改札口の手前で 冒頭3行のつづき
初めて彼女ができて、3ヶ月がたったころ。
一緒にご飯を食べ、帰ろうって駅へ歩いていたら「話しておきたいことが」と彼女。
僕が向き直ると、彼女はちょっと困った表情を浮かべながら、こう言った。
「わたしと、結婚してくれませんか」
忘れもしない、JRのあの線のあの駅・・改札口の手前で、それは発せられた。
僕は、前日まで友人と九州の離島へ旅行に行っていた。仕事を終えて、待ち合わせをして、夕食を一緒に食べる・・それは、なんてことないデートにも満たないような食事の時間・・その帰り道だった。
一体、何が起こったのか、いや何も起こっていないのか、自分の足元が揺らいでしまうような、息が止まって動けなくなってしまうような、そんな感覚が全身を包んでしまった。
頭の中で、彼女が言った言葉が繰り返される・・してくれませんか、してくれませんか、・・結婚、してくれませんか?
正直、ここで「もちろん!結婚しよう!」と言えたら、それは一つの決断として華々しいものとなったはずだった。
けれども、何度も言ってしまうように、完全に虚を突かれて、拍子抜けして、鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまっていた。
つまり、驚いていた。
「え?あ?・・うう。」
ぐうの音も出ない、そんなことが僕自身に起こっていたような記憶がある。
結局、なんだかアタフタしまくって、その時は「結婚しよう」なんて言えなかった。
これは、今でも語り継がれる僕の優柔不断さの象徴的エピソードである。
言えなかったら困るから、と手紙もくれた。電車で開いてみると、2分前に聞いたことと、同じことが書いてあった。
言えなくて困っていたのは僕であった。あの頃の僕よ、もっとがんばれ(笑)
返事をしたのは、それから1週間以上経ってからだったし、彼女の家のそばにあった農協の前だったことも、鮮明に思い出せる。
今考えても、返事をしないままで一緒の時間を過ごすという日が、何回かあったように思うが、一体何を話していたのか、我ながら疑問である。
これは、僕たち夫婦の始まりの物語。実話である。
「はじめての彼女と結婚した」などと、都合の良いところだけを話して、「小説みたい!」と言われたこともあるけれど、僕はずっとあの瞬間が忘れられない。
それは、後悔ではなく(場合によっては、後悔してほしいという思いもあるだろうけれど、そこはごめん)、とてつもなく嬉しい瞬間だったから。
結婚は、お付き合いとはまた別の承認がある。少なくとも、ひとつの暮らし方として一緒に過ごす時間を増やしたいということであり、人としてきちんと受け入れられた感じがする。
一緒に暮らすことをイメージしても、実は全く特別な感じはしなかったのも、ここで明かしておきたい。
それは妹のようだとか、まして母親のようだと思っていた・・わけでは決してない。
実は、付き合いはじめる3ヶ月前よりも遥か前に、僕たちはお互いを知っていた。
僕たち夫婦は、小学校の同級生なのだ。
そのことは、多くの人に言うことでもないし、聞かれることも滅多にない。でも、何かの機会で話す場面があった時、その話を聞いて、同席していた大学生が言った言葉が心に残っている。
「あ、だからフラットな感じなんだ」
妻と一緒に暮らすことが特別な感じがしなかったと先ほども書いたけれど、そのことは僕自身がうまく消化できていなかった。
でも、この言葉で分かった。
良くも悪くも、小学校で過ごした時間の延長を生きているのだと。
それは、僕にとってずっと心穏やかでいられる空気であり、懐かしくも安心できる光なのだと。
唐突だけれど、僕は野菜が好きだ。
今日は野菜の日。
僕たち夫婦の、結婚記念日、でもある。
野やぎさんの企画、とても楽しく参加させていただきました。人ぞれぞれのドラマってあると思うのですが、僕のこの話は、我ながらドラマチックだなぁと思っています。こんな人もいます。こんな夫婦もいます。
これからも、どうぞよろしくお願いします!
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