見出し画像

寂しい

母は、お母さんって感じの人じゃなかった。話を聞くだけは無理で、必ず何かしらの意見が飛んでくる。慰める、共感するより「あなたにも悪いところはある」と私のダメだったところを指摘してくる。相談したくても母の愚痴を聞くしかない時もあった。だから、私は常に家で寂しかった。元々一人っ子で周りが大人だらけで寂しかったけど、母のそれは私を余計孤独にした。

また、母は仕事人間だった。主任や師長をしていたこともあって休みの日なんて関係ない人だった。生後3ヶ月の私を保育園に預けて仕事に復帰した。でも、父の癌が見つかるまでは家族3人楽しく暮らしていたような気がする。寂しかった記憶はない。でも、父の癌が見つかって父が入院してから私の生活は一変した。母は余計忙しくなってあまり構ってくれなくなった。私の世話はずっと祖母がしてくれた。母は仕事ばかりだった。

それは父が死んでも変わらなかった。なんなら母子家庭になって余計に母は仕事人間になったし、1人を好むようになった。だから私は母に自分を見て欲しくて色んなことを頑張った。そうすると、たまに母が「おいで?」と言って私を膝に乗せて抱きしめながら頭を撫でてくれるのだった。それがすごく嬉しかった。嬉しくてそれをしてもらえるとよく泣いていた。すると母は「どうしたの笑」と少し笑いながら「大丈夫大丈夫」と声をかけてまた頭を撫でてくれるのだった。そのたまにでる母の温かさが私は大好きだった。

でも、いつからかそれはなくなってしまった。私が成長したせいもあるのだろう。母が私をそうやって甘やかしてくれることはなくなった。それがすごく寂しかった。高2から一人暮らしをするようになって余計独りを実感した。寂しくて寂しくて仕方なくて、よく泣きながら自分で自分の頭を撫でていた。「大丈夫大丈夫」と声に出しながら自分の頭を撫でた。誰かにこれをしてほしかった。でも誰もしてくれなかった。だから自分でするしか無かった。

最近は1人にも慣れてきて寂しく感じることは減っていた。でも昨日、久々に大きな寂しさが襲ってきた。甘やかしてくれる人が現れて幸せだったけど、急に「今はこんなに幸せでも、結局1人になる。この人もきっといつかいなくなる。そもそもこの人は私のこと好きじゃない。こんな関係すぐ終わらせられる。親もいつか死ぬ。そしたらまた1人。」って思ってしまった。そう考えたら寂しくて不安で仕方なくて涙が止まらなかった。1人にしないで欲しかった。私がいる間は私だけを見てひたすらに甘やかして欲しかった。好きだと言って欲しかった。そんなの無理だってわかってたけど、辛くてしんどくてわんわん泣いた。迷惑かけすぎて嫌われるかもって思ったら余計怖くなって止まらなくなった。

死ねばなにか変わるかな。この寂しさも感じなくて済むかな。でもこう言ってるうちは私は死なない。自分が一番よくわかっている。死ぬ勇気を持つのは難しい。やっぱりあの時死んでおくんだった。早く眠剤処方して欲しいな。そしたら死ぬハードルがだいぶ下がる。でも死に損ねた時に記憶障害が出るのは嫌だな。あれ辛かったから。
生きてたらいいことあるって今回わかったけど、その起きるかも分からないことを待っていられるほどの余裕は私には無い。とりあえず、9月いっぱいは生きるつもり。約束とかあるから。その後は考えたくないな。でもできれば死にたい。早くいなくなりたい。寂しいのはもう嫌だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?