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給食で世界旅行!

「おばーちゃーん、いるー?」
「台所にいるわよー」
 桜子は急いで靴を脱ぎ、玄関から廊下を走り抜ける。ぷうんと甘い香りが漂ってきた。これはもしかして……

「桜子、いらっしゃい。ちょうどおやつができたところよ」
 ガス台には中華セイロが積み重なって、湯気を上げている。
「マーラーカオ?」
「正解!」
 おばあちゃんがふたを開けると、もわーっと湯気があがった。
「ほらほら、手を洗ってらっしゃい」

 桜子はおばちゃんのマーラーカオが大好きだ。タピオカやチョコも好きだけど、やっぱりこれが一番。
 ホカホカのマーラーカオをぱかっと手で割ると、またほわんと湯気が出た。ぱくっと食べると、ふわふわもちもち。
「おばあちゃんのマーラーカオは世界一!」
「桜子は本当においしそうに食べるわねえ」
 お茶を淹れながら、おばあちゃんは目を細めた。
 
 ダイニングテーブルに向かい合って座って、マーラーカオとジャスミンティーでおやつの時間。
「私、給食委員になったの。給食委員は人気で、クラスで2人しかなれないんだけど、ジャンケンで勝ったの!」
「まあ、よかったわね。給食委員って何をするの?」
「月に1回、お楽しみ給食の日っていうのがあって、給食委員がテーマを決めるの。今年は給食で世界旅行ってテーマになったよ。うちの学校、外国人の子も多いから、その国のお料理にしようって」
「へえ、楽しそうね。どんな国?」
「えっとね、うちのクラスは、フィリピンとインドの子がいるよ。他にはね、アメリカでしょ、ドイツ、ブラジル、えーっとあとどこだったっけなあ」
 桜子は2切目のマーラーカオに手を伸ばす。
「それでね、あと一つ、ってなった時に、うちのおばあちゃん台湾人だよ、お料理上手だよ、って言ったら、レシピ教えてもらえるか聞いてみてって沢田先生に頼まれたの」
 担任の沢田先生は、家庭科の先生で、給食委員の担当でもある。
「ねえ、いいでしょ。おばあちゃんのビーフンも、ちまきも大根餅も、とってもおいしいんだもん」
「そうねえ、桜子の頼みじゃ断れないねえ。お引き受けしようかねえ」
 わーい、と桜子は椅子から飛び上がって喜んだ。

 次の給食委員会の日、おばあちゃんはお気に入りの水玉のブラウスを着て学校にやってきた。ムサシのママとアーシャのママも給食委員会に参加だ。

 トップバッターはムサシのママ。
「フィリピン料理はおいしいものがいっぱいあるけど、アドボがいいかしら。私は鶏をビネガーや砂糖、醤油で煮込みます。ゆで卵も入れるとおいしいよ」
「ママのアドボはむちゃうま!」ムサシが太鼓判を押す。
 桜子はノートに〈フィリピン アドボ〉と書いた。ビネガーってなんだろ?
 次はアーシャだ。
「ママは日本語が苦手なので、私が発表します」アーシャがそう言うと、アーシャのママはにっこり笑った。アーシャは日本生まれで日本語がペラペラだ。
「日本ではインド料理というとカレーですが、日本のカレーとは少し違ってスパイスを使った煮込み料理です。いろいろな種類があります」
 ママのメモをパパが日本語に訳して、それをアーシャが話すことになった、と休み時間に原稿を読む練習をしていたのだ。
「インドは広いので地方によっても料理が違います。北のほうはパンのようなナンやチャパティ、南は米を食べます。ベジタリアンも多いので野菜料理も豊富です」
 ここまで読むとアーシャはふーっと息をつき、原稿をおくと、
「給食にはひよこ豆のカレーがいいと思います!」と大きな声で言った。
「僕、辛いの苦手だなあ」ムサシの言葉に
「辛くないの、作れるよ」とアーシャがにっこり笑う。笑うとママとそっくりだ。
 桜子は〈ひよこ豆のカレー からくない〉と書いた。桜子のママが作るカレーは、豚肉とじゃがいもとにんじんに『カレーのプリンセス』というカレールーを入れる。パパはもっと辛いのがいい、と言って唐辛子をかけて食べている。インドのカレーが辛くないと聞いて、ほっとした。でもひよこ豆ってどんな豆なんだろう?ひよこ?

 次は、おばあちゃんだ。ドキドキする。
「はじめまして。森田桜子の祖母です。日本に長く住んでいますが、台湾出身です。お楽しみ給食には、ルーロー飯をご提案したいと思います。本来は豚肉を使うのですが、宗教的に食べられないお子さんもいらっしゃると思いますので、鶏肉で作ってはいかがでしょうか。子供が好みそうな味ですし、給食でも作りやすいと思います」
「やったー!」思わずガッツポーズした桜子にくすくす笑いがおきる。
「今日はマーラーカオという蒸しパンをお持ちしました」
 おばあちゃんが、風呂敷をぱらりと開くと、お重箱が現れた。ふたを開けると、小さな丸いマーラーカオが並んでいた。
 わー!と声が上がる。
「ルーロー飯と大根餅と野菜のスープとマーラーカオ。マーラーカオは牛乳との相性もいいですよ」
 さっそくかじりついたムサシが「むちゃうま!」と叫んだ。負けじと桜子もぱくりと食べる。蒸したての熱々が好きだけど、冷めたのもやっぱりおいしい。みんながニコニコとおばあちゃんのマーラーカオを食べているのを見て、桜子はうれしくなった。

 帰り道はおばあちゃんと一緒だ。
「学校、どうだった?」
「桜子の学校はなかなか楽しそうね。いろんな国の子がいるのもいいわね」
 うん!と答えて、クラスの子に言われたことを思い出した。
「ねえねえ、クォーターってどういう意味?」
「それは英語ね。4分の1って意味」
「ふーん。桜子ちゃんはクォーターなんだね、って言われたんだけど、どういうこと?」
 おばあちゃんはちょっと考えたあと「桜子はハーフって聞いたことある?」とたずねた。
「うん。ムサシくんはハーフだよ。お母さんがフィリピン人でお父さんは日本人」
「ハーフってね、2分の1って意味なのよ。ムサシくんの場合は、フィリピンと日本が半分ずつってこと」
「そっかー。うちはパパが日本と台湾のハーフでその半分だから4分の1でクォーターなんだ」
「そうね。でも最近はハーフじゃなくてダブルって呼び方もするみたいよ。半分じゃなくて両方で2倍のダブル」
「へー、じゃあ私は4倍? あれ、違うか。台湾と日本だからやっぱりダブルかな」
 おばあちゃんはふふふと笑うと「桜子にもっと台湾のこと教えてあげないとね」と言った。

 それから日曜日はおばあちゃんに台湾料理を教えてもらうようになった。
 料理を作りながら、台北というところに住んでいたことや、おばあちゃんのお父さんお母さんのことを教えてくれたりした。来年一緒に台湾に行くことも約束したんだ。

 いよいよおばあちゃんの給食の日がやってきた。おばあちゃんがレシピを渡して、それを子供が食べやすいように沢田先生が考えてくれたそうだ。
 4時間目が終わると、おばあちゃんと私は放送室に行った。おばあちゃんは、ママが昨日プレゼントした花柄のブラウスを着ておしゃれさんだ。マイクの前に座るとドキドキする。
「5年A組の森田桜子です。今月のお楽しみ給食は私のおばあちゃんの台湾料理です。お料理の説明はおばあちゃんに変わります」
 緊張してちょっと早口になってしまった。
「みなさん、こんにちは。桜子のおばあちゃんです。お料理の説明をしますね。お丼はごはんの上に甘辛く煮た鶏肉のそぼろをのせています。大根餅は日本のお餅とはちょっと違います。食べてみてね。スープには椎茸、ごぼう、人参、大根、大根の葉が入っています。5色の野菜が入っていて、このスープを飲むと長生きすると言われています。だから残さず食べてね。デザートはマーラーカオという蒸しパンのようなものです。普段は大きく作りますが、今日は一人分ずつ小さく作ってもらいました。どうぞお召し上がりください」
 ほっぺがちょっと赤くなっていたから、おばあちゃんも緊張していたみたい。
 
 教室に戻ったら、みんなが拍手をして迎えてくれた。黒板の前に私とおばあちゃんの席が用意されていた。
「なんだか記者会見みたいで恥ずかしいわねえ」とおばあちゃんが言うと、クラスのみんなが笑った。
「じゃあ、みなさん、食べましょう!」
「いただきます!」
 みんなの反応が気になって、桜子はクラスのみんなが食べる様子をそっと見た。
 ムサシはスプーンで大きくルーロー飯をすくうと、大きな口を開けてぱくっと食べた。もう一口。
「むちゃうま!」出た!ムサシのむちゃうま!他の子たちもおいしそうに食べている。ほっとした桜子は、やっとスプーンを口に運んだ。あれ、ちょっと違うかも?
「ね、このルーロー飯、いつもとちょっと味が違う?」小さな声で隣のおばあちゃんに聞くと
「鶏肉に変えたし、スパイスも控えめにしてあるからね」と小声で答えてウィンクした。

 ルーロー飯も大根餅もスープもマーラーカオも人気で、おかわりはジャンケン大会になった。
「とってもおいしかった!」
「そぼろごはん、もっと食べたかったー」
「私はマーラーカオが好き」
「僕は大根餅!」
「去年、家族で台湾に行ったよ」
 みんなおばあちゃんの周りに集まってきて、口々に話しかけてくれた。おばあちゃんは、とってもうれしそうだ。

 「委員会で桜子のおばあちゃんの話を聞いて、ルーロー飯ってどんな味かなってずっと楽しみにしてたんだ。とってもおいしかったよ」
 アーシャの言葉に、桜子も答える。
「先月のアーシャのママのカレーもとってもおいしかった!」
 ありがとう、でもね、とアーシャの声が小さくなる。
「本当はもっとスパイス入れるんだよ」
「あのね、ルーロー飯も、いつもはもっとスパイス入れるんだって」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「最近おばあちゃんに台湾料理教えてもらっているの。今度アーシャも一緒に習わない?」
 アーシャの目が輝いた。
「うん!習いたい!牛肉と豚肉以外なら大丈夫!」
 豚肉と牛肉以外……おばあちゃんに相談しなきゃ、と桜子は思った。 

 



 




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