銀の音、水の音、焔の音 #書もつ
読み終えて、ホッとした。
こんなにも人が生き辛く、命が赤々と燃えるような、場所と時代があったのかと、ため息のように重たく息を吐いた気がする。ようやく・・けれど、あっという間に、終わってしまった。
毎週木曜日は、読んだ本のことを書いています。
歴史の教科書を読むような、激動の時代を生きた人のエッセイを読むような、迫真の風景が広がった。知らないことばかりで、”ぬるい”社会に生きてきた僕には、鮮やかな衝撃だった。
単純に楽しめない緊張感が漂う・・しかし時々、目も眩むような輝きに溢れた場面が現れて、鼓舞してくれる。
もっと読め、どんどん進めと。
革命前夜
須賀しのぶ
唐突だが、我が家には、妻が実家から持ってきた”嫁入り道具”とも言える、ケーキ型がある。金属製で底が外れるようになっていて、枠が大きな金具で伸縮するようになっているものだ。(下記はイメージ)
使用するときに金具を倒して見えなくなる部分に、ちょっと違和感のある刻印がされている。
お分かりになるだろうか。WはWestの頭文字である。直訳すれば「西ドイツ製」。もちろん、ドイツの西側地方という意味ではない。一つの国としての西ドイツがあった時の製品なのだ。
西ドイツの存在が分かる方はきっと、テレビで何度も何度も映し出された、あの光景を思い出すはずだ。この作品は、あの時代を舞台にした物語である。
この作品には、昔の日本を懐かしむためのような時代を反映させた景色はほとんど描かれていない。むしろ、絶望的で非常に暗い風景を感じさせ、救いようのない、逃れられない怖さのようなものを感じながら読み進めることになった。
日本人の音大生が主人公ではあるものの、日本が国際的にどんな立ち位置だったのか、改めて考えてみると、現代における国際関係へと続く、僕も含めた多くの日本人が抱えている無理解があるような気がしてくる。フィクションではあるが、現実にこんな国があったのだと思うと、ゾッとする。
こんなに脅すような書き振りで、さぞ読み手の意欲を削いでいることと思うが、前半は、きっと多くの読み手が想像する範囲の物語だと思う。音大生らしき音楽への情熱や、表現の緻密さ、追い求める熱意と葛藤は、とても美しい。月並みな言葉だが、音楽の素晴らしさを感じられる、心やすらぐ場面が展開されていく。
しかし中盤にかけて、この時代のこの国の、忌まわしい影が色濃く現れてくる。主体的に選びとっているようで、実は翻弄されているような主人公の姿は、読み手にとってはあまりに怖い存在に見えてくるかも知れない。身近な人が、ある日突然姿を消してしまう・・その危うさは、今の日本に暮らしている僕には想像できないほどに非現実的でもあった。
音楽をテーマにしている小説を読むと、必ずと言っていいほどに、音が聞こえてくればいいのにと感じる。この作品でも、ピアノの音が言葉では表現されているものの、果たしてどんな音がするのか耳で聞いてみたいと思うことが何度もあった。
音楽というものだけでなく、何かを極めるためには、それ相応の苦労を引き受け、葛藤を経ないと得られないものなのだろうか。音大生というある意味では特殊な境遇の人物像に、共感こそ感じることが難しかったが、主人公の幸せを祈らずにはいられない、そんな物語だったように思う。
若いからこそ、危うい世界でも動けるのだろうか、無知だからこそ怖くないのだろうか。何度も主人公に声をかけたくなる。知らない歴史を見せられて、「ふーん、そんなこともあったんだ」で終えられない気持ちが残る。
読み終えて、何かが胸につかえている。
力のある物語だった。
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