掌編小説:狩られる
視界が稲光の様に明滅する。
殴られた勢いで体を激しく地面に打ち付け、追い打ちをかけるように複数の足が無抵抗な体を蹴り上げた。
痛みが体中を駆け巡る。
わが身を庇う動きですら痛みが走った。
薄れていく意識の中、若者達の笑い声が頭の中をこだまする。
ただただ漠然と思った。
----死にたくない!
*
休日この公園はいつも賑やかだ、だがこの時間は違った。早朝の特有の静かでひんやりとした空気が漂うなか、鳩の鳴き声が響いた。
ランニングで走り抜ける人。
広い公園の中で遊んでいるのは小学生が2組だけだ、保護者もついている。他に大人がいるぶん中年男性が1人でベンチに座り、ボーっと遊ぶ子供達を見ていてもさほど浮いてはいなかった。
「あーごめん、ボール飛ばしすぎちゃった」
離れたところでキャッチボールをしている少年の声が聞こえてくる。
俺が座っているベンチの近くにボールが転がってきた。俺はすぅと息を吸い声を張り上げて少年に問いかける。
「ボール、取ろうかー?」
少年には俺の声が聞こえているはずだ。だがまるで聞こえていないかのように駆け足で自らボールを取りに来る。
----急に話かけても答えてくれないか。
軽く息をはき、晴天で眩しい太陽を見上げた。
わざわざ少年に問いかけず、さっさとボールを取って渡してしまえば良かったのだ。そんなことさえスマートにできない気弱な男。
この性格は仕事にも影響を及ぼしている。人のミスを見つけても指摘できず、こっそり修正してことを済ませているのだ。
休日に1人で映画館に行く行動力もない。だからいつも自宅近くの公園でぼんやりと時間を潰していた。
「おじさん、大丈夫そうだね」
男子高校生が隣に座り、小声で話しかけてきた。
「ははっ、そんなにへこんでないよ」
たった今、少年に無視された件を言っているんだろう。
恥ずかしいところを見られたものだ。それにしても、この男子高校生どこかで見た顔だな…。
考えを巡らせていると、男子高校生が小声で言う。
「本当に良かったよ。俺、おじさんがいるかもしれないから公園によっただけ、もう帰るから。おじさんもちゃんと戻りなよ」
「あぁ……もう少ししたら帰るさ」男子高校性の言葉に引っ掛かりを感じながらも、つられて小声で答える。
休日はいつもこの公園の決まった場所に座っている、だから俺の事を知っているのだろう。そう思った。
----それにしても、なんでわざわざ俺に会いに来たんだ?
帰っていく男子高校生の後ろ姿を目で追っていると、その先に脇道があった。
その脇道には規制テープが張られており、人が入れないようにされている。何か事件があったようだ。
俺は脇道から目が離せなかった、だんだん恐怖が込み上げてくる。
体がすくみ上がる、あの脇道が怖い。
そして痛みの記憶が蘇えった。痛い、怖い、ぐらぐらする。
口の中が切れた時の血の味すら鮮明に思い出せた。
----…思い出した。戻らなければ、まだ俺の体は生きている、死にたくない……。
ベンチに座っている男は忽然と消えていた。
**
「ちよりちゃんのママ、おはようございます」
「おはようございます」
「聞きました、あの公園であった傷害事件の被害者男性、意識戻ったらしいですよ」
「へー、良かったですね。公園で物騒なことがあると子供だけで遊ばせるのが心配になります」
「そうですよねー、小学生でも心配です。変な人多いから」
「ほんと怖い、これもおやじ狩りって言うのかな?通報した人もきっと怖かったよね。その時犯人が近くにいたかもしれないし」
「そうそう、通報したのも高校生らしいですよ」
≪ おわり ≫
ご一読ありがとうございます。他の作品もいかがでしょうか。
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