見出し画像

『ロング・ロング・トレイル』全文公開(5)  第一章 旅へのあこがれ (4/4)

2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を全文公開します。


前回の記事『ロング・ロング・トレイル』全文公開(4)  第一章 旅へのあこがれ (3/4)はこちら


記事をまとめてご覧になりたい方はこちら



第一章 旅へのあこがれ
コラム1 旅の心得

 旅をする時に、いつも三つのことを心がけている。
 1 笑顔
 2 謙虚な気持ち
 3 相手に対する理解
 国の内外を問わず、この三つを、いつもココロの中に留めておけば、なんとなく上手くいく気がする。
 まずは笑顔。
 単純なようだけど、これは結構大切。
 今では多くの欧米人が日本にやってくるので、彼らと接する機会も多いと思うが、彼らはいつでも笑顔を絶やさない。もちろん中には仏頂面の欧米人もいるが、特にアメリカ人の多くは愛想が良くて笑顔で接してくれる。
 何故か?
 それは彼らの歴史から来るものだ。
 アメリカ大陸を発見したのはアメリゴ・ヴェスプッチというイタリア人の探検家だ。
 もちろん同じイタリア人のクリストファー・コロンブスの方が新大陸を発見したので有名人なのだが、コロンブスは新大陸をインドだと主張し、かたやヴェスプッチは新大陸だと主張した。
 まあ諸説あるが、アメリカという国名が、アメリゴから由来しているのは広く認識されている。
 いずれにしてもヨーロッパから多くの移民が新大陸に入植して、アメリカは一つの国を築き上げた。従って、そこでは多くの言語が使われ、多様なる生活様式が根付いていった。だからそこには日本でいうところの「阿吽の呼吸」というモノは存在しない。
 日本は四方を海に囲まれ、単一民族で、方言こそあれ、同じ言語を使い、同じような生活様式の中で歴史を育んできた。
 言葉に出してわざわざ言わなくとも、その人の表情から、感情が読み取れる、というワケである。
 ところが新大陸に暮らす人々は、その短い歴史の中で、「YES」「NO」をはっきりと告げ、とりあえず相手に対して敵意がない印に笑顔で接する。つまり笑顔は自分を守る最大の武器なのである。
 笑顔の次は謙虚さだ。
 どこを訪れるにしても、相手の文化の中に入っていくのだ。自分の価値観や考えを押し付けるようなことがあってはならない。
 直木賞作家である故、景山民夫氏は、「田舎者の定義」を次のように捉えている。
 「田舎者とは、住んでいるところが都会か田舎か、ということではない。都会に住んでいようと、田舎に住んでいようと、自分の価値観を相手に押し付ける者が、田舎者と呼ばれるのである」
 つまりハイソサエティなる者は、己の価値観を他者に押し付けることなく、互いの価値観の共有部分を尊重し、そこから新たなる価値観を生み出していくのである。
 かつて冒険家の植村直己氏がエスキモーの村を初めて訪れた時に、エスキモーからご馳走だと言われて、生きたままアザラシの胃袋に詰められた小鳥が提供された。半年の月日を経たその小鳥は、アザラシの胃袋の中で死に、そのまま発酵をしたグロテスクな食べ物だった。
が、ここで食べることを辞退したら、その村に溶け込むことはできないと判断した植村氏は、無理に飲み込んで、吐き出しそうになるのを我慢し、胃袋と口を2、3回往復させながらも、それを食べ終えたという。
 まあこれは特殊な話かもしれないが、食べ物は文化の大きな要素。いくら日本食が美味しいとはいえ、訪ねた国の料理を、一口も口にしないのは無礼である。ボクも料理から始まるコミュニケーションの高さはこれまで何度も経験済みだ。
 謙虚な気持ちになって、相手の文化を受け入れるべきである。
 最後になるが、今、言ったこととも通じるが、相手に対する理解が大切である。
 料理もそうだし、映画、音楽、小説、建築物、絵画、自然、歴史……どんな話題でもいいから、その国の人々が持つ文化の一端を知り、そのことを話題にするアプローチが大切だ。詳しいことはなにも知らなくてもいい。ちょっとしたことでも相手にとっては嬉しいのだ。
 例えば日本に来た外国人が、富士山以外に「イチロー」や「ハルキ」、それに「サカモト」と口にすれば、なんとなくその人に親近感が湧くではないか。日本国内にいれば、それほど感じないかもしれないが、海外に行ってそのようなことを口にする外国人と接すると、その人との会話を愉しみたくなる。
 どんな小さなことでもいいのだ。押し付けるだけではなく、教えを乞い、理解を深めるのだ。
 
 普段の自分が社会的にどのような立場に居るのか?それは旅先ではまったく関係のないことで、それらを振りかざしても、いい結果は決して生まれない。
 笑顔で接し、謙虚な気持ちで相手を敬い、そして現地の人々の価値観を理解して受け入れる。
 単純だけど、それだけで旅はぐっとラクになる。


画像1

木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


読めばきっと走り出したくなる。ランナーや旅人の心に鮮烈に響く珠玉のエッセイ集『ロング・ロング・トレイル』の購入はお近くの書店か、こちらから↓