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娘への恩返し

うちの娘は、たまに下顎を出して笑う。
俗に言う「しゃくれ」た顔をして、目と目の間に横ジワをつくって笑う。わたしは、娘のその笑顔が大好きだ。

前回投稿した『中村さんのコンサルで生き方を考えた』でも書いたが、わたしたち夫婦は特別養子縁組で娘を迎えた。生後2日目に出会った娘は、この春で1歳になった。わたしは初めての育児に戸惑ったり、悩んだりしながらも、日々娘と楽しく過ごしている。

わたしは娘に、強く育ってほしいと思っている。おおらかな心で、自分や周りの人を愛せる強さを持ってほしい。

そのためには自己肯定感を育てることが大事だと考え、一般的に言われる「褒めて育てる」を以前から意識して取り入れてきた。

しかし数か月前、ふと「本当に自己肯定感は育っているのだろうか」と疑問に思った。褒めるだけでは手応えがなかったのだ。確かに、自己肯定感は時間をかけて少しずつ育つものだと思うけれど、もっと「こういうふうに自己肯定感って育つんだ!」という感触や気付きが欲しかった。


そんなある日、夕食の準備をしていたわたしは娘の視線に気付いた。娘は少し離れた場所から、「見たわよ」と言うどこかの家政婦のように、じっとわたしを観察している。あまりにも興味深げに見てくるので、娘に手伝ってもらうことにした。

「おいで」と呼ぶと、「待ってました!」と言わんばかりの勢いで駆け寄ってきた。わたしは丁度その時手にしていた箸置きを2つ娘に渡し、テーブルの上に置いてくるよう頼んだ。両手に箸置きを握った娘は、嬉しそうにテーブルに向かった。テーブルは娘の背丈より少し高い。わたしは「まだ無理だろうな」と思いながらも見守ることにした。

まず、娘は背伸びをしながら両手をテーブルに伸ばした。2つまとめて置こうとしたのだ。しかし、バランスを崩してテーブルの上に届かない。何度かチャレンジし、バランスが保てるようになったら、次は箸置きを上手く手離せなかった。娘は両手に収まる2つの箸置きをじっと見て、1つを床に置いた。1つずつテーブルに置くことにしたのだ。そして、わたしに助けを求めることなく箸置きをテーブルに置くことができた。

わたしは、心から感動した。

箸置きをおもちゃ箱ではなく、ちゃんとテーブルに持って行ったこと。失敗しても諦めなかったこと。自分で試行錯誤できたこと。わたしに助けを求めずにできたこと。その全てに驚き、感動して、ちょっと泣きそうになった。

きっと娘は、毎日箸置きを準備するわたしの姿を見て、興味を持っていたのだろう。もっと早く気付いてあげればよかったと反省した。「まだ無理だろう」と思ったことにも申し訳なく思い、ごめんよ、と謝った。そしてわたしは、娘をおもいっきり抱きしめて、おもいっきりほめた。

すると、娘は下顎を出し、目と目のあいだに横ジワをつくって笑った。

これほど喜びにあふれた彼女の笑顔を見たのは初めてだった。この笑顔には、褒められた喜びだけではなく、成功した喜び、好奇心を満たせた喜び、自分にもできることがあると知った喜びが含まれているような気がした。

そんなとびっきりの笑顔を見て、「あぁ、こうやって自己肯定感は育っていくんや」と感じた。挑戦して、失敗して、考えて、また挑戦して、成功して、褒められて、喜びを感じる。この一連の繰り返しで自信や自尊心、つまり自己肯定感が育つのだと思った。

だから、わたしはまだ話せない娘の好奇心を察して、挑戦させる機会を与えてあげないといけない。わたしの勝手な都合や考えで娘の可能性や喜びを奪ってはいけないな、と反省しながら思った。


いずれ娘には、血の繋がりがないことや彼女の出自について話す。それは「真実告知」と言われるプロセスで、なるべく幼い頃に行うことが推奨されている。うちも2〜3年後には真実告知をする予定だ。

いつか娘は、養子であることに苦しんだり、嫌な思いをしたりするかもしれない。
だからこそ、強く育ってほしい。

変えられない事実と向き合う強さ、周りにどう思われようと自分を愛する強さ、人と比較しなくても幸せだと感じられる強さを持ってほしいと願っている。

わたしは、娘のおかげで人生がより楽しいものになった。生まれつき子宮がないという珍しい疾患に苦しんだ経験も、代理出産に挑むも上手くいかず辛い思いをした経験も、全ては娘と出会うためだったと今は思える。娘のおかげで母になり、子育ての楽しさや大変さを知った。子どもがこんなにも愛おしい存在であることも初めて知った。そして、娘には日々癒しやパワーをもらっている。何より、かけがえのない幸せをもらっている。

この恩は、本当に、一生かかっても返しきれないけれど、娘が「生まれてきてよかった」と思えるように育てることが、わたしから娘への恩返しのひとつだと思う。


今では箸置きをテーブルに置くことが娘の日課になっている。その他にも、ゴミを捨ててくれたり、帰宅した夫の鞄からお弁当箱を取ってきてくれたり、毎日楽しそうにお手伝いをしてくれている。

しかし、下顎を出して笑うのは、どうやら初めてできた時だけのスペシャルサービスらしく、2回目以降はドヤ顔でキメてくる。

最近娘は、自分で靴下を履くことに挑戦している。思い通りにいかなくて癇癪をおこすこともあるけれど、とことん付き合っていきたい。

靴下が履けるようになった時、また下顎を出して最高の笑顔を見せてくれるかな。
その時が待ち遠しくて仕方ない。


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