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ゆきどけ 月曜日の図書館219

毎日、利用者のやさしさに心打たれる日々だ。窓口でも、電話でも、応対するだけでとびきり感謝される。まるでわたしの療養のために、周りが仕組んだ「逆ドッキリ」のようだ。

窓口で「家族が依存症で困っているので相談先を教えてほしい」と相談されたときは、インターネットでぽちぽち検索して、市の相談窓口を紹介しただけで土下座せんばかりに感謝された。

電話で「返却期限が一日遅れてしまうのですが、明日朝イチで必ず返しに行きます」と連絡をもらい、わざわざ知らせてくれるだけでもすごいと思っていたら、次の日になって「昨日応対してくれた方にお礼を言っておいてください」と窓口スタッフさんにことづけたらしい。

良い人すぎる。騙されたり詐欺に遭ったりしないか心配になるほどだ。

前の図書館では感謝されることはほとんどなかった。調べものの相談に乗っても「早く探してほしい」「これだけしか見つからなかったの?」と自分はいすにゆったり腰かけながら言われることがままあったし、1ヶ月以上延滞したあげく「ちゃんと持ってきたのだからまた引き続き借りたい」と恥じらいもなく言われることが通常運転だった。

不条理な要求が通らないと逆ギレしていつまでも駄々をこねる人も多かった。

もちろんみんながそうではなかったと思う。中央館だったから母数も大きいし、蔵書数や使えるレファレンスツールも多いから、要求水準も高かっただろう。心の中で感謝してくれている人ならたくさんいる、と想像しながら日々を乗り切っていた。

同じ市立図書館とは思えないくらい、ここでは物事が穏やかに進む。笑ったら笑い返してくれるし、ルール上できないことは説明すれば納得してくれる。

そうか、これが人間だったんだ。忘れていたけど、人間のコミュニケーションってこうだったんだ。

もっとも、ここにも図書館パトロールを趣味としている人はいて、細かい間違いを見つけては指摘してくる。雑誌の貸出開始日が一週間ずれていると言われて、わたしは前に雑誌担当だったときの太古の記憶がよみがえった。大型連休中は合併号が出たりして発売日がイレギュラーになるから、特に注意しないといけないのだった。

人によっては、目当ての雑誌を一番に借りることに命を燃やしている。最新号は貸出できないので、いつから貸出ができるようになるかは、彼らにとって最重要事項なのだ。その真剣さを思い出した。

窓口で苦情を受けてくれるスタッフさんは、いつものことなのでと、あまり気にしていないようだ。わたしだったらその日は一日引きずってしまうだろう。

前の図書館と大きく違うことのもうひとつは、窓口をスタッフさんに委託しているところだ。こみいったレファレンスを受けたときには職員が対応するが、基本的には、カウンターはおまかせの状態だ。

この体制には賛否両論あって、雇用の不安定さの観点から問題視されることも多いけど、今のわたしは、この制度にとても救われている。

怒り狂っている相手に冷静に対応したり、話のまとまらない相手が何を求めているのかを察知したりするのが、わたしはとても苦手だ。的外れな受け答えをして、更に埒があかなくなることも多い。

そしてそれはどうやら、必ずしもみんなに当てはまるわけではないようだ。世の中には、笑っても笑い返してくれない相手に、それでも動じず接し続けられる人たちだっているようなのだ。

スタッフさんたちが難しい利用者にも上手に対応してくれるおかげで、たとえその後をわたしが引き継ぐことになっても、相手はずいぶんとマイルドにまるまっている。聞く耳を持っている。こころに声が届く。

それがとても、ありがたい。

やさしい利用者と優秀なスタッフさんのために、自分の立場で何ができるかを考えている。


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