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ターリー【3】 インド各地のターリー

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。



北インドにある多くの大衆食堂では、一皿料理であるターリーの中身が何かなど説明しない。せいぜいベシ(菜食)かノンベジ(非菜食)かの違いぐらいだろう。客の中には「今日はどんなサブジー(おかず)だ、そのサブジーじゃなくあのサブジーにしてくれ」などと店側に要求する、日本的感覚からすると「面倒くさい」人が多いのだが、その一方で何もいわず黙々と食べて帰る客もまた少なくない。

一口にターリーといっても広大なインドは各地で個性が異なる。どの地方に行けばどんなターリーに出会えるのかという傾向がわかれば、目的地選びの対策が講じやすい。そこでここでは、インドの各地域で食べられるターリーについてご案内したい。

まずはグジャラート州。西インドに位置するこの地域におけるターリーは、のるおかずの品数の多彩さという点でインド随一だろう。サーブ方法も独特で、おかず一品につき一人の給仕係が代わる代わるテーブル前まであらわれて、一つずつターリーに盛りつけていく。給仕係といっても年齢差はバラバラで、初々しい少年がドークラを置いてくれたあとに、同じ制服を着た疲れた顔のおじさんがウンディユを置いていく。若々しい少年たちと同じぐらいの背丈のおじさんの後ろ姿に色濃く漂う哀愁。そんなところも見どころかもしれない。

グジャラートのターリー



店にもよるが、グジャラーティー・ターリーの平均的な品数は15~20品前後。そのうちカトリ(小皿)に入っているのはダールやカリー、シャークと呼ばれる汁物料理。種類の多さもさることながら、初めての人が一口食べて面食らうのはその甘さ。グジャラートの人たちは甘いおかずでローティーやライスを食べるのだ。ちなみにこのような品数の多いターリーは外食店の特徴で、一般家庭ではこんなに多品目のターリーは作らない。

甘いターリーといえばマハーラーシュトラもそうである。他州から来たインド人のなかには「こんなターリー、俺は食えん」と手をつけられない人がいるほど甘い。インド料理といえば激辛をイメージする日本人は多いが、このように食べられないほど甘いものもあるのである。甘い味付けはかつてこの地域を治めたヒンドゥー教の支配者の影響だろうか。神々を嘉する甘い物は敬虔なヒンドゥー教徒にとってなくてはならない存在だ。

マハーラーシュトラもグジャラート同様に、直径大きめのターリーの中ににぎやかにカトリが広がっている。制服姿の背の小さな給仕係が入れ替わり立ち代わりサーブしてくれる点も同じ。頭に通称ネルー帽と呼ばれる、インド初代首相ネルーが愛用していたキャップをかぶっている点がマハーラーシュトラらしいといえばいえるだろうか。

マハーラーシュトラの給仕係



実は、このような一つのターリーに多品種のおかずを盛る提供スタイルはムンバイにある老舗レストランが発祥だといわれる。それも最初からこんなにたくさんあったのではなく、営業しているうちに徐々に増えていったものだという。ちなみに創業者はそもそもグジャラート人でもマハーラーシュトラ人でもなく、ラージャスターン州出身者である。このように、都会に出た地方人が、そこにいる人たち向けに自分たちの料理を改造・改変することで新しいメニューや提供方法が生まれていく。やがてそれがその地域の名物となり、その土地の名を冠され代表的な料理文化となっていく。現在「〇〇料理」と称されるものは、たいていさかのぼればそんな風に一人の料理人や一軒の店に帰着するケースが多い。

マハーラーシュトラのターリー



西インドのような華やかなターリー文化がみられる一方、北インドの地方都市にある、長距離バス発着所まわりの小さな安食堂あたりで出されるターリーは哀愁に満ちている。とある店に入ると、客席には長時間バスに揺られたのであろう、疲れた一組の中年夫婦が座っている。砂埃で薄汚れたスーツケースを脇に置き、ダールとアールー・マタル(ジャガイモとグリーンピースの煮込み)なんかが入った一枚もののターリーを無言で食べている。おかわりのローティーが出てくるのが遅いと、厨房に向かって「おい、早くくれよ!?」とドヤしつける。薄暗い厨房の中で「はーい、今持っていきます」と小さな厨房で一人作業しているのは北部ガルワール地方あたりから出てきた青年だ。おかずもスタッフの数も圧倒的に少ないが、出される素朴なターリーは何ともいえない旅の味がする。

前にも触れたが、アムリトサルのスィク寺院におけるランガルは壮観だ。一日に訪れる参拝客は約5万人。その大半が儀礼としての食事をしていく。それも教義上、序列があってはならない。どんな身分や貧富の差があろうとも、この場所で食事をするときは等しく一列に座り、同じ皿で同じ料理をいただくのが規則なのだ。

アムリトサルのスィク寺院におけるランガル



お堂の中で数百人もの巡礼者たちが同じ一枚のターリーに向かい、一斉に食べている姿は感動的で、これほど特異な食事体験もなかなかない。食後は自ら、またはボランティアたちが皿を洗ってくれる。そんな時は一枚もののステンレスのターリーが扱いやすい。寺院の扉はどこの誰にでも平等に開かれているから、インド料理好きならば一度は体感すべきである。その後の人生に深く刻まれる食体験となることは間違いない。





小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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