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とある出会いが人生を変えた物語。

俺は元来、人見知りで、人前に立つことは得意ではない。
それは何年経っても変わるものではないとはわかっていたが、
いざ自分が彼らの前に出て、注目を浴びると
手は震え、汗が吹き出て、目の前が歪んで見えてくる。
それでも、歌わなければ人生を変えられない。
声を振り絞って、全てをさらけ出した。
歌っていた瞬間は覚えていない。
自分がどの曲を選んだのか、ギターは弾けていたのか、
自分が本当にこの場所にいたかさえも、すべて記憶から抜け落ちた。
「この曲はオリジナル曲かい?ライブでの実績は?」
終わった後の質問は、不思議なほど鮮明に耳に残った。
待機場所に戻り、その後数時間して、長い1日を終えた。
正直なところ、生きている心地はしなかった。
ライブ活動では、歌った後は、良くも悪くも評価がその場で下る。
新鮮な言葉が、次に生かされ影響され、努力への糧になる。
しかし、オーディションではそれが全くない。
主催者側は、感情を排除し、売れる素材を見つけ出したい。
彼らの中で、評価はそこで決まるのだろうが、
一旦持ち帰って、演者の期待感を煽る。
他方、他人のアピールを見ながらも、
基本的には自分に集中していて、無関心だ。
たまに物好きな人が、お互いのことを評価しあったりしているようだが、
基本はその場をやり過ごすための、お世辞でしかない。
俺は、自分以外の番は、勉強だと思って眺めていたが、
興味があったかと問われれば、そうではないと答えるしかない。
そしてあの空間に集まった人のほとんどが、脱落者となり、
また一からの出直しとなる無情な世界だ。
思うように歌えたかも覚えていない俺は、
どこからか湧き上がってくる悔しさと、無力感だけを背負って、
会場を後にした。

それから数日が経ち、次のオーディションが待ち構えていた。
渋谷にそびえる大きなビルの中で、それは行われる。
前回のオーディションとは違って、数人ずつが呼ばれ、
順繰りと自己PRの場が設けられているようだ。
俺は会場に向かい、受付を済ませてから、重く大きな扉を開けた。
俺より先に到着していた人たちは、比較的青ざめた顔をしていた。
雰囲気に飲まれまいと、顔を伏せたが、場違い感は嫌でもわかる。
誰も楽器を持っていない。そんな些細なことが不安になる。
恐らく他の人は、周りのことは気にせず、自分に集中しているのだが、
こういう場でも、俺は周りの目や空気を伺ってしまう癖があるらしい。
効率よく進められるオーディションは、何時間も待つことなく、
俺を含めた3人が名前を呼ばれた。
一番左に座り、顔を上げると、事務所の関係者が、10人ほどこちらを見ている。
事務所によって、こんなにもスタイルが違うのかと、少し雑念が入る。
右から順番に、自慢の特技を披露する。
できれば最初に歌いたかったが仕方がない。
耳だけ傾けていると、衝撃的な一言から始まる。
「こんにちは。ホストクラブのオーナーやってます。」
意外な発言で、思わず、首まで傾けてしまった。
確かに見た目は、一風変わった強面の30代。
書類選考って、本当に意味があるのかと疑問に思う。
彼は、ホストのオーナーになった経緯や、有名になりたい理由などを
軽い調子で、テンポも悪く語り始める。
事務所側の大半の人は、半笑いしたり、呆れた顔を浮かべたまま、
その人に与えられた時間は終了した。
よかった。あの人の直後だったらインパクトで殺される。
次の女の子には申し訳ないが、一安心して自分に集中できた。
人間には、学習能力が備わっていて、一度経験したことに対する
免疫は多少なりとも付くようだ。
緊張こそしていたものの、ありのままの自分を表現でき、
難なくこの日を終えることができた。
自分の持てる力を発揮できれば、結果について考えるのは後回しにできる。
家に帰る途中で、少し贅沢なテイクアウトをして、気分良くその日は眠れた。

結果は忘れた頃に来る。そう思っていたが、一週間足らずで、手紙が来た。
まずは、一つ目の選考。
「残念ながら本選へ推薦することはできません。」
想像通りの回答がきた。あの出来だとそうなる。
しかし、その先が書かれていた。
「しかし、あなたの歌には光るものがありました。
このまま落選のままにしてしまうのは、
私どもとしても勿体ないと思っています。」
どういうことだろう。本選に進めなければそれで終わりではないのか?
芸能界というのは難しいな。
「鈴木様がご都合よろしければ、特別選考会にご招待します。
良いお返事を頂けることを心よりお待ちしております。」
理解には少し時間がかかったが、末尾に記載されていた電話番号に
かける以外の選択肢は見当たらなかった。
「お電話ありがとうございます。〇〇エンタメの清水です。」
「お手紙ありがとうございます。
早速質問なのですが、僕は落選したのではないのですか?」
手には汗が滲んでおり、自分の未来に期待し始めていた。
「残念ながら、本選には落選していまいした。
今回の企画は、レコード会社との共同運営でして、
お相手からのいいお返事がいただけなかったということになります。
本当に申し訳ありません。」
「いえ。清水さんが悪いわけではないので。僕の力不足です。」
「そんなことはありませんよ。実際、私はあなたを弊社の特別選考会に
推薦したいと思っているのですから。」
額にも傍にも汗は滲み始めていたが、感覚は全て耳に集中していた。
「特別選考会というのは、弊社が主催する、
将来の有望株を発掘するための企画です。
そこで合格することができれば、うちとの専属契約を確約します。」
「受けます。」
相手からの質問が来る前に答えは決まっていた。
俺の返答には、担当者も声が少し上ずった。
「素晴らしい心意気です。あなたなら必ず結果を残せるでしょう。
詳細を後日お送りしますので、しっかり準備しておいてくださいね。
心より応援しています。」
感謝の言葉を述べ、高鳴る鼓動に気がついた。
正直、メジャーデビューが決まったわけではないし、
結果からすれば、現状は特に何も変わっちゃいない。
しかし、人間というものは単純な生き物だ。
失ったと思っていた機会を再び手にすると、
以前にも増して情熱が溢れてくる。
すぐにでも練習をしたい気持ちに駆られながら、
もう一通来ていた手紙のことを思い出す。

封を開けると同時に吉報が目を開かせた。
「おめでとうございます。一次審査通過いたしました。」
少し前まで絶望していた自分が嘘のように、心は踊る。
こんなに上手くいっていいのか。
このチャンスを逃すものかと、拳に力が入る。
実際に、どれほどの人数が合格しているかはわからなかったが、
そんなことを考える暇もなく、ただただ嬉しかった。
音楽をやっていると感情の起伏に少し疲れることがある。
もちろんどの世界でもそうなのだろうが、
感情や感性がそのまま直結のは、芸術の類には典型的だ。
感情が大きく動いた時は、曲が書ける。
オーディションが終わってから、沈んだ気持ちの時は、
マイナー調の曲が面白いくらいに溢れてくる。
合格通知が来れば、それはメジャー調に変わり、
アップテンポな曲が、頭を駆け巡る。
こうやって生きていく音楽家は、感情を餌にして己を磨くのだ。
二次審査はどちらも1ヶ月ほど準備期間があり、
その間に作曲と練習を積み重ねた。
東京で出会った人達には、応援してもらい、
ますます気持ちは昂ぶった。
ひなさんには言おうか。
いや、結果を出して、びっくりさせてやろう。
東京に出てきて、まだ一度も会ってない彼女には、
成長した自分を大きく見せたかった。
ーーーー
長くも短くもあった1ヶ月が過ぎ、まず臨むのは特別選考会。
一次審査の時とは違い、人数はかなり抑えられ30人ほどが集められていた。
本選に進んだのが何人いたのか見当もつかないが、
相当数落とされているのはなんとなく想像がついて、
ここに残れていることだけでも、名誉あることなのかなと
自分を少し誇らしく思えた。
今回の審査員は、音楽部門を総括するお偉いさん。
前回よりも全員に緊張感が走る。
「俺たちは遊びでやっているわけではない。
世に即戦力で出せるミュージシャンを探しているんです。
自分を偽らず、全力で向かってきなさい。」
熱い言葉が会場内に響き渡り、芸能界の温度感が背筋を冷やす。

一次選考会と最も違ったのは、参加者の本気度だ。
冷やかしは全くいないし、レベルが高い。みんな目が血走っている。
他人を見る余裕なんてないのだ。
ただ目の前にあるチャンスを掴むためたならなんだってやる覚悟が
ひしひしと感じられる。
俺は音楽が好きでここまでやってきた。
確かに合格したいし、メジャーデビューを夢見てはいる。
しかし、だからこそ。同じ空間にいる同じ志を持つ者たちの音楽を聴きたかった。
一人一人が今持てる最高の歌を歌い、審査員の顔色も伺いながら、
情熱を全力でぶつけに行った。
俺の順番がわからなくなるほど、この時間に飲み込まれていく。
喉元を伝う汗に、感覚は全く反応しない。
中盤に差し掛かって、俺の番がやってきた。
一次審査で失敗した歌を精度を上げて、立ち向かうのか。
それとも、新しい試みで、新境地を見せつけるのか。
俺は、後者を選んだ。
感覚が研ぎ澄まされる中、俺が歌う曲はバラード。
音楽を恋に見立てて、想いを表現する。
ビブラートが身震いにも似て、感情を際立たせる。
終わった頃には、満足していた。完全燃焼だった。
その後も俺は、ライブを楽しんだ。
色んなジャンル。色んな言葉。色んな夢が詰まった歌を
こんなにも沢山聞く機会なんて他にはないだろう。
貴重な機会を噛み締めながら、会場を後にした。
帰り道、不思議とオーディションの結果はどうでもよくなっていた。
音楽が好きで、音楽を表現して、有名になりたい。
世の中には、他にも選択肢がある中で、音楽を選んだ。
そんな人たちの中に居られるだけで、幸せなんじゃないかと思った。
そんなことを頭の中で綴りながら、
また次の夢を見るんだ。

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