ショートショート 立春

 春に冬を求めて厚着をした。家族は僕を嘲笑し、軽蔑する。リビングにいた母は絶句し妹は高笑いを浮かべ弟は見なかった事にした。そんな家族を無視して僕は街に出る。頬に風があたる。この風は冬の凍てついた風では無く春の陽気な風だった。

 冬はもういない。この街の誰もが薄着で歩いていて厚着をしている僕に怪訝な目を向ける。僕が自意識が高くて被害妄想が激しいタイプだがこれは間違いなくみんな僕に目を向けている。この街の人達はみな春を迎え入れて冬に止まってしまっているのは僕だけだった。アスファルトの端で咲いたタンポポが僕を見つめてきたが僕は無視して歩き続けた。

 冬を求めて歩いていたらいつのまにか神社に来ていた。大きな杉の木の葉達が風によってなびく音が聞こえてきた。神社で休憩をしようと思ったのに悲しい気持ちになってしまった。この場所ももう冬を送り出していた。五月に厚着をしていた僕は汗だくになっていた。僕は自然とベンチに腰掛ける。風が意外と気持ちよくて私はダウンを掛け布団代わりにして段々と眠りについていった。

 汗だくのTシャツがいつのまに乾いてしまい少し肌寒くなって目を覚ました。空は茜色に染まり始めて五時半の夕暮れのチャイムが街中に響いている。子供達が帰るのと同じように僕も家に帰ろうとしたらダウンがいつのまにかなくなっていたことに気づく。おそらく春の風に飛ばされてしまった。僕もみんなと同じ春を見れた気がする。

僕が春を迎え入れると夏が昇ってくる音がした。

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