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第1橋 鶴の舞橋 後編 (青森県北津軽郡鶴田町)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。
渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。
「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。
——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


第1橋 鶴の舞橋(前編)はこちらから



渡れば長生きできる?
日本一長い木の橋

 旅の目的は具体的であればあるほどいい。そういう意味では、橋を渡るための旅というのは、我ながら大変分かりやすい気がしている。
 実は、国内に限らず、橋を渡りたいがために、海外まで足を延ばしたことがある。ミャンマーのマンダレーという街の郊外に、ウーベインブリッジという橋があって、そこを目がけて旅を敢行したのだ。
 ミャンマーなんて東南アジアでも比較的行きにくい国の一つだろう。飛行機を乗り継ぎ、最後は陸路での移動も必要と、ちょっとした冒険気分だった。そのときも一人旅で、いま思い返しても、よく行ったよなぁとしみじみする。
 それほど有名な橋というわけではないが、ウーベインブリッジには大きな特徴があった。木造の橋としては、世界一の長さを誇るのだ。
 そう、世界一なが〜いきのはし、である。
「世界一」というキャッチコピーにもやはり敏感に反応してしまう。思考回路はいまも昔も変わらないようだ。
 とはいえ、世界一は渡ったので次は日本一を、という魂胆から今回青森へやってきたわけではない。正直いえば、ミャンマーの橋のことなんてすっかり忘れていたのだが——。
 鶴の舞橋に到着して、まず最初に思い出したのだ。
「……似ている」
 ミャンマーの橋に、である。かつて異国の地で渡った、懐かしい橋の風景がビビビッと脳裏にフラッシュバックしたのだ。
 鶴の舞橋が位置するのは、大きな湖のようなところ。「津軽富士見湖」の愛称を持つが、正確にはこれは溜池なのだという。


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ダイナミックな自然に、ここが日本であることをしばし忘れる。


 海や川のように流れのある場所ではなく、凪いだ水面の上に橋が架かっている。そんなロケーションからして、ミャンマーの橋と同じだと感じた。しかも、水がやや濁って見えるのも、東南アジア的な風景を彷彿させる。
 橋の全長は約300メートル。ミャンマーの橋が全長約1.2キロもあるのに比べれば短いが、300メートルでも十分に歩き甲斐があるという感想だ。というより、ミャンマーの橋があまりにも長すぎるのだろう。
 一方で、橋の幅は約3メートル。無数の木の板を繋ぎ合わせて作られているが、路面がデコボコしていないのはさすがは日本。ミャンマーの橋では、この板の繋ぎ目が結構雑で、ところどころ段差が生じていた。つま先が引っかかったりして歩きにくかったのだ。


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気持ちのいい青空が広がり、橋に歓迎されているような気分に。


 橋が架けられたのは1994年。約30年前と聞くと、割と新しい橋という印象を受ける。木の橋にしては歩きやすいのは、それほど年代モノではないせいもあるのかもしれない。
 弧を描くように湾曲した橋が三つ、繋がっている。「三連太鼓橋」である。それらの繋ぎ目に、東屋のような建物が作られているのも特徴的だ。途中で小休止するのにちょうどいい感じだ。


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橋の途中にある東屋から。この写真などはとくにミャンマーっぽい。


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なんて美しい造形をしているのだろう! うっとり見惚れてしまう。


 ミャンマーの橋でも同じように、ところどころに屋根付きの休憩スペースがあって、地元の人たちが寛いでいた。観光用の橋ではなく、あくまでもインフラとして人々の生活に溶け込んでいる橋だった。
 そういえば、若者たちが橋の上から飛び込みをしていたんだっけ、などと旅の記憶がどんどん形となって脳裏に浮かんでくる。
 旅を繰り返していると、しばしば似た風景に出合う。それゆえ、つい比較の目で見てしまうのだが、過去の旅を懐かしみながら、旅の経験をアップデートしていくこと自体は有意義だと思う。

 駐車場は橋の両端にあって、メインとなるのは第一駐車場のようだ。スペースはかなり広々としており、橋までの距離も近い。
 ここに車を停めると、橋を西側から東側へと渡っていく形となる。ただし、風景的により映えるのは、逆方向といえるかもしれない。
 橋を渡る途中、後ろを振り返ると、背後に巨大な山がそびえ立っているのが見えた。岩木山である。「津軽富士」とも呼ばれ、地域のシンボル的存在の山と日本一長い木の橋との組み合わせがこれまたとても美しい。


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橋の後方に岩木山というこのアングルがとくにお気に入り。


 なるほど、この溜池が津軽富士見湖と呼ばれるだけのことはある。
 現地の案内板に詳しい説明が書かれていた。それによると、元々は自然水による貯水池だったものを、江戸時代初期に用水池にするために堤防を築いたのだという。池の周囲は約11キロ。青森県内では最大の人造湖らしい。
 橋の上はそよ風が気持ちよい。歩を止めて、その場に佇むだけでとろけるような幸せな気持ちになれる。時間が止まったかのような錯覚がする。
 水面を眺めていると、白い鳥が羽を休めているのが見えた。


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鶴が舞うかのように渡った先に……本物の鶴?


「鶴の舞橋というぐらいだから、ひょっとして鶴?」
 と思ったが、よく観察してみると白鳥のようだった。
 なんだか残念なのだが、橋を東端まで渡った先に「丹頂鶴自然公園」という施設があって、そこには本物の生きた丹頂鶴がいるのだという。入園は無料。せっかくなので、ついでに立ち寄ってみたら、これがなかなか楽しいところだった。
 鶴は動物園のように檻の中で飼育されている。といっても、結構間近で見ることができ、毛並みや色合いなどがハッキリ視認できた。
 頭頂部が赤い色をしているのがユニークだが、これは地肌の色なのだという。そういった豆知識がクイズ形式で檻の前に紹介されており、それを読みながら観察していくといい勉強になる。
 帰りは来た道を引き返し、再び橋を渡った。往復すると約600メートルにもなるから、歩き足りないということはない。さすがは日本一の長さを誇る木の橋なのである。
「ながいきのはし」は「長い木の橋」だけでなく、「長生きの橋」とも読める。そのことから、この橋を渡ると長生きができる、などとも言われているのだそうだ。だとしたらありがたいなあ、と素直に喜びつつ橋を後にしたのだった。

 ここからは余談だが、橋からもその雄姿が望めた岩木山のほうへと車を走らせていると、沿道のあちこちに気になる幟がはためていた。店の前に看板を出して客引きしているところもあった。「嶽きみ」、あるいは「ダケキミ」などと書かれている。
 気になったので、農産物直売所のようなところで車を停めてみる。すると、それが大量に売られていた。


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大きく手書きされた「嶽きみ入荷」の文字に誘われて。


 嶽きみとは何かというと、トウモロコシである。この地域では、トウモロコシのことを「とうきみ」と呼ぶそうで、つまり嶽きみというのはその品種を表す。そういえば北海道では「とうきび」というし、地域によって呼び方のバリエーションが色々とあるのだろう。
 それで、その嶽きみの話なのだが、感動してしまったのだ。
 直売所ではゆでたトウモロコシが売られていた。その場で買い食いしてみたら、それが途轍もなく美味しかったのである。


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山のように積まれた嶽きみ。その美味しさを知ると宝の山に見える。


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気になったら食べてみる。旅先でのこういう出合いは大切にしたい。


 一言でいえば、甘い。糖度をウリにしたトウモロコシはこれまでにもしばしば味わってきたが、それらすべてを過去にする、ダントツの甘さ。まるで果物を食べているかのようだった。これぞ日本一あま〜いとうもろこし、と言っていいかもしれない。
 直売所だから茹でる前の生のトウモロコシももちろん売られていて、思わず衝動買い。ひとつ、180円だった。青森まで来たのだし、お土産にりんごでも買って帰ろうかと当初は考えていたが、気が変わった。
「りんごなんて買っている場合ではないのだ!」
 と、心の中で叫びつつ。まあでも、美味しいりんごは東京でも買えるしね。
 あまりの衝撃に逆上してしまい、その場に並んでいるトウモロコシを買い占めたい衝動に駆られたほどだが、さすがにそういうわけにはいかない。とりあえずは手に持って帰れる限界まで袋に詰めた。
 その袋をクルマに持って帰ると、車内に心なしか甘い匂いが漂い始め、顔がほころんだ。
 嶽きみの収穫時期は、8月下旬から9月中旬頃までという。盛夏は過ぎ去り、秋の気配が忍び寄るこの時期は、橋を見に行くにも最高のタイミングだ。
 日本一なが〜いきのはしを渡り、日本一あま〜いとうもろこしを味わう。日本一尽くしの旅となった。



イラスト

吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。



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