掌編小説:キャンディ
「〇〇新聞の記者をしています。少しお話いいかな」
公園の炊き出しに並ぶ、ごわごわの髪を肩まで伸ばしきった青年に声を掛ける。青年は無言で列の前にいる男の背中を見つめていた。
最後に洗髪したのはいつだろう、記者はそんなことを思いながら言葉を続ける。
「取材させてくれたら謝礼はちゃんと出すから」
「いいよ」青年はようやくこちらを向き短く返事をした。
列が進み、青年は炊き出しのメニューであるスープとパン、キャンディ袋を受け取ると記者のことなど意に介さず近場で座り込み食事を始めた。
「その袋に入っているのが、国から配給され始めたキャンディだね」
青年は言葉を聞き流しながら、夢中でスープにパンを浸し食べ続ける。まるで次の予定が差し迫っているとでもいうかのようだ。
「そのキャンディは食べたことあるの?」
「あるよ」青年はパンをほおばりながら答える。
「先週から食べてるよ。これは最高だ。こいつさえあれば何もいらないね」
「……袋の中見てもいいかな、どれぐらい入っているのか見てみたいんだ」
「いいよ。でもあげないから」はやばやと食事を終えた青年は立ち上がり、記者にキャンディ袋を差し出した。
「ご協力ありがとう」
巾着袋の中にはキャンディが、次の炊き出しの日まで毎食たべても十分な量入っている。
----ここも他と同じ、白い飴玉だ。一応写真を撮っておくか。
記者は右手でスマホを操作して、簡単な撮影を終えた。
「せっかくだからいくつか質問に答えてくれないか。このキャンディはどんな時に食べてる?」
青年は記者からキャンディ袋を受け取りながら答える。
「これはご飯だよ。お腹が空いたら食べる。俺、ホームレスだし、これしかないの見ればわかるだろ」
「そうか、ご飯がこれだけだとお腹すくだろ?」
「いや、このキャンディを舐めたらお腹すかなくなるんだ。味も甘くて美味しい」青年はポリポリと頬をかく、そして伸びている爪の中に入った垢をはじいて落としていた。
彼の骨ばった体はぶかぶかの服の上からでもはっきりわかる。日に焼けた皮膚。ホームレス特有の異臭がする。
記者は青年の不衛生さに思わず顔をしかめてしまう、それを誤魔化すように咳払いをした。
「このキャンディを貰えるのは、この地区ではこの公園だけって知ってる?」
「それなら俺はラッキーだ。だって貰えるところにいたんだもん…あー、虫がいてほんとムカつく」青年は腕を掻きむしった。
「ムカつく…俺、向こうでキャンディ食べるから。おじさんさっさと謝礼よこしてよ」
青年がそわそわし落ち着かなくなり、強い掻痒感から体を掻きむしる様子を冷静に眺めながら記者は謝礼を渡した。
その後、数人に同じように取材をし公園をあとにする。
*
記者は会社に戻り、自席につくとパソコンの電源を入れた。
反対の意見もありつつも強行された『キャンディ政策』。試験運用に選ばれた地区のホームレスはみんな骨と皮ばかりになっていた。
手を顎にやり数分考えた見出しはこうだ。
『貧乏人の薬』治安に影響なし!ホームレスにキャンディ政策を!
記事を作成する言葉が次々浮かび、入力するスピードもあがった。
しかしその言葉の数々を自分で読み返すと感情が揺れ動き、視界もぼやけてくる。
あのキャンディは安価な薬物だ。
空腹による犯罪抑止しの名目もあり、陶酔感で無気力になるし空腹も感じない。キャンディが定着したら、スープとパンを無くしキャンディだけの配給に切り替える。これは年々増加しているホームレスをゆっくり死へと導くものだった。
取材の中でキャンディの正体を知っている者もいた。だが空腹には抗えないと、悲しそうに答えながらもキャンディの効果に救いを見出しているように見えた。
記者は上司からキャンディ政策の印象操作をするように言われているので、率直な意見を記事に反映させることはできなかった。
----弱者を切り捨てると決めたこの国はどうなるのだろう。このままでは我々国民はどんどん地獄に落ちていくに違いない。……なんて、書けもしない言葉まで浮かんでくる。
記者は記事を仕上げると、途方もなく疲れ果ててしまっていた。
≪ おしまい ≫
ご一読ありがとうございます。他の作品もいかがでしょうか。
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