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月曜日の図書館 関係なくない

選書の部屋で購入する本を選んでいると、K氏がつかつかやってきて手を見せてくる。大きなばんそうこう。本にかけるビニールカバーをカットしようとして、自分の手まで切ってしまったらしい。K氏は以前にも、展示ケースにかぎをかけようとして、かぎについていたリングの先っちょを手に突き立てたことがある。図書館がこんなに流血の多い職場とは知らなかった。

そのまま選書をはじめるのかと思いきや負傷のてんまつを話すだけ話して出て行ってしまう。どうやら本当にそのためだけに来たらしい。

本の山の中に竹馬の本を見つける。見た瞬間、すごい本だとわかった。竹馬のプロ(?)が初心者から上級者まであらゆる人を対象にした竹馬の技を写真つきで説明してくれている。弟子と思われる人が無表情でダイナミックな技を決めている様子がとてもシュールだ。きっと採算は度外視で、ただただ竹馬への愛と熱量だけで形にしたのだろう。

こういう出会いがあるから、まだ本をあきらめたくない。

事務室に戻って話してみると、他の人たちも気になっていたようで、ひととおり竹馬話に花が咲いた。M木くんは「早くも今年一番かもしれない」 と真顔で言った。調べてみると竹馬はもともと、竹を馬に見立てて、 またがって乗馬を表現したところからはじまっているらしい。

わたしは応援している芸人さんが、テレビの企画で竹馬に乗ったまま街歩きをさせられていたのを思い出した。落馬する度にペナルティが課せられ、よれよれになっていたその人に、この本を手渡せたらよかっ た、と思った。

しかし、テレビはもちろん、図書館の外ならどこで話しても、この手の話題は「ウケない」し、共感を得られないことが多い、ということも知っている。本の良さについていくら力説しても「竹馬に乗る予定はないから読みたくない」と言われるだろうし、竹馬のなりたちを話しても温度の低い「へー」しか返ってこないだろう。 前にT野さんが「侍の髪型って昔は抜いてたんだって、それを信長が剃ってもいいことにしたんだって」と興奮気味に話したときも、友だちのリアクションはうすかったそうだ。ちょんまげにする予定がないから、きっと興味が持てなかったのだろう。

ほうきに乗った魔女みたい、と竹にまたがった昔のおじさんのイラストを見て、K川さんが言った。

自分と関係のない内容こそ、本を読む醍醐味だと思う。色めがねで見ることもないから、読みやすさやレイアウトの工夫、作者の熱意を丸ごと評価できる。むしろ「興味のなかったわたしを、よくここまで振り向かせたな」と関係のない内容であればあるほど賛美したくなる。そこには、仕事で必要だからしぶしぶ通いはじめた英会話とは、真逆の学びと楽しさがある。

事務室にいたわたしたちの、誰ひとりとして実際には竹馬に乗れない。

実際にはできないこと、あるいは経験したことのないことについて想像をめぐらせ、あれこれと語り合えるのもまた本の良いところだ。と思っていたら「わたしは補助器具がついてたら乗れる」とT野さんが「みんなより一歩進んでる」マウントをとってきた。

またK氏がやってきて今度はお腹が痛いと言う。さっきから思ったことを言葉と行動に出しすぎである。そのわりに、Mくんが持っていた本を目ざとく見つけ、自らの竹馬観について熱弁をふるいはじめる。たくさんしゃべるから体調を崩すし注意力がそれて流血するのでは?とも思うが、これがその人らしさなので変えようもない。

こういうわけで、図書館ではどんな話題にも関心がいっぱいの人たちが働いている。調べたいことがあったら一度相談してみよう。「こんなこと聞いたら変なやつだと思われるかも」などとためらっている人は安心してほしい。働いているわたしたちの方がよほど上をいっている。竹馬でもちょんまげでも引け目に感じず、堂々とたずねてほしい。

vol.128

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