【異郷ライフ】31/08/24 髪を切った軽さ

仕事の日。なんとか起き上がって仕事へ。土曜日は道路が空いているので通勤は心軽くてよい。週末のシフトは長いので、いつも真面目に最初から飛ばすのではなく、週末だからスローダウンして、気楽なムードを作るようにしている。こうした環境づくりが後々のクライアントワークに影響するので重要である。こういう時、人の持つムードやバイブスの力を思い知らされる。自分の持つムードは完全に客観的に理解することはできないものの、なんとなく自分で感じることがある。なんとなくだが、髪を切ってから気分が軽く、自分の放つムードもとても軽い気がする。惰性で伸ばすよりも、思い切って切ることの影響の大きさも思い知る。髪や顔、身繕いは人のムードに影響し、人のムードは周囲に大きな影響がある。これまで長年怠惰で後ろ向きな理由で伸ばしたままの髪だった事実に、よどんだものを感じるほど、今は軽い。

今日のハイライトは、クライアントの1人が素直に親に愛情を表現できたことだ。子どもたちは親を愛し、愛されようともがき、確認している。彼らはとても現実的で、また鋭敏に親の気持ちを感じ取る。本当に犬が臭いを嗅ぎ当てるように、かなり正確にわかっている。その感じとった気持ちが、自分のセルフイメージに反映され、それを演じてしまっている子もいる。セルフイメージは、幼少期からの親との愛着関係で形成され、自分は愛されている、大切な存在であるという揺るぎない人間としての尊厳、つまり自尊心の土台があり、その上で、ポジティブな強みなどで具体化された自己のアイデンティティの形成が思春期になされていると理解している。その上で、ポジティブなセルフイメージを持てるように導こうとする。

どんな子も、親ともめごとが多い子も、学校でトラブルを起こしてしまう子も、友だちとうまく行かない子も、口が悪い子も、一人一人個別で話すと、とてもよい子たちだ。褒められない行動の奥底には、ネガティブなセルフイメージがあるように思う。それもある意味では悪くない。個人的には人間は善悪両面あるのが自然だとずっと思っているし、ネガティブなイメージの裏には、観察力や分析力、批判する力、ものごとを多面的に見る力があるからだ。そして、年が若ければ若い子ほど、心が柔らかく、乾いた大地に水やりをするように、言葉がしみこんでいく。大切にしているよ、愛されているんだよ、とメッセージを送ると必ず応える。セルフイメージがポジティブになり自信が出てくる。ネガティブなイメージもひっくるめても、自分を肯定できるようになる。

会話の中で、クライアントが自分を肯定できるようになっていた。つまりある意味では心の深い部分にアクセスできて、エンパワーできたのがわかって手応えを感じる。人が本音を話し、その心の深い魂に触れた時、とても感動する。人によって、受け入れやすい方法、伝わりやすい方法が違う。それを模索しながら、個人の強みを伝えていく仕事になんともいえない手応えを感じる。

クライアントたちは言葉だけを聞いて意味を理解しているのだろうか。コミュニケーションの90%以上は非言語コミュニケーションが占めるという。自分が自動的に表現している非言語コミュニケーション、すなわち表情、身振り手振り、ムードやバイブスが伝えているものも大きいのだと思う。そしてそれは意識的であるべきだが、一生懸命な時ほど無意識である。その非言語コミュニケーションはどこからきているのか。やはり親の影響が土台になっているように思う。その上で、職業的に訓練を受けた。その訓練時も持っている性格や人格によるものが大きいとのことで、ある意味で限界が見えてがっかりしたものだが、そこでもそして今でも自分のコミュニケーションから立ち現れて他者から評価される強みは、よくみてみると、やはり家族と、両親の間のコミュニケーションで培ったもの、両親からもらった揺るぎない愛情と信頼が基盤にあるように思っている。

そうした内省を続けるうちに、ポジティブ、ネガティブ、両面の自分自身のセルフイメージが表れてきた。ポジティブを装い、ムードやバイブスは明るいと捉えられつつ、内情はネガティブまみれで内心空回りしていた思春期のセルフイメージを思いだし、自分がきた長いようであっという間のような道のりを思った。自分のムードもバイブスも、その土台も、感じられるような鋭敏さで軽くいたい。時に重くなってもよい、また軽くしていく。そして髪も同様。

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