掌編小説:親愛なる私
「3、2、1、さあ、お目覚めの時間よ」
パソコンの駆動音がだけが鳴る静かな研究室の中、無機質な寝台の上で寝ているアンドロイド(人間酷似型ロボット)が人間のように目を開けた。
「おはよう、ロイ。データに異常なないかしら?」
「正常に起動できてるよ。問題無く前回のバックアップからの復元だ」彼は即座に現在の日時と最終ログを確認し答えた。
彼は上体を起こすと、私の長い髪をなでる。
「ステフ、まったく君はアインシュタインのように天才だ」
「当然よ」
私は博士だ。
研究の延長線上で自分専用のアンドロイドを造った、もちろん自己資金だ。わざわざ自己資金で造った理由は私情からくるもので、完璧な私は不完全なその他大勢との恋愛が不可能だったからだ。
くだらないことに時間を費やし、くよくよ悩む馬鹿と恋愛なんてできるわけがない。私は自分以外の人間の頭の悪さに失望し、期待などしなくなっていた。
そんな私がまだ少女だった頃、一度だけ恋をしたことがある。
その少年名前がロイだ。
私はこのアンドロイドを愛せるようにロイと名付けた。
----馬鹿に愛されるなんてまっぴらごめんよ。ロイは安心、私の人格をトレースして造ったのだから間違いなく天才だわ。
「部品交換だけでも、シャットダウンは嫌なもんだな」ロイはぼやきながら立体設計図から使用している材質まで把握している研究室を歩いた。
寝台の横に置かれている衣類を纏う、ロイの決まった秒間で瞬きをする目はブルーで美しかった。
「行きましょう」
2人は研究所を出て自宅に向かう。同じ敷地内にあるのでそう時間はかからない、舗装された道をグラウンド一周分ほど歩く。
ロイは移動中にステフのスケジュールにアクセスしていた。
「明日、軍の会議に出席するのか」
「そうよ。最新の研究も兵器に応用できるもの、この会議は実践投入に必要だわ」
*
近づくと玄関のドアが自動で開く。家政婦が「おかえりなさい、ステフ、ロイ」と挨拶してきた。
私とロイは無言で家政婦の前を通り過ぎる。
どうでもいい人間への挨拶なんて無駄なことだと、私は割り切っている。
ロイの知的システムは私の完全オリジナル製だ。そしてロイの存在を知っているのはあの家政婦だけだった。
私にはそれを知らせる上司や仲間、友人などいないし、いらなかったから当然そうなる。
私は、私の生活を模倣するロイのことを愛していた。記憶や研究データまでも共有している彼は私の分身といっても過言ではない。
----私が愛せるのは私だけだ。
私は確信に近い思いを胸に抱いていた。
ダイニングでカップにコーヒーを注ぎ、飲みながら受信しているメッセージに目を通す。香ばしいコーヒーの匂いと静かに流れるBGMが心地よかった。
「飲むのをやめろ!」ロイが急にカップを叩き落とす。
服に熱いコーヒーがかかり、小さく悲鳴をあげる。そんなことよりロイが私を攻撃したことが信じられなかった。
「コーヒーに何か入れられているぞ!」
ロイは自分が不在だった時間の、自宅のカメラ映像をチェックし、家政婦がコーヒーメーカーに毒を盛るのを確認したのだ。
だがもう手遅れだった。
私は意識が遠のき、膝から崩れ落ちると口から泡をふいて痙攣していた。
こうして私は死んだのだ。
私の死亡時刻には家政婦は姿を消していた。
不覚にも彼女は敵国に寝返っていたのだ。
ロイがいたから会議資料を持ち出されずに済んだのだろう、いや、そもそも私の暗殺だけが目的だったのかもしれない。
毎日コーヒーを飲む私を毒殺するのは、家政婦なら簡単なことだ。
**
私の遺体は密葬された。戦争中の我が国は、国民や諸外国に私の死を知られると不都合があるからだ。
それでなくても最新技術を用いて殺戮兵器を作る私の葬儀に出席する人などいないのだから望むところだった。
名前すら覚えていなかった家政婦は、ロイの素早い通報と軍の連携により捕縛されていた。
こうしてロイの存在が明るみになったのだ。
しかし、彼がアンドロイドだと未だ気付かれていなかった。私と内縁関係にあったことや、敵国のスパイを通報した功績で戸籍を与えられ。私の資産を全て相続し、その知能から研究を引き継いだ。
ロイは研究室の中、迷いのない手つきでコードを入力し終えると寝台に寝ているアンドロイドのそばに立つ。
「俺は君が創造した天才だぞ。俺は君になれたんだ…君は死んじゃいけないし、死なない。…3、2、1、お目覚めの時間だ、ステフ」
≪ おわり ≫
ご一読ありがとうございます。他の作品もいかがでしょうか。
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