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#003 物置の中のスタン・ゲッツ

中学生のころ、勉強をせずに音楽ばかり聞いていた。

それに対し、父が怒り、私のいない間に、私のいCDコレクションをひもでくくり、どこかへ隠してしまった。帰ってきて自分のコレクションがなくなっているのに気づいた僕は・・・まあ、捨ててはいないだろう、どこかにはあるだろう、という気持ちだった(父も音楽が好きだったから)。

音楽中毒だったため、それが目の前から消えて、いささかホッとしたということもあったのかもしれない。

しかし、それも数日のうちだった。「禁断症状」が出てきたのだ。

哀れな音楽ジャンキーは、部屋の中を探しまくった。しかし見つからない。

もしや、と思い、外にある物置に行ったら、ビンゴ、紐にくくられた僕のCDコレクションが、そこに丁寧に置かれていた。

ほっと一安心だが、果たして、これをまた部屋に戻していいものか?父の怒りが収まってないうちに、これをまた部屋に戻すと、今度は、さらに難易度の高いところに隠されてしまうのではないか。

悩んだ。悩んで、一枚だけこっそりと持って帰ろうと思った。それならばれまいと。

そのためには、聞き飽きしないものを選ばなければならない。多面的であって、深みがあって、聞くたびに新しい発見があるようなもの。

それに該当すると思えたのがスタン・ゲッツの「プレイズ」だった。

スタン・ゲッツのプレイは自然体かつ無意識的でありながら、音楽的にもとても高度で、テーマメロディから吹き崩すという、普通の門切り型のモダンジャズとは違った革新性も備えていた。音色は非常にクールで、淡々と静かに吹いているのだが、聞いているこちらは淡々となんかしていられない。呆れるほどの天才的なプレイに、ずるずると引きずり込まれていってしまう。

こんな危ない綱渡りのような演奏が、緊張を切らさずに、12曲も立て続け録音され、それが収まりよく1枚に収まっている。これは一つの奇跡の記録だろうと思う。

自分が歳をとればとるほど、自分のできることが非常に限られていると気づかされれば気づかされるほど、この演奏はどんどん輝きを増してきている。

しばらくすると、物置に閉じ込められたコレクションたちも、いつの間にか部屋に戻っていた。


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