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イスラエル・パレスチナに行った時のこと2

イスラエルへと出発する2/10の三日前、私は原宿にあるピアススタジオで、兼ねてから開けたかった鼻のピアスを開けていた。強烈なわさびを摂取したかのようなツーンとした痛みが瞬間的に広がり、意思とは無関係に片目から涙がツーと流れ落ちた。

出発前日の夜に私は39℃ほどの発熱をしたことを覚えている。身体が丈夫なので、インフルエンザにでもかからない限り見たことのない数字だった。

眠り、朝。
早朝、快晴だったことを覚えている。
父親がケニアなどを旅していたときに使っていた小さなバックパックに最低限の荷物を詰め込んで、出発のとき。比較的高いところに建てられている坂道の途中にあるその家は、玄関を出て階段を登り、小さなゲートを越えて外に出られる。朝早くにも関わらず父が見送ってくれた。いつも通りひょうきんな雰囲気で「行ってらっしゃい」と口にした彼の目の奥からは、娘を心配する気持ちよりも、見知らぬ土地へと旅立つことをよく知っている人間の、ただただキラキラとした羨ましさが溢れていた。

格安の飛行機を取ったためにロシアを経由して、見慣れないキリル文字をすり抜けて次の飛行機に乗り込み、イスラエルに移住する目的で同じ飛行機に乗り込んでいたロシア系ユダヤ人と話し込んでいるうちに、いよいよ、イスラエル・テルアビブの上空に私はいた。
すっかり濃度を増した真夜中の夜の闇には、街の光が宝石のように煌めき、それはロシア系ユダヤ人の心の祖国への、そして私自身の旅の始まりへの、期待をそのまま眼下に散りばめたようであった。

人気のない空港を通り抜け、出口にはM氏が車を横付けして私を迎えに来てくれていた。奥志賀高原で働いていた時にたまたま来店した、イスラエル人の男性である。彼は国でツアーガイドとして働いており、私がイスラエルに行く予定だと伝えると、メールアドレスを教えてくれていたのだ。

彼の運転で、旅の始まりの宿である「アブラハムホステル」へ。6人ほどが泊まれるドミトリールームの、二段ベッドの上の布団に潜り込み、私はどきどきしていた。遂に到着してしまった喜び、期待、そして見知らぬ土地での心許なさ、日本の大好きな人たちへの郷愁。パスポートや現金を、肌に巻き付けるタイプの入れ物に入れてお腹に回し隠して、日本から持ってきた大好きな、サンガインセンスのパロサントのキーホールダーの香りを嗅ぎながら、眠りについた。

朝早くに目覚め、何階か建ての大きなホステルをふらふらと歩いた。広いテラスから眺めたテルアビブの街は曇って灰色で、工事中の建物や、グラフィティが目についたような覚えがある。朝食が食べられる会場に移動して、母の料理を思い出す馴染みのあるご飯をお皿に盛り付けた。泊まり客が乱雑に取り分けるためか、お皿を飛び出した葉野菜などが転がっていたような記憶。
椅子に座って食べた。髪を染めた派手な雰囲気のアジア人がいて、話しかけると日本のバンドマンだった。ライブのためにイスラエルに来たという。
その日はそこから、近隣を散歩した。大きな並木道沿いに歩くと、素敵な雰囲気のマンションがたくさん並んでいる。テラスにたくさんの植物を置いている家、カラフルな傘を並べている家、どことなく砂っぽく経年した家の壁壁。路地裏の猫。暖かい土地を感じさせる、バオバブのような木肌の幹の太い木々、ソテツのように尖った葉を持つ木々。 
満足してホテルの方へ戻り、近くで買ったシャワマのロールサンドを食べた。アラブの方でよく見かける食事で、棒に突き刺さった大きな肉が回転しながら焼かれており、その外側が削られ、その肉とキャベツやトマトなどの野菜がもちっとしたパン生地に包まれ提供される、食べ応え満点の一品だ。
すっかり夕方になっており、ホステルの前に設けられた椅子には、さまざまな国の旅行者が集まって談話していた。確かアメリカ人のヨガ講師である快活な女性や、英語のあまり話せないシャイなロシア人の男の子などと話したような気がする。アメリカ人の女性はユダヤ人であったような気もする。この国には、心の祖国を訪ねに来る人が多い。
話慣れていない下手くそな英語に疲れ、その日は眠についた。翌日にはM氏が、聖地・エルサレムに連れて行ってくれることになっていたのだ。
十和田湖で1番に気に入っていた図書館で見つけた、「世界の聖域」という図鑑シリーズで見た、エルサレムの夕焼けの一枚を心に浮かべていた。
まだ一神教が世界に広がっていなかった時代のこと。
エルサレムは立地的に様々な人たちの通り道であった。行商の人などがその街を訪ねていく中で、そのあまりの空の美しさに、あの空には何か偉大な存在がいる、と有名だったという。その偉大な存在は、「サレム」と呼ばれていたそうだ。偉大なサレムがおわす場所、それが、「エル・サレム」

明日は私もその場所に行くのだ。数えきれないほどたくさんの人が訪れ、そして、人智を超えた美しさを感じてきた、古代からの圧倒的な聖地へと。



つづく

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