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掌編小説:愛嬌

 今日は土曜日だ。
   微かに館内BGMが聞こえてくる図書館のバックヤードで、ページの外れた本の修理をしていた。
 専用の糊を薄め、外れたページに塗り込み、本に差し込む。
 本を閉じ、大きなクリップで本の背を挟み込んで固定すると、今日の日付を書いた紙をクリップに一緒に挟み込んで修理本の棚に置いた。

 糊を乾燥させる為に一日置かなければいけないのだ。

 明日には糊が乾き、本を書架に戻すことができる。
    ふと時計に目をやると、修理を始めてまだ50分しか経っていなかった。

    仕事が終わるまで後30分。

    残りの時間は本棚を整える書架整理をすることに決め、席を立つ。30分という時間から絵本コーナーを整理することにした。
    子供達の手によって乱雑に本棚に差し込まれた絵本を整えていく、全く違う棚の本を元の場所に戻していった。
 時間いっぱい作業をし、近くにいた同僚に声をかける。

 「お先に失礼します」
 「はーい、お疲れ様です」同僚から元気よく返事が返ってきた。

 私は事務室に戻るとリュックを背負い、急いで図書館を後にした。
 土曜日は姪っ子が遊びに来る日なのだ。
 私は急いで駐車場にある車に乗り込んだ。

 「おかえりなさーい」

 車を自宅の駐車場に停め、降りるタイミングで姪が玄関から駆けてきた。
既に家でくつろいでいたようだ。

「ただいま」 私は言葉と同時に三歳の姪を抱き上げる。

 背中をポンポンと二回軽く叩くと、姪は私の背中をポンポンと叩き返してきた。 小さな手から感じられる感触に愛らしさおぼえながら、私はぎゅっと抱きしめ、家の中に入る。
    姪を玄関で降ろし、屈んでサンダルを脱がしていると、ふとズボンが気になった。
黒い長ズボンで、サイドに白い縦の三本ライン。

「可愛いね。これアディダス?」

何気なく問いかけると、姪はズボンを指さしハキハキと答えた。

「うん、これあります!」

 私は一瞬意味がわからなかったが、リビングに着くころには姪がアディダスを知らない為に聞き間違いをしたのだと察した。

これアディダス?” と ”これあります?” かと、思わず微笑えんだ。

この無垢な言葉こそ愛嬌なのだ。


≪ おわり ≫



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