札幌のあの子 後編

僕は好きになった子とデートを何回かした。彼女と別れた寂しさや彼女のことを想うと後ろめたさも少し感じたが、それもだんだん薄れていった。

最後にお互い貸し借りしあっていたものを返したり精算するために彼女と大宮であった。昔一度一緒に入ったことのある細い路地のレストランで少しご飯を食べた。何を話したかはもう覚えていない。

店を出て僕は東京方面に、彼女はその時住んでいた福島に帰ることになると思ったが、彼女は新宿まで一緒に着いていくと言ったので一緒に電車に乗り、話をしながら新宿に向かった。僕はそのとき疲れていてやたら眠くて話しながらあくびを何度もしてしまったことを覚えている。

新宿に着いた。南口を出たところで僕は京王線に乗るため、お別れを言った。

彼女は最後に1つだけお願いがあると言った。何?と答えると、「私と結婚してほしい。」全く想像できなかったその言葉に打ち抜かれて、僕は頭が真っ白になった。「それは今ってこと?」と聞いた。彼女は2年後でも3年後でもいいから結婚してほしいと言う。だがそのとき僕の頭に浮かんだのは今好きな子だった。別にその子と結婚したいとかそんなこと考えてもなかったが、その時はその子のことで頭がいっぱいだった。

今考えるとよく言えたなと思う。「ごめん、結婚は出来ない。今は好きな子がいるんだ。」なんて残酷で冷徹な言葉なんだ。女性からのプロポーズだ。本来は薔薇の花束でも抱えて男がひざまづいて女性に言うことだ。自分の冷たさに目を背けたくなった。でも、そのときの正直な気持ちだったんだ。

彼女は「分かった。今までありがとう。」と言った。そして付け加えて、「でも絶対にSさん(コンビの相方)に同じことをしちゃダメだよ。」とも言った。彼女はとても尊い人間だということを改めて感じた。僕を心から愛してくれていたのだ。

時が過ぎて、僕はその言葉を忘れ、相方にも同じことをしてしまった。そのとき付き合っていた彼女とも別れることになった。本当に全てを失った。

その時、とてつもない喪失感から彼女に一度連絡をした。芸人を辞めることになった。今まで支えて応援してくれてありがとうとメッセージを送った。

彼女は「お疲れ様。カッコよかったよ。」と返信をくれた。

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