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エール、IPAを語れるようになろう

エールって、本当に分かっていますか?
クラフトビールを飲み始めた方でも、もう既に長いこと飲んでいるという方でも、初めてエールを飲んだ時の衝撃は覚えておられるのではないでしょうか。それも、手放しで喜びをもって受け入れられたというものでは無かったのではないかと想像します。多くの日本人にとっては、エールは独特のエステル香をはじめとする香りの強さや重厚感、複雑な味わいを感じるものであるはずで、「あ、これ飲みやすい」というお酒を飲む時に必ず登場するこのセリフも、エールを相手にするとなかなか出てくる機会もないように思えます。

この味わいや香りの独特さや特異さは、私たち日本人がよく手にする、口にするビールとはまるで製法もルーツも異なるからこそ感じるものです。初めに少しネタバラシをすると、英国発祥のエールは、ドイツビール文化にどっぷり浸かってきた私たち日本人にとっては奇妙な味わいに感じるだけで、当然英国ではエールが中心ですから違和感を感じるものではありません。

本記事では、クラフトビールライフを送る上では避けて通ることができないこの「エール」について製法やルーツ、歴史を紐解きながら解明し、皆様がお酒の席でしたり顔で語れるようになることを目指したものになります。


むぎうぎで販売しているIPAは、種類も豊富で飽きがこないラインナップです。

語りポイント1 製法を語る:上面発酵vs下面発酵
私たちむぎうぎでも、エールは多数の種類販売しており、中でもIPAセットはかなりの人気商品です。
では、そんな人気なエールというものは、なぜ風味も味わいも奇怪に感じるのでしょうか。それは、「私たちの慣れ親しんだビールと製法が違う」ということです。私たちが日頃、居酒屋で飲む生ビールやコンビニで手に取る缶ビールの多くは、「ラガー」という分類に当たりますが(この言葉も、数多耳に聞いてきたものであると思います)、エールは「上面発酵」で作られラガーは「下面発酵」で作られるという最大の違いがあります。

ビールの醸造過程では、麦芽汁に酵母が働くこと、つまり発酵によってアルコールと炭酸ガスが生成されます(ここは凄く詳しく突っ込んだ記事がありますので参照してください)が、その発酵が麦芽汁の「上」で行われるのか「下」で行われるのかという大きな二つの流派があるわけです。

上面発酵法は温度20度程度で浮遊酵母(サッカロミセス・セレヴィシエ)の働きを使って短期間で発酵させます。対して下面発酵法は温度5度程度で沈殿酵母(サッカロミセス・パストリアヌス)の働きを使って長期間で発酵させます。これにより上面発酵法で醸造されるエールはフルーティーで芳醇な香りと風味、個性的で重めな味わいになるという訳です。下面発酵法のラガーはというと、スッキリとした爽快感に満ちたビールになり、あの「ゴクゴク」と飲むイメージのビールの仕上がるのです。

余談ですが、エールとラガーの色合いを見るとその違いに驚かされます。ラガーは透き通った黄金色が特徴なのは言うまでもないことですが、エールは少しオレンジ色や赤みがかっていて、向こう側が見えないような重厚な色をしています。これはラガーを作る沈殿酵母が、沈澱する際に液中の浮遊物を抱き込みながら沈むからだとのことです。

むぎうぎではラガーも人気。冒険したくない方には絶大な安心感です。

語りポイント2 ルーツを語る:イギリスvsドイツ
ここまで製法の話をしてきましたが、製法をたらたらと述べているだけではスマートではありません。そこで今度は情緒的に行こうではありませんか。エールとラガーのルーツについて、見てみたいと思います(エールとラガーの対立構造はもう少しだけ続きます)。

エールとラガーは、ビール界の勢力争いで言えば、正直エールはラガーに勝てることはありません。それはそれは圧倒的な差で、人々はラガーを好んで飲んでいます。コンビニで慣れ親しんだ缶ビールを手に取れば、それはほぼ確実にラガーです。ラガーはその爽快な味わいやキレが好まれ、世界中で最も人気のビールであるという地位を不動のものにしています。ただ一つの国を除いてはー。

エールはイギリスで生まれたビールです。そして今でも、ぎりぎりビール消費の過半数はエールであるという唯一の国です。そしてその発祥を見てみると、今度はエールに軍配が上がるのです。諸説ありますが、エールの興りは約2000年前というのが、概ね正確な時期と見られています。ラガーが生まれたのが、これもまた諸説ありますが15世紀頃というのが大体の見解です。先ほど、ラガーは5度前後の温度で発酵させると書きましたが、つまり冷蔵機・冷却技術の進展がラガーの発展には不可欠なのです。そのため15世紀程に生まれたラガーも、爆発的に勢力を拡大するのは18世紀〜19世紀を待たなければいけないのです。

イギリスとドイツという仮想の対立構造からエールを見てみましたが、やはり2000年の歴史というのは、ラガーには無い歴史の重みを感じます。また多くの方にとって、イギリスはパブ文化であることもご承知でしょう。このパブ文化を育んだのがエールであり、近年でこそドイツ発祥のオクトーバーフェストに押されている感のあるイギリスですが、ビール史を紐解くとエールというのは依然として燦然と輝く大樹のような存在なのです。

イギリスのパブには、チェスを興した歴史から「チェッカーズ」と名乗るものが多い

語りポイント3 歴史を語る:紆余曲折と波乱万丈
先ほどエールは2000年の歴史がある旨を書きましたが、それだけにその歴史を紐解くとその成り立ちには文字通り様々な紆余曲折の道がありました。

かのエールも、初めから歓迎されていた飲み物であった訳ではありませんでした。8世紀にローマ人がイギリスを支配する以前の「プレ・ローマン時代」は、イギリスでは「ミード」というハチミツのお酒が飲まれていました。今でもミードを醸造しているクラフトビールブルワリーはいくつか存在しますが、その価格帯はただでさえ高価なクラフトビールの中でも頭ひとつ抜けて高価なものです。ハチミツを使っているとなると、それは容易に想像できるのではないでしょうか。それはやはり当時も同じで、特に甘味料が乏しい時代においては、生活の中で使うのを優先するため、お酒に回せるハチミツの量は自然と限られてしまうのです。そのためその希少さにますます拍車がかかります。

こうして希少なミードは、歴史の必然の流れとして、一部の特別階級のための飲み物になっていきます。それで困ったのが庶民です。ハチミツに変わる糖を確保しなくては、自分たちが飲むビールがなくなってしまいます(しつこい様ですが、ビールは「糖+酵母=アルコール+炭酸ガス」です)。そこで彼らが行き着いたのが、穀物だったというわけです。彼らは発芽した穀物に甘味が詰まっていることを発見し、この糖分をもってビールの醸造に到達しました。
とは言えもちろん、その品質はミードに遠く及ばず、上等な「ミード」に対して品質が劣る酒という一種の侮蔑の名前として「エール」という言葉が使われる様になったのです。

こうしてその歴史を見てみると、今でこそ確固たる地位を築いているエールも、その始まりは順風満帆だったわけではないことが分かると思います。その歴史の重みを感じながらエールを飲んでみると、また違った味わいになるのでおすすめです。

イギリスの東インド会社によって、ベストセラービール、IPAが誕生する

語りポイント4 進化を語る:進化の止まぬエール
こうして長い時代を経て、いよいよ本記事の表題にあるIPAが登場します。
エールの登場からおよそ1700年後、イギリスは「日の沈まぬ国」として世界中で植民地経営を展開します。その際たるものが、植民地インドを経営していた「東インド会社」でしょう。東インド会社は当時フロンティアであった極東との仲介貿易拠点として、香辛料や絹織物などをヨーロッパへと持ち込んでいた会社で、「会社」という名前こそついていますが、私設軍隊を持ち準国家的存在として見られています。

さて東インド会社は文字通りインドにありました。それはそれは灼熱の大地で、植物の群生も気候も異なるため当時の技術ではインドでエールを作ることは難しいものがありました。何せエールは20度という、常温発酵に近い温度で発酵させるため、冷蔵技術の無い当時においては醸造温度が高くなりすぎて、腐敗をもたらしてしまっていたのです。
そして冷蔵技術が乏しいということは別の問題も引き起こします。それはイギリス本国からインドへエールを輸送できないという問題です。輸送の途中で、こちらもまた腐敗などの憂き目に逢ってしまう訳です。

こうなると東インド会社の職員にとっては死活問題です。会社とは名ばかりの準国家を形成していた現地では、美味しく、品質上安全なエールが、喉から手が出る程求められていたのです。そこでイギリス本国では、長い航海と灼熱の大地に耐えうるエールの開発が着手され、抗菌成分を含む「ホップ」を多量に添加し、かつアルコール分を高めたIPA(India Pale Ale)が誕生するのです。ホップは既にエールを含む様々なビール醸造には欠かせない要素でありました。ホップは爽やかな苦味をビールに与え、泡立ちを良くし、そして抗菌作用を発揮してくれるもので、現代ビールにも勿論無くてはならないものです。こうしてホップを多量に添加したIPAの誕生によって、インドでも本国同様に質の高いエールを安全に飲むことができるようになった訳です。しかしホップは苦味成分を持つので、IPAは必然的に強烈な苦味が特徴になります。現代でこそ強すぎる苦味は抑制されていますが、当時は現代の8倍〜20倍のホップが添加されていた記録が残っているので、現代を生きる私たちが飲むと、恐らくその苦味のせいでとても飲めたものでは無いことも容易に想像できます。

こうしてIPAは華々しく市場に誕生すると、その爽やかな苦味と抗菌性能によって瞬く間に市場を席巻します。現代ではアルコールを抑えて喉越し爽やかに飲みやすく仕上がった「セッションIPA」や、アメリカで生まれ、華やかなホップの香りを生かしつつもフルーティーな仕上がりを実現した「ヘイジーIPA」、当時のホップ添加量には及ばないもののホップを多量に添加した「ダブルIPA」、フルーツをブレンドしたフレーバーIPAなど、様々ななIPAが改良され、誕生しています。
IPAを飲むというだけでも、クラフトビールの深淵に飛び込むような魅力と奥深さを体感することができるのです。

まとめ:エールとIPAはビールの王様的存在
ここまで書き連ねてみて、改めてエールの持つ歴史と、その歴史に裏打ちされた進化の過程の面白さや種類の豊富さに驚かされます。
これは巷で言われていることでは全くありませんが、エール、そしてIPAは、著者などはビールの王様のような存在だと思うのです。
先に挙げたフレーバーIPAを別にすれば、エールやIPAは基本的には王道ビールの類に入ります。混ぜ物やブレンドは極力せず、素材の持つ魅力を生かし切るブルワーの腕が試されるビールなのです。
是非皆様も、エールを、そしてIPAを飲みながら、こうした歴史の波を感じてみてはいかがでしょうか。
願わくば本記事が、皆様のうんちく語りの一助になれば幸いです。

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