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鉄道趣味論

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鉄道をめぐる趣味と、それを発信していく事について雑に考える
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#国鉄

「いなかはいいねえ」はいつ頃からあるのか

 都会の人の「いなかはいいねえ」はいつ頃からあるのか考えてみた。

 NHKのテレビ番組「新日本紀行」は1963年に始まっている。1969年頃には現在の「新日本風土記」「小さな旅」の「いなかの(あるいは昔ながらの)人たちはいいねえ」という路線になっているようである。

 1966年、NHKのテレビドラマ「太陽の丘」が放送される。静岡県の伊豆にある架空のユースホステル(今で言えば民泊に近い?)の親父

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国府津のクモハ40

 車輛の点検や整備をする場所は、駅から離れている場合がある。この場合、どうやって働く人が移動するかの1つに、その人達専用の列車を走らせるというのもあるのだった。

 国鉄の末期(あるいはJRになってから)、戦前からの旧形電車(以下旧形国電とする)の走る路線はかなり絞られていて、宇部・小野田線の一部(本山線)や鶴見線の一部といった路線だけになっていた。それらとは別に旧形国電が使われている場所の1つが

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E電前夜

 その頃の東京の人達は、感覚的なものかも知れないが、「国鉄」と「国電」とで多分使い分けを行っていた。

「国鉄の中央本線」は新宿から松本方面に向かうが、「国電の中央線」は東京から高尾に向かう。

「国鉄の常磐線」は上野から仙台方面に向かうが、「国電の常磐線」は上野から取手までである。

 そして相模線や八高線は国鉄だが、国電ではなかった。

 使い分けがなされているという事は、「国鉄」というとD5

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貨車編成論 その2

 貨車の編成は割と自由である。但し、「○○線の貨物列車」となるとちょっと違ってくる。全て理屈の組み合わせで出来上がる。「まずあの駅から伸びている化学繊維工場の引き込み線の為にエチレングリコールのタンク車を切り離し、次にあの駅で製紙工場の為に液化塩素、水酸化ナトリウムのタンク車を切り離し、製品の為の空のワムも回送」と考えていく訳である。

 実際、実物の記録を見ていくと色々な事に気付く。山奥に向かう

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貨車編成論 その1

 国鉄時代の貨物列車について、どう繋げば良いか分からないという話があるようだ。実際、割と自由なのであるが。

・機関車の直後か最後尾は緩急車か車掌車

 この「いちからか? いちからせつめいしないとだめか?」なフレーズであるが、知っているだけで大違いである。これだけでワム80000「だけ」を連ねた「JRの貨物列車」が一気に国鉄の貨物列車に変わるのである。

 ついでに言うなら黒いプレスドアの貨車(

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旧型客車は自由だ!3

 旧型客車に関する「制約」と言えば、やはり暖房についての物事となる。

 これは設定を冬季以外とすれば全く問題ないし、先に書いたDD13の引く短区間の列車もあったし、冬にEH10の引く客車列車(暖房車無し)が走った事もあったらしい。

 旧型客車の暖房の基本は蒸気暖房なので、蒸気を後ろの客車に供給できるならば「貨物用」とされる機関車でも客車を引いて問題はない。9600やD50、D51の引く客車列車

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旧型客車は自由だ!

 旧型客車の編成の組み方が自由と言われても、よく分からないという話があった。基本的には荷物車は編成の一番前か一番後ろ、グリーン車や寝台車は機関車のすぐ後には付かない場合が多いという位だろう。

 例えば、「10系客車だけで編成された列車はほとんど無かった」という話があるけど、模型なのだから編成の美しさを優先して「それもあり」にした編成例が山崎喜陽さんの『鉄道模型』(保育社 カラーブックス)には出て

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嫌いな架空車両

 好きなものがあれば嫌いなものもある。自分の嫌いな架空世界の鉄道車両って何だろう。

 下手とか技術が追い付いていないというのは許せる。それはスタイリングを考える事とちょっと違うからだ。

 やっぱり、せっかくの架空世界で、しかも旧国鉄(あるいはそれに準ずる組織)が存在している世界なのに、現実のJRの車両の塗装が違うだけの車両を出している場合だ。残念だし、すごくもったいない。何のために舞台設定を考

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アニメの113系が話題に

 ツイッターの方でアニメに登場した113系らしき画像がRTされてきた。塗装は横須賀線や千葉地区のものだが、両開き2扉で現実世界では製造されなかった仕様である。

 鉄道好きというと、2次元作品でも実物と同じでなければいけないという派閥も確かに存在するが、私はというと、むしろフィクションの世界なんだからそれに合わせて車両も実物とはどこか異なると考えている。

 この場合、国鉄で直流で両開き(多分固定

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続アコモ改良車

 アコモ改良車は結局72・73型だけで終わった訳だが、考えようによっては機器流用である717系、413系もその発想は同じようなものと言えなくもないと思う。
 発生した余剰の急行電車に両開き2扉の新しい車体を載せた訳である。

 特に興味深いのは九州向けにあった900番台で、急行型の車体中央部に両開き扉を追加して3扉としている。まるで旧型国電のサロを格下げした時に使った手法のようだ。
 その割には新

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50系客車から自由に考えたり

 50系客車というのは国鉄末期に登場して、あまり活躍できないまま消えてしまった感じがある。

 もともと国鉄ローカル線で通勤通学需要が結構ある場合、それは客車列車が役目を担っていたと思う。朝と夕方に長めの編成を投入する。他で使ったものが流れてきた場合が多かったと思う。60系客車は最初からローカル線とか聞いた事もあるけど。
 用途としては通勤通学だけど、駅間距離があるから、着席数が多い方が都合が良か

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国鉄最後のノスタルジー

 先日ネットでキハ40系(確かキハ47)の急行色に塗り替えた車両に「ノスタルジー」というステッカーかなんかが貼ってある写真を見て笑ってしまった。
 昔のブリキのおもちゃの鉄人28号にわざわざ「鉄人28号」と書いてあるみたいで。

 いや確かに「とりあえず最後のノスタルジー」なのかもなと思う。

 いわゆる「ブルトレブーム」の後、各社から国鉄ローカル線の本が出たけれど、そこで主役に躍り出ていたのがキ

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「みんな知ってる鉄道車両」の終焉

 Nゲージ鉄道車両の少なかった頃、マックス(グリーンマックス)のプラキットは、その車種を出来はともかく(つまり作成する腕に左右される)増やすのに貢献してくれた。

 今、こういうのはどうだろうと考えた所で愕然とした。昔は「みんなが知ってるけど模型になっていない」車両があったけれど、今は好きな車両が年代で分散していて、かつ地方で分散している。
 旧型客車は(うるさく言わなければ)全国区だった。旧型国

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電気釜

電気釜



 過去のデジカメ画像を漁っていたら、長野に行った帰りに時間がまだあるからと撮った「妙高号」の画像が出てきた。今や貴重な記録だ。

 すでに北陸新幹線の試運転は開始されていたと記憶する。

 これがあの183・189系最後の撮影になるんじゃないかとも思ったが、たまたま機会があってその後も撮っていたりする。

 ただ、それらはトレインマークは無かったりするんだけど。

「電気釜」という呼ばれ方は、

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