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旅芝居・燕たちとその化粧顔

いつだったかな。
だいぶ前の座長大会でのことだったと思うのだけれど。
その人は女形で『海燕(うみつばめ)』を踊っていた。
妖しさ漂う化粧顔でゆらゆらと。
今時の若い旅役者とは違う、けれどきっとこだわりのあの化粧顔で。
私には玉三郎のように見える。
でも時に「キモい」とかも言われるあの顔で、
独特の踊り方で、羽ばたくように。
なんだかずっと忘れられなくて。
ふとした時に脳裏に浮かんだりもしてた、いまだに。
 
例の「舞踊が合っている、と思うと曲や歌詞が頭に入る」というやつ(この時の話)だ。
松原のぶえの、
あの声と歌い方で、
情念としかいいようのない
寂寥感とだからこそ匂うこってりした色気を
ドラマチックなメロディーに乗せるあの感じ。
杉本真人作曲ということもあり、
また劇的に仕上がっている曲で印象深かった。
なにより、あのアテ振りではないのに、
なんだかもがくように羽ばたくように見えたさまが。
 
〝ああ一羽はぐれた海燕。お前はひとりが寂しくないか〟
 
何度か、いや、何度も書いて来たけれど、改めて言いたい。
旅芝居の舞台を観ていて私は〝さびしさのようなもの〟を感じることが少なくない。
 
さびしさのようなもの? せつなさのようなもの?
 
一見さびしさとは無縁のような光景でも、だ。
 
若い役者が肩を胸を出してイケイケなK-POPで身をくねらせて踊っているとき。
舞踊中のあの〝花〟の光景、抱きつく抱きしめる抱き合うようなさまを見せつけられるとき。
素直になれない登場人物が大事なもののために死ににいくことそうして生きることを描く芝居などを観ているとき、
その芝居終わりで笑顔の役者が口上挨拶に出てくるとき。
ガランとした客席でも、大入りの客席でも、
泣いてるときも笑ってるときも。

演じているのか演じていないのか、舞台でみせる姿なのか素なのか、
すべてが混ぜこぜの、虚実皮膜の合間としか言いようのない旅芝居とその芝居小屋の光景に。

己も小屋の一部となりながら。
 
いくらあたらしいことをしたとしても、「させた」としても、時代が変わっても、
この〝におい〟はきっとずっと消えないのだろうな、と思う。
日々まいにちが舞台、そうして日々を生きること、生かされること、だからこその、
さびしさや切なさが笑う〝におい〟。
このにおいが故に旅芝居は芝居小屋は人を魅了するのだろうなって。
近年、いろんなことが起こる起きていて、みてみぬりも出来なくなっていて、
それでも生きる生きているかの世界に、とても思う。
 
『海燕』を踊っていた役者は今も関西の協会の副会長を務める人だ。
教え子であるたくさんの役者はそれぞれに劇団を持つ座長となり、皆、一門の「総座長」である彼を慕う。
偉いのに偉ぶらず、ふらふらへらへらとしながらも、多彩かつ芸のある人だからなのだろう。
お客さんだけじゃなく仲間たちをも笑わせたり楽しませたりする、そんな、実は、ダンディズムの人だからだろうな、って。
 
昔(2003)、発行されるも大問題となった話題の書(ばかだなあ全く皆。笑)を取り出してみた。
『座長名鑑』
手元にある同書をめくると、
彼はプロフィール写真妖艶な女形姿で猫耳に猫ポーズで人を食ったように笑っている。
「チャームポイント」「お茶目な性格かな!」
「特技」「落ち込んでいる人間をもっと落ち込ませる事!」
このときじゃなくてもっと以前のいろんな下ネタを含むお得意のジョークもたくさん知っている。でも書かずにおく(笑)
私は下ネタが嫌いというより実は諸々により生理的にほぼ受け付けないことが多いのだが、
そんな私が笑えるのも、愛嬌と、「ほんまの芸」をお持ちだから、か、とは言いすぎかもしれないけれど(笑)
まさに玉三郎か田村正和か。
息子さんに座を譲ると決めたときの、最後の『乾いて候』や『八百屋お七』を私は忘れない。
 
「役者以外になりたいと思う職業」「役者しかできんから役者してまんねん」
 
昨夜ひさしぶりに観た。一日ゲスト出演。ショー途中からだったのだけれど駆け込んだ。
踊られるかな、と思ったのだけれど、
またあのなんの力みもない感じで歌っておられた、例の不思議な顔で。
『氷雨』。やっぱりなんかちょっとエロい。のはやっぱりあの化粧顔のせい?(笑)

舞台後の挨拶でも、全く飾らずなトークをしておられた。
急遽? 昔から馴染みがあってのゲストではなかった、のが、飾らぬトークでわかった。
ゲスト先の女座長はとても恐縮しており、
でも、めっちゃ元気に挨拶していて、なんだかそれもグッと来た。
この世界できっと本当にしんどいだろう女の座長さんたちや役者さんたち、
私、私は大好きです。あんまし性別性別言いすぎるのも失礼ならごめん。
田村正和はでもやっぱり何も偉ぶらずにふらふらと「え、ほな、誰々とは従兄弟なん?」とかずっと聞いていて、
同じくゲストで来ていた息子氏に「そんな話、楽屋でせぇや(笑)」とツッコまれ真顔で答えていた。
「だって着替えてはったりしたらって思うと楽屋とか入りにくいやん。あかんやん。気ぃ遣うやん」
 
いつかまた腕下主水やお七、やってくれはらへんかなあ。
いや、もう、やっぱ、ないんかなあ、ないんやろうなあ。
そうして、世代や、時代は、変わってゆくのかなあ。
そう思うと、あの『乾いて候』を観られたのは、ふふふ、やっぱ、素敵やったなと思ったりもする、ああ、10年前。
 
熱狂と哀愁、生きるさびしさとせつなさと、それでも笑顔。
今日もふしぎな化粧顔たちの中、笑ったり泣いたり、でも、それでも笑顔の、燕たち。
羽ばたいたり、もがいていたり、でも飛ぼうとしていたり、飛んでいる。

(おおみ劇団 2022.12・22@尼崎・千成座、夜の部
 二代目澤村紀久二郎(澤村一門・総座長)&三代目沢村千代丸座長(千代丸劇団)ゲスト)


昨日のつぶやき


文中の、10年前の『乾いて候』の際の話。これ、よかったー。

お七の話。これも、よかった。

ちよまるさん(現・紀久二郎さん)のこと、ちょいちょい書いている。
暁月夜の話とか、岡田嘉夫描く絵に似てる話とか。
ケとハレ、化粧顔って、大事やんなあ。
若い役者さんの今風の化粧もそりゃええねんけどもさ。


ゲスト先の、おおみ悠総座長。やっぱり、きれいやなあ。

観るのは2年ぶりでした。


以下は、ちょろっとですがいつもの自己紹介 。
と、苦手なりにもSNSあれこれ紹介、連載などなどの紹介!!も。
よろしければお付き合い下さい🍑✨
ご縁がつながったりしたらとても嬉しい。

大阪の物書き、中村桃子と申します。 
構成作家/ライター/コラム・エッセイ/大衆芸能(旅芝居(大衆演劇)やストリップ)や大衆文化を追っています。
普段はラジオ番組の構成や資料やCM書きや、各種文章やキャッチコピーやら雑文業やらやってます。
現在、lifeworkたる原稿企画2本を進め中です。
舞台、演劇、古典芸能好き、からの、下町・大衆文化好き。酒場好き。いや、劇場が好き。人間に興味が尽きません。

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