見出し画像

粗い思い出 (月曜日の図書館203)

月に一度、市職員の互助会から会誌が届く。保険や年金について知っておくと便利な話、冠婚葬祭で使える助成制度の案内、期間限定でお得になるレジャー施設の紹介など、暮らしにまつわるさまざな情報が載っている、と思われる。

じっくり読んだことがないので、本当のところはわからない。わたしが特に楽しみにしているのは「ごすけ」とクロスワードパズルだけだ。パズルは職員が考えているらしく、ときどき問題文によくわからない文章が混じっているところが味わい深くて気に入っている。

「ごすけ」というのは互助会のキャラクターの猫だ。難しいお金まわりの制度の仕組みをわかりやすく解説する役割を担っているらしく、どのページにも頻繁に登場する。

これも職員が描いているのか、しかも描き手が2人いるらしく、画素の粗いごすけと、なめらかなごすけがいる。

粗い方は素朴な笑みを浮かべていてかわいく、なめらかな方は表情がいきいきしすぎていて生意気だ。わたしは断然粗いごすけのファンである。

※イメージ

2種類のイラストはどういう基準で使い分けられているかよくわからない。かぎりなく高い確率で、適当に選ばれていると思われる。粗いごすけは笑顔一択しかないのに対し、なめらかは何パターンも表情がある。きっと粗い方を描いた人は異動してしまったのだ。

このままだと近々駆逐されてしまうかもしれない。ハサミで切り抜いて手帳に貼った。

新人研修のとき、互助会担当の子と同じグループになった。市の組織の中に、そのような部局があることすら知らなかったので新鮮だった。互助会会員向けに少しでも特典やサービスを増やせないか、会社と交渉したりもするのだ、と言っていた。

新人のときは職種に関係なく、いろんな人たちがいっしょに研修を受ける。まだそんなに専門知識を身につけていないわたしたちの中には、同じ職場の先輩より、世代の近いバラバラな新人同士でいる方が安心できる、と感じる人も多かった。机の上がフィギュアだらけの先輩がいて、でも成績がいいから多めに見られているのだ、と語る人もいた。

一日で終わるものもあれば、何回も集まってグループごとにひとつの計画を実施する、というのもあった。

きわめつけは合宿研修だった。周りには小さな個人商店が一軒しかない、海沿いの施設に閉じ込められる。研修とは建前で、男女の仲を取り持つのが真の目的なのだ、という噂だった。

くだらない、と互助会の子は言った。わたしはもう恋人と同棲しているから、こういう場に付き合わされるのは嫌で仕方がない。そして自分と彼とがいかに仲睦まじいかを延々と語るのだった。その子の雰囲気が感染し、同じグループだった残りのメンバーも、モチベーションは下がる一方だった。

一刻も早く帰りたい。帰ってこの子が見せつけてくる余裕の幸せから逃れたい。

噂通り、研修が終わった後も、ゲーム大会がだらだら実施され、さあくっつけ、どんどんくっつけという圧が強まるばかりだった。わたしたちのグループは例によってやる気ゼロだったため、最下位となり、罰ゲームとして翌朝のラジオ体操をみんなの前でやらされた。

小雨の降る中、小学生ぶりに体をねじったり腕を振り上げたりしながら、この市を就職先として選んで本当によかったのかという不安がむくむくと増加していった。

この先の人生で困ったことがあっても、互助会は頼りにならないだろう。

世界は狭いようで広いようで濃い。思えば入庁一年目のあの研修の多さは、大海原に投げ出されて、手当たり次第にいっしょになって、その中からさっさと気の合う友だちでも伴侶でも見つけろ、という意味だった。

けれど結局そんな心細い目に遭わなくても、同じ職場の中にそういう人はたくさんいた。この市の研修システムはわたしにはまったく合わなかったけれど、図書館には就職できてよかった。

わたしは今月も、まだ粗いごすけが生き残っている!と言って、となりの席の人と喜び合う。


*お知らせ*

いつも読んでくださる方、ありがとうございます。朝日新聞の地方版で、本の虫というリレーエッセイを担当させていただくことになりました。数ヶ月に一度、順番が回ってきます。
読んでみたい、という稀有な方がいらっしゃいましたら、近くの図書館のデータベース(朝日新聞クロスサーチ)で検索してみてください。
よろしくおねがいします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?