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『都会の異界 東京23区の島に暮らす』 妙見島 〜江戸川モン・サン・ミシェル〜 | 高橋弘樹

映像ディレクター・高橋弘樹氏初の旅エッセイ。
ままならない人生、幸せとは?


妙見島 〜江戸川モン・サン・ミシェル〜

「苦しみ働け、常に苦しみつつ常に希望を抱け、永久の定住を望むな、この世は巡礼である」

 山本周五郎の日記に引用されている、ストリンドベリイの一節の意味を、妙見島を訪れた帰りに立ち寄った、江戸川区の船堀にある「あけぼの湯」でずっと考えた。

 山本周五郎は、『青べか物語』や『季節のない街』など、市井を生きる庶民を緻密な取材と、実際の生活体験をもとに描いた作家だ。この日記は、昭和3年から4年にかけ、山本がまだ売れる前、完全な私記として記し、死後『青べか日記』と題されて公表されたものだ。山本は、すでに鬼籍に入っていたこのスウェーデンの劇作家の言葉を自らになげかけ、彼を「友」とよび、「主」と呼びながら、誰に見せるためでもなく、この日記を綴った。

「予は貴方を礼拝しつつ巡礼を続けよう」

 山本にとってのストリンドベリイが、私にとってはつい先ほどまで訪れていた、妙見島であった。

葛西と浦安をつなぐ浦安橋
橋の中ほどに、妙見島へ降りる側道が


 めずらしく雨の続く五月の晴れ間、わたしは久しぶりに、妙見島をおとずれた。旧江戸川の中州にして、東京都の葛西と、千葉県の浦安の境目にあるこの島は、かつては船でしか渡れなかったが、いまは浦安橋の中ほどにある進入路から島へ入ることができる。

中央が妙見島の南部。旧江戸川の中洲


 この日、島の気持ちのいい堤防で、対岸の浦安市・当代島を、ただぼんやり眺めていた。はるか地平には入道雲がわきあがろうとしていた。

 妙見島には、何度も来たことがある。東京側から浦安橋を歩いて島に入ると、一瞬で空気がかわる。島の入口は、橋に覆われて薄暗く、圧倒的異界感がただよう。ゴミ箱と化した放置自転車が心をざわつかせ、頭上の橋をつたう鉄管から滴る水滴が顔に直撃し、ひやりとする。

 橋をはさんで島の下流側には「西野屋」と書かれた船宿と、「ルナ」というレジャーホテルがある。 

 橋をはさんで上流側が、島のほとんどを占める。島はほぼ工場で占められていて、観光するために来るような場所ではない。島の中部は産廃処理工場と、道路などにつかうアスファルト混合物、アスコンの中間処理工場で二分されている。アスコンの生成過程では、廃材を破砕するなどした大量の砂を使うため、島内の道路は砂だらけ。廃材を運ぶトラックが走るたび、砂埃が舞い上がる。廃材は、そのまま運べば運ぶだけ、輸送コストがかかる。破砕や中間処理をして再利用するものと処理するものに分けたほうが効率的だ。都内にありながら、音や多少の砂埃は気にならない島は、うってつけの立地なのだろう。道路には約20メートルおきに「立小便厳禁」の文字。そのあまりの念のおしようが、心をざわつかせる。


 だが、島の東岸は別世界だ。うってかわってリゾートアイランドのように感じるのは、ヤマハの会員制マリンクラブの存在に依るところが大きい。まっしろのボートとヤシの木が、ここが江戸川区であることを忘れさせる。

 その奥、上流側のどんつきは、プチ軍艦島ゾーン。太陽光を力強く跳ね返すシルバーのタンクが要塞のようにそびえ立ち、なかなか工場萌え要素の強いエリアだ。これは月島食品工業のマーガリン工場で、道路をまたいで岸壁へ鉄管パイプがのびており、その先端は停泊している船につながれていた。船から直接原材料をタンクへ陸揚げできるようになっている。島の地の利を生かしたプラント設計といえる。

 この島の上流側には、団地のような建物が、いくつかある。島の工場には寮が併設されていて、従業員が住んでいるのだ。きょうは日曜なので、島を歩くと自転車にのった島民が、ぽつぽつと本土へと続く橋に吸い込まれていく。妙見島に住もうと思ったら、これらの工場の従業員になるしか方法はほぼない。妙見島に暮らせる特権階級だ。


 この住宅地の横には妙見神社という小さな神社がある。これが島名の由来だ。工場島らしく武骨に、サントリーの「白角水割」と、ワンカップの「高清水」が供えられており、いまだこの工場群の住民から大切にされていることがうかがえる。古くは中世にこの地をおさめた千葉氏が信仰したというが、妙見とは北極星のことをさし、不動の北極星を目印に、船をあやつる漁師の間にも広く妙見信仰がある。この妙見島の対岸・当代島はかつて漁師町であり、いまでも「焼きあさり」と書かれた店や、船宿が何軒も建ち並んでいるのだが、神社でお参りをすませ辿りついたのが、その当代島を一望できる堤防だった。

月島食品の原料を運ぶ船。対岸は浦安市の当代島


 堤防で、目の前を通り過ぎる船をずっと眺めていた。とくにやることがあるわけでもない。この地を訪れるのは、自分にとって一種の巡礼だった。

 山本周五郎の『青べか日記』は、対岸の浦安・当代島近辺で暮らした20代の頃の生活が描かれている。「青べか」とは、青く塗った薄板で作られた一人用の船のことだ。山本は売れる前、自らの意思で東京から鄙びた漁村・浦安に引っ越したのだ。

 ままならない作家生活の中、食べるものに困り、蔵書を売るような生活。そんな山本の心の支えは、亡くなった初恋の人・静子と、目下恋心を寄せている末子だった。

「末子よ、良い夢が君を護るように。静子よ、私の眠りを守っておくれ」

 初期の日記には、毎晩のようにそういった趣旨の祈りが記されている。だが途中から、どうやら末子との関係は成就しそうにないと悟り始める。

 いよいよ蔵書も売り尽くし、米を炊くこともままならない。創作活動に重きを置いたため勤務態度が良好ではなかった出版社も解雇され、それでも創作活動は遅々としてすすまない。ようやく仕上げた渾身の一作を出版社に持ち込むも、あっさりと退けられる。川で自ら採った鮒を煮、どじょうを汁にする生活。

 追い詰められた山本の日記に次第に登場するようになるのが妙見島だ。
 行き詰まり、心が塞がった日に、妙見島へ渡り、つくしんぼを摘む。コンテ画を描く。ただ枯草の上に寝そべって温かい陽を身に浴びる。

 何をするでもない。ただそれだけだ。そうしたからといって、塞いだ心が晴れるわけでもない。それでもただただ、妙見島に渡る。

 そうして明け方の4時、6時に眠りにつく。

「金が欲しい」

 と繰り返し書き付け、

「ごくろうさま、三十六。よい夢が訪れるよう」

 と繰り返し自分を鼓舞し続ける。三十六とは山本の本名だ。公表することを予定して書かれた日記ではないので、そこにぶつけられた感情は鮮烈だ。
 恋心を抱いていた女性と縁が切れ、勤めていた会社もクビになり、全てをかけた原稿も退けられた。

 そんな山本が、ただはっきりとした目的もなく繰り返し訪れたのが、この妙見島なのだ。 

 山本が吸ったこのあたりの夜中の空気を吸いたくて、夜中に島を訪れたこともある。シンとした空気が張り詰めていた。島民はほぼ従業員しかいないので、工場の警備員には若干怪しまれた。別に何をすることがあるわけではない。釣り道具でも持ってきていれば合点がいくのだろうが、何もしていないということが、めちゃくちゃ怪しいのだろう。

 きょうも別に何かすることがあるわけではない。

 だが、何もせずじっとしていると、そうしなければ見えなかったものが見えてくる。入道雲をずっと見ていると、その動きが見えることに気づく。普段は感知し得ない、かすかな動きが見えるのだ。

 次第に育つ入道雲が、どこまで大きくなるかずっと見ていたかったが、

「ぴんぽんぱんぽーん」

 チャイムが鳴った。続々とヤマハのマリンクラブに船が帰ってくる。気づけば3時をまわっていた。とはいえ腹が減ったので、マリンクラブのレストランに行くことにした。

 マリンクラブには、島で唯一のレストランがある。たしかコーヒーやパスタが食べられ……。

「CLOSE!」

 まさかのクローズの看板。

「いまはコロナで……。あちらの席、座っていただいて大丈夫ですよ」

 受付のお姉さんが、建物敷地内にあるテラスを案内してくれた。茶で一服する。テラスからは、ちょうど次々帰ってくるボートを「逆凹型」のクレーンがつりあげる迫力の光景が見られた。

 すると、ふと思う。工場に勤め、この島に住める従業員も特権階級だ。そんなに高層のマンションではないが、東京側の岸辺には低い建物が多く、さらに海抜も低いため、位置関係を考えるとおそらく東京を一望でき、ひょっとしたらスカイツリービューなのではないかと思う。うらやましい。

妙見島にある寮


 ボートを持って海原へ駆け出すことのできる人も特権階級だ。かつて山本周五郎が「べか船」で、もやもやしながら江戸川を下って訪れた「沖の百万坪」でした「『若きウェルテルの悩み』を優雅に読むプレイ」をし放題ではないかと思う。うらやましい。

 いや、いまはそのあたりは埋め立てられてディズニーランドだ。だから、「沖の百万坪」プレイは無理だ。一切悩みのなさそうなカップルだらけだ。
 なんとか溜飲を下げる。いや、でもこの気持ちはウソだ。本当は、自分はやはりボートが欲しい。ついでに、東京ディズニーランドも行きたいはずだ。

 入道雲を数十分ぼーっと見続け、そのわずかな動きを視認し続けた直後の感知能力は、最高レベルにまで達していた。どうしても人間は、外部からの刺激を感知する際、プリズムを通してしまう。

 到底無理そうなもの、実現に苦痛をともないそうなもの、失敗した際に嘲笑されそうなもの。たとえばそうしたものに、無意識にネガティブな価値判断をくだしかねない。

 この心のプリズムは、日々あわただしく生きていると、その存在に気付かず、プリズムを経て感知した感情が、すなわち自分の気持ちだと錯覚してしまう。

 そのプリズムに気づくには、極限まで感知能力を高めなければならないのだろう。入道雲の動きを視認しようとした集中力の高まりの余韻が、すんでのところで、『若きウェルテルの悩み』より、やはりディズニーランドに行きたい自分、そして本当のところ、加山雄三に憧れていた自分を、認知させてくれた。

「青べか船」のように、ボートを買えば、より行動範囲は広がる。建物の中に売り出し中の中古ボートのチラシが貼ってあったのを思い出した。

 じっくり見定めると、一番安いボートで

「319万円 ※諸経費別途」

 失意のうちに、建物を後にした。

 だが、自分の意識をプリズムを排除して、極限まで繊細に観察した結果、1つの大切なことを思い出した。自分はこの島に何度もきているのに、もっとも気になることから目を背けていたのだ。

 そう。ラブホテルだ。

 ボートクラブを出たその足で、一目散にラブホテルへと向かった。だが、やはり一人で入る勇気がなかなか出なかった。なので、まず電話をすることにした。

「すみません。あの、すぐ近くにいまして、一人で休憩してもいいですか?」
「え?」

 一拍戸惑いの間があった後、

「ああ、大丈夫ですよ」

 感じのいい声で、女性が承諾してくれた。気になればなんでも試してみる。そうやって生きてきたはずだ。だが、妙見島にきて、このラブホテルだけを避けてきた理由はなんだったのか。そこに、なんらかのプリズムがあることだけは確かだ。

 来るものを拒むかのような扉を抜ける。

「すみません、先ほどお電話した……」

「あ、どうも〜。そこで、お部屋選んでください!」

 想像するラブホテルの店員とは違う、チャキチャキで明るいおばちゃんだ。

「んー、景色の良い部屋はどこですか?」

 外から建物を見たとき、わずかながら部屋の窓が開いていたのだ。方角さえ良ければ、何度も憧れながら手が届かなかった月島食品工業、もしくは砂町アスコンの社員寮からと同じ絶景――それはおそらく、東京が一望でき、スカイツリーまで見えるのではないか――を堪能できるはずだ。

「え? 景色のいい部屋? あんま窓開かないけど。でも、えーっと、あっち? あっちか。506がいいんじゃない?」

「どっち側ですか?」

「東京側!」

 決定だ。休憩3時間、5500円。

 よく見ると、来店サービスでうまい棒食べ放題。ドリンクバーもある。さらに大量のシャンプーやトリートメントが飾られている。

「このシャンプーとかはなんですか?」

「ああ、それ? 部屋に備え付けもあるんだけどね。好きな銘柄があれば使ってもらおうってことで」

 至れりつくせりだ。



「ずいぶん人気なんですね。パネルけっこう埋まってますよ」

「そうなの。ここはディズニーランドが近いでしょ? だからディズニーに行く人が泊まったりするの。あの周辺だとけっこう高いでしょ? でも、最近はコロナでね……。あ、そうそう。うちは男同士も大丈夫なのよ。けっこう、断るところもあるみたい。女子会とかで来る子もいるんだ」

「へぇ、女子会も」

「一人で来る人もいるよ。現場の人ね。作業員さんとか。朝早いから、泊まっていくんだって」

 工場が多いからそこの作業員だろうか。一人で来るガテン系さんもいるらしい。

「一回現場系の人が泊まった時、奥さんが電話してきてね。『ウチの亭主泊まってるんでしょ? 誰と? 出して!』って。ホテルの名前、しっかり奥さんに伝えてたみたいで。

 調べたら、こういうホテルだからびっくりしたんだろうね。そのお客さん、一人だったんだけどね。でもね、朝早いからってこのホテル泊まってたのに、翌朝寝坊したみたい。はは」

 相当、朝が苦手な人だったんだろう。

「でも、やっぱり不倫も多いかも」

「へえ、見てわかるんですか?」

「うん。なんとなくね。ちょっとそわそわしてるんだよね。ここはさ、人目につかないから。道路からひょいって降りちゃえば、本当に人いないから」

 たしかに訳ありの逢瀬に、島の隔絶性はうってつけかもしれない。

「あと、うちは部屋数より1つ少ないんだけど、ほぼ部屋数と同じ台数分の駐車スペースがあるから。都内でほぼ全部屋停められるこういうホテルは、ほとんどないんじゃないかな」

「そういえば、たしかに駐車場いっぱいでしたね」

「けっこう遠くからも来るみたい。東京と千葉以外のナンバーもあるから」
「長いんですか?」

「うん、46歳からだから、もう5年くらい。今52歳だから。」

 52には見えない。割腹もかなりよく、いかにも肝っ玉かあちゃんというような感じだ。

「どうしてまた、ここへ?」

「前はビジネスホテルでベッドメイキングやってたんだけどね。受付やりたくなって」

「へえ、どうしてです?」

「接客やってみたかったんだよね。わたし、18歳で子ども産んだんだけど、その前、高校生の時にバイトで接客やってて楽しかったんだよね。で、その後、子ども6人産んでさ……」

「え? 6人?」

 おもわず聞き返した。ほんとうに、というか予想以上の肝っ玉母ちゃんだ。

「うん。だから、働き出したのがもう40過ぎてたんだよね。下の子がそれなりに大きくなってから。でも、その歳だとなかなか求人ないでしょ? で、たまたまビジネスホテルのベッドメイキングの求人あったからやったんだ。そしたら接客やりたかったこと思い出して、フロントやりたいなって思ったの。でもビジネスホテルのフロントって、もういまの時代、英語できないとダメなのね。だからわたしは無理で。そしたら、ここの求人があってね。しゃべりたがらないお客さんもいるから、ちょっと特殊な接客だけどね」

 意外な話に、思わず戸惑った。18歳から子育てを始め、6人の子を育て上げた。高校の時にやりたいと思っていた業種に、勤めることができた。江戸川区にある島の、隠れ家のようなホテルで……。そんな話を聞くことになるなどと、誰が思うだろうか。

 やはり街中には、一冊一冊、決して同じ内容ではない物語が書かれた書籍が、その内容を秘してひっそりと暮らしているように思えた。そして、その服装や表情は、けっして本当の書籍の装丁のようにわかりやすくはないが、しっかりと物語の内容をあらわした素敵な装丁であるに違いない。

 たしかに、このフロントの女性の顔は、笑顔と自信にあふれ、喜びに満ちていた。

 と、ふと思い出した。

 佃島から妙見島まで、自転車で飛ばし、さらに島内を歩きまわった。その上、島に唯一のレストランが閉まっていて、昼食を食べ損なったので、お腹が空いていた。

「この島、食堂とかないじゃないですか。どうするんですか?」

「わたしは、お弁当持ってきてるけどね。お客さんは、ルームサービスもあるよ。けっこう人気」

「なにが人気ですか?」

「んー、ステーキピラフかな」

 またしても意外な言葉に少し意表をつかれた。

「カレーとかラーメンじゃなく、ステーキピラフ?」

「うん。ステーキ、厨房で焼くからね。ピラフは冷凍だけど」

「あ、じゃあそれ、あとでお願いします」

 エレベーターにのり、5階へつくと、城のような装飾が施された廊下。部屋番号が、電飾で赤く光っていた。

 なかは真っ赤な壁に、シャンデリア。そして大きなベッド。ラブホテル独特の怪しさがあった。だが、窓をあけると雰囲気は一変した。

 傾いた西日がさしこむと、部屋は一気に爽やかになる。少ししか開かないが、窓からは、見事に東京が一望でき、スカイツリーも見える。これが東京の、本当に東端から見る景色。釣り船が停泊する旧江戸川の向こうには、葛西の低層住宅。そして地平線近くには、都心の高層ビル群が小さく林立している。「働」と「住」。その色分けが、遠近でしっかり染め分けられているように見えた。3時間で部屋をとった。おそらくもう少しすれば、夕日が見られるはずだ。せっかくだし、一人でホテルを堪能することにした。

窓からの眺め。東京が一望できる
陽が差し込み、健康的になった部屋


 一応メニューを確認すると、驚きの充実度だ。ここはファミレス?

 ステーキやハンバーグから、クッパなどの韓国料理。そしてパフェまで。クッパにこころが揺らぎながら、それでも

「すみません。ステーキピラフお願いします」
 受話器をとって、そう告げた。

「はは。はーい」

 先ほどのフロントさんだ。彼女のすすめる、いち推しにかけることにした。部屋には吉宗のパチスロが置いてある。100円でコインが6枚分。

10秒でなくなった。あまりのコスパの悪さに、すぐさま撤退。しばし大きなベッドに寝そべった。

 あまりに快適な空間だ。東京を一望できながら、一線を画し、さらに四方があきらかな結界で護られている。そこから来る心理的な安心感は計り知れない。わざわざこの島にきて、枯れ草に寝そべり、そのことを日記にしたためていた山本周五郎も、同じ心持ちだっただろうか。

「わたしの眠りを護りたまえ」

 そう思いを寄せた女性が次第に遠ざかり、眠りにつく時でさえ安堵を与えてくれるものがなくなった頃から、日記にこの妙見島があらわれる。

 本来は男女が歓びをわかちあうはずの場所に一人でいる孤独さが、100年前の若い青年に対してのシンパシーを抱かせる。

 ここには……。

「ぴろぴろぴろーん。ぴろぴろりん」

 静寂を切り裂く、ファミリーマートに入店した時の音楽……。

「はは。ステーキピラフどうぞ〜」

 先ほどのフロントさんが、届けてくれた。

 味は……。

「うまい」

 ふつうにうまかった。ミディアムレアに焼かれた大きな肉。そしてその下には、茶碗2杯分はあるボリューミーなピラフ。ニンニクのよく効いた醤油ベースのタレを好きなだけぶっかけて食べる。うまくないはずがなかった。

 なにより「冷凍だけど」といっていたピラフがいい。しっかり電子レンジで熱したピラフをさらに熱々の鉄板に置くものだから、肉から食べているうちに、おこげができていくのだ。

 この手作りステーキと、冷凍ゆえの貴重なおこげピラフの、奇跡のコラボレーション。カップルで1つでもよさそうなものだが、1人で余裕で平らげた。


 まだ、夕暮れまで少し時間がある。せっかく、大きな風呂があるので、汗を流す。まさかのジャグジーつきだ。浴室テレビまでついている。一人ではしゃいでいると、そろそろ笑点も終わる時間になってきた。

 部屋に差し込む光も、さきほどより一層赤みを帯び、影も長くなった。窓から外をのぞくと、見事に燃える夕日が、今まさに、東京の彼方に沈もうとしていた。東京でもっとも早い夕日だ。

 東京の全てが、1日の最後の輝きにつつまれ、闇に飲まれようとしている。


 返す返すも、月島食品工業と、砂町アスコンの寮がうらやましい。こんな光景を毎日独占できるのだろうか。

 それは、まさに巡礼のような神秘さをまとっていた。東京という土地でありながら、結界をまとったこの島で、東京のすべての業を、真っ赤に燃える太陽が洗い流し、その中で起きるすべての行為に赦しを与え、祝福する。

 そんな宗教儀式に通じる神秘性がある。妙見島は、江戸川のモン・サン=ミシェルだ。そこは外界と隔絶された祈りの場だ。

東京23区の果ての島で、孤独を包み込む恍惚にふれ、すっきりした思いで部屋をあとにした。


「ステーキピラフ、とてもおいしかったです」

「はは。ありがとう」

「あの、いま幸せですか?」

 とっさに、その言葉が口に出た。

「幸せだよー!」

 あまりの力強さに、思わずさらに聞いた。

「なぜですか?」

「だって、ここに来る人は、みんな幸せそうなんだもん」

「ああ……」

「そりゃそうでしょ。ここに、不幸せそうに来る人いる? いないでしょ。やることやりたくて来るんだけど、みーんな幸せそうなの。人の幸せを見てたら、幸せでしょう。そりゃ自分のこと不幸と思ってたら 人の幸せを幸せって思えないかもしれないけど……」

「けど?」

「まぁ、別居とかしたこともあるけど……。わたしは夫とラブラブだから! はははー」

 外に出ると、あたりは深いブルーと紫の世界につつまれ、来た時にはまだついていなかった看板のLEDがレインボーの光を放っていた。浦安橋付近に忽然とあらわれるその場所に、人は幸せをかみしめにいくのだ。

 対岸から闇に包まれた島を見ると、アスコン会社の寮の部屋にはあかりが灯っていた。夕食を食べているような部屋、男がただボーッとテレビを眺めている部屋。いくつもある、同じ形の窓の中で演じられる、それぞれまったく異なる、ただただ普通の営みに、胸が締め付けられるような愛おしさを感じた。


 幸せとは何か。愛する人とうまくいかずに味わう孤独も、信じる価値を否定される挫折も、それでも思いをつらぬくことで味わう貧窮や侮辱すらも。そうした、ままならない人生すべてを肯定できる強さを持つことだ。

 その過程で生じる軋轢や不安から逃げてはならない。あくまで、そうした場に身をおきながら、考えをつきつめることで、自らにゆるがぬ結界が生まれる。時にそれは、思考においてだけではなく、もっと体験的な地理的結界であることさえある。

 市中の山居に住みたい。

 東京23区の島へ行きたい。

 それはそうした思いの発露なのかもしれない。

 そして、そうした状況の中でも、ゆるがぬ思いの向かう方向を示す確かな指針を見失わぬことが大切だ。かつて漁師たちがつねに心のよりどころにした、不動の妙見のように。

 これまで東京23区の島で出会った人々は、どこか、東京の異界を生きていた。思うようにすべてがうまくいったわけでもない。人と同じ生き方にどうしてもなじめず違う生き方に幸福があると信じた人もいた。

 だが、そうした生き方は、一筋縄ではいかない。苦痛をともなう。けれど、向かうべき目的地は、決して定まっていないわけではない。苦しみの中、進んでいかなければならない。心地よさの中にいるだけでは、決して人と違う道、新たな道は歩めない。

「苦しみ働け、常に苦しみつつ常に希望を抱け、永久の定住を望むな、この世は巡礼である」

 幸せとは何か。そうした苦節にみちた巡礼の中で、出会う人々を、それでも心のそこから祝福できる。それを「幸せ」というのだと思う。

「あけぼの湯」をあとにすると、ゆうに20時を越え、外食できるような店はすべて閉まっていた。

 不幸せとは、この程度のことだ。


『都会の異界 東京23区の島に暮らす』 著/高橋弘樹



高橋 弘樹 (Hiroki Takahashi)
元テレビ東京プロデューサー、映像ディレクター。ソロモン諸島、硫黄島、竹島など、世界の「人が旅しないところ」を旅することをなりわいとする。2010年頃「東京23区にある島」の存在に気づき、以降10年にわたり、23区にいながら「島暮らし」というライフスタイルを追求する。「家、ついて行ってイイですか?」「吉木りさに怒られたい」などの番組を担当。著書には『TVディレクターの演出術 物事の魅力を引き出す方法』(筑摩書房)『1秒でつかむ 「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』(ダイヤモンド社)がある。


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