『落研ファイブっ』(72)「白蛇姫」
〔三〕「今日集まってもらったのは他でもない、岐部漢太君と藤崎しほりさんの結婚式の出し物についての相談だ」
〔シ〕「冗談になってねえんだよ」
味の芝浜の座敷に上がった面々に神妙な顔で切り出した三元に、シャモの顔色が青ざめた。
〔餌〕「でも結納を済ませたんですよね。だって五千万円」
〔シ〕「ちょっ、その話は餌にしかしてないんだって」
〔餌〕「それならそうと言って下さいよ。ここに来るまでにあらかた話しちゃいましたよ」
心なしかこけた頬をさらにげっそりとさせながら、シャモが机に突っ伏す。
〔仏〕「雨のせいだけじゃなくて、シャモが早退したから部活休みになったんだけど。何でそもそもここにいるんだよ」
仏像が冷茶に手を伸ばしつつシャモに問う。
〔松〕「うわっ、青臭いっ」
お茶を飲んだ松尾が思わずむせ込んだ。
〔三〕「あーそれ俺専用のドクダミとクマザサ茶。みんなはこっち飲んで。みんなのは普通の麦茶」
〔仏〕「早く言えよ。で、シャモ何でいるんだよ」
顔をしかめてコップを置いた仏像が茶を注ぎ直した。
〔シ〕「何でって。岐部漢太君の人生最大の危機なんだよ」
〔松〕「往生際が悪すぎですよ。やる事やった上に五千万円もらっておいて、結婚から逃げようって。そりゃ人としてどうかと」
〔シ〕「そりゃ表面上だけなぞりゃそうだけど、俺の交際相手は白蛇の化け物かもしれないの。何で誰も心配してくれねえんだよ。うちの親父なんて、藤崎の金をあてにして会社辞めてきやがったし」
やってられねえよとシャモは天井を仰ぐ。
〔仏〕「そりゃお前大人しくしほりさんに身請けしてもらう他ねえって。もう五千万円受け取ったんだろ」
〔シ〕「またしても俺の記憶の無いうちにな」
〔三〕「男の水揚げ代に五千万円も払うなんてバカな家は二度と見つからねえ。大人しく婿入りしとけ」
〔餌〕「白蛇姫でしたっけ。『一太郎二姫、共に白髪が抜けるまで夫婦円満一家平安一族繁栄』でしょ。ヒバゴンさん曰く」
〔シ〕「『一族繁栄』か。蛇って多産だよな。何でこんな事になっちゃったんだろ」
シャモは恨めしそうに加奈を見た。
〔加〕「そんなこと言われても。しほりとみのちゃんをくっ付けようとして『みのちゃんねる』の収録に連れて行ったわけじゃないし」
しほりとシャモが出会うきっかけを作った加奈が、いちごソーダを飲みながら頬をぷうと膨らませる。
〔シ〕「俺はしほりちゃんとキスどころか、何話したかすらまともに覚えてねえの。お前ら非モテ野郎どもにうらやましがられる要素はねえ。狐につままれたやら蛇に化かされたやら。全然美味しくないポジションなの」
〔仏〕「俺が非モテ野郎なら世界中の男は全員非モテだぞ」
〔加〕「ゴー様は加奈の最愛のお方っ(≧∇≦)。 非モテじゃないもんねーっ」
〔松〕「非モテ野郎上等。最愛の人にだけ愛されるのが望み」
〔餌〕「僕は女体が好きなだけで、交際結婚は眼中に無いし」
シャモの煽りにも動じない面々をよそに、三元は一人ずーんと落ち込んでいた。
〔三〕「そうだよ俺シャモの心配なんかしてる場合じゃない。彼女いない歴十八年になったのにまだ何の気配もねえ。加奈さん、誰か紹介してよ」
〔仏〕「やめとけ。どうせ妖怪みたいな女をあてがわれるに決まってる」
〔加〕「任せとき! たぬたぬにぴったりの子を見繕ってやんよ」
〔シ〕「止めとけ。俺みたいになってからじゃ遅い」
三元がぱっと顔を輝かせる横で、シャモが首を横に振った。
〔加〕「しほりは完全に想定外だったの。それに白蛇姫うんぬんを置いておけばあれほど条件の良い相手は無い。超大富豪お嬢様かつ和風美人じゃん」
〔シ〕「だーかーらー! 俺には一切の映像も音声も感触も記憶に残ってないの。しほりちゃんが美人だろうが金持ちだろうが関係ないの。それに、白蛇姫うんぬんを置いておけるか。相手は哺乳類ですらないんだぞ」
〔餌〕「五千万円一気に入るって言うなら考えないことも」
〔シ〕「一回でじゃねえぞ。結納金だぞ。お前蛇の化け物と白髪が抜けるまで添い遂げられるのか」
〔餌〕「えっ、蛇って人間より寿命短いじゃないですか。精々持って二十年ぐらいでしょ」
〔松〕「サイコパスだ、サイコパスが隣にいるうっ怖いいいい!」
しほりの寿命を推測しながらいちごソーダを飲み干す餌から、松尾は距離を取った。
〔仏〕「ああ、そう言う事。なら藤崎家が慌てふためいてシャモを婿に取る気持ちも分からんではない。今しほりさんって高三だよな」
アホの子と化した仏像がしんみりとうつむく。
〔松〕「何でしほりさん白蛇説確定させちゃうんですか。白蛇うんぬんは比喩表現でしょ。何でチョロ仏化してるんですか」
〔シ〕「じゃ何で俺の記憶が毎回消されるんだ。おかしいじゃん」
〔松〕「おかしくないです。シャモさんが強い自己暗示に掛かったから、しほりさんの側に座る事がトリガーになって催眠が掛かるんですよ」
〔シ〕「どう言う事だよ」
シャモがじっと松尾を直視した。
〔松〕「僕の仮定ですが、今のシャモさんには『しほりさんの隣に座ると記憶が飛ぶ』強力な自己暗示が入っています。その状態で、『白蛇姫』なるキーワードを超凄腕霊能者として紹介された『権威者=比婆さん』から聞かされた」
松尾は眼鏡の奥の瞳を、獲物を定めた野獣のごとく光らせた。
〔松〕「しほりさんと出会ってからの事と、比婆さんから聞いた話がシャモさんの脳内で一本の『物語』となり、それを本当だと信じ切る。すると自己暗示がさらに強烈にかかって、『物語』の真実性を高める情報だけを脳が集めるようになる」
餌さんの軽口を、いつものシャモさんなら気にもしないでしょうにと松尾はため息をついた。
〔餌〕「『白蛇姫と交尾』の事」
松尾は無言でうなずいた。
〔松〕「このループがシャモさんの脳内で強化拡大されているだけです。その『物語』を信じた者は『物語』主であるシャモさんに共鳴を起こしているのみ。オカルト抜きで完全に説明がつく話です」
〔仏〕「そのメカニズムをしほり側が悪用すれば、シャモが『操られた』説も成り立つわけだ。『ゆんゆん』のバックナンバーにあった、『梵字天地陣投射法』ってのも案外その辺りのメカニズムを使っているのかもな」
〔松〕「オカルトを信じない僕からすれば、その辺りが納得の行く仮説になります。こんな簡単なからくりに騙されているようでは、悪い大人にカモにされ放題ですよ」
〔シ〕「だったら何で比婆さんは俺の本名を知ってんだよ。おかしいじゃん。サンフルーツ優勝さんにも比婆さんにも本名を教えていないってのに」
〔松〕「シャモさん。あなた『みのちゃんねる』さんでしょ。銀の盾保持者でしょ。そもそも『みのちゃんねる』は新香町美濃屋の宣伝アカウントでしょ。何で本名が彼らに知られていないと思ったんですか。そっちにびっくりですよ」
身を乗り出したシャモに、松尾はやれやれとかぶりを振った。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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