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月曜日の図書館 無害化

事務室の中にはいろんな種類のパソコンがあり、それぞれにできることが違う。だからやり終えた仕事をひとつに結合させたいときは、データをメールに添付して送り合うしかない。まるで同じ家にいるのにスマホで最低限のやりとりをする思春期の子どもとその親のようである。

おーい!って叫んだ方が絶対シンプル。

しかも、先程から何回送ってもエラーが表示されていまいましい。「Host not found」と書いてあるのでググってみると「相手が見つからない」という意味らしい。いやいや、いますよ。ここで今手を振ってるのがわたしだよ。

大騒ぎしながらああでもないこうでもないと試していると、設定している共有アドレスの 「city」の部分が誤って「coty」になっていたことが判明した。設定したのは4年も前である。その間わたしはずっとcotyとしてメールを送っていたのだ。 送った相手の中には返信しようとしてHost not foundだった人もいただろう。わたしが受け取らなかったいくつもの言葉たち。

4年間ずっとcotyで、危うく5年目もcotyでいるところだった。

カウンターにはりめぐらせていたビニールシートを、たぶんこうした状況になってから初めて新しいものに替えた。巻いたまま長い間保管していたので、恐らく夏の暑さにやられたのだろう、ところどころ伸びてくにゃくにゃしているが、従来のものに比べると透明度は格段によくなった。

はる場所も対面でやりとりする最小限のスペースのみにし、通路のシートは取っ払ったところ、さっそく自分と図書館との境界線があいまいなおじいさんたちがぐいぐいカウンターの中まで入ってきて迷惑である。全面的にビニールシートがなくなったらところかまわずよじのぼって侵入してくるかもしれない。

前につけていたシートは、いつもくもりみたいな、にごってはいないけど澄んでもいない材質だったため、不審に思ってみんななかなか近づいてくれなかった。ただでさえ人間はカウンターというものが苦手なのに、奥で得体の知れないものがうごめいていると思うと当然の反応だった。3メートルくらい距離を置いて、書庫の本がほしそうにうろうろしている人に気づくと、大きく手を振って安全であることをアピールした。

おーい!わたしはここにいますよ。

1つのパソコンから別のパソコンにデータを送るときは<無害化>という処理が行われる。おかしなものを体内に持ちこまないためにチェックするのだ。一度悪いウイルスに感染してしまうと、人間のように仕事を休んだりお医者さんによしよしされたりすることはないから、絶対に持ちこまないという戦略しか、パソコンにはない。送ってきた相手が常連さんでも一見さんでも、同じように鋭くチェックする。

そんなに何も信用してなかったら、誰も仲良くしてくれないぞ、と訴えても涼しい顔だ。もっとも、表面上はニコニコしながら腹の探り合いをするより、最初から「あなたが無害なときだけ受け入れます」と宣言してくれた方が、人間の場合も付き合いやすいかもしれない。

などと考えながらデータを転送していたら、やっとの思いで組み立てたプログラムを<無害化>でずたぼろにされてしまった。クマちゃんのイラストが表示されるべき場所に「クマ」という文字が空しく浮かんでいる。絵の代わりに山、とか川、という漢字を額に入れて展示していた現代アーティストのことを思い出した。

正直で、初心者にも手加減せず、長い付き合いがあっても容赦がない。長いといってもリース品なので、数年たつといなくなってしまう。その日がくる前に、キーボードのすきまに入りこんだクリップを取ってあげようと思っているのだけど、いつも思うだけで、たぶん取らないままお別れするのだろう。

vol.127

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