マガジンのカバー画像

徒然空

30
徒然なるままに書いたエッセイをまとめています
運営しているクリエイター

#徒然空

ほどほどに生きていたい

ほどほどに生きていたい

私、10/14で23歳になりました。
皆様お元気でしょうか。

なんだかんだで10月も下旬。

早すぎですね????

仕事が始まってから、バタバタと毎日過ごしています。
1日の終わりが早すぎる。

ある意味充実はしてるので良しとします。

なんだか最近私の周りでは転職を考えている人が多いです。
そりゃそうだよなぁ、としか思わんです。

アンパンマンの歌詞だって、生きる意味語ってるんだよ。
仕事す

もっとみる
変な声の私を救った人たち

変な声の私を救った人たち

私、声が変なんです。
喉に突っかかる感じで上手く発声できないときがあります。
もう5年くらいこうなんです。

地元にいたときも、上京してからも、色々な病院に行きました。
「喉自体に異常はない」「精神的なもの」
そう言われて時間が過ぎていきました。

きっかけは高校の時、風邪を引いて声が出ないのに無理してバイトをしたから。
あのときから喉の使い方を忘れて生きている気がします。

最初の頃、親にも「腹

もっとみる
老後2000万も貯められねーよ

老後2000万も貯められねーよ

とうとう来てしまった。
年金未納の催告書。

大学時代は特例免除で何とか避けてきたが、現在社会人という立場になったものの収入0の私。

どう払えと!?

こういう書類だけはすーぐ送ってくるんだから、と色々言いたくなっちゃうがそれは置いておこう。

収入0の事実は毎日ふとしたときに突き刺さってくる。そんで、年金の書類でも刺されて心は少しボロボロだ。

知ってるよーだ。
私ニートと一緒だもん。

そう

もっとみる
いわさきちひろと金子みすゞの記憶

いわさきちひろと金子みすゞの記憶

小学校の保健室には、ベッドのスペースごとにいわさきちひろさんの作品が飾ってあった。
頭の方にコピーしたものが貼ってあった。

私は保健室の常連だったので、毎回ベッドで寝ていたし、6年間変わらず絵が飾ってあった。

記憶が間違いじゃなければ、たまーに絵が変わっていた気がする。

何故いわさきちひろさんの絵が飾ってあったのかはわからない。

でも、あの絵を見るたびに体調の悪い気持ちが少し紛れていたのを

もっとみる
私と恩師の乾杯

私と恩師の乾杯

私には恩師と呼べる人が二人いる。
一人は中学の先生。
もう一人は高校の先生だ。

中学の恩師はいじめられていた私に対して親身になってくれた人で、その先生のおかげで今の私があると言っても過言ではない。
今どこで何をしていらっしゃるのかわからないので、感謝を伝えたくても伝えられないのがもどかしい。いつかどんな形でも伝えられたらいいなと思う。

そして、高校の恩師は私の将来を変えてくれた人。先生とはFa

もっとみる
「来てもらう」という地方の感覚

「来てもらう」という地方の感覚

このnoteを読んで「私が感じていたことはこれだ」と思った。

地方で育ち、東京を感じたことがある人が一度でも思ったこと。それが書いてある。
ぜひ、読んでみて欲しい。

個人的に周りに言っていたことがある。

「芸術・美術に触れる機会が、地方と東京では差がありすぎる」と。

私は旭川で生まれ、釧路→札幌と暮らしてきた。
たくさんの自然に囲まれながら、高校卒業の18歳まで北海道にいた。

大学進学と

もっとみる
それでも前を向くしかない

それでも前を向くしかない

「私なんていらない子なんだ!!」

母親と喧嘩した幼き頃、家の裏でしゃがみ込んだ私が叫んだ言葉。

「そんなことない!!」と私と同じくらいの声で言った母がどんな顔をしていたか、もう忘れてしまった。

今の私は正社員という肩書のニートだ。
親のすねかじりにも程がある。しゃぶり尽くす勢いだ。

「全部コロナのせいだ」と思う気持ちもあるが、同時に「全部自分のせいだ」と思ってしまう。

研修先が決まらない

もっとみる
きっと私は東京に染まれない

きっと私は東京に染まれない

昨日、恵比寿へ行った。
東京都写真美術館の森山大道展を観に行くために。

展示はすごく勉強になったし、スナップ写真の難しさを痛感した。
あと、帰り際のスタッフさんの数に圧倒された。
高級ホテルのお見送りか?って思った。(ひたすら「すみません」「どうも」と会釈してた)

その後は、ビール苦手なくせに「ちゃんとしたところでなら飲めるのでは」とエビスビール記念館に行った。
仮説通り美味しく飲めたのだが、

もっとみる
身体の変化とコンタクト

身体の変化とコンタクト

最近、とうとうコンタクトをつけるようになった。

ここ最近、顕著に視力が落ちていると感じてはいたが、まぁ大事なときにメガネかければいいだろうと楽観的だった。

「さすがにダメだな……」と思ったきっかけは、ディズニーシーへ行った時にパートナーが「あれ見て」と言うものを全く認識できない自分に気づいたからだ。

もう目を逸らせないな、と覚悟した私は人生初めての眼科へ行った。(冗談でなく、本当に初めて行っ

もっとみる