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『落研ファイブっ』(71)「哺乳類の尊厳と引き換えに大富豪の座を得た男」

 広島まで逃げた甲斐かいも無く、藤崎一家の接客をする羽目になったシャモ。

 反物たんものを見せながらしほりと話しているうちに記憶が途切れ、気が付くと高額そうな低反発マットレスの上でぼんやりと座り込んでいた。


〔父〕「おい漢太、入るぞ」
〔シ〕「何で父ちゃんが。戻ってくるの早くねえか」
 予定では七月末に下船するはずだった父の姿を認めながら、シャモはゆっくりと部屋を見回した。

〔シ〕「俺の部屋、だよねここ」
 見慣れたヘッドセットに配信機材が真新しいシステムラックに整然と置かれ、年季の入ったふすまは真新しい木製引き戸に変わっている。

〔父〕「臨時収入が入ったからな。お前を養子先に預けている間に突貫工事をしてやった」
〔シ〕「養子先?!」
〔父〕「今更無かったことには出来ねえぞ。ほら」
 父親はひらひらと一枚の紙をシャモの目の前に差し出した。

〔シ〕「失業保険?! 嘘だろ父ちゃん、最近転職したばっかじゃん」
 どうやら無職になったらしい父親は、その境遇きょうぐうに反して嫌に明るい顔色だった。


〔父〕「捨てる神あれば拾う神あり。藤崎の大旦那様々おおだんなさまさまだ。いよっ、藤崎の若旦那様わかだんなさま、精々しほりお嬢様に捨てられねえようにふるいな」

〔シ〕「ちょ、ちょっと待て。まさか臨時収入って」
 シャモは脂汗あぶらあせを垂れ流しながら父親を伺った。

〔父〕「結納金ゆいのうきん内金うちきんでざっと二千万円。それからしほりお嬢様との新生活に向けての準備金で三千万円。占めて五千万円の前払いと来たもんだ」

〔父〕「婿殿むこどのさえはげんでさっさと孫でも作ってくれりゃ、来年からも岐部きべ家は左うちわのあっぱらぱーよ」
 こりゃ目出たいねえ早く学校行けよーと小躍りする父親に、ちょっと待ってよと言いつつ時計を見ると。

〔シ〕「月曜日いっ。俺どんだけ寝てたんだ?!」
 時計の針に慌てて着替えをすると、シャモは妙に機嫌の良い父母を詰問きつもんする暇もないまま駅へと駆けだした。

※※※

〔餌〕「で、僕に何をしろと」
 二年七組へと駆け込むと、シャモはえさを廊下に引きずり出した。

〔シ〕「何にも覚えてないのに勝手に養子になる話が進んでて」
〔餌〕「大富豪の椅子と五千万円をゲット。おめでたいじゃないですか。なんてったって相手は金運アップアイテムの『白蛇姫しろへびひめ』ですし」

〔シ〕「おめでたくねえよ。俺は本当に何にも覚えてないの。土曜だって記憶が全部飛んでるの。記憶の無い間の俺が何をしてるかと思うと」
〔餌〕「また駐輪場にでも行ったんじゃないですか」
 にやにやと軽口を叩くえさに、シャモは冗談じゃねえんだよと叫んだ。

〔シ〕「俺がしほりちゃんとの事を全然覚えていないのを知ったらショックだろ。そんな男が婿養子むこようしになるなんて失礼じゃねえか」

〔餌〕「でもヒバゴン曰く、『白蛇姫しろへびひめ沙汰さた』なんですよね。つまり、『牡丹灯籠ぼたんどうろう』で新三郎しんざぶろう骸骨がいこつと乳繰り合ったように、シャモさんは白蛇しろへびと交尾している。よってシャモさんの記憶を消しているのでは」

〔シ〕「白蛇と交尾――」
 餌が放った衝撃の一言に、シャモは泡を吹いて廊下に倒れた。

※※※

 梅雨入りを告げる激しい雨と、シャモの早退により部活が臨時休みになった面々は、横浜駅東口に加奈を呼び出した。

〔加〕「ゴー様からお呼び出しがあるなんて、超うれしいでーすっ」
〔仏〕「何で俺が仁王(阿形あぎょう)を呼んだって事になってんだよ」
〔餌〕「確実におびき寄せるにはこの手しかなかったんだよ」
 きゃっきゃとしながら仏像の隣をキープしようとする加奈に、仏像は松尾をたてに据えて対抗した。

〔松〕「僕もいなきゃダメですか」
〔仏〕「松尾は唯一の目撃者だから絶対参加」
 仏像は加奈除けとばかりに松尾にしがみついた。



〔仏〕「これから三元の店に行って作戦会議を開くんだけど、加奈さんは何時まで大丈夫」
〔加〕「ゴー様と一緒なら朝帰りでもOKでしゅ♡」
〔仏〕「それは俺がNGだわ」

〔餌〕「午後九時ぐらいまでなら良いんじゃないですか。僕と一緒に帰るんだし」
〔加〕「あーあー。くされパンダがゴー様みたいなイケメン様だったら、行きも帰りもパラダイスなのに」
〔餌〕「そんな事言うなら朝の護衛ボイコットします」
 餌がぷいっと横を向いた。

〔加〕「ウチだって別にパンダと一緒に登校したくない。ママが余計な事言うからだもん。帰りは彦龍ひこりゅう呼ぶから別に良いし」
 加奈はむっとしながら京急線の改札を通った。

〈味の芝浜〉

〔加〕「うっわ本気でたぬたぬそっくりじゃん、超受けるし」
 味の芝浜の入り口にひっそりとたたずむ信楽焼しがらきやきのたぬきを指して、加奈ががははと笑った。
〔仏〕「そこ並んでみ」
〔加〕「ゴー様の仰せのままにっ」
 信楽焼しがらきやきのたぬきに顔を寄せる様にしゃがんだ加奈を、仏像はスマホで撮影した。

〔仏〕「縁起物えんぎものが二体」
〔松〕「シーサーとたぬき、たしかに商売繁盛には良さそうです」
〔加〕「おーいそこの野獣眼鏡やじゅうめがね、聞こえてんぞ」
 ぼそっとつぶやいた松尾の一言を加奈は聞き逃さなかった。

〔仏〕「や・じゅ・う・め・が・ねww。正ー解ー!」
〔松〕「えっ、僕の事」
〔餌〕「この中で眼鏡キャラって松田君しかいないじゃん」
〔松〕「野獣じゃないですよーっ。山下さんにも言われたし何でですかっ」
 絶対違うのにっとぷんすこしながら、松尾は味の芝浜ののれんをくぐった。


〔み〕「あれあれ、こりゃどうした事だい。あんた方がお嬢さんを連れて来るなんてこりゃ天変地異の前触れかね」
〔う〕「あらあら大層素敵なお嬢様だことで」
 カルチャーセンターでのウクレレ教室を終えて早めの一杯としゃれこんでいた松脂庵まつやにあんうち身師匠が、焼き鳥片手に目を丸くする。



〔シ〕「加奈ちゃんまで来てもらってごめんね」
 一同が座敷に顔を出すと、早退したはずのシャモがお誕生日席で片手を上げた。

 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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