて、使った形跡がある。
廊下に戻り、奥の襖をそっと開けた。中は茶室になっていて、すぐそばに縁側がある。外は草原だったはずなのに、何故か縁側から見える景色は日本庭園だった。床の間のそばには蝶の柄のある水色の浴衣を着た女性が正座している。その後ろ姿に話しかけようと茶室に一歩入ったとき、肩が襖にぶつかった。その音で女性がさっと振り返る。
「あっ!」
俺は目を見開いた。浴衣の女性は優菜だった。髪を結い上げていたので、全く気付かなかった。優菜も俺と同じ反応で驚いていたが、俺とわかると顔をほころばせた。
「また、会えたね」
俺は頷いた。
「そうだ! よかったら、ここ座って」
優菜は床の間の前の畳を指し示した。俺は言われるままに、その場所に正座する。
優菜は茶道をしていた。茶杓で棗から抹茶の粉を掬って茶碗に入れ、柄杓を使って茶釜のお湯を注ぐ。茶筅で丁寧にお茶を点て終えると、その茶碗を俺の前の畳に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
こんな本格的に抹茶を嗜んだことはなかった。竹が描かれた茶碗を持ち上げ、俺は抹茶を飲んだ。
「美味しい」
「良かった。抹茶が苦手だったらどうしようかと思った」
「一人でお茶を点ててたのか?」
優菜は頷いた。花の髪飾りが揺れる。
「私、高校生の頃、茶道部だったの。途中で退部しちゃったけど、でも部活やってたおかげで抹茶が好きになって。家でほっと一息吐きたいときに薄茶を点てて飲んでるんだ」
「こんな茶室があるのか?」
「まさか。家ではただお茶点ててるだけ。夢の中なら、こうやって茶室でお道具使って点てることも出来るでしょ。まぁ、作法はうろ覚えなんだけど」
そう言うと、優菜は俺を縁側に座らせて、自分は流しへ行ってしまった。庭園を眺めながら待っていると、優菜は菓子器と薄茶を点てた茶碗を順に運んできた。
「本当はお菓子を食べてから、抹茶を頂くの。逆になったけど、あんこが嫌いじゃなかったら、ぜひ」
菓子器を開けると、色々な練り切りが並んでいた。紅葉や、銀杏、菊、うさぎ、柿、ぶどう、栗、さらにはハロウィンのカボチャを模したものまで。
「かわいいな」
「うん。もう、秋になるから、それに関連したものにしてみた。好きなもの選んでいいよ」
俺は懐紙と菓子切りを優菜から受け取った。紅葉とぶどうの練り切りを菓子箸で懐紙に置く。優菜もうさぎとカボチャを彼女の懐紙に置いた。
「私、和菓子も好きなんだ」
優菜は俺の隣に座った。嬉しそうに話しながら笑う彼女に、俺は眼鏡をかけ直すフリをしながら、顔を背けた。今までと違う姿だからか、なんだか落ち着かない。
優菜はカボチャの練り切りを菓子切りで切り分けて口に運ぶ。
「茶道部に入部した動機は、和菓子を食べられるから?」
「あっ、バレた?」
俺は思わず笑った。
「わかるよ」
俺も菓子切りでぶどうを切って一口食べた。
庭園には松が植わり、灯籠のそばに小さな池があった。鯉が泳いでいる。
「ここの外は草原になっていたけど、何で日本庭園があるんだ?」
「それは、やっぱり茶室に縁側、庭があるってなったらこうなるでしょ」
「・・・・・・まぁ、気持ちはわからなくはないけど」
「夢渡りしたら大草原の中にいて、大の字で寝転がって気持ちよかったんだけど、誰もいなくてずっと静かだから、何か他のことをしたくなって。それで抹茶で一息吐きたいなって思って茶室とか庭をイメージしてたら、小屋が現れたの」
「それで、中はこの造りなわけか」
俺は練り切りを食べ終えると、竹柄の茶碗を取り、再び薄茶を一口頂いた。あんこの甘さの後に抹茶がちょうど良い。優菜も梅柄の茶碗で薄茶を飲んだ。
「きみは何か部活やってたの?」
「いや、何も。今もサークルに入ってないし、大学とバイトの往復だな」
「ふうん。何のバイト?」
「書店でレジと品出し。それから、時々ポップを書くくらいかな。優菜は?」
「以前はアパレルだったんだけど、今はパン屋さん。美味しいパンの香りの中で仕事できるし。余ったら好きなの持って帰れるし」
「結局、食い気なんだな」
「いいじゃない! 楽しくバイトしたいの」
そう言いながら、優菜は銀杏の練り切りを自分の懐紙に置いた。
「でも、就活のためにシフトを減らしてもらってるんだけどね」
「えっ? 今、いくつ?」
「私、二十二歳。大学四年生」
俺より年上か。
「きみも大学生だと思ってたけど?」
俺は頷いた。
「二十歳の大学二年」
「年下だったんだ! なんか、勝手に同い年かと思ってた」
「よろしく、先輩」
俺は残っている練り切りの中から栗を選んだ。
「それにしても、本当に不思議な夢だな」
「今更?」
「そうなんだけど、夢の中でもこうして抹茶も和菓子の味もちゃんと味わえてるのが、やっぱり普通じゃないだろ。夢のことを少し調べてみようとしたけど、特にこれといった答えは得られなかった」
「たしかに、本来ならこんなにハッキリと味しないよね。でも、私は難しく考えるのはやめとく。せっかく美味しいんだから、それでいいかなって」
優菜の言葉に、俺は自然と笑みが漏れた。
「そうだな」
「それに、きみにも会えたし」
俺は栗の練り切りでむせそうになった。薄茶を飲んで落ち着かせる。
「大丈夫?」
優菜は俺の顔を覗き込んできた。
「平気だよ」
俺は優菜から視線をそらして言った。
「ねぇ、書店でバイトしてるって言ったけど、読書が趣味?」
「うん・・・・・・わかりやすいだろ」
「そうだね。漫画とか?」
「漫画も読むことあるけど、ほとんど小説だな」
「へぇ! すごいね。私、活字は全然だよ」
「じゃあ、免許の帰りに、本屋に寄ったのは?」
そのときのことを思い出しているのか、優菜は空を見上げた。
「古民家の雰囲気が素敵だなって思って。それに、本は嫌いじゃないし。私がよく見るのは写真集なんだ」
「グルメ雑誌じゃないんだ」
優菜は俺をジロッと見た。
「完全にイメージで言ってるでしょ」
「花より団子派かと」
「私は、花も団子も派だよ。私が見るのは、空とか、花とか、風景の写真。あとは、動物かな。かわいくて、癒やされる」
そう言って、優菜は薄茶を飲み干した。
「あぁ、わかる。今は一人暮らしだけど、実家で猫を飼ってて、寄ってくるとついかわいがっちゃうんだよな」
「猫、飼ってるんだ! いいなぁ。ウチには金魚がいるけど、全然寄ってこないから」
優菜の話を聞きながら薄茶を飲んで庭を眺めると、いつの間にか松の影の向きが変わっていた。
「西日になってきたね」
「なんか、時間の経過が早く感じる」
「夢の中って、起きているときと違うのかもね」
俺は自分の手を見下ろすと、やはり透けてきていた。
「もう、起きなきゃいけないのか」
「また、次も会えそうだね」
「次はどこなんだ?」
「それは、夢の中に来たときのお楽しみ」
微笑みながら、またね、と言う優菜の声が遠くに聞こえた。
「・・・・・・こんな夢を見たんだ」
「またか?」
講義が終わった後、俺は一緒になった里中に夢のことを話した。
「同じ子が続けて出てくるなんて、不思議だな」
「うん。自分の身体の感覚とか、景色とか、食べるものとか・・・・・・全部リアルでもう夢って感じしない」
「ただの明晰夢って感じでもなさそうだな」
「結局、調べてもわからないままだ」
「じゃあ、その子の言うとおり、その夢を楽しめばいいだろ。寝不足でもないなら、悩むこともないし」
たしかに、その通りだ。その通りなんだけど・・・・・・。
「今日、バイトだろ? 頑張れよ」
里中は次の講義の教室へ行ってしまった。俺はリュックを背負って、バイト先の書店へ急いだ。
バックヤードに入り、すれ違うスタッフに挨拶してロッカールームへ行く。自分のロッカーにリュックを入れ、エプロンを身につけてタイムカードを切る。
俺は早番から引き継いだ品出しをしながら、蒼月書店のことを思い出した。
そういえば、あそこは結局、どこにあったのだろう。一度行ったのに、二度目は場所がわからなくなるなんて。それに、あの黒い本は何だったのか。本当に、夢と関係しているのだろうか。
俺の後ろを、客が歩いて行く靴音が忙しない。すぐ近くでページをめくる音もした。気付けば、店内は混んできていた。レジや客の問い合わせに対応しているうちに、あの本屋のことが意識から薄れていった。
視界がハッキリした途端から、絶景だった。
「すごいな」
それは桜のツリートンネルだった。地面は花びらでピンクの絨毯になっている。
「圧巻だね」
振り返ると、優菜がいた。白い襟のついた明るい茶色のシャツに、暗い茶色のミニスカートと、服装が変化していた。
「ここも写真で?」
「そう。本屋で見た写真集に載っていた場所。現実は秋だけど、夢の中は春でもいいかなって」
俺達はそろって桜の下を歩き始めた。風で桜の枝がわずかに揺れ、花びらが舞う。左右の桜の木の枝の間から青空が見える。
「こんな並木道、歩いたことないな」
「そうだよね。しかも、こんな独占できるなんて」
「花見客で多くなるもんな」
「あっ」
優菜は急に俺に向かって手を伸ばしてきた。俺は驚いて立ち止まると、優菜もそうした。
「取れた」
優菜の手には桜の花びらがあった。俺の髪についていたらしい。
「あぁ、ありがとう」
赤面するのを感じながら、俺は視線を前に戻して再び歩き出した。優菜もついてくる。
一瞬、風が強く吹いた。自分の周りで桜吹雪が起こり、美しさに目を奪われた。
「綺麗だね」
俺は頷いた。
「この夢っていつまで続くのかな」
それは、俺も疑問に感じていた。楽しめばいいと里中は言っていたけど、突然始まったこの夢はまた突然に終わるのだろうか。
そうなったら、優菜と会うことはなくなるのか。
「現実でも見たいね、桜」
「来年、見られるだろ」
「私は・・・・・・どうかな」
俺は優菜の言葉を図りかねて、彼女を見た。優菜は桜に視線を向けていたが、どこか別のことに意識を向けているようだった。
「じゃあ、見に行く?」
思わず、俺はそう口走っていた。
「えっ?」
「桜。現実で」
優菜は目を丸くして俺を見た。
「まだ先だけど」
俺がそう言うと、優菜はクスッと笑った。
「そうだね。じゃあ、次、一緒に見るときは夜桜がいいなぁ」
彼女は明るい表情ではしゃいだ声を上げた。
「ライトアップされた夜桜・・・・・・あっ、月と一緒も絵になるな」
優菜は空を見上げた。俺もつられて同じようにすると、白い上弦の月が見えた。
「でもね、私・・・・・・」
月に目を向けたまま、優菜は続けた。
「一緒に行けるか、わからない」
「どうして?」
「だって・・・・・・」
そう話す優菜がこっちを向いた瞬間、視界に白い靄がかかった。
何て言うつもりだったのか。
目が覚めて最初に思ったのはそれだった。実際、夢でしか会ったことないし、同じ東京に住んでるけど、詳しいことは知らないし、ちゃんと現実で会えるのかという疑問は沸いてくるかもしれないけど。
しかし、優菜の様子から、それだけではない気がした。
俺は休日なことをいいことに、ダラダラして過ごそうと決めた。こんな日があったって良いだろう。
テレビをつけて天気予報を見た後、ニュースが続いた。
「えっ?」
アナウンサーは、最近あった自動車事故について報道していた。事故に遭った女性は未だ意識不明の重体。そして、その名前がテレビに映し出された。
「まさか・・・・・・」
兎川優菜。アナウンサーはそう読み上げていた。
ぐるっと辺りを確認すると、どうやら渓谷にいるようだ。目の前に下流へと向かう小川があり、それを挟んで雑木林がある。ザーッという音が聞こえ、日陰から出てその音のする方に歩いて行くと、目の前に滝が流れ落ちていた。太陽の光によってできた小さな虹が揺れている。
滝を見上げていた優菜が俺に振り向く。
「来たね」
俺は優菜に近付いて滝を見上げた。それは水しぶきを上げて小川へと流れていく。
「これはまた、すごいな」
いつも、同じ感想ばかり抱いている気がする。
「マイナスイオンが気持ちいいでしょ」
「うん。涼しいな」
ひんやりとした空気が肌に伝わってくる。
「昨日、言いかけたことって何?」
「あー、何だっけ?」
そう言って、優菜はとぼけた。
「何もないなら、いいんだけど」
優菜は歩き出して水辺に向かっていく。
「おいっ」
「せっかくだから、入ってみようよ」
濡れて滑りやすくなっているだろう岩の上を、優菜はかまわず歩いて水の中へ入っていく。俺は彼女を追いかけて、苔むした岩の上から慎重に水の中に足を入れる。
「冷たっ!」
水面は日の光を反射してキラキラと輝いていたが、その見た目とは裏腹に、水は想像以上に冷えている。
「滝って、いくつか種類があるんだよね?」
「ん? あぁ、そうだな。これはたしか、分岐瀑ってやつじゃないか」
「へぇー、そうなんだ。よく知ってるね」
滝の水は岩肌に当たって分かれながら落ちていた。それは、分岐瀑の特徴だ。
「みんな、喉渇いたのかな」
優菜の視線を追うと、少し離れたところで水を飲んでいる狐やアライグマがいた。
「あの動物も優菜が出現させたんじゃないか?」
「水が綺麗だから、この辺りに住んでる動物が飲みに来るのかもって考えてたら、いたの」
「今までのことも思い返すと、この夢は、優菜の考えや想像が反映されるんだな」
「そうだね。やっぱり、私の夢だから」
細かな水滴が眼鏡について視界がぼやけてくる。
「また来てね」
あんなに大きかった滝の音が、しだいに遠くなっていく。
講義がない今日は、映画館へ足を運んだ。一人で映画を見ることに抵抗はない。学生にしては、一人に慣れ過ぎているのかもしれない。でも、見たいと思っている映画を我慢する必要はないだろう。懐事情さえ、問題なければ。
鑑賞する映画はミステリーの要素を含むファンタジーだ。映画館の壁に貼られた作品の宣伝ポスターをチラッと確認し、チケット売り場に並ぶ客の列を横目に自動券売機へ向かう。事前にネットで購入しておいたチケットを発券し、上映開始十分前にスタッフに見せ、薄明かりの通路を歩いて三番スクリーンへ入る。
一番後ろの通路側の席に座った。同じ横の列の一つ隣を開けた席からポップコーンの甘い匂いがしてくる。目の前の席にはカップルらしき二人が座り、映画が始まるまでずっとスマホをいじっていた。
映画は面白かったが、そういえば自分も今、不思議な体験をしていたなと感じた。映画を見ることと夢を見ることは似ている。
だが、最近の夢はリアルすぎるうえに、意識不明者の夢に自分が出てきているのだ。
目の前には、大きな湖があった。それを囲うように原生林が紅葉している。そして湖面に紅葉した木々が映り込んでいた。虫の音が聞こえ、水面をかすめてトンボが飛んでいく。
「綺麗だな」
この景色を見ていて浮かんだのは、東山魁夷の「緑響く」だ。その絵に描かれた木々が紅葉したらこんな感じだろうか。
「今回は秋だよ」
いつの間にか、隣に優菜がいた。
「場所はどこなんだ?」
「アメリカのクラウズ湖っていう湖」
「日本じゃないのか」
「うん。でも、日本にもこういうところ、あるよね」
俺達は紅葉を眺めながら、湖岸線に沿って歩き始めた。
「ニュース、見たんだ」
「えっ?」
「事故に遭って未だに意識不明だって」
優菜は黙った。というより、驚いて言葉が出てこなかったんだろう。彼女はハッとして、俺を見た。
「その報道の中で、名前が出てたから。兎川って珍しいし、もしかしてと思って」
「・・・・・・そっか。知ったんだね」
優菜は立ち止まって、うつむいた。俺も足を止めた。枯れた枝を踏んで、ミシッと音がした。
「この夢から覚めるときは、意識が戻るってことか?」
「たぶん、そうじゃないかな。覚めるならいいんだけど、覚め方がわからないんだよね。このままだと、そのうち迎えが来ちゃったりするのかな」
「迎えって・・・・・・」
「あの世に。そうなると、三途の川、渡ることになるのかな」
俺は言葉に詰まった。どう返したらいいのか、わからない。
優菜は顔を上げた。
「ごめん、変なこと言って」
「・・・・・・まだ諦めるには早いだろ。夢渡りってやつをやって、この夢の出口を探そう」
「あるのかな」
「やってみなきゃ、わからない。この夢は普通と違うようだし。俺も一緒に探すよ」
優菜は俺をじっと見た後、こくりと頷いた。
「ありがとう」
今にも泣き出しそうな笑顔をしていた。その顔が白い霧に覆われるように、だんだん見えなくなっていく。
「終点ですよ」
ハッとして目が覚めたら、目の前に車掌がいた。彼は俺に声をかけるとすぐに隣の車両へ移っていった。俺は急いで電車を降りる。
まさか、電車での居眠りで夢を見るとは・・・・・・。
俺は寝過ごした分の駅を戻るため、階段を上って反対側のホームへ歩いて行く。
夜空の下、雪原が広がり、しんとしている。その中で、一本だけ生えているモミの木に雪が降り積もっていた。息を吐くと白くなっている。だが、いつもと変わらない服装で寒いはずなのに、震えは全くない。鳥肌も立たない。いつもと違ってリアルさが欠けている。
「これも夢、だからか?」
自分の腕を確認していると、ぽんぽんと肩を叩かれた。振り返ると、優菜が微笑んでいた。服装が胸元にリボンのついたアイボリーのワンピースに変わっているが、これも場所に合わず薄着だ。
「今日もいらっしゃい」
「お邪魔してます。なんか、今回は夢っぽいな」
「どういう意味?」
「雪原にいるのに、寒くない」
「あぁ、それはたぶん夢渡りをするときに、オーロラが見たいけど、寒いのはやだな~って思ったからじゃないかな」
「・・・・・・本当に、都合のいい夢だ」
半ば呆れていると、優菜は空を指差した。
「ほらっ! 見て!」
見上げると、空一面に緑や青、紫の色鮮やかなオーロラがそれぞれ一筋の帯となって現れていた。
「うわぁ・・・・・・」
これが夢だということを一瞬忘れて、自然と感嘆の声が漏れた。
「幻想的! オーロラも見てみたいと思ってたんだ!」
優菜は嬉しそうにはしゃいでいる。実際にオーロラを見るとなれば、極寒の中オーロラが出てくるまで辛抱強く待たなければならない。それが寒さを感じずにこんな簡単に見られるのなら、夢でもラッキーだ。
しばらくオーロラを観賞していたが、突然、オーロラの帯が揺れ始め、カーテンのように広がっていった。
「オーロラ爆発ってやつか」
真上で美しく揺らめくオーロラに目を奪われていたが、ふと視界の隅で何かが動いた気がした。そちらを向くと、少し離れたところに狼のような白い獣がいた。じっと、こちらを見ている。
「あれも見たかったのか?」
俺は優菜に訊いた。優菜が俺の視線の先を追って白い獣と目が合う。すると、獣はそっぽを向いて行ってしまった。
「私、動物のことは考えてなかったけど・・・・・・でも、真っ白で綺麗だったね」
そう言うと、優菜は再び空を見上げた。どうやら、優菜の意思とは関係なく現れたようだけど、そういうこともあるのか。
オーロラを十分に堪能した後、俺は口を開いた。
「少し歩いてみよう」
優菜は頷いて、俺の隣で歩き出す。
雪原に足跡を残していくが、辺りは一面雪で、この夢の出口となりそうなものは何も見当たらなかった。
「やっぱり、ないね」
俺は、気落ちした優菜の手を取った。
「それなら、別の夢だ。一緒に行こう」
「・・・・・・うん」
優菜は瞳を閉じた。すると、すぐ近くに光に包まれた白い扉が出現した。
「次の夢をイメージすると、こうやって扉が出てくるの。この扉の向こうがまた別の夢。これが夢渡り」
俺と優菜は両開きの扉の取っ手を掴み、押した。白い世界に足を踏み入れる。
「・・・・・・あれ?」
俺の部屋だった。優菜はいないし、俺は部屋着でベッドに横になっている。
「要するにお目覚めですか、俺」
自然と苦笑した。一緒に行こうなんて言っておきながら。
俺は眼鏡をかけて時間を確認し、身体を起こした。身支度を済ませ、リュックを背負う。今日は午前中から講義、夕方にはバイトもある。夢以外は、いつもの日常だ。
空はもう暗い。今日の予定を全て終えて、駅からアパートへ足早に向かう。
優菜は先に別の夢に行っている。俺も早く寝て、合流しないと。
あと一つ角を曲がれば、アパートが見える。そんなとき、俺は足を止めた。
「どうして・・・・・・?」
見覚えのある古民家が目に入った。足早に近付いてみると、それは紛れもない蒼月書店だった。
この場所は、何もない更地だったはず。
扉の窓から、店内の明かりが確認できた。俺は疑問符がたくさん浮かんだが、思い切って店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
椅子に座ってレジカウンターで飲み物を飲んでいたらしい小学生くらいの少年が、俺に気付いて挨拶をした。飲み物は・・・・・・アイスコーヒーっぽい。
店内も京都で出会った蒼月書店と全く同じだった。唯一違うのは、店にいたのが老紳士ではなく、少年ということだけだ。客は誰もいない。
「きみ、お店の人はいる?」
俺は少年に声をかけたが、彼は怪訝な顔をして首を傾げた。
「今、あなたの目の前にいるけど?」
店番を頼まれているのか。
「じゃあ、この店ってチェーン店なのかな? 京都にも同じ本屋があったんだけど」
少年は目を丸くした。
「あぁ! また来たんだね」
「また?」
「あの黒い本、開いた人でしょう?」
俺は言葉が出なかった。あの紳士、こんな少年に話していたのか。
「二回も来店するなんてかなり稀だから、ビックリしたよ」
「そんなに驚くことなの?」
「そうだね。よほど縁がないと、この店を二回も見つけられないよ」
「それって・・・・・・京都の方はもう一度行こうとしたんだけど、見当たらなくて諦めたんだ」
「それが普通さ。すぐ引っ越すからね」
「引っ越す?」
「そう。一夜で引っ越す。だから、この本屋はチェーン店ではないし、お兄さんが利用した本屋はまさにここだよ」
一夜にして本屋がなくなるって、どういうことだ。
「いや、でも、建物も全部、なくなっていたんだけど」
「そりゃあ、この古民家ごと移動しているからね」
当たり前のように話す少年に対し、俺は混乱してきた。そこで、別の質問を投げた。
「えっと、老紳士みたいな店員がいたと思うんだけど、その人は?」
「あぁ、あの日はそうだったね。でも、今日は僕だよ」
シフト制みたいなものか? それにしても、まだ小学生くらいの少年に店を任せるなんて。
ここで、優菜の言葉を思い出した。
「他にもいるの? 背の高い黒髪の女性、とか?」
「そういえば、そんな日もあったね」
優菜が来店していた本屋もここだ。
「そのときの気分に合った姿で仕事をするのがマイブームなんだよね」
ん? どういう意味だ?
「ところで、お兄さん。またここに来られたってことは、何か用があるんじゃない?」
俺は本屋があることに驚愕して入店してしまったが、少年に言われて黒い本が脳裏をかすめた。俺は奥の本棚に向かい、あの黒い本がないか探した。
しかし、どこにも見つからない。優菜が言っていた白い本も見当たらない。
俺は少年の元に戻って彼に尋ねた。
「あのさ、あの黒い本って売れちゃったのかな? 似たような白い本もあったはずなんだけど」
「あれは売ってないよ。というか、売れないね」
「それもそうか。何も書いてないし、誰も買わないか」
「いや、売れないっていうのは、売れ行きが良くないってことじゃなくて、売ることが出来ないんだ」
「えっ?」
「発動しちゃってるからね。ていうか、お兄さんがそうさせた一人なんだけど」
俺には、少年の言っていることがよくわからなかった。それが表情に出ていたのか、少年は椅子から降り立って、カウンターの後ろにある棚の引き出しから本を二冊取り出した。
それは、あの黒い本と優菜が話していた白い本だった。少年はそれらをカウンターに置く。
「お兄さんさ、最近、変わった夢を見るでしょう?」
俺はぽかんと口を開けたまま、少年を凝視した。
「何でそれを・・・・・・?」
「だって、お兄さん、この本を開いたから。こっちの白い本のことも知っているのは、これを開いたお姉さんにも会って聞いていたからでしょう。夢の中で」
「やっぱり、あの夢はこの本のせいなのか!」
俺は思わず身を乗り出して、少年に詰め寄った。少年はかまわず続けた。
「この本は二冊で一対なんだ。いわくつきの本でね」
「いわく、つき?」
少年の口から出た不穏な言葉に身体がこわばる。
「奥の棚にある本はマニアックな本ばかりなんだけど、その中にはこの本みたいに普通の本じゃないものも並べててね。これは、昔、陰陽師の血筋をひいた男がかけた術がそのまま残ってしまっている本なんだ」
「へ?」
自然と口をついて出た。少年が急に突拍子もないことを言い出したせいだ。
「まぁ、そういう反応になるのもしょうがないけど。本を開いたお兄さんとお姉さんは、この本の術にかかって、不思議な夢を見るようになったわけさ。術が発動しているから、他の客に触らせるわけにはいかなくて、売ることが出来ないんだよ。お兄さんなら、開いた本人だから見てもいいけど、確認したところで何も変わらないよ」
本来なら信じられないような話だ。
「その、術はどうやったら、解けるのかな? ていうか、何のための術なんだ?」
少年はうーん、と唸った。
「わからない、のか?」
「いや、知ってるけど」
少年は言い渋っているようだった。
「何で教えてくれないんだ? 話すと困ることなのか?」
「お兄さんは以前ここを利用してくれたし、また来られたからここまで話したけど、これ以上はね」
「優菜の身に関わることなんだ。教えて欲しい」
つい必死になって言うと、少年は俺を見据えた。
「ここは本屋だよ。商売しているんだ。タダってわけにはいかないね」
そういうことか。
「これは買えないんだよな?」
「こんないわくつきの本を買っても、お兄さん困るでしょう?」
俺は本屋の出入り口近くの本棚を見て回り、三冊選んでカウンターに持っていく。
「これとアイスコーヒー」
前回よりも多く購入した。これなら、ちゃんと話してもらえるだろう。
少年はにっこり笑って
「まいどあり~」
と言った。精算が済むと、少年はバックヤードへ向かっていく。
「ちょっと待って! さっきの答えを・・・・・・」
「今、焦ったってどうしようもないよ。アイスコーヒー持ってくるから、座って待ってれば」
少年はバックヤードに姿を消した。俺は仕方なく、購入した本をリュックにしまい、カウンター横に置かれていた椅子に座る。
ほどなくして、少年がアイスコーヒーの入ったグラスを持ってきた。俺がそれを受け取ると、少年は再び椅子に座った。
「お兄さんは、お姉さんの身に関わるって言ったけど、お兄さんもそうだからね」
アイスコーヒーを飲もうとしていたが、俺は動きを止めた。少年を見やり、訊いた。
「どういうことだ?」
「この二冊はさっき話した男が式神の力を宿した本で、まずこのどちらかの本を先に開いた人が夢渡りの力を得るようになっている。その日から式神はその人の願望を反映した夢を見せるようになり、その人は夢に魅せられて捕らわれるんだ」
「だから、出られない・・・・・・目覚めることが出来ない、のか」
「で、もう片方の本を開いた人は、術の効果で先に開いた人と強制的に波長が合い、同じ夢に現れる」
俺は恐る恐る尋ねた。
「俺もそのうち・・・・・・夢に捕らわれるのか?」
「それは最後の夢のときのお兄さんしだいだね」
「最後?」
「夢を見るのは十夜まで。つまり、夢渡りを十回まで行なえる。最後の夢では、お姉さんは式神に魂を奪われる」
俺は目を見開いた。
「死ぬって・・・・・・?」
少年は頷いた。
「お兄さんはというと、三つの道がある。お姉さんと同じように夢に捕らわれ、魂を奪われる。または、お兄さんだけは最後の夢でも捕らわれずに、目覚めて術から解放される。あるいは、お姉さんを助けて、二人とも目覚めて術は解かれる」
「助けられるのか!」
「そう。だからこそ、これは二冊ある。お兄さんが本を開いてなかったら、お姉さんは夢で一人のまま、式神にあの世へ連れて行かれていたかもね」
「どうやったら、助けられるんだ?」
「さあね」
「えっ?」
俺は耳を疑った。
「お兄さんが助かるかどうかはお兄さんしだいだけど、お姉さんが助かるかどうかは式神しだいだからな」
「そんな!」
「でも、式神がお姉さんを見逃してくれるようにするには、やっぱりお兄さんにかかってるんだよね」
「・・・・・・どっちなの」
はっきりしない返答に、俺は項垂れた。まだ残っているアイスコーヒーを飲む。
「なんにせよ、僕から具体的な解決策を話せることは何もないよ」
「じゃあ、俺はどうすれば?」
「そのとき、わかると思うよ」
俺が首を傾げると、少年はふっと笑った。
「最後の夢のとき、お兄さんの思った通りに動いたらいいし、式神と話してみればいい」
「そんなことで助けられるのか?」
「大切なことさ。お兄さんがどうしたいか、だよ。それがお姉さんを助ける術になりうるんだ」
俺が、どうしたいか・・・・・・。
「式神って、どんな?」
「今まで見た夢の中で、何も見てない? 動物とか」
俺は今までの夢を思い返した。
「動物・・・・・・鹿とリス、鳥、蝶、トンボ。あとは、狼みたいな白い生き物」
「おっ! たぶん、それだね。もう接触してるんだ」
「あれが式神?」
「そうだと思うよ。本当の姿じゃないだろうけど」
そう言って、少年はアイスコーヒーを口にした。
「何のためにこんな術・・・・・・目的は?」
「これはね、愛する女性への想いと葛藤のために生まれた本なんだよ」
「は?」
「かつて、一人の女性に恋をした男がいた。でも、その女性には婚約者がいて、それが男の幼馴染みで親友だった。それにより、女性に対する男の想いは歪んでいき、この本の片方を生み出した。彼は血筋をひいているだけじゃなく、自身で陰陽師や術に関することを研究していたんだ」
少年は白い本を掲げた。
「これを女性に贈った。彼女が夢に捕らわれることで、十日後には亡くなってしまう。その日が近付くにつれて彼は葛藤し始めた。本当は愛する女性に死んで欲しくない、でも別の男と結ばれて欲しくない。そんなとき、彼女の衰弱していく姿に親友が悲しんでいる様を見て、彼女にふさわしいのか試そう、となったんだ。それで生まれたのがこっち」
少年は黒い本も同じように掲げた。
「親友が女性を助け出せたら、彼女への想いを手放そうと考えたわけだね」
「それで、どうなったんだ?」
俺が続きを促すと、少年はニッと笑った。
「自分で確かめなよ」
「そんなこと・・・・・・」
「お姉さんのこと、放っておくの?」
そんなつもりはない。でも、自分の命にも関わると思うと慎重になってしまう。
俺は頭を抱えた。
「まぁ、今の話の結果は関係ないよ。何を選択するか、決めるのはお兄さん自身だから」
俺は顔を上げて少年に視線を移したが、彼はすでに椅子から降り立ち、本をそれぞれ元の引き出しにしまうと、窓の外を覗いた。
「そろそろだな」
そう呟くと、俺に振り向いた。
「夢の中で月は満ちていく。最後の夢を迎えるとき、月はちょうど十五夜だ。それに、月食でもある。月食が始まると式神はお姉さんを連れて行こうとするから、月食が終わるまでにお姉さんを助け出せれば、夢から覚めるよ」
俺は、桜の夢で月を見たことを思い出した。あのときは、まだ上弦の月だった。知らない間に少しずつ満ちていたのか。
「さて、もう帰る時間だよ、お兄さん。この店を閉めないと」
「でもっ」
「僕が話せるのはこれで全部だ。それに、これ以上、ここにいるのはよくない。帰れなくなるよ」
「どういうこと?」
少年は微笑みながら俺に近付き、俺が持っていた空のグラスを取り上げた。
「人の子を相手にする時間は、もう終わるんだ。これからは、別の客がやってくる。遭遇しないうちに帰ることだよ」
突然、少年の瞳が翠色に光った。
すると、店の扉がバンッと大きな音を立てて開いた。驚く暇もなく、俺は後ろから何かに押されるように店の外へ放り出された。そのはずみで道に倒れ込む。
「幸運を祈ってるよ」
後ろから少年の声が追いかけてきた。俺は起き上がって振り返る。
「えっ・・・・・・!?」
本屋があったはずの場所は、ただの更地になっていた。
大地に咲くネモフィラから雲一つない空へ青が続いている。今日は丘の上にいるようだ。辺りは一面ネモフィラで、以前のブルーベルとはまた違った青で綺麗だ。優しい風で花が揺れている。
同じように、結んだ髪が風で揺れている優菜がしゃがんで花を観賞していた。俺は彼女に近付いた。
「ごめん、目が覚めたんだ」
優菜は視線をネモフィラから俺へ移す。
「うん、そうだろうなって思ってた。最初はいなくてびっくりしたけど。でも、来てくれたね」
彼女は立ち上がって周囲を見渡した。
「出口になりそうな扉がないか見て回ったんだけど、どこにもなかったよ。ネモフィラが咲いてるだけ」
「そうか。この花も見たいって思ったのか?」
優菜はコクリと頷いた。
「ここもね、一度来てみたかったの。でも、そろそろ別の景色が見たいかも」
彼女が呟いた瞬間、俺達の伸びている影の角度が変化しているのに気付いた。空に昇っていた太陽が通常では見られない速さで西へ沈んでいく。
「うわっ! すごいね!」
俺は唖然として、返事が出来なかった。
空が赤く染まり、しだいに紫から藍色、漆黒の夜空へと変化していくが、その中で白銀だった月が黄金色に輝いていた。
夢にその人の願望を反映させる。これが、式神の力か。
「もう少しで満月になりそうだね」
今日は八日目だ。あと二回の夢で満月になり、優菜は式神に連れて行かれてしまう。
「夢渡り、やめようか」
「えっ?」
「ここ、綺麗だしさ。この夢のままでもいいんじゃないかなって」
そうだ。夢渡りを十回やらなければ問題ないんじゃないか。
「それはたぶん、無理じゃないかな」
「どうして?」
「だって、私が望まなくても、ある程度私が満足したら夢渡りが起こってるんだよね。強制的に」
逃す気はないのか。
「それでも、私が行きたいなとか、見てみたいなって思っていた場所や景色だから、楽しんでいるところはあるんだけどね」
優菜は俺に背を向けた。
「ほらっ! 星空も綺麗!」
優菜の視線の先を追って、俺も月を背後に夜空を見上げると、満天の星が見えた。
「・・・・・・今日、あの本屋に行ったんだ」
「蒼月書店に?」
「俺達が開いた二冊の本、やっぱりこの夢に関係してたんだ。店主が言ってた」
「本当に同じところ? 店のそばにドウダンツツジ、あった?」
「なにそれ」
「花だよ。漢字で満天の星って書いて満天(ドウダン)星(ツツジ)。白い花が咲いた小さな丸い木、なかった?」
そういえば、と思い出した。あの木は初めて店を見つけたとき以外は、全然気にしていなかった。
「あったよ」
「そうなんだ。店主って、黒髪のお姉さん? それとも老紳士風の人?」
「いや、小学生くらいの少年」
優菜は目を瞬いた。
「その子が店主なの?」
「その子も老紳士も、お姉さんも店主だよ、きっと」
優菜は首を傾げた。
「ただの本屋じゃなかったってことだ」
あの少年は、人じゃない。でも、悪い者でもなさそうだった。あちこちに引っ越して、神出鬼没に現れる本屋を営む何か、なんだ。
「あの二冊の本には術がかかっていて、最初に開いた人は夢渡りが出来るようになる。もう一冊の本を開いた人は、前の人と波長が合って同じ夢に現れるんだ」
「だから、いつもきみが来てくれるんだ」
「この夢は、先に開いた人の願望を反映させる。それから・・・・・・夢渡りは十回までらしい」
「じゃあ、その後はどうするの? ずっと同じ夢?」
「夢から覚めることが出来るかもしれない」
「かも?」
「かも、だ。詳しいことは、わからない」
本当のことを全て話すことは出来ない。死ぬかもしれない、なんて。
「そっか。なんかちょっと不安になるけど、でも、きみもいるもんね」
俺は右手で左腕をこすった。
優菜を助けたいと思ってる。でも、自分の手にかかっているかもしれないと思うと、心がざわつく。
俺は改めて辺りを見渡した。あの白い獣の姿はない。
「大丈夫?」
優菜は俺の手を取って、顔を覗き込んできた。
「あ、あぁ」
「落ち着かないって感じだね。私がこの夢から覚めることが出来るか、心配してる?」
俺は言葉に詰まった。何か言わなければと思うが、口を開いても言葉が出てこない。
「よし、深呼吸しよう」
「えっ?」
優菜は俺の両手を掴んだ。
「ほら、目を閉じて、深く息を吸って」
俺は戸惑いながらも、言われた通りにした。
「ゆっくり吐いて」
深く吸い込んだ息を、時間をかけて吐いていく。普段意識していない胸と腹部がゆっくり動いているのがわかる。三回続けた後、優菜に言われて目を開けた。
「私、マイナスなことは考えないようにしてるの。もちろん、不安はあるけど、そっちばかり考えてたら、本当にそうなっちゃう気がして。だから、前向きに捉えるようにしてる。この夢もなかなか目覚めることが出来ないけど、この夢がなかったら、きみとは会えていなかったし」
「そうだな」
俺はもう一度、目を閉じて深呼吸をした。目を開けると、笑顔の優菜がいる。彼女の手の温かみも感じる。
ネガティブなことが浮かんできても、それに捕らわれるのはやめよう。俺がどうしたいか、だ。あの少年も言っていた。
俺は優菜を助けて、現実で笑っている彼女が見られたらいい。
目の前の優菜の笑顔が霞んできた。
「またね」
彼女の声が響いた。
今日は午後から講義がある。里中と一緒に出席し、教授の話を聞きながらノートに書いていく。
「じゃあ、これから映像を見てもらうから、暗くなるよ」
教授は部屋の電気を消した。プロジェクターに映像が映し出される。
それを見ているうちに、睡魔に襲われていく。
俺は、突如現れた大きな建造物に圧倒された。少し後ろに下がって見上げると、目の前にあるのは西洋風の城だとわかった。ここは森の中で川沿いの山地に城が建っており、森と城をつなぐ石造りの橋の上に、俺はいる。
「怪しい雰囲気だね」
森の方から優菜がこちらへやってきた。
たしかに、今まで美しかった空が黒い雲に覆われ、その下に建つ城は不気味だった。冷たい風が吹き、寒気がする。
「今までとは違う感じ」
「これは望んだ景色か?」
「この城は海外にある城で、ここも興味がある場所なんだけど、こんな天気になるとは思わなかったな」
不穏な感じがする。もう、そのときが迫っているってことの表れなのか。
「行ってみよっか?」
「どこへ?」
優菜が指差した先は、城の扉。
「中に入るのか?」
「城内に通じてるのか、それとも別のところへ行くのか、わからないけど」
違う場所への移動となれば、十回目の夢渡りだ。
「怖くないのか?」
「全くないってことはないけど、あれこれ考えてもいずれは来てしまうから。それに今なら、きみが隣にいる。来たばっかりだし、扉開けてすぐ起きちゃうこともないでしょ」
「・・・・・・そうだな。じゃあ、行こう」
俺は優菜と一緒に扉の前まで来ると、両開きの扉を押した。一瞬、視界が白くなった。
霧が晴れるように視界がハッキリしてくると、そこは全く別の世界が広がっていた。
夜空を流れるくっきりとした天の川。大地には、星のようにカラフルに光る花々。俺達が立つ小道の先に小さな遺跡が見え、その近くには大地から突き出たクリスタルがきらめいている。
俺も優菜も、何も声を発せず、しばらく見入っていた。
「すごいね」
「あぁ、それしか言えないな」
「こんなに綺麗な天の川、写真でしか見たことないよ」
優菜は花に近付いてしゃがんだ。
「釣鐘草みたい。本当に光ってる」
「城のあった場所とは全然違うな」
「素敵だね」
すると、どこからか、音が聞こえた。何かの楽器の音色のようだ。
「あそこからかな?」
柱が蔦に覆われた遺跡の方から聞こえてくる。俺と優菜は小道を歩いてそこへ向かう。小道を挟んだ左右には花が光って、足元が明るい。
「あっ、あれ!」
遺跡の階段のそばには、華美な装飾が施されたハープが置かれていた。誰も触れていないのに、音を奏でている。傍らにはサボテンがいくつかあり、月下美人が咲いていた。
「ハープの音って初めて聴いたけど、心地良いね」
あぁ、こんな景色、たしかに魅入られてしまう。
俺も音色に聴き入っていたが、ふと優菜の影が目に入り、ハッとして空を見上げた。さっきは天の川に目を奪われて気付かなかったが、もう満月と言っていいほど丸い月が煌々と輝いている。
「ここにもいたんだ」
優菜に視線をずらすと、彼女は階段の上を見上げていた。俺も階段の上を見ると、息を呑んだ。
白い獣が静かにこちらを見ていた。視線が合うとわかると、身体が自然と震えた。昼間の月のような白銀の目と夜の月のような黄金色の目。オッドアイだ。
「まもなく月食が始まる」
獣が喋った。俺は驚いて声が出なかった。
「小僧、時間だ。去れ」
「えっ」
視界がまた白くなっていく。
「待って!」
優菜が俺に手を伸ばしてくる。俺もそうしたが、彼女の手を取ることが出来なかった。
「出席票、提出していってね」
目が覚めたら、教授の声が聞こえた。講義中に居眠りしてしまったようだ。他の学生が教卓に出席票を置いて、ぞろぞろと教室のドアへ向かっていく。
「そろそろ起こそうと思ってたんだ。自力で起きられたな」
隣に座っていた里中も鞄に教科書やノートをしまっている。
「よく寝てたぞ。また、夢でも見てたのか?」
「悪い、里中。俺、急いで帰らないと」
「あ、おい!」
俺はリュックを背負って教室を飛び出した。
早く、優菜に会わないと・・・・・・。
目の前の景色はさっきの夢と同じだった。天の川と光る花にクリスタル、そしてハープの音色。遺跡のある方角の空に、赤黒い月が昇っている。
「月食が始まってる・・・・・・!」
俺は遺跡へ走った。手遅れになる前に、止めなければいけない。
遺跡の階段を上ると、優菜の姿が目に入った。遺跡の中心に泉があり、彼女はそこに膝まで水に浸かって立っている。
「優菜!」
呼んだが、反応がなかった。彼女は空を見上げたまま微動だにしない。よく見ると、瞳がうつろだった。
「来たのか」
奥に白い獣がいた。
「もはや無意味だ。月食は始まり、この娘は夢に捕らわれている」
そう言うや否や、獣が光に包まれた。
「何だ!?」
獣の姿が変化していく。光が消えるとそこにいたのは、白い髪に白い衣をまとった中性的な顔立ちの男だった。
これが式神の本当の姿なのか。
「小僧、夢から去るがよい。この娘とはもう会うことはない」
「優菜の魂を連れていくっていうのか」
俺の言葉に、式神は眉間に皺を寄せた。
「・・・・・・なるほど。あの物好きな店主の入れ知恵か」
「あなたの主はもういないんだろう? こんなことして、何の意味があるんだ」
「たしかに、私を生みだした主はもういない。だが、本に宿ったこの術を解除もしなかった。私は、主に命じられた通りに動くまで」
俺は優菜の元へ駆け寄った。足が水に浸かる。
「優菜! しっかり!」
腕を取って声をかけたが、彼女の様子は変わらない。
「その娘は星の庭の香りを嗅いだ」
「えっ?」
式神の視線の先は、星のように光っている、あの花々へ向けられていた。
「もう戻れない。私は娘を彼岸へ連れていく。邪魔をするなら、お前も連れていくぞ、小僧」
足元が光り始めた。泉の水が波紋を広げ、優菜だけが泉に沈んでいく。
「優菜!」
俺は優菜の腕を両手で掴んだ。
「夢に飲まれちゃダメだ!」
優菜は全く反応しない。もうすでに、魂が抜かれてしまっているかのようだ。
「俺の声が聞こえないのか!」
「無駄なあがきだな」
俺は必死で優菜を引っ張り上げようとするが、変わらずにそのまま優菜は沈み、首まで浸かってしまった。
「お前も共に彼岸へ行くか?」
式神のオッドアイの瞳が俺を鋭く見据えてくる。
「行かない。俺も優菜も、まだそのときじゃない」
「だが、お前に止めることは出来ない。その手を放さなければ、このままその娘と行くことになり、お前は自身が助かる道を捨ててしまうわけだ。私はそれでもかまわないが」
とうとう優菜の顔が泉の中へ入り、腕だけになってしまった。
「こんなの、優菜は望んでない!」
俺は放してしまわないよう、手に力を込める。
「何故、そこまでするのか不可解だな。死にたいのか?」
優菜の手首も入っていき、俺の両腕が引きずり込まれていく。
「俺は優菜と約束してるんだ。夢じゃなくて現実で会って、一緒に桜を見ようって。優菜も俺もまだやりたいことがあるんだ。こんなところで死ねない。俺達は一緒に目覚めるんだ」
そう言いながら、俺の顔も泉の水に触れた。
「止めて!」
どこかから声が聞こえた。その瞬間、泉の水がさらに強く光り、何も見えなくなった。
「あぁ、良かった!」
気付くと、優菜の姿があった。倒れていた俺は勢いよく上体を起こす。
「優菜! 無事なのか?」
「うん。私は大丈夫」
俺はほっと胸をなで下ろした。近くには、式神が腕を組んで俺達を見下ろしている。
「月食は終わった」
俺は空を見上げた。遺跡から見える月は、金色に輝く満月だった。そこから俺達に光が降ってきた。
「その光の柱で上がっていけば、目覚めるだろう。直ちに立ち去れ」
「待った!」
俺は背を向けた式神を呼び止めた。
「俺達は助かった。そう思っていいんだな?」
「そうだよ」
答えたのは、式神じゃなくて優菜だった。
「本当はね、私じゃなくて、きみが連れて行かれるところだったんだ。試されてたんだよ」
俺は仰天した。
「どういうことだ?」
「この術は愛した女に、親友の本当の姿を見せるためのものだ」
式神が振り返って言った。
「わが主は、悲しむ親友に対し、自分の命がかかっても女を助ける覚悟があるか見極めようとした。もし、親友が命惜しさに逃げるようであれば、その姿を女が見ることになり、婚約は解消されるのではないかと考えたのだ」
「それじゃあ、初めから優菜を連れて行くつもりはなかったってことか?」
「そうだ。お前がどうするかを見ていた。結果しだいでは、お前を連れていくところだったがな」
「その親友はどうしたんだ?」
「お前と同じように、女を助けようとしていた。主は親友を認めた」
「そうか。・・・・・・じゃあ、優菜は見てたのか?」
優菜は頷いた。
「ここにいたんだけど、私の姿がきみに見えなくなってたみたい」
俺は、はぁ~と長い息を吐いた。
「さぁ、もう目覚めるときだ」
俺と優菜の身体が地面から離れ、浮かぶ。
「あなたはどうするの?」
「どうもしない。また誰かが、本を開くのを待つだけ」
俺達は光の柱を通り、月に引き寄せられていく。
「もう会うこともないだろう」
式神は再び獣の姿に戻り、遺跡から姿を消した。
「私、やっと起きられるんだ」
「そうだな。目が覚めたら、何がしたい?」
「うーん・・・・・・紅葉が見たいな、きみと」
「桜じゃないのか」
「だって、現実は秋だもん。桜の前に紅葉狩り、いいでしょ?」
「わかった」
優菜は微笑んで俺の顔を覗き込む。
「それから、そろそろ教えて欲しいんだけど」
「ん? 何を」
「きみの名前」
そういえば、まだ言ってなかったことに今頃になって気付いた。
「じゃあ、現実で会ったときに」
「うん。あと・・・・・・助けてくれて、ありがとう」
そう言うと、優菜は空を見上げる。俺も見上げた。
進む先にある満月は、穏やかな光を放っていた。
蒼月書店の店主は、カウンターの後ろにある棚の引き出しから二冊の本を取り出していた。その本を見ながらフフッと笑っている。
「上手くいったみたいだな」
「何がだ?」
私が尋ねると、優男になっている店主はこちらを振り向いて、透き通った翠の瞳を光らせた。そして、片手で私の美しいグレーの毛並みを撫で始めた。
「何でもないよ。こっちの話」
「一人で笑っていたら不気味だぞ、翠(スイ)」
「いいじゃない。それより、久しぶりに来店してくれて嬉しいよ。猫って撫でたくなるんだよね」
「それも仕事のうちだ。客である私を思う存分、もてなしたまえ」
「うーん、それなら、何か購入していってくれないかなぁ。一応、商売なんだけど」
そう呟くと、翠はカウンターに置かれていたアイスコーヒーを一口飲んだ。
「人間でもないあんたがこんなことをするなんて、本当に物好きだ」
「そう? いわくつきのものを欲しがる奴は結構いるし、それに、人間との交流も案外楽しいよ」
「それで、今日はその姿か。その瞳の色だけは、変わらんな」
「きみの瑠璃色の瞳も綺麗だけどね」
いつになくご機嫌な様子で、翠はしばらく私を撫で続けていた。
俺は、彼女が蒼月書店を利用したという場所の最寄り駅に来ていた。
駅前のロータリーでスマホをいじりながら待っていると、コツコツと靴音が近付いてくるのが聞こえた。俺が顔を上げると、優菜がポニーテールを揺らして小走りで向かってきた。初めて夢の中で会ったときと同じ、ネイビーのワンピース姿だ。
「初めまして、の方がいいのかな?」
「今更って感じもするけどな」
「そうだね」
優菜はクスッと笑った。
「元気そうでよかった」
「おかげさまで。あっ、そうだ! 訊こうと思ってたんだ」
「何?」
「ほら、きみの名前! まだ教えてもらってなかったよね?」
「あぁ。大上水樹。よろしく」
「水樹くんね。やっと、聞けた。じゃあ、行こう」
俺達は隣り合って歩き出した。
空を見上げると、三日月と宵の明星が寄り添うように昇っていた。
ー了-
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